従業員13名・売上ゼロのアプリに、なぜ2日で値がついたのか
ハイパー起業ラジオのMeta編は、前回、ゲームとモバイルへの展開を「一時的に成功に見えることが戦略的には大失敗になり得る」例として取り上げました。今回はその続きで、Facebookの次の経営的な転換点であるInstagram買収が題材です。
尾原さんによると、Facebookは創業者マーク・ザッカーバーグの「もう戦争だ」という号令のもとでモバイル化を進め、2012年ごろには盤石な体制が見えてきていました。その直後に起きたのが、Instagramの買収です。
しかもこれえぐいのが、3つあってですね、数字が。1つは1,000億円で買収したんですけれども、その時の従業員数が、たったの13名で売上ゼロ。
尾原さんが挙げる3つの数字は、買収額、従業員数、そして取引にかかった期間です。けんすうさんが先回りして「2日」と答えたように、Instagram買収はわずか2日で決まりました。
2日で、この金額を決めれるっていう話なんですけど、じゃあなんで(Facebookは)こんなに2日で決めなきゃいけなかったのか。
尾原さんは、このInstagram買収を「戦略的な買収の教科書みたいなストーリー」と位置づけ、Facebook側から見た必然性を順に深掘りしていきます。
Instagramの原型は位置情報アプリの「パクリ」だった
Instagramのサービス開始は2010年です。尾原さんは、Instagramが最初はまったく別の「パクリアプリ」だったことを、けんすうさんに問いかけます。
2010年は、2007年に登場したiPhoneがこなれてきて、シリコンバレーや西海岸の先端層がこぞってスマホを持ち始めた時期でした。「モバイル楽しい」という空気のなかで、Foursquare ── 2009年に始まった位置情報サービス。訪れた店や場所に「チェックイン」して友人と共有する仕組みで、スマホ普及初期に大流行しましたのように「ここにチェックインした」と位置情報を共有するサービスが大流行していました。
そこに後発の模倣サービスとして登場したのが、Instagramの原型である「バーブン」です。尾原さんいわく、模倣サービスであるバーブンは当然うまくいかず、すぐにピボット ── 事業の方向性を大きく転換すること。スタートアップが最初の仮説がうまくいかないとき、得た学びを生かして別の事業へ切り替える動きを指しますを決めます。
(チェックインアプリで)位置情報の詳報として写真をアップするみたいなのが流行ったんだよね。だったら逆にすればいいじゃん、と。
ピボット後の発想はとてもシンプルでした。写真のアップをメインにし、位置情報は付け加えるものにして、気軽にいろんな場所へ投稿できるようにする。それがInstagramです。
Instagramという名前は、手軽に写真が撮れる「インスタントカメラ」と、電報を意味する「テレグラム」を合わせた言葉だと尾原さんは説明します。
ピボットしたInstagramは2010年10月6日に公開されると、初日に2.3万人がダウンロードしてサーバーがクラッシュしました。その後もユーザーは急増し、2012年の買収時には3000万人に達しています。
「ツール・トゥ・ネットワーク」と正方形フィルターの魔法
Instagramの急成長を理解する鍵として、尾原さんは番組のネットワークエフェクト回でも扱った「ツール・トゥ・ネットワーク」という概念を持ち出します。けんすうさんも自身がよく使う話だとして、要点を説明しました。
使ってる人が少ないと(ネットワーク効果は)めっちゃ弱いよね。で、最初はツールとして広げていって、使う人を増やしてからネットワーク効果が発動するようにするといいよね、みたいな話ですよね。
当時はTwitterでのチェックイン投稿、Facebookの写真機能、Tumblrでの写真のブックマークなど、写真の共有がSNS全体で鍵になっていました。Instagramは、複数のSNSへ同時に投稿できるツールとして、スマホがまだ重かった時代に重宝されます。
さらに大きかったのが、軽い画像サイズなのにかっこよく見えるフィルターです。けんすうさん自身も2010年10月ごろから使い始め、当時のログを振り返ると「完全に正方形でおしゃれなフィルター」が印象的だったといいます。
iPhoneって画質悪かったけど、ここ(Instagramのフィルター)挟むとすぐかっこよくなるっていう。それでみんな一気にFacebookと、Twitterに投稿するようになった。
ツールとして普及
フィルター加工と複数SNSへの同時投稿で、単体でも便利なアプリになる
利用者が増える
FacebookやTwitterに投稿された写真を通じて一気に広がる
ネットワーク効果が発動
