公開収録限定の「ベスト方言グランプリ」とは
この回は、ゆる言語学ラジオが公開収録で開いた「俺たちのベスト方言グランプリ」の様子です。各地のリスナーを客席に集め、直接話を聞きながら進めます。
この企画は、二人だけの収録では成立しづらいものだと堀元さんは話します。過去にライブ配信で試したときはコメントでネイティブの用例が拾えたものの、二人だけだと手応えがなかったそうです。
ずっと手探りですよね、あれね。
こういう時に使うんじゃないですかね。
グランプリの趣旨は、優劣を競うことではありません。自分の地域の方言のうち「これは便利だから全国で使えるようにしたい」という推し方言を持ち寄ってもらう企画です。
なお今回は愛知出身の参加者がいませんでした。愛知・名古屋弁は水野さんの担当ということで、堀元さんは水野さんに「今日は一切出しゃばらないで、全員にマイクが当たるように」と釘を刺します。
俺たちのベスト名古屋弁レクチャーグランプリ。50%ぐらい僕が愛知の話を喋りますから。
熊本弁「しこる」の意味と使い方。「しこった」はどう使う?
最初の参加者、ゆどうふのマサさんが持ってきたのは熊本弁の「しこる」です。県外の人に必ず誤解される方言を救いたい、という狙いでした。
用例は「あいつしこってんな」。堀元さんも水野さんも下ネタを連想してしまいますが、実際の意味は「格好つけている」でした。関西弁の「イキってる」に近い言葉です。
なんかさっきトイレからガサゴソ音聞こえたんだけど、あいつしこってんな。
ただし関西弁の「イキってる」とは少し違い、必ずしもネガティブとは限りません。格好つけているのが似合っていれば、本当にかっこいいという意味で使うこともあるそうです。
この方言には漢字が当てられていて、「醜い」の「醜」に「る」を付けて「しこる」と書きます。「醜女」と書いて「しこめ」と読む、あの「しこ」です。
水野さんが『地方別方言語源辞典』を引くと、雑草や木が繁茂する意味の「しこる」も載っていました。番組で読み上げられた説明では、その繁殖ぶりを「我が物顔で傍若無人な様」と捉え、「格好つける・威張る」の意味が派生したのではないか、とされています。
さらにマサさんは、新明解国語辞典に見出し語「しこ」があり、敵から憎まれるほどの強い者という意味で載っていると補足します。
うんちく入れてきました?
マサさんによれば、この「しこ」には雅語であることを示す印が付いています。短歌や俳句などの詩的表現に多く用いられる言葉だといいます。
マサさんが伝えたかったのは、下ネタと誤解される「しこる」にも、古い言葉とのつながりがあるということでした。番組では、草木の繁茂からの意味の派生という辞書の説明と、雅語「しこ」をめぐる話が紹介されます。意味だけでなく、語の歴史を調べると印象まで変わる。そんな面白さが表れたやり取りです。
熊本の方言をもっと知りたい方は、同じ番組のベスト方言グランプリ第2弾へ。「あとぜき」や奄美の「はげ」など、地域ならではの便利な表現が登場します。
格好つけている・イキっている。似合っていれば「かっこいい」の意味にもなる
「しこる」に当てられた漢字。「醜女(しこめ)」の「しこ」と同じ
新明解では「敵から憎まれるほどの強い者」。詩的表現に使う雅語
播州弁「しよった」は完了ではなく「しそうになった」
次の参加者、摂津出身のウサギさんが紹介したのは播州弁の「しよった」です。自分は摂津出身ながら播州の方言を紹介するため、イントネーションが違うかもしれない、と予防線を張って始めました。
この前置きの仕方が「しこる」のときと似ていたため、堀元さんは一瞬また下ネタかと身構えます。会場を巻き込んで、冒頭の脱線がここでも尾を引きました。
肝心の「しよった」は、「車にぶつかりよったわ」「授業遅刻しよったわ」のように使います。完了ではなく、実際にはしていないが「しそうになった」という意味です。
(ぶつかったと聞くと)大丈夫?とか言っちゃいそうだよね。自動車保険入ってた?とか聞いちゃうよね、多分。
ややこしいのは、播州でも神戸でも「しよる」は「している」の意味だという点です。そのため同じ地域内でも意味が食い違い、齟齬が生まれます。
さらに大阪では「しよった」が「していた」という完了になります。大阪・神戸・それより西の播州で、意味にグラデーションがあるのです。
そもそも、なぜ地域によって言葉が違うのでしょうか。同じ番組の「方言はなぜ存在するのか?」では、トウモロコシの呼び名を手がかりに、その謎をたどります。
「しそうになった」。実際にはしていない
「していた」という完了。実際にした
ウサギさんは、これを覚えておけば友達に「事故りよったわ」と言って混乱させて遊べると語り、堀元さんに「それは混乱の元」とツッコまれます。
極上に性格悪い人が来ました。
