ネットワーク効果の二重構造とサブグループの拘束力
前回はFacebookがWhatsAppを約1.9兆円で買収した理由を扱いました。今回はまず、ネットワーク効果がなぜそれほど重要なのかを改めて確認するところから始まります。
けんすうさんは、分かりやすい例として「仲間外れになりたくないから入らざるを得ない」構造を挙げます。学校のPTAや飲み会の連絡が主流ツールで回れば、使っていない人は困ってしまうという話です。
学校に行った時に、飲み会で集まった仲間で今後連絡取れるようにしようとなって、一番主流のツールを使おうと言われた時に、「俺使ってない」と言われたら「お前何だよ」という風になっちゃうわけですよね。
そのうえで、けんすうさんはネットワーク効果には二重構造があると指摘します。単に仲間がいるから入るのではなく、ネットワークの中に作られたサブグループが重みを持つという点です。
SNSにおけるネットワーク外部性は、単純に仲間がいるから入っていこうというよりかは、そのネットワークの中にサブグループが作られて、そのサブグループが重みを持つというのが上級編なんですよ。
LINEをやめられない理由は個別メッセージではなく、その上に作られたグループにあります。個別メッセージなら複数のツールを併用できても、グループになると日本ではLINE一択になりやすいと語られます。
一度グループが動き始めると、全員がそろって移動しない限り保持力を持ちます。2、3人なら移れても、PTAのような規模ではまず無理だと確認されました。
新興国のインフラと「ガチャ切り投稿」
話題は新興国に移ります。インドは13億人、ブラジルは2.1億人の人口を抱え、Facebookにとって非常に重要な市場です。
2012年、Facebookはインドの街に看板を出し、「Facebookは○○からでも投稿できます」と広告しました。その正解は、コールセンターに電話して投稿したい内容を伝える、という方法でした。
なぜここまで泥臭いことをするのか。背景には新興国のインフラレベルがあります。フィーチャーフォンの比率は、2024年時点でインドが約26%、アフリカでは約55%にのぼります。
スマホは安くても1、2万円する一方、インドの田舎では月収5000円、アフリカでは月収2000円という地域もまだあります。手が出ない人でも使えるようにする必要がありました。
そこで2010年からインドでは、業務用のイメージがあるSMSを活用します。特定の記号を打つと、友達のアップデートがメッセージで届く仕組みを作りました。
ただしSMSは長文が打ちにくく、1通10円ほどかかります。月収2000円の人には重い負担です。そこで登場したのがコールセンター経由の投稿でした。
これもすごくない?ガチャ切りしてください、なんですよ。
看板の電話番号にかけるとすぐ切られます。切れば発信番号が分かるので、オペレーターが無料通話でかけ直し、「今投稿されたいんですよね?」と対応する仕組みです。利用者の通話料を抑える工夫でした。
コールセンター経由なら、インドの多数のローカル言語でも投稿できます。ネットワークを最初に押さえるために、電話代を負担してでも投稿できる環境を整えたのです。
コールセンターを設置して、電話代も全て持って投稿できるようにするぐらい、ネットワーク効果って最初に押さえられちゃうとヤバい。本当に強烈ってことですよね。
各国で戦略を変えるFacebookとグッドイナフプロダクト
こうした地道な施策の結果、2025年時点でInstagramのインドの利用者は3.6億人にのぼり、アメリカの1.6億人を大きく上回って断トツ1位です。ブラジルも1.3億人で世界3位です。
けんすうさんは、経済発展より先にネットの中でのつながりを制覇することが重要になっていると指摘します。SMSのような古い手段まで含めて、誰もがつながる時代が背景にあります。
さらにFacebookはキャリアと組み、無料プランも作りました。2番手3番手の伸びたいモバイルキャリアと組み、「1日1回の投稿までは無料」といった形で提供します。
インドでは、SMSやコールセンターで得た投稿を一人が見て、周りに世間話として広める文化がありました。情報を知る人がヒーローになり、「俺も使いたい」という連鎖が生まれたと語られます。
