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ログインページへ今回、フローレンスで広報を8年やっているMCゆかっちが、ずっと「医療的ケア児」を訛って言っていたことが収録中にバレる(!)という衝撃のカミングアウトから幕開けします。笑いながらも本題へ。
戦後の日本の障害福祉って、身体・知的・精神の3つに分かれて整備されてきたんですが、これが「どれにも当てはまらない人」を次々と生み出してきた歴史でもあって。今回は重症心身障害児という概念がどう生まれたか、「大島分類」という5×5の基準マトリックスがどう機能しているかを丁寧に解説します。
そして「歩けるし、知的な障害もない。でも経管栄養が必要」なこどもが、保育園にも障害福祉にもどこにも行けなくなる……という医療的ケア児の「狭間」の構造が鮮明に見えてきます。定義がなければ支援ができない。この繰り返しは、今も続いています。
<目次>
広報8年で判明した医療的ケア児の発音問題/戦後日本・身体・知的・精神の三分類の成り立ち/傷痍軍人への支援から始まった身体障害者福祉法/重症心身障害児・1963年に行政通知で初めて定義/1967年・児童福祉法で重症心身障害児が法律に載る/大島和義先生が作った5×5マトリックス基準/寝たきり・座れる・歩行障害・歩ける・走れるの5段階/歩けると重症心身障害児に該当しない現実/定義がなければ施設もサービスも作れない仕組み/1990年代以降に医療的ケア児が増えた理由/歩けて知的障害もないのに保育園に入れないこどもたち/経管栄養のみで障害福祉も保育も使えない狭間/重症心身障害児と医療的ケア児を貫く同じ構造/お母さんが24時間つきっきりになってしまう理由/定義から法律へ・狭間を埋め続ける人類の営み