京都府なのに京都じゃない。丹後弁の「ニャーニャー弁」
続く参加者、京都府出身のダイキさんが使うのは丹後弁です。京都と聞くと「〜しはる」を思い浮かべられがちですが、京都府は縦長で、日本海側の京丹後市ではまったく違う方言を話すといいます。
ダイキさんによれば、京都府内で「京都出身」と言えるのは京都市内の人だけで、丹後の人は修学旅行で京都市内へ行くほどだそうです。堀元さんは、横浜市も広く「山の方に住んでいる」と言われる現象に似ていると重ねます。
(出身を聞かれたら)京都の山の方って(言います)。
丹後弁の特徴は拗音 ── 「きゃ」「にゃ」のように小さい「ゃ・ゅ・ょ」を含む音のこと。ここでは、うまいを「うぎゃー」と言うような発音を指していますを多用する点で、水野さんの名古屋弁とよく似ています。うまいを「うぎゃー」、お前を「おみゃ」、大根を「でゃーこ」と言います。
水野さんは、名古屋の方言は日本で最も母音が多いと本で読んだと話し、「でゃーこ」の音は名古屋弁と概ね同じだと確認します。ただし「やばい」を「やびゃ」とは言わないと聞き、急に仲間意識が裏切られたと笑います。
猫のように「ニャー」と聞こえることから、丹後弁は通称「ニャーニャー弁」と呼ばれます。ダイキさんが推すのは、その中でも最も可愛い、「ない」を表す「ニャー」でした。
イケてる若者たちも、いかついおじさんも、まさに可愛い女の子もみんなニャーニャー言ってる(のを想像すると和みます)。
拗音を並べた例として、ダイキさんは「でゃーこのきゃーたんがりゃうみゃーでおみゃーのもうニャーど」を披露します。大根を炊いたものがとても美味しいので、お前の分はもうない、という意味です。
水野さんは、同じ拗音の方言でも名古屋弁は可愛いと言われないと不満を漏らします。名古屋弁は「がや」を使うため、聞こえ方が違うのではないか、という話に落ち着きました。
単に水野さんの可愛げがニャーだけなんじゃないですか。
仙台弁「むんつける」でいじけると可愛くなれる
宮城県出身のはづきさんが推す仙台方言は「むんつける」です。「むつける」とも言います。ここでも水野さんが古語「むくつけし」を連想し、辞書を引き始めます。
辞書によれば「むくつけし」は「疎ましくなるほど無骨である・野暮ったくて品がない」という意味でした。しかし、これは「むんつける」とは無関係で、実際の意味は「いじける」でした。
(推したい理由は)可愛いからです。
はづきさんは、宮城県出身以外の人にこの言葉を教えると気に入られると話します。LINEでいじけたときに「ムン」と返してくれるそうで、ただし「ムン」という用法は本来ないとのことでした。
そこで、水野さんがうんちくを披露して堀元さんの反応が薄いときに「ムン」と言えばファンが喜ぶ、と提案されます。水野さんの「ニャー問題」も解決する、という流れになりました。
そんなに辞書ばっか引いてるとむくつけき人だと思われてます。
抽選で当たった言語学者が登場
最後は、サポーターコミュニティから抽選で選ばれた参加者です。ところが当たったのは、東北方言を研究する言語学者の高田先生でした。
高田先生は、東北方言における「した」に関する研究論文の著者で、番組が過去に参考にした書籍にも関わる人物です。水野さんは、頭上に剣が吊るされたような緊張感で収録していたと明かします。
ダモクレスの剣が、天井にこう剣がね。(それと同じ気持ちでやっていました)
高田先生の出身は岡山県でした。専門は東北方言ですが、この日のために岡山方言を勉強し直してきたといいます。プロは背負っているものが違う、と堀元さんは感心します。
やっぱりいい加減なこと言えないですからね。
岡山方言は千鳥や藤井風の語りで知られ、朝ドラ「カムカムエヴリバディ」の舞台にもなりました。高田先生は、水野さんと堀元さんそれぞれに向けたおすすめ方言を用意してきたと告げます。
水野さんへの推し「ぼっけえきょうてえ」の語源をたどる
水野さんへのおすすめは「ぼっけえきょうてえ」でした。岩井志麻子のホラー小説のタイトルにもなった言葉で、「ぼっけえ」が強調の「すごく」、「きょうてえ」が「怖い・恐ろしい」という意味です。
高田先生によれば、方言には古語に由来するものが全国的に多く、「きょうてえ」も古語が語源です。堀元さんは競艇の「きょうてい」やダジャレを連想してなかなか当てられません。
正解は古語「けうとし」でした。「気疎(けうと)し」から怖い意味へ転じた言葉です。
「けうとし」はもともと「人気がなくて寂しい」の意味で、そこから「気味が悪い・不気味だ」、さらに「恐ろしい」へと転じました。「けうとい」→「きょうとい」→「きょうてえ」と音が変化したものです。
てふてふで蝶々ですよね。(それと同じように音が変わって「きょうてえ」になります)
