3万人記念ライブと、公開前収録という時差の縛り
ゆる言語学ラジオ初のライブ配信は、チャンネル登録者3万人突破の記念として始まりました。堀元さんが慣れないタイムラグに戸惑いながらタイトルコールをする、手探りの立ち上がりです。
配信開始の時点で、登録者はすでに4.5万人ほどに達していたといいます。1か月前は300人ほどだった数字が、あっという間に駆け上がっていました。
二人はビールを用意し、視聴者にも飲み物を促して乾杯からスタートします。600人以上が見ているコメント欄の速さに、堀元さんは「読むのが間に合わない」とこぼしていました。
いや、恥ずかしい。今完全に配信されてます。まだ始まってないって言っちゃう下りに。
この配信ならではの制約も先に共有されます。二人はライブ直前まで通常回を収録していましたが、それらが公開されるのは2〜3か月後です。まだ世に出ていない回の内容には触れられません。
助数詞の話とかできないんで、気をつけましょう。
「シュッとした」は方言か。敬語を独立させる便利さ
最初に取り上げられたのは、関西の「シュッとした」です。垢抜けた、洗練されたという意味で、投稿者は大阪ではよく使い京都では使わないと説明していました。
話は「してはる」という言い方に移ります。水野さんは、受け身 ── 「〜される」のように、動作を受ける側を主語にする言い方や自発 ── 「思われる」のように、自然にそうなるという意味を表す用法とも重なる標準語の「れる・られる」と違い、尊敬だけを切り出して表せる点が便利だと指摘します。
愛知には、これに近い言い方として「して見える」があると水野さんは紹介します。「先生が来て見えるから」のように使い、来るの敬語は「見える」になるといいます。
確か就職の面接でそれ(して見える)を言っちゃって、ん?みたいになって。あ、これや、やばいかもみたいな。方言だったんだっていうの気づいた。
堀元さんは、関西の友人が「してはる」を連発していた例を挙げます。とりあえずつけておけば敬語として失敗しないという感覚だといいます。
(「してはる」は)とりあえずつけなくて失敗することはあるけど、つけとけばミスることはない。だからネクタイと一緒ですよ。
この「とりあえずつけておく」感覚は、最近増えている「〜させていただく」の乱用とも通じると堀元さんは言います。角を立てないための保険として使われているのではないか、という見立てです。
尊敬・受け身・自発・可能が重なり、意味を絞りにくい
尊敬だけを独立した助動詞として立てられる
岡山「うったて」と、標準語だと思い込む「親父理論」
堀元さんが次に挙げたのは、岡山弁の「うったて」です。書道の起筆 ── 筆をおろして書き始める最初のひと画。始筆ともいう、一画目のことを指すといいます。
二人とも初めて聞く言葉で、「これぞ使うベスト方言」と評価します。ただし投稿者本人も相当な使い手のようで、方言名を使った念の入れようでした。
この「うったて」で話題になったのが、投稿者が「岡山県の標準語だから」と書いていた点です。標準語だと思い込んでいる言葉が、上京して初めて方言だと気づく、という現象です。
(方言だと自覚するのは)上京した時に通じなくてびっくりするっていうことで方言を自覚するっていうのは(よくある)。
水野さんは、方言フォームに送ってくること自体が「これは標準語だ」という認識と矛盾しているとおかしがります。それでも送ってくるのは、通じない相手への怒りの表れではないかと二人は話しました。
埼玉「やの明後日」と、日本語が「あの明後日」を作った理由
水野さんが挙げたのは、埼玉方面の「やの明後日」です。明明後日のさらに次の日、つまり4日後を指すといいます。
水野さんは、これに「弥生の弥」を当てた漢字表記があるはずだと説明します。「弥」には「いよいよ増していく」といった意味があり、明後日の先を表しているのではないかという見立てです。
