Instagramの19倍、WhatsApp買収の衝撃
前回取り上げたInstagram買収に続き、今回はWhatsAppの買収が話題になります。Instagramは2012年、売上0円の段階で1000億円で買収されました。
その4年後の2014年、Facebookが買収したWhatsAppの金額は、けんすうさんが即答した通り190億ドル、日本円でおよそ2兆円でした。
Instagram 1000億がすごいかすむというか、安かったねって感覚になりますよね。
なぜスマホが主流になった4年後に、これほど大きなディールが成立したのか。尾原さんはその理由をネットワークエフェクトに求めます。
WhatsAppは現在20億人が使うサービスです。尾原さんによれば、メッセンジャーは1日にユーザーがアプリを開く頻度が圧倒的に高く、その点で他のソーシャルサービスに勝ります。
じゃあ、やっぱり、でもLINE、Facebook Messenger、シグナルとかのメッセージ系ですね。
インターネットのサービスは、頻度とリーチの数の掛け算で強さが決まります。尾原さんは、その点でメッセンジャーには敵わないと語ります。
気軽に繋がるコストを下げた歴史
尾原さんは、メッセージサービスが持つ価値を過去のサービスと重ねて説明します。ドコモのiモードは、年間4000億円規模のコンテンツ事業を生み出しました。
そのiモードの最初のキャッチコピーは「1円メール」でした。コマーシャルには広末涼子さんが起用され、「ポケベル卒業しました」というフレーズが使われたと振り返ります。
それまでポケベルは受け取るだけで、送るには電話が必要でした。1通1円でメールが送れることは、気軽に繋がれるという点で衝撃的だったといいます。
携帯電話のSMS(ショートメッセージサービス)は、1999年の段階で1通10円でした。通信速度が遅い2Gの時代に、気軽に、安く、大量の頻度で繋がれることに大きな価値があったと尾原さんは話します。
生き残ったメッセンジャーの共通点
尾原さんは、Skypeがサービスを終了した一方でWhatsAppが生き残った点に注目します。AOLやMSN、ICQといった古いメッセンジャーは姿を消しました。
いま覇権を持つサービスには、LINE、WeChat、カカオトーク、WhatsAppなどがあります。尾原さんによれば、これらには1つの共通点があるといいます。
それは、すべて2009年から2011年の間に生まれたという点です。わずか2年ほどのスロットで登場したサービスだけが、今も生き残っています。
その2年ぐらいしかもうチャンスがなかったってことですね。
生き残ったサービスと消えたサービスの違い。尾原さんはそれを「モバイルファースト」だと説明します。
SkypeやAOLなどPCベース。ID登録・メール確認・パスワード設定と3ステップ必要
WhatsAppなどモバイルファースト。電話番号だけで登録できるイージーインストール
モバイルファーストが作った圧倒的優位
WhatsAppは2009年、元Yahoo!のエンジニア2人が立ち上げました。2人はどちらもFacebookの面接で落とされ、自分たちでサービスを作ったという経緯があります。
尾原さんは、モバイルファーストの衝撃をいくつか挙げます。1つ目は「イージーインストール」です。
PCベースのSkypeやAOLメッセンジャーは、ID入力、メール確認、パスワード設定と3ステップが必要でした。一方WhatsAppは、電話番号だけで登録が完了します。
2つ目は、電話番号だけで登録できることがネットワーク外部性を回す点です。尾原さんは、後から入る相手が入りやすいことが最も大事だと語ります。
最初に入るファーストペンギンはリテラシーが高い一方、後から誘われる人はリテラシーが高くないことが多いと尾原さんは指摘します。そこでイージーインストールが効いてくるのです。
尾原さんは、同じ構図で伸びたサービスとしてコロナ期のZoomを挙げます。リンクをクリックするだけで使えるディープリンクや、受信側はウェブから会議に参加できる仕組みが当時は衝撃的でした。
さらに当時は通信料も通話料も高い時代でした。LINEやWhatsAppを使えば通信料が安くなり、1分32円の通話に比べてデータ通信なら圧倒的に安く話せる。この「イージーインストール」と「コストアービトラージ」の2つが揃うと、爆発的に普及したといいます。
簡単で、かつ、当時だったら電話代無料、みたいなのがやっぱすごいセンセーショナルというか、衝撃でしたもんね。
言語圏で1位を取ると崩れない
尾原さんは、モバイルファーストを理解して動いたWeChat、LINE、カカオトークが成功したと説明します。中でも極端なのがWeChatです。
WeChatは、ICQを作った会社が手がけたQQを持ちながら、それを使わず0からモバイルファーストのアプリを立ち上げました。既存のネットワークに頼らず、新たに巨大なネットワークを作ったのです。
普通にセオリーで考えたらネットワークあるところから持ってきたくなりそうなところを0から立ち上げて、もう自社のサービスすら量がする規模のネットワークを新たに作るっていうのをやったわけですね。
なぜそこまでするのか。尾原さんは、ネットワーク外部性の最強の形は「仲間外れになりたくないから仕方なく入る」ことだと語ります。
日本語圏、英語圏、韓国語圏、中国語圏といった言語のクラスターで1度1位を取ると、なかなかひっくり返らないといいます。WhatsAppが日本でLINEを超えなかったのも、この構図によるものです。