けうとし
古語。「気疎し」で、人気がなくて寂しい
気味が悪い
そこから不気味だ、の意味へ転じる
恐ろしい
さらに「怖い」の意味に転じる
きょうてえ
けうとい→きょうとい→きょうてえと音が変化
堀元さんへの推し「でえれえやっちもねえ」はプロールの餌
堀元さんへのおすすめは「でえれえやっちもねえ」でした。「やっちもねえ」は形容詞で、くだらない・つまらないという意味です。
高田先生は、この言葉が堀元さんの著書で紹介された「プロールの餌」に使えると持ちかけます。低俗な娯楽を指すインテリ悪口で、ジョージ・オーウェルの小説『1984年』が出典です。
韻文作成機と呼ばれる特殊な万華鏡を用いた、全く機械的な方法で作られるセンチメンタルな歌ですよね。
高田先生が紹介した語源の一説は「らちもない」です。「らち(埒)」は馬を囲う柵を指し、そこから物事の区切りの意味になった言葉。「らちもない」の「ら」が「や」に変化した、と説明されました。
ただしこれは一説で、別に「らっし」を語源とする説もあります。「らっし」は出家してからの年数を指し、そこから物事の正しい順序の意味になり、それが無いことから「くだらない」に転じたという説です。
堀元さんは、コンピュータで1ビットを保持する「ラッチ回路」から、最低単位すら保てない意味で生まれた説もある、と冗談を返します。高田先生の答えは一貫して「諸説あります」でした。
程度を強める「でえれえ・ぼっけえ・もんげえ」の由来
高田先生は、岡山方言で程度を強める言葉を、弱い順に「でえれえ」「ぼっけえ」「もんげえ」と並べます。「もんげえ」は妖怪ウォッチのコマさんが使うことで知られています。
程度の順番で並べると、でえれえ、ぼっけえで、さらにもんげえってのがあるんですよ。
「でえれえ」は名古屋の「どえらい」と同じ系統です。問題は「ぼっけえ」で、これは形容詞ですが、もとは副詞の「ぼっこう」が使われていたといいます。
「ぼっこう」の語源には諸説あり、高田先生が面白いと考えるのは「痴(おこ)」から来たとする説です。「おこ」は「おこがましい」の「おこ」で、痴れ者の「痴」を一文字で読んだものです。
(痴の字は)痴漢の痴のほうですか。
「おこ」の意味は「バカ」です。「バカうまい」「バカでかい」のように、バカを強調に使う用法がある。昔からバカで程度を強める言い方があったという点が面白い、と二人は整理します。
堀元さんは、SNSで「私おこだよ」と言うギャルは、実は多くの情報を伝えようとする超インテリだったのかもしれない、と冗談を重ねました。
方言に優劣はない。でも憶えやすさが正義
全員の発表を終え、堀元さんは今回のグランプリの順位付けを拒みます。用意してリサーチまでしてきた参加者を前に、一人を一番と選ぶのは感じが悪い、という理由でした。
俺たちは人間を審査するほど偉いのか。違うだろ。みんな違って、みんないい。
結論として二人は、方言に優劣などない、と確認します。すべて言語であり、優劣をつけるのは誤った行為だ、という立場です。
そもそもね、方言に優劣などないんですよ。
ただし、堀元さんが実際に使いこなせたのは短い言葉ばかりでした。前の順番で紹介された方言を思い出そうとしても、後から積まれた情報に埋もれて出てこないのです。
最後に二人が「最強」として挙げたのは、「むん」と「おこ」。ただし「むん」は「むんつける」を短くして遊ぶ言い方で、本来の用法ではありません。「おこ」も、岡山方言の語源の話に登場した古い言葉です。正式な方言ランキングというより、複雑な説明を聞いたあとに二文字だけがすぐ口から出てくる、という笑いで締めくくられました。
番組にはグランプリの投稿フォームがあり、方言の投稿は数百件単位で寄せられているといいます。読むペースより届くペースが速く、堀元さんは「未来永劫この負債は返し終わらない」と話します。
まとめ
各地のリスナーが持ち寄った方言は、下ネタと誤解される熊本弁から、意味が食い違う播州弁、猫のように可愛い丹後弁まで多彩でした。抽選で当たった言語学者の登場により、後半は語源をたどる深い話へと展開し、身近な方言が古語につながっていく面白さが浮かび上がった回です。
- 熊本弁「しこる」は「格好つける」の意味。「しこった?」という用例や、古い言葉とのつながりが紹介された
- 播州弁「しよった」は完了ではなく「しそうになった」を表し、大阪では逆に「していた」になる
- 丹後弁は拗音を多用する「ニャーニャー弁」で、名古屋弁と発音がよく似ている
- 岡山の「きょうてえ」は古語「けうとし」と結び付けて説明された。「ぼっけえ」の語源には諸説あり、「痴(おこ)」由来もその一つ
- 方言に優劣はない。最後は本来の用法から離れた「むん」など、短くて口にしやすい言葉で遊ぶ展開になった