Facebookの閲覧が無料になるなら、そのキャリアに乗り換える。日本でiPhoneがソフトバンクしか使えなかった時期にユーザーが移った現象と重なります。
Instagramに注力したのにも理由があります。言語がバラバラなインドでは、視覚のコミュニケーションのほうがネットワーク効果が効くためです。解像度を落として通信を軽くし、フィーチャーフォンでも動くよう中国メーカーと端末まで作りました。
けんすうさんは、この考え方をグッドイナフプロダクト戦略と呼びます。日本のマーケティングが足し算になりがちなのに対し、新興国では引き算で「これで十分」を突き詰めるという発想です。
機能を足して価値を高めようとする発想
収入やインフラに合わせて引き算し、「これで十分」を突き詰める発想
いいものを作って使われないより、まずネットワークを取ることが重要だという発想です。一度サブグループを押さえれば、後から端末や現地サービスが進化してもスイッチされにくくなります。
社会インフラ化するWhatsAppと1兆円の広告市場
今から伸びるアフリカでは、いまだ半分がフィーチャーフォンです。AIも最初に流行ったのはチャットであり、チャットなら究極的にはSMSでも十分だとけんすうさんは言います。
今から伸びていくアフリカの中で、AIを使ったある特定のジャンルに関するコミュニケーションは、もうそこが取っちゃうみたいなことも、実は今からでも間に合う戦略なんですよ。
AIによって、新興国のインフラレベルに合わせたサービス設計ができるようになってきたと語られます。電話で話したら教えてくれる仕組みも、その一例です。
いま急成長しているのがWhatsAppの広告市場です。新興国ではWhatsAppがコミュニケーションとして浸透し、企業の問い合わせ窓口もWhatsAppになっているためです。
日本のLINE公式チャンネルとは違い、新興国では「これ在庫ある?」「今から行くけど予約していい?」といった中小企業や店舗とのやり取りがWhatsApp前提になっています。電話番号に近い存在です。
その結果、InstagramやFacebookの広告を見て買いたくなったら、そのままWhatsAppで注文する市場が伸びています。これがすでに1兆円規模のマーケットになっています。
これは社会のコミュニケーションインフラの話になってきます。将来はAIがエージェントとしてWhatsApp経由で予約する世界も見えてくると語られました。
やっぱりこれ分割しましょう。強くなりすぎてしまう。
日本での戦略の違いと10年がかりの視点
日本にはこうした施策がほとんど来ていません。メッセンジャーがLINEに押さえられているため、Facebookより利用者の多いInstagramに注力しつつ、次の手としてAIやVRを進めているためです。
家電量販店でMeta Questが目立つのもその一環です。尾原さんは脱線としつつ、若い世代がLINEよりInstagramのDMでやり取りする点に触れ、そこから新たなメッセンジャーが生まれる可能性を挙げました。
けんすうさんは、コミュニケーションをひっくり返すのは次の世代からだと語ります。Instagramを持っていることが、その長い戦略で強みになるという見立てです。
最後に、次世代の主流プラットフォームが現れれば買収するか葬るかという厳しさに触れつつ、10年がかりでネットワーク効果を押さえる視点をヒントとして共有しました。新興国市場は常にあり、今からでもチャンスの扉は開かれていると締めくくられます。
まとめ
新興国を制したのは、洗練された機能ではなく、コールセンターやSMSまで使った泥臭い工夫でした。ネットワーク効果とサブグループの拘束力を、収入やインフラに合わせて引き算しながら押さえたことが、WhatsAppを社会インフラへと変えていきました。
- ネットワーク効果は、ベースの上にサブグループができることで一段と離れにくくなる
- 新興国ではコールセンター投稿やSMS配信など、収入とインフラに合わせた泥臭い工夫が使われた
- 機能を引き算する「グッドイナフプロダクト」で、まずネットワークを押さえる発想が徹底された
- WhatsAppは企業とのやり取りの前提となり、1兆円規模の広告市場を生む社会インフラになった
- AIの活用で、新興国向けのサービス設計は今からでもチャンスがあると語られた