Instagram上で写真を共有・閲覧する場として価値が高まる
尾原さんが評価するのは、性能不足を「意味」で転換した点です。正方形の写真は昔のインスタントカメラを連想させ、少し粗いレトロな色味が、かえって懐かしさや思いを乗せやすくしました。
機能で特化するんじゃなくて、昔の懐かしさみたいな意味のイノベーションを載っけていくことで、機能不足なところをおしゃれに転換していくみたいなところがすごくうまかったんですよ。
Facebookは何に脅威を感じたのか
尾原さんは次に、Facebookから見てInstagramがなぜ脅威だったのかを問いかけます。けんすうさんの答えは、PCのサービスというイメージが強いFacebookに対し、Instagramは「モバイルしかない」ほどのモバイルファーストだった、というものでした。
1つ目の脅威はまさにこの点です。Facebookはモバイルへの乗り遅れを最も強く感じ、ゴリゴリと巻き返しを始めた時期でした。その矢先に、モバイルネイティブのInstagramが伸びていたわけです。
2つ目の脅威は、モバイルという新しいプラットフォームには新しいコミュニケーション手段が生まれる、というパターンです。尾原さんによれば、ガラケー文化があった日本と違い、アメリカではスマホでのコミュニケーションの形態が圧倒的に写真でした。
食べたものとか空の写真とか、見て面白かったものを、LINEとかで送るとかInstagramにアップするっていうのが超楽しかったっていうのが、多分2010年から2012年ぐらいの(時期です)。
尾原さんには、当時のショックな記憶があります。ホットペッパーモバイルに関わっていた時期、全国の営業担当が料理をきれいに見せる角度や撮り方を工夫していたのに、Instagramでは真上から撮る料理写真がかっこいいとされるブームが起きたのです。
ここから導かれるのが、新しいフォーマットには新しいかっこよさが生まれ、そのかっこよさを流通させるプラットフォームに「粘着性」が生まれるという考え方です。写真を写真特有のかっこよさにまで昇華させたことが、Facebookになかったもの、つまり脅威の2つ目の中身でした。
けんすうさんは、PCでネットワーク効果を握っていたFacebookにとって、新しいかっこよさを定義したInstagramがモバイルファーストで急拡大する状況は、相当な脅威に映ったのだろうとまとめます。ただし尾原さんは「これだけでもまだ足りない」と続けます。
ソーシャルグラフとインタレストグラフ、AI時代に見えなくなった対立
尾原さんが3つ目の脅威として「めっちゃ大事」と強調するのが、ソーシャルグラフとインタレストグラフの対立です。AI時代の今こそ考え直すべきテーマだといいます。
けんすうさんの整理では、ソーシャルグラフは友達や知人のつながり、インタレストグラフは興味でのつながりを指します。2010年代によく聞かれた概念ですが、2020年代にはあまり聞かなくなりました。
今ってAIがあなたこれ興味あるってことは、これも興味あるでしょっていう風にAIが自動判定するようになったから、(インタレストグラフが)表に見えなくなっただけなんですよ。
当時のInstagramでは、ハッシュタグをクリックすると、サーファーなら波の写真、空好きなら同じタイミングで空を撮った人の写真に出会えました。同じものを美しいと感じる人とのつながりを感知できたことが、尾原さんの言う「革命」です。
言語化できるものは検索で見つけられましたが、言語化しにくい美しさはハッシュタグ経由で一度に眺めることで初めて出会えます。尾原さんはこれを、サーチからディスカバーへの転換と表現しました。
友達や知人とのつながりをもとに情報が流れる
ハッシュタグを入り口に、同じ興味や美意識を持つ人とつながる
尾原さんは、日本独自の「本好きと繋がりたい」のようなハッシュタグを例に挙げ、同じ志向性を持つ人とつながりたいという欲求は今も残っていると指摘します。
TikTokが壊したハッシュタグ文化を、バイトダンス自身が拾い直す
尾原さんによると、TikTokやリール文化ではAIが裏側で興味を推定するため、ユーザーがハッシュタグからハッシュタグへ渡り歩く「サーフ」の感覚は失われつつあります。けんすうさんも、YouTubeなどのレコメンドが優秀なのでハッシュタグで追う人はほとんどいないだろうと応じます。
ところが尾原さんは、ここに逆張りの動きがあると話します。TikTokを作ったバイトダンス自身が、ハッシュタグ文化を壊したことがむしろチャンスになると考え、約3年前にハッシュタグ中心の写真・動画アプリ「Lemon8」を立ち上げたというのです。
尾原さんによればLemon8は日本ではそれほど流行していないものの、アジアでは受けているそうです。けんすうさんはLemon8を使っていると話しました。
AIに身を任せて、やる楽しみもあるけど、自分で波を選んでいく中で繋がっていくっていう楽しみは常にあって、これは振り子だからさ。
尾原さんの見立てでは、InstagramがTikTokを追ってリール中心に寄せたことで大事なものを失い、その隙にバイトダンスがInstagramの育てたハッシュタグのインタレストグラフ文化をさらっていく、という構図が起きています。
Twitterの5億ドルオファーと、ザッカーバーグの電撃的な動き
けんすうさんが話を戻し、3つの脅威が整理されます。尾原さんは、どこまで自覚的だったかは置いておくとしたうえで、モバイルファーストで伸び、モバイルの中心である写真を握るInstagramを、Facebookは強い脅威と感じたはずだと述べます。
Instagram買収は2012年4月に、わずか2日で行われました。きっかけは、同じ2012年4月にTwitterが先にInstagramへ5億ドル(尾原さんの表現では約500億円)のオファーを出したことでした。
尾原さんは、このTwitterのオファーの裏側には、尾原さんが「トランプの裏の隠れCTO」と呼ぶピーター・ティール ── PayPal共同創業者で著名な投資家。Facebookの初期投資家としても知られ、シリコンバレーで大きな影響力を持つ人物ですがいたと話します。
オファーを受けたInstagramのトップ、ケビン・シストロムは、その足でザッカーバーグのもとへ相談に行きます。するとザッカーバーグは翌日に自宅へ招き、倍額の10億ドルを提示しました。
尾原さんによれば、正確には現金が約300億円分で、残りはFacebook株という条件で合意し、4月9日に発表されます。けんすうさんは、Twitterが買う前に、より高い金額で買うか、敵対して潰すかしか選択肢がなかったのだろうと推察しました。
Twitterのオファー
2012年4月、TwitterがInstagramに5億ドルを提示
シストロムの相談
ケビン・シストロムがザッカーバーグのもとへ話をしに行く
ザッカーバーグの提示
翌日に自宅へ招き、倍額の10億ドル(現金と株)を提示
発表
4月9日に買収を発表
「Buy or bury」と「ザックする」、勝ち切る経営者の胆力
尾原さんは、ザッカーバーグの代名詞として「Buy or bury」という言葉を紹介します。買われるか、それとも墓に埋められるか、どちらがいいかという意味です。
実際、Facebookは買収後のInstagramに、2016年にストーリーズ、2020年にリールを実装しました。ストーリーズの元ネタはSnapchat、リールの元ネタはTikTokです。
Snapchatが買収できなかったから、あ、じゃあ俺自分のところで作るから。で、TikTok買収できなかったから、じゃあリール、俺のところで作るからっていう風に、本気でやっていく。
シリコンバレーでは、ライバルを買えなければすぐに模倣することを指して「ザックする」という動詞まで生まれているそうです。けんすうさんはこの戦略を「正しい」と評価し、尾原さんも同意しつつ、やり切ることの難しさを強調します。
尾原さんは日本の例として、ソフトバンクの孫正義さんとYahoo! JAPANの歴史を挙げます。別の日本企業との戦略提携が決まっていたところを、孫さんは確か3日ほどでひっくり返したといいます。
(孫さんは)「こんだけ出資させなかったら、俺全力でお前と同じもの作るからね」っていう風に言った。
けんすうさんは、PayPayの動きを見ても、ソフトバンクがそうした動きをすると周囲が知っているから「売っておいたほうがいい」となりやすい、と話します。
尾原さんはPayPayについて、ソフトバンクの宮川さんが戦略を問われて「ライバルよりお金を使うこと」と答えていたことに触れます。最初のキャンペーンが52億円だったのは、LINEのキャッシュフローの余裕が50億円だったから2億円上乗せした、という話も紹介しました。
技術を買うアクハイアリングと、ネットワークを買う買収の違い
けんすうさんは、前回少し出たメッセンジャーの話に触れ、Belugaベルーガのようなアプリの買収は技術を買うもので、Instagram買収とは性質が違うのではないかと尋ねます。
尾原さんによれば、Belugaの買収はスマホの超黎明期で、まだユーザー群がいませんでした。プラットフォームが始まる瞬間は、技術で先行するチームを抱え込めば勝てるというアクハイアリング ── 「Acquisition(買収)」と「Hiring(採用)」を組み合わせた造語。製品やユーザーよりも、開発チームの人材獲得を主な目的として企業を買収することです型の買収が起こります。