堀元さんは、英語では明後日すら day after tomorrow と句で表す点を持ち出します。言語ごとに、どこまでを一語で持つかの線引きが違うという話です。
面白いのは、この4日後を一語で言われたときの反応の差です。堀元さんは「あの明後日は難しい」とパニックになりますが、水野さんは即座に曜日を割り出せると話します。
あの明後日映画見に行かない?って言われた時、僕パニックになります。
いずいと親父理論の連鎖、それでも語れる「して見える」の便利さ
最下位を表す言葉でも地域差が噴出します。二人が共通で使う「どべ」に対し、新潟の「げっぽ」、「げっぱ」「げっぺー」などがコメントで次々に挙がり、二人はどれも知らないと驚きます。
げっぱ、君げっぱだよって言われたら全然わかんないですね。
盛り上がりの一方で、堀元さんが帯広を軽くいじって水野さんに止められる場面もありました。ライブならではの掛け合いですが、二人はすぐに撤回しています。
いずいは便利か。粒度の粗さが生む主観的な表現
投稿数が特に多かったのが、北海道・東北の「いずい」です。違和感がある、収まりが悪いという意味で、英語の uncomfortable に近いと投稿者は説明していました。
水野さんは「このシャツいずい」と言われても、肌触りなのか似合わなさなのか特定できない不便さを指摘します。堀元さんは、その粒度の粗さこそが利点だと返します。
(いずいは)ぼやっとした意味しか伝えられなくて不便なんだけど、逆に言うと、自分でもなぜこの不快感があるのかわからない時に使える。
たとえば背中がかゆい気がするのにどこも痒くない、歯に何か挟まった気がする、といった特定しづらい不快感を、「違和感がある」より主観的にライトに言えるのが「いずい」だといいます。
投稿者本人が「いずいという言葉の意味をうまく伝えられなくていずい」と書いていたことにも、二人は感心していました。定義しづらさそのものが、この言葉の性質を表しています。
意味の粒度が粗く、原因が特定できない不快感を主観的に言える
意味の粒度が細かく、食器の汚れを浮かせる状況だけをピンポイントで言える
ラーフルとカンプラ。蘭学が残した外来語の方言
南九州の「ラーフル」は、黒板消しを指すカタカナ語です。外来語が方言になるパターンに、二人は驚きます。投稿者は「消すのは黒板の文字」という熱い理屈まで添えていました。
愛知の「ケッタ(自転車)」など、日本語なのにカタカナで書かれる方言の存在も話題になります。ラーフルの語源は簡単には遡れず、二人は「ラーフル考」という長文の考察ページを宿題として紹介しました。
東北の「アンプラ/カンプラ(じゃがいも)」は、語源がはっきりしていました。オランダ語の「大地のリンゴ」を意味する語に由来するといいます。
堀元さんは、これをラーフルと同じ構図だと見ます。蘭学の時代に持ち込まれ、明治以降に英学へ急速に移るなかで、この一語だけがオランダ語のまま取り残されたのではないか、という推測です。
なんかレフュージア的にその一箇所だけ取り残されて、オランダ語が使われっぱなしになったみたいなことじゃないですか。
うるかす・いさる。標準語にない粒度をピンポイントで言う
北海道・東北の「うるかす」は、食器を水につけて汚れを浮かせておくことを指します。「つけておく」では漬物などと紛れるため、この動作だけを言える点が便利だと二人は評価します。
初めて聞いたという「いさる」も同じ系統でした。粉物が液体の底に溶けきらず溜まっている状態を指し、愛知の「とごる」に当たるといいます。
投稿者は、「溜まっている」では蓄積のニュアンスが、「沈殿している」では漢語が仰々しすぎて合わないと説明していました。粉が溶けきらない様子を軽く言える表現が標準語にはない、という指摘です。
かき混ぜきってない状態になっているっていうのを表す単語は、僕の語彙力だとないですね。便利ですね、これ。
