久しぶりの「消耗してるの?」シリーズと『東大うつ』
今回oaさんは、久しぶりに「煽り散らかし放送」をやると宣言します。
一年以上前の第127回「まだ学校で消耗してるの?大卒家畜コース終了のお知らせ」というタイトルの放送が、地味に聞かれ続けているそうです。
この「消耗してるの?」シリーズは、地方移住インフルエンサーの先駆けであるイケハヤ氏の「まだ東京で消耗してるの?」のオマージュだと説明されています。
今回のテーマは、日本最高峰の学府とされる東京大学を「偉そうにぶった斬っていく」というものです。
きっかけになったのは、2025年7月5日にKKベストセラーズから出版された西岡壱誠さんの著書『東大うつ』でした。
YouTubeでたまたま流れてきた「東大生にうつが実は多い理由」という動画がとても面白く、思わず本を購入したそうです。
この本は、受験戦争の頂点である東大で何が起きているのか、日本の競争教育そのものを問う一冊だと紹介されています。
厳しい受験戦争を勝ち抜いてきた東大生がなぜうつになってしまうのか。そこには個人の弱さや甘さで片付けられない、ある共通点が潜んでいた。
東大生たちの心を蝕み、壊しているものは一体何なのか。それはまさに現代人が抱える生きづらさの正体だった。
oaさんと東大の関係〜家族に潜んだ「呪い」
本題に入る前に、oaさんは自身と東大との関係を語ります。
もうすぐ80歳になる父は東大出身ですが、oaさん自身は「東大を目指せ」といった教育虐待は受けなかったそうです。
ただし、それは自分が女の子だったからだと振り返ります。両親は娘への学業面の期待はそれほどかけていませんでした。
一方で、2つ上の兄には相当なプレッシャーがかかっていたといいます。というより、母親が勝手にプレッシャーを感じていたのではないか、と話されています。
夫が東大出身なのに息子が大した大学に入れなければ、母親である自分の育て方の責任だと思われる。母はそれを恐れていたのではないか、と分析されています。
兄は中学に入るや否やスパルタ塾に入れられ、勉強勉強と追い立てられていたそうです。「兄はかわいそうだったな」と振り返ります。
私の母は、いわゆる東大卒の夫というブランドにぶら下がって、くだらないプライドとプレッシャーにとらわれて、罪のない我が子に呪いをかけてしまっていたわけです。
とはいえ、父が東大卒だったおかげで家は経済的に困ったことがなく、学歴社会の恩恵を自分も受けて育ったという自覚もある、と付け加えています。
駒場寮と、忘れられない東大生たち
もう一つ、oaさんは学生時代の東大生との関わりを語ります。東大の学外ゼミに入っており、大学時代に一番仲が良かった友人の彼氏が東大生だった縁で、東大生と遊ぶ機会が多かったそうです。
当時、東大の駒場キャンパスには「伝説の駒場寮」がまだ存在していました。
oaさんが出入りしていた2000年前後には、すでに廃業が決まっていました。電力が止められ、寮生たちは発電機を買って自分たちで発電しながら生活していたといいます。
oaさんは駒場寮の寮長と仲が良く、鍋パーティーなどでしょっちゅう遊びに行っていたそうです。半径3メートル以内に東大生が普通にいる環境でした。
そのうえで、狭いサンプルの中の話と断りつつ、当時出会った東大生について語ります。
私が当時出会ってきた東大生たちは、もう本当に皆さん素晴らしい子ばかりでした。ただ頭がいいだけじゃないんですよ。ものすごく優しいし、おしゃれだし、面白いし、真面目で。
一人目は、当時からキレッキレの優秀な男性でした。後年、日経新聞の記事でその名前と顔を見つけ、今は有名大学の教授になっていると知ったそうです。
二人目は駒場寮の寮長だった男性で、一番よく遊んだ東大生の一人でした。2001年8月の駒場寮強制執行の日、oaさんもその現場に居合わせていたといいます。
記念にビデオで撮影した貴重な映像は、その後の引っ越しでどこかへ行ってしまったそうで、「大変な後悔しかない」と話されています。
この寮長は卒業後、日本最高峰のある組織に就職したと聞き、oaさんは当時「お前もか」と幻滅したそうです。しかし今回名前を検索してみると、認識が誤っていたと気づきます。
今は3人の子の父となり、地方に移住して家族で世界一周旅行を楽しみながら仕事も充実させている、と知ったからです。「私が完全に間違っていた」と振り返ります。
他にも、山中伸弥教授やディーン・フジオカに例えられるような、謙虚で知的で穏やかな医学部の男性2人も印象に残っていると語られます。
「サマンサタバサ女」と例外の東大生
素晴らしい東大生ばかりを思い出す中で、oaさんは一人だけ「例外」を思い出したと話します。
その人物は東大法学部で裕福な家庭の男性でした。悪い人ではなかったが、どこか鼻持ちならないと感じてしまったといいます。
その理由の一つとして挙げられたのが、彼が交際相手に選んだ女性でした。当時のファッション誌『CanCam』から出てきたような、いわゆる「エビちゃん系」の女性だったそうです。
そのチョイスがあまりに分かりやすく、oaさんは「ズカーッてなった」と語ります。
ただしこれは後日談のない想像に過ぎず、oaさん自身も「性格の悪い中年おばちゃんの話なので気にしないでください」と付け加えています。
適応しすぎた子どもも苦しむという現実