WhatsAppはインド、ブラジル、イギリス、ドイツ、アメリカなど169カ国で1位です。世界でこれほど使われながら日本だけ普及しなかったサービスは珍しいと2人は話します。
だからこそ、2009年から2011年のわずか2年のスロットでなりふり構わず動いた国だけが、ローカルのメッセンジャーを持てました。それ以外の169カ国はWhatsAppに1位を取られたのです。
Facebookが半年かけて買った理由
FacebookはFacebook MessengerやInstagramのDMを持ちながら、なぜWhatsAppに2兆円を払ったのか。けんすうさんはこの点を疑問に感じていました。
尾原さんは、ネットワーク外部性の恐ろしさゆえに、FacebookもWhatsAppに1.9兆円を払わざるを得なかったと説明します。
Facebook Messengerをやってたものの、これもう100%負けるなっていうのがほぼ見えちゃってたんですかね。
Instagram買収はわずか2日で決めたディールでした。一方WhatsAppは逆で、半年以上かけてじっくり進められたといいます。
WhatsAppの創業者はFacebookの取締役に迎えられ、WhatsAppとして守りたいガバナンスは守るという形が取られました。
WhatsAppはLINEのようなスタンプ、ウォレット、求人、ローンなどを備えたスーパーアプリではなく、基本的にはメッセンジャーだけのサービスです。一部の国で決済を行う程度だと尾原さんは説明します。
その戦略はインドとブラジルを見れば分かる、と尾原さんは次回への引きとして語ります。まだサービスが発達していない国の入り口を押さえる段階にあるという見立てです。
創業者のブライアン・アクトンは、仲間外れにならないためのプラットフォームを作りきることが最重要だと理解していたため、あえてシンプルな形にしました。1年目は無料、2年目から年間100円という形で、過度なマネタイズや広告を避けたのです。
独占をめぐる論点とAI時代への接続
1.9兆円の買収により、Facebookは169カ国で1位のコミュニケーションツールを押さえました。ただし尾原さんは、これが本当に良かったのかという論点を提示します。
WhatsAppは長く無料で運営され、広告もほとんど入れてきませんでした。単体企業なら成立しないこのポジションは、収益を上げるFacebookという親会社があってこそ維持できたと尾原さんは指摘します。
そのため、巨大企業が無料に近い形でWhatsAppを買い、結果的に169カ国で首位を取ることは独占に当たらないのか、という議論が起きています。けんすうさんはこれをダンピングに近いと表現します。
コミュニケーションデータはAI時代に宝の山になります。尾原さんは、WhatsAppとFacebookは分割した方がいいのではないか、という迫力を持つ議論だと語ります。
もう強くなりすぎちゃったから、もうちょっと引きはがさないと、もう勝ち続けちゃうよね、みたいなことですね。
尾原さんは、GoogleのChromeやMicrosoftのInternet Explorer、Office製品も同じ構図だと説明します。独占的な存在はすべてネットワーク外部性に関わるものだといいます。
たとえばExcelは、ビジネスの数表管理における共通言語です。仲間外れにならないためにWindowsやPowerPointを使わざるを得なくなる、という構図が働きます。
尾原さんは、独占の本質は「言語を握る」「仲間外れになりたくない場所を握る」ことだと整理します。だからこそWhatsApp買収は戦略的に正しく、同時に強すぎるがゆえに独禁法の争点になっているのです。
共通言語を握る
メッセージや数表など、多くの人が使わざるを得ない場所を押さえる
仲間外れ回避が働く
後から入る人が「入らないと不便」だから仕方なく参加する
1位が固定化する
言語圏やクラスターで1度1位になると、なかなかひっくり返らない
独占の論点になる
強すぎるがゆえに、分割すべきかという独禁法の議論が起きる
尾原さんは、AI時代に「言語」を誰が握るのかという問いにも接続します。ここを押さえれば数十年安泰になりうるからこそ、MetaがVRやAIに巨額を投じる理由も見えてくるといいます。
最後にけんすうさんは、Instagramはメディア的な要素が強いのに対し、WhatsAppはネットワークの純粋な部分だからこそ、価値に19倍20倍の差があると腑に落ちたと振り返ります。
尾原さんは、コミュニケーションのピュアな部分こそ普及力と頻度で最も重要であり、その戦略の核がネットワーク外部性だと締めくくります。次回はインドとブラジルでのWhatsApp戦略を深掘りする予定です。
まとめ
WhatsApp買収は、単なるメッセージアプリの取得ではなく、ネットワーク外部性が生む支配力を押さえるための一手でした。その強さと危うさが、独占をめぐる議論やAI時代の競争にまでつながっていきます。
- Instagramの1000億円に対し、WhatsAppは4年後の2014年に1.9兆円で買収された
- 生き残ったメッセンジャーは2009〜2011年に生まれたモバイルファースト勢だけだった
- 電話番号だけのイージーインストールと通信コスト削減が爆発的な普及を生んだ
- 言語圏やクラスターで1度1位を取ると崩れにくく、これがFacebookに巨額買収を迫った
- 無料維持を支える親会社の存在と1位固定化が、独占とAI時代の競争の論点になっている
