デカルトの次はなぜ「労働」なのか
前回のシリーズでは、哲学史に残る巨人デカルトを全13話にわたって取り上げてきました。今回からは、まったく視点の異なる新テーマに入っていきます。
しながわは、これまでのソクラテスやトマス・アクィナスといったテーマは、タッシーにとって少し距離のあるものだったかもしれない、と切り出します。
多分これまでタッシーさん、僕がテーマ発表する時に、ぶっちゃけ興味なかったと思うんですよ。ソクラテスとかタレスとか、トマス・アクィナスですみたいな。
中世、中世と、古代の違いとかって思ってました。確かに。
そのうえで今回発表されたテーマが「人間にとっての労働、働くことの思想」です。単に労働の形が変わっていった歴史ではなく、労働の思想史をたどることが狙いだと説明されます。
人間にとって労働とは何なのかとか、なぜ働かなければいけないのかっていうところ。
シリーズタイトルは「労働の思想史〜そこでは、人類にとっての労働の意味と資本主義との関係が明らかになる〜」。長いタイトルは、前回のデカルト『省察』の副題をなぞった遊びとして付けられています。
なぜ今「働くこと」を哲学で扱うのか
しながわとタッシーが所属する会社は、労働に関わるビジネスを手がけています。だからこそ、このテーマは自分たちにとっても身近だと語られます。
そもそも、働くことにまったく関係なく生きている人はほとんどいません。ここでいう労働は、株式会社に雇われることだけを指しません。
個人事業主やアルバイト、あるいは家族が働いていること。さらには賃金の発生しない家事も、この回では「働く」に含めて考えられます。
家で家事をするも働くだし、ご飯を作るも働くだし。
そして、働くことについて悩んだことがない人も、ほとんどいないのではないか、としながわは問いかけます。就職や転職だけでなく、悩みの形は多様です。
- 介護や子育てと仕事の両立
- 今の仕事がつらい、つまらない
- 部下がやる気を持って働いてくれない
- AIによって自分の仕事がなくなるのではという不安
- 子どもにどんな職に就かせるべきかという迷い
こうした悩みを、目の前にある材料だけで考えるのではなく、思想家たちが労働にどんな意味を与えてきたかを知ることで、考える次元を変えたい、というのがシリーズの狙いです。
今とか未来のことを考える時に、過去のことを知らないで考えられないと思ってるんですね。
「働くこと」の意味は100種類あった
しながわはまず、働くことの一般的な意味をタッシーに尋ねます。タッシーが挙げたのは2種類でした。
働くことの意味とは何か。一般的にはどんなものがあるか
1つは生活のためにお金を得るため。もう1つは、社会への関わり方や自己実現の手段として働くこと、という2種類が挙げられました。
しながわはこれを、ご飯を食べるための「ライスワーク」と、人生を豊かにする「ライフワーク」という言い方で整理します。
ところが、今回中心に据える1冊の本を読み込んだところ、人間が労働に付与してきた意味は、細かく見るとおよそ100種類あったといいます。このシリーズでは、そのうち50〜60個ほどを紹介する予定です。
これはタレントのアンミカさんの「白って200色あんねん」をなぞった一言です。ここでタッシーが、労働はビールと同じだ、と切り返します。
我々が普段飲んでるビールって、ラガーの中のピルスナーっていう一種類のみなんですよ。
日本で親しまれているビールは全体のごく一部にすぎない。労働も同じように、ふだんは限られた意味でしか捉えていない、という例えです。
形のないものも、分けることで理解が深まります。「分けることがわかること」という、この番組で繰り返されてきた視点が、労働にも当てはまります。
古代から現代まで、労働の意味はどう変わったか
本格的な議論に入る前に、労働の意味が時代とともにどう変化してきたかが、ざっくりと4つの時代で整理されます。
古代の労働は、生きるための食料調達のように、やらざるを得ない苦役としてイメージされます。それが中世に宗教的な意味を得て、近代には人格の発展や資本主義と強く結びつきました。
一方、現代の労働は捉え方が割れています。SNSで「社畜」という言葉が使われるようにネガティブに見る人もいれば、ライフワークとして前向きに働く人もいます。
古代のつらくて、しかも蔑まれてきた労働というものが、中世になって少し積極的な意味を持っていった。
この大きな流れを頭に描きながら聞くと、細部の発見がより面白くなる、としながわは案内します。
労働者の視点から資本主義を眺める
中世の終わりから近代以降を考えるうえで、労働は資本主義と切り離せません。このシリーズを通して、資本主義への理解の解像度も上げてほしいと語られます。