水野さんは辞書で「いさる」を引き、漁をする意の「いざる」とは別に、膝立ちで動く・後ずさりして退出するといった意味の「居ざる」があることも紹介しました。同じ音で別々の意味が各地に散っています。
熟語が別の意味を持つ「離合」。標識にも使われる方言
後半で大賞級の支持を集めたのが、九州の「離合」です。狭い道で車同士がすれ違うことを指します。「離れる」「会う」という熟語がすれ違いの意味になる意外さに、堀元さんは驚きます。
この道、対向車来たら離合できるかね。離合できずに立ち往生してしまいそう。
投稿者は、九州には「離合困難」「離合場所」といった標識が当たり前にあると書いていました。標識や国土交通省の文書にも使われるため、方言だと気づかない人が多い言葉です。
水野さんは、新しい単語を覚えるのではなく、知っている熟語に意味を追加するタイプである点を高く評価します。辞書に載っていてもイメージが湧きそうな方言だといいます。
コメントの証言では、福岡・鹿児島・山口・熊本・京都など西日本の広い範囲で使われる一方、長崎・大分・佐賀からの反応は見当たらず、分布の広さと空白の両方が浮かびました。
じゃんけんの掛け声とグッチー。ライブ最大の脱線
方言から派生して、地域差の話題が続きます。堀元さんの地元では、じゃんけんでグーとチョキしか出さないときの掛け声が「グッチー、グッチー、グッチッチー」だったといいます。
水野さんは、そのリズムに無駄なフェイクが多いと突っ込みます。会話は掛け声談義で最も盛り上がり、コメント欄も「グッチー」一色になりました。
フェイクが多いって。完全騙しに来てるじゃないですか。
「どちらにしようかな」の続きも地域ごとに割れます。柿の種、なすびの種、「裏の権兵衛さんに聞いたらよくわかる」など、神に頼るか人に頼るかまで分かれる多彩さでした。
水野さんは、これらを別のフォームで集めて分布図を作りたいと語ります。ただしこの脱線で、この回の印象は「グッチーの回」として塗り替えられていきました。
山形「け」の凝縮と、富山「られ」の柔らかい命令
山形の一音の言葉には二人が舌を巻きます。「け」で食べなさい、「く」で食べる、「こ」で一緒に食べよう、「かね」で食べない、「あべ」で一緒に行こう、と一音で使い分けるといいます。
食べなさい(命令)
食べる
一緒に食べよう(勧誘)
食べない(否定)
一緒に行こう
山形の人めっちゃ効率いいコミュニケーションしてますね。
富山の「られ」は、行動を促す助動詞です。「もう寝られ」「これ食べられ」のように使い、優しく言えば提案や許可、強い口調なら命令になると投稿者は説明していました。
投稿者は、この「食べてもいいよ(許可)」と「食べなさい(命令)」の間のニュアンスを標準語で言い表せないと悩んでいました。愛知の「食べやあ」も同じく緩い提案を担う表現だと水野さんは応じます。
堀元さんは、この場面で標準語なら「食べたら?」と言うが、それはやや切迫感が出ると認めます。断りづらく、既定事項のように聞こえる、という違いです。
沖縄「パタイ」「よんなよんな」。文脈で意味が反転する難しさ
沖縄の「パタイ」は、死ぬ・死んでいるを意味します。投稿者はタガログ語の同音同義語に気づき、フィリピンとの交流から生まれた新しい沖縄スラングではないかと考察していました。
水野さんは、「パタイ」が「い」で終わる形容詞のように見える点に注目し、動詞への活用や形態素 ── 意味を持つ最小の言語の単位。これ以上分けると意味を失うの切れ目を推測しようとします。フィールド言語学者のような分析ぶりでした。
同じ沖縄の「よんなよんな(ゆっくり)」は、文脈で意味が反転する難しさを持ちます。作業前なら「ゆっくりでいい」ですが、ミスの後にかければ「落ち着いて、注意して」の意味になるといいます。
本当にゆっくり作業すると怒られる。
