10年続いた電流戦争は、どうやって決着したのか
前回のエピソードはこちら
今回のエピソードで、ニコラ・テスラ編は最終回を迎えます。楊さんはまず、アメリカで約10年続いた電流戦争の決着を振り返ります。
直流を推すエジソンはネガティブキャンペーンを展開し、一時はアメリカ社会でも交流は危ないのではないかという空気が生まれていました。
しかし実際には交流モーターが登場し、絶縁技術などの安全規格に関わる技術も改善されていったと楊さんは説明します。こうして交流は、安全に運用できるエネルギーだと徐々に受け入れられていきました。
既存の直流の送電網を一夜で切り替えることはできません。まだ電気が導入されていない地域を最初から交流にしたり、直流が動いている都市部を交流へ置き換えたりする形で進んでいきました。
産業界も、設備更新のタイミングで交流モーターを選ぶようになります。現場での世代交代が、じわじわと交流を主流に押し上げていったのです。
ってことは、もうこれ交流の方がいいって社会が判断したのですね。
シカゴ万博の「コロンブスの卵」と、交流の勝利宣言
交流が本格的に社会インフラとして認められる出来事が2つあったと楊さんは言います。1つがシカゴ万博、もう1つがナイアガラ瀑布発電所です。瀑布とは滝という意味です。
1893年のシカゴ万博では、会場の電気設備一切をウェスティングハウス社 ── ジョージ・ウェスティングハウスが創業した企業。テスラの交流特許を買い取り、交流方式の普及を推し進めた。が受注しました。二相交流の発電・送電システムが公式採用されたのです。
会場には何万もの電球が交流で灯され、サーチライトも動きました。まさに交流の時代がやってきたことを示す、象徴的なイベントになったと楊さんは語ります。
会場のパビリオンの1つ「電気館」に、テスラも最新の発明品を出品しました。それが「コロンブスの卵」です。
銀色に輝く金属の卵で、スイッチを入れると尖った方を下にしてすくっと立ち上がり、勢いよく回転します。これは交流誘導モーターを使った仕掛けで、見世物として大いに盛り上がりました。
テスラ自身も、自分の体に電流を通す「静電気マジックショー」を披露します。深井さんは、やっていることが電撃ネットワークのようだとツッコミを入れます。
なんだかんだ言って本人ショーマンの気質があったんですよね。電気ってこんