世界最大の「国」になったFacebook
前回のテーマは、SNSが思考操作にまで使われうる危うさを示したケンブリッジ・アナリティカ事件でした。今回はその逆で、巨大プラットフォームだからこそできることに挑んで反発を受けた例が語られます。
Facebookが世界プラットフォームになったからできることをやってみたら、フルボッコにされたよっていう一例なんですよ。
それが、世界共通通貨としての仮想通貨への進出、リブラ構想でした。尾原さんにとっては、個人的にも思い出深い出来事だといいます。
尾原さんは、Facebookのユーザー数を象徴的な数字として語ります。2016年、Facebookの世界ユーザーが17億人を超えました。これは中国とインドの人口を超える規模です。
つまり世界最大の国はもはや中国でもなく、これからそれをひっくり返すインドでもなく、実はFacebookこそが世界最大の国になったから。
この事実が、尾原さん自身の暮らし方も変えたと話します。日本ではなくシンガポールやバリを居住地に選んだ理由も、この感覚にあったといいます。
俺Facebookに住んでれば世界どこに住んでても関係ないや、って思えたからなんですよ。
17億人しか届かない金融、25億人に届くFacebook
リブラは2019年6月に発表されました。背景にあったのは、金融システムの届く範囲と、Facebookの届く範囲の大きな差です。
世界で約17億人にしか届いていない
約25億人にリーチする世界最大のプラットフォーム
世界には銀行口座を持たない人がたくさんいます。アフリカでは、メッセージアプリ上でお金をプールしてやり取りするWhatsApp Payが、事実上の通貨プラットフォームになっている国もあると尾原さんは説明します。
もう一つの具体例として挙げられたのが、出稼ぎと送金の問題です。フィリピンでは、国のGDPの7分の1を出稼ぎの人たちが稼いでいるといいます。
各国で家政婦や介護、飲食店などで働く人が本国に送金するケースは多く、そのたびに手数料や時間がかかります。デジタル共通通貨があれば便利だ、という発想につながっていきます。
日本の銀行から、例えばアメリカの銀行に振り込むとかって、想像以上にめんどくさいし高いんですよね。
発表数時間後にEUが拒否、なぜ国は嫌がったのか
Facebookも反発は予期していました。そのため、一社で独占しないという姿勢を、さまざまな形で示していきます。
初期メンバーには、Visaやマスターカード、PayPal、Stripe、eBay、Spotify、Uber、Vodafoneなど28社が参加。各社1000万ドル、当時で10億円ほどを出資してのスタートでした。
通貨設計でも配慮を見せます。完全な独自通貨ではなく、ドル、ユーロ、円、ポンドなど主要通貨を組み合わせる「バスケット方式」で、既存通貨の強さに連動させる形にしました。
2年ほど準備を重ね、慎重に進めたにもかかわらず、反応は厳しいものでした。
発表した数時間後にですね、EUが「こんなの認めるわけねえだろ」って。
Facebookは「やらなければ中国がデジタル通貨で先行する」とも訴えます。実際、中国は華僑の移民ネットワークを持ち、この後デジタル人民元を動かし始めます。
しかし各国の反発は収まらず、まずPayPalが離脱。続いてeBay、マスターカード、Stripe、Visaと、初期メンバーが次々と抜けていきました。
シニョレッジと基軸通貨、国が手放せない権力
なぜ国はここまで嫌がったのか。けんすうさんは、ユーザーベースを持つ企業が通貨をつくることの影響力の大きさを指摘します。
ユーザーベースを持ってる所が通貨っぽいものを作るっていうところの圧倒的なヤバさ、影響力がどんどん大きくなりそうみたいな感覚はありますね。
尾原さんは、その核心を「シニョレッジ」というキーワードで説明します。かつて通貨は金本位制のように、お金としての価値と物質としての価値が一致していました。
一方、今の紙幣は「単なる約束」だと尾原さんは言います。1万円札の原価が仮に500円なら、国は1万円を発行するだけで差額分の利益を得られます。これがシニョレッジです。
もし日本の通貨の半分がリブラになれば、国は発行による差益を得られず、自国経済のコントロールが難しくなります。これが国が嫌がる理由の1つ目です。
2つ目が「基軸通貨」です。通貨を過剰に発行すれば為替が自国に有利に動く、といったゲームが国家間で起こりがちだと尾原さんは説明します。
たとえば借金がある国が通貨を刷ると円安に向かい、外貨で見た返済額が実質的に目減りします。こうした為替のコントロールで有利に立てるのが、影響力の大きい通貨を持つ国、すなわち基軸通貨を握る国です。
もしリブラが基軸通貨的な地位を得れば、と考えると、けんすうさんはその現実味を語ります。
17億人いてどんどん増えて、下手すればもう3、40億人とかになって、銀行口座もクレジットカードも持ってない人はもうそれを使っているという状態になり。
国境を超えた仕事の支払いがリブラになり、その仲介の場までFacebookが握れば、と考えると、国が恐れる理由が見えてきます。
妥協、そして中止へ
各国からの反発を受け、Facebookは次々と妥協していきます。
しかし、ここまで反発を受け、参加企業も離脱した後では、賛同者はほとんど残りませんでした。プロジェクトは縮小し、最終的に中止に至ります。
それでもけんすうさんは、リブラが目指したものは数十年後の未来には現れそうだと話します。ただ、それは必然的に国家と衝突する構想でした。
やろうとしてることは、多分その数十年後の未来を考えると絶対にありそうなところなんですけどね。国家とコンフリクトしますよね。
分散型として生き続けるリブラの理想
尾原さんは、国家と衝突するからダメだ、で終わらせません。リモートワークが当たり前になり、AIがリアルタイムで通訳する時代には、国際的な送金の必要性はむしろ高まると見ています。
すでにNFTの世界では、日本人が作ったデジタルデータをアメリカの人が買い、イーサリアムで即座に決済が完了する取引が起きている、とけんすうさんは例を挙げます。
一方で、国際送金には2日かかり、2〜3%の手数料もかかります。為替の変動に生活やビジネスが左右される問題もあります。ここに、一企業がリードする共通通貨に頼っていいのか、という新しい難しさがあると尾原さんは指摘します。
さらに、マネーロンダリング防止やテロ資金対策の観点から、国がお金の流れをコントロールしたいという流れも出てきます。プライバシーを守るテレグラムのTONのようなプラットフォームの存在も、話を複雑にします。
注目すべきは、Facebook自身もすでにステーブルコインを使っている点です。銀行口座を持てない新興国の人にとって、プリペイドでお金を預けて実質的な通貨として使う仕組みは、各国で当たり前に行われています。
たとえばアジアの配車サービスGrabでは、運転手に現金をプールしてGrabポイントとして使う経済圏が回っています。アフリカのWhatsApp Payも同様の仕組みです。こうしたものが独自ポイントから、USDCなどのステーブルコインへ移りつつあると尾原さんは説明します。
もう自社で仮想通貨を作らず、すでにあるものを使ってやるっていう。
さらに、リブラのために作られた共通の開発ライブラリはオープンソースとして共有され、いまも多くのWeb3プロジェクトで使われています。一社独占の理想は挫折しても、その成果は分散した形で生き続けています。
巨大プラットフォーム時代を生きる歴史観
尾原さんは、リブラが本当に狙っていたのはゲーム内の消費ではなく、中小企業や新興国の人々のリアルなビジネスにおける送金の課題だったと整理します。
例えばナイジェリアの国の人にこれやってもらって、それが即時で支払われますみたいなことをやろうと思っても、やっぱ仮想通貨以外には今のところなくて。
金額を大きく動かすことより、小さくても速く回すこと。それが金融的に遅れたプレイヤーを救うと尾原さんは言います。この変化は中長期的には必ず起きると見ています。
今回の学びは2つ。急ぎすぎるとアレルギー反応が起きること。そして、大失敗に見えたリブラが、分散型として実はもう一度実現しつつあるということです。
尾原さんは最後に、インターネットの根幹にある思想を語ります。
インターネットの根幹っていうのは、Power to the People。小さな人々にどうやって力を提供していくんだ。
その力を提供するプラットフォームって、誰かが悪用をしたがるし、今までの既得権益とのアレルギー反応が起きちゃうから、そこで諦めんじゃねえぞ。
だからこそ、拒否反応が激しいものほど、もう少し長い時間軸で見ていこう、という態度が大事だと締めくくりました。次回はMetaシリーズの終盤として、なぜMetaがVRやAIに巨額の投資を続けるのかが語られます。
まとめ
リブラは各国の反発で頓挫しましたが、その根底にはシニョレッジや基軸通貨という国家の根幹に触れる問題がありました。そして構想の理想は、分散型として静かに実現へ向かっているという歴史観が語られました。
- Facebookは25億人にリーチし、金融が届かない層に共通通貨を届ける構想としてリブラを発表した
- 通貨発行の利益であるシニョレッジと基軸通貨の権力に触れるため、各国は猛反発し企業も次々離脱した
- 妥協を重ねてもプロジェクトは中止に至ったが、開発成果はオープンソースとして残った
- ステーブルコインなど分散型の形で、リブラが目指した未来は現在も作られつつある
- 大失敗を切り捨てず、何に拒否反応が起きたかを踏まえ長い時間軸で変化を見る歴史観が大切だと語られた