尾原さんは、アクハイアリングの金額は高くなってきたとはいえ上限が2、300億円ほどで、普通はだいたい50億円くらいだと説明します。
一方、プラットフォームの初期ユーザーが1000万人ほど溜まった段階で始まったサービスは、1、2か月で数百万人を集めるほどネットワーク効果が回り始めます。尾原さんは、この時期を無視すると翌年には買収金額が20倍、100倍になりかねないと話します。
このプラットフォームがキュってユーザーが伸び始めて、普及期に入るちょい手前ぐらいが、実はこういう買収における一番値段がつくタイミングだったりする。
けんすうさんは、Facebookの過去の買収を3つ並べて整理しました。人材目的のFriendFeed、元Google出身の3人という人材と技術が評価され翌年メッセンジャーに組み込まれたBeluga、そして存在価値を脅かすネットワーク効果を持ったInstagramです。
| 買収先 | 主な目的 | 特徴 |
|---|---|---|
| FriendFeed | 人材 | 人材を目的としたアプリの買収 |
| Beluga | 人材と技術 | 非同期のやり取りを扱う技術が翌年メッセンジャーに組み込まれた |
| 脅威の取り込み | ネットワーク効果でFacebookの存在価値を脅かしていた |
けんすうさんは、この3つのなかでInstagramだけが突出して金額が高いことが示唆深い、と感想を述べています。
次に買収額が跳ね上がるのはVRかスマートグラスか
尾原さんは、Instagram買収の教訓をこれからのデバイスに当てはめます。アメリカではローティーンがVR端末を買う層としてティッピングポイント ── ある現象が急激に広がり始める転換点のこと。普及率が一定の閾値を超えると、そこから一気に浸透が加速するとされますを超え始め、スマートグラスも今後確実に安くなっていくと見ています。
健康を測るオーラリングのようなスマートリングも値段が下がり、普及の転換点に入り始めています。尾原さんは、病院とツールの間でネットワーク効果が起きるタイミングに入りつつあると指摘します。
ただし尾原さんによれば、スマートリングは技術的な差が小さく、後出しで勝ち切る戦略が取りやすいため、ツールにとどまる限り買収金額はそれほど上がらない可能性があります。対して、スマートグラスやVR上のコミュニケーションやゲームは、買収金額が跳ね上がるタイミングに入っているといいます。
けんすうさんは具体的に、VR上でLINEのようなサービスが1000万ユーザーに届けば大きな脅威になり、スマートリングも各病院とつながって診察データに使われるようになれば価値が跳ね上がる、と想像を広げました。
スマートリングの製品を持っているだけの会社。技術差が小さく、後発に追いつかれやすい
各病院とつながり、診察でデータが使われる状態。ネットワーク効果で価値が跳ね上がる
尾原さんは、Instagram買収が、Facebookにとって非連続な成長を可能にする戦略的な一手として非常に重要だった、と話を締めくくります。
次回予告、16倍のWhatsApp買収と独占禁止法
Instagram買収のあと、Facebookはもう1つ大きな買収をします。メッセージアプリのWhatsAppで、尾原さんによればその買収金額はInstagramの16倍でした。
さらに今のアメリカでは、Instagram買収も含めて、Facebookの行為が独占禁止法に抵触するかが争点になっていると尾原さんは話します。日本ではその理由が表面的にしか語られていないといいます。
ネットワークエフェクトの凄さゆえの、Facebookの英断としての巨額買収っていう話と、一方でその限りないグレーゾーンっていうところの、話を次回したいなと。
まとめ
FacebookによるInstagram買収は、売上ゼロのアプリへの賭けではなく、モバイル、写真のかっこよさ、インタレストグラフという自社にない強みを持つ脅威を、ネットワーク効果が爆発する直前に取り込む戦略的な判断だったと整理できます。
- Instagramは位置情報アプリからのピボットで生まれ、正方形とレトロなフィルターで性能不足を「おしゃれ」に転換した
- Facebookにとっての脅威は、モバイルファースト、写真特有のかっこよさ、ハッシュタグによるインタレストグラフの3つだった
- Twitterの5億ドルオファーを受け、ザッカーバーグは翌日に倍額の10億ドルを提示し、2日で買収を決めた
- 買えなければ模倣して潰す「Buy or bury」は、ストーリーズやリールの実装にも表れている
- 普及期に入る直前が最も買収価値がつくタイミングで、今後はVRやスマートグラスがその局面に入りつつある