oaさんは、東大そのものを否定したいわけではないと断ります。問題は、東大を頂点とする学歴社会と受験戦争というゲームそのものにあると考えています。
そして、そのシステムを設計し支えているのは日本の学校教育だと指摘します。『東大うつ』を読んで、それが行き詰まり、崩壊し始めている証拠だと感じたそうです。
東大に入る子どもたちは、遊びたい気持ちや眠気を我慢し、絵を描きたい、虫を捕まえたい、ギターを弾きたいといった衝動を「将来に役立たない」と押し殺してきた、と描かれます。
ところが、東大合格というゴールにたどり着いた瞬間、「さて、君は一体何がしたいの?」と問われるといいます。
二度と戻らない自分の子供時代を全部、将来のためにと差し出して犠牲にしてきて走り続けてきた子供たちが、やっとそのゴールにたどり着いた時に、初めて空っぽな自分に気づいてしまうんです。
ここでoaさんは、過去にも取り上げた工藤勇一先生と白井智子さんの対談動画「人間を幸せにしない〈学校〉というシステムはどうすれば変わるのか」に触れます。
この現実こそ直視してほしい、と訴えます。
そのうえで、子どもは本来アリやダンゴムシを一日中見ていても飽きない存在だと語ります。フリースクールの子どもたちも、同じ石を積み上げ続けたり、木の皮を剥ぎ続けたり、泥団子をピカピカに磨いたりして一日を過ごすそうです。
大人から見れば意味が分からず「そんなくだらないことやってないで勉強しなさい」となる。しかし学校に入った瞬間、子どもは「学びなさい」と学ばせられる、と対比します。
時間割、学習指導要領、学年といったシステムの側の枠組み
子ども一人一人のペース、内側から湧く問い、発達の個人差
自分自身を押し殺し、身体感覚や衝動を無視しなければ学校生活には適応できない、とoaさんは言います。
生成AIの時代に問われる「理由なき情熱」
さらにoaさんは、沈み始めていた「タイタニック号」としての学校を根底から揺さぶるものが現れたと語ります。生成AIです。
生成AIという黒船が来た以上、AIができるようなことを子ども全員に無理やり押し込む必要があるのか、と問いかけます。
知識の豊富さや素早い計算力といった処理能力の高さで「頭がいい」とされる人間を大量生産してどうするのか、と話されています。
そこで大切になるのが、自分の内側から出てくる衝動だといいます。理由は分からないが気になってしょうがない、放っておけない、一銭にもならないのに楽しくてたまらない、という感覚です。
つまり、理由なき情熱ってやつですよ。
この「衝動」を分かりやすく解説しているのが、哲学者・谷川嘉浩さんの著書『人生のレールを外れる衝動の見つけ方』だと紹介されます。
谷川さんは、やみくもに衝動に振り回される奴隷でよいとは言っていない、とoaさんは補足します。非合理な衝動と合理的な計画性は相性が悪いため、衝動を生活に実装するには知性が必要だと述べているそうです。
その本には、内側から湧く衝動を押し殺さずに具体的な人生戦略へつなげる方法が書かれている、と紹介されます。
仕事がつまらない、大学まで来たが何を学びたいか分からない、やりたいことが見つからないという「迷える子羊」にこそ読んでほしい一冊だと勧めています。
火を灯す教育と、子どもの衝動を守る大人
oaさんは、学校がむしろ内なる衝動を失わせる場になっているのではないか、衝動を抑圧する訓練をさせているのではないか、と危惧します。
ここで、1923年にノーベル文学賞を受賞したアイルランドの思想家ウィリアム・バトラー・イェイツの言葉が紹介されます。
この2冊を読んで、oaさんはこの言葉を思い出したといいます。そして、子どもの子供時代と、心の奥にある訳の分からない衝動を大切に守ってほしいと呼びかけます。
大人から見ればどうでもよさそうなことに夢中になっている子どもに、「それそんな面白いんだ」と言って横に座り、その子の世界を一緒に味わう大人が必要だと語ります。
最後にoaさんは、中学受験を考えていない層にも問いを投げかけます。もし我が子が東大法学部に入った後に「パティシエになる」、東大医学部を中退して「花火職人になる」と言い出したらどうするか、という問いです。
いやいや、せっかく東大に入ったのにパティシエ?花火職人?絶対そんな選択ありえません。卒業してからでいいじゃないですか。もったいない、頭でもおかしくなったの?って思いませんか?
そう思ってしまう人にこそ、井本陽久先生がVoicyで語る話を聞いてほしい、とoaさんは勧めます。かつては受け入れ難かったが、今は心からその通りだと思うそうです。
まとめ
『東大うつ』を入り口に、oaさんは自身と東大生の思い出を交えながら、受験戦争を勝ち抜いた子どもがゴールで「空っぽな自分」に気づく現実を描きました。学校に適応できなかった子だけでなく、適応しすぎた子も後で苦しむという視点から、子どもの衝動を守り「火を灯す教育」の大切さを訴える回でした。
- 『東大うつ』は、受験戦争の頂点で起きる生きづらさを通して日本の競争教育そのものを問う一冊
- 学校教育に適応できなかった子だけでなく、適応しすぎた子どもも後々苦しむという現実がある
- 子ども時代を将来のために差し出し続けると、ゴールで空っぽな自分に気づいてしまうことがある
- 生成AIの時代には、処理能力の高さより「理由なき情熱」=衝動が重要になると考えられる
- 子どもの訳の分からない衝動を否定せず、横で一緒に味わう大人が「火を灯す教育」の鍵になる