ポイントは、その眺め方です。国家や人類の歴史という大きな話としてではなく、実際に働く一人ひとりの個人から見た資本主義を扱います。
働くという労働者の視点から資本主義を眺めるって、これはこれでまた全然違う側面が見えてくるんですよ。
資本主義にどんな問題があり、人間がそれをどう克服しようとしてきたのか。その試行錯誤が、今の自分たちにどんな意味を持つのかまで話していく予定です。
中心に据える本は、中山元さんの『労働の思想史』です。この1冊を軸に、しながわとタッシーなりの考察を加えていく形で進められます。
石器時代から古代ギリシャ、中世キリスト教、ホッブズやロック、ルソー、マルクス、ヘーゲル、ニーチェ、ハイデガーまでを、全10〜11回で駆け抜けます。虫の目ではなく鳥の目で、大きな流れをイメージとしてつかむ構成です。
「労働」と「仕事」という2つの系列
第1話の残りは、これから何度も出てくる補助線が紹介されます。まずは働くことを、ポジティブな側面とネガティブな側面に分けて考える、という視点です。
これを指摘したのが、20世紀の哲学者ハンナ・アーレントです。西洋の多くの言語では、働くことを意味する言葉に2つの系列があると彼女は述べています。
その2つが「労働」と「仕事」です。ふだんは同じイメージで使いがちな両者を、アーレントは明確に区別します。
身体を使い、厳しい環境の中で苦役として働く。否定的な意味合いを含む
自分の手や頭を使って工夫し、作品を作りながら働く。肯定的な意味合いを含む
この区別は、アーレントが独自に言い始めたものではありません。古代ギリシャでは、労働は「ポノス」、仕事は「エルゴン」と、そもそも別の言葉で表現されていました。
言葉が分かれているということは、彼らが働くことを分けて認識していたということです。この労働と仕事という分け方は、シリーズを通して繰り返し登場します。
労働・仕事・活動という3つの分け方
アーレントは、人間の営みをさらに広く捉え、労働と仕事に加えて「活動」という3つに分けています。まず労働から、より丁寧に説明されます。
労働のポイントは、つらいだけでなく、後に何も残らないことです。ご飯を作っても食べれば終わり、部屋を片付けても後世に受け継がれるわけではありません。
身体的に辛いだけではなくて、なんか何も残らないなみたいな意味も含めての労働。
一方の仕事は、人が能力を発揮し、社会のために何かを残す創造的な営みです。世界に作品や道具が残されていきます。
さらに仕事は2つの側面を持ちます。個人の才能を発揮するという個人的な意味と、公共的な世界に良い成果を残すという公的な意味の両方でポジティブだとされます。
苦役として身体を使い、後に何も残らない営み。ギリシャ語でポノス
能力を発揮し作品を残す創造的な営み。個人的にも公的にも意味がある。ギリシャ語でエルゴン
公や共同体のために無償で行う行動。政治的な営みに近く、作品は残らない
3つ目の活動は、公や共同体のためにする行動を指し、政治的なことに近い意味を持ちます。古代ギリシャでは、民主政の元祖として、この活動への参加が重んじられました。
活動の特徴は、無償で行われる点です。お金を稼ぐためではない働きがこの世にあるという指摘で、古代ギリシャでは自由な市民がすべき尊い行動とされていました。
現代でいえば、PTAへの参加やボランティア、選挙で投票に行くことなどが活動の例として挙げられます。この収録日も、たまたま選挙の投票日でした。
働くイコール金銭報酬が発生するって定義してる人がほとんどと思うんですが、まずここが3つ目に活動が入ることによって。
働くことをこの3つに分けるだけで、100種類あるとされた意味のうち、すでに3つが取り出せたことになります。次回からは、いよいよ100万年前の人類の歴史へと入っていきます。
まとめ
新シリーズ「労働の思想史」の第1話は、働くことを一枚岩で捉えず、思想史を通して分解していくための準備の回でした。労働・仕事・活動という3つの分け方を手に、次回からは人類の歴史をたどっていきます。
- 労働に付与されてきた意味は、1冊の本の中だけでも約100種類あるとされる
- 労働の意味は、古代の苦役から中世の宗教的意味、近代の資本主義、現代の二極化へと変化してきた
- このシリーズは、国家ではなく働く個人の視点から資本主義を眺めることを狙いとする
- アーレントは、働くことを「労働」「仕事」「活動」の3つに分けて捉えた
- 労働は後に何も残らない苦役、仕事は作品を残す創造的な営み、活動は無償で公のために行う行動を指す