水野さんは、標準語でも真剣な表情で「ゆっくりでいいからね」と言われれば身構えると重ねます。同じ言葉が状況で正反対に働く点は、方言に限らないハイコンテキスト ── 言葉そのものより、場の状況や文脈に意味を大きく依存させるコミュニケーションのあり方な現象でした。
津軽「セバダバマネビョン」。外国語のように分析する
最後に紹介された津軽弁の例文が、二人を最も苦しめます。推量の「びょん(〜だろう)」の説明として送られた「セバダバマネビョン」が、まったく解読できません。
外来語に聞こえる、マジで。こんなわかんないことあんだ。
二人はコメントの助けを借りながら、どこで語が切れるかを探ります。「セバダバ」が「それでは/そうであれば」、「マネ」が良くないという形容動詞、「びょん」が推量、と少しずつ形が見えてきました。
水野さんは、格助詞が一つも見えないことに戸惑いながら、外国語を勉強するように単語の切れ目を考えていたと振り返ります。標準語話者にとっては、まさに未知の言語の分析でした。
投稿者は、標準語との差が大きすぎて「外国語を話すような感覚で標準語を話す」と書き添えていました。青森の寒さで口を大きく開けないため、津軽弁は省略に特化したという仮説も紹介されます。
寒いと無口になるのか。実感と学問のずれ
寒さと言葉の関係について、堀元さんは自身の家庭を例に挙げます。父方の北海道の親戚は無口で、母方の沖縄の親戚はよく喋る、という実感です。
ところが、この実感は書籍で読んだ知見と食い違ったといいます。進化心理学 ── 人間の心理や行動を、進化の過程で有利だった適応の結果として説明しようとする学問分野では、暖かい地域の人ほど無口になるという説明があったからです。
理由は感染症リスクです。暖かい地域は感染症が多く、周囲と交流しすぎると危険なので、寒冷地の人のほうが交流の心理的ハードルが低い、という説明でした。
なんか勉強してくと面白いなって。実感と合うってなったり、違うってなったりする。
ただし二人は、寒さと口の開き具合が結びつく地域があること自体は言えても、そこに因果関係を立てるのは社会科学では非常に難しいと慎重に付け加えています。俗説として扱う姿勢を崩しませんでした。
第1回グランプリは「離合」。ライブの締めと告知
締めのグランプリ選びでも、コメント欄は「グチイチ(グッチー)」であふれます。二人はこれを殿堂入りとして外し、便利さで純粋に選び直しました。
選ばれた第1回のベスト方言は「離合」でした。すれ違いより文字数が少なく、車のすれ違いだけを端的に指せる点が評価されての結果です。次点は「いずい」でした。
離合か、いずい。(この二つが便利)
最後に告知が二つ入ります。方言フォームは今後も残し、思いついたら気軽に投稿してよいこと、そしてお仕事依頼など返信が必要な連絡は新設のメールアドレスへ送ってほしいことです。
もう一つは音楽のファンアート募集です。今使っているBGMやジングルはフリー素材のため、番組の雰囲気に合うオリジナルの、うるさすぎず聞き流せるチルな楽曲を作れる人に協力を呼びかけました。
まとめ
リスナー投稿の方言を飲みながら品評する初のライブ配信は、便利さの正体が「意味の粒度」「熟語への意味追加」「一音への凝縮」など多様であることを浮かび上がらせました。第1回のベスト方言は、車のすれ違いだけを端的に言える九州の「離合」に決まりました。
- 方言の便利さは、「いずい」のように粒度が粗く主観的に言えるものと、「うるかす」のように粒度が細かくピンポイントで言えるものに分かれる
- 「離合」のように既存の熟語に意味を追加する方言は、標準語に取り入れてもイメージが湧きやすいと評価された
- 山形の「け・く・こ」や富山の「られ」のように、一音や助動詞で命令・勧誘・提案の微妙な差を表す方言がある
- 津軽弁「セバダバマネビョン」は標準語話者には外国語のように響き、語の切れ目を分析する形で解読された
- 寒さと無口さの関係は実感と学問の知見が食い違い、因果を立てる難しさが語られた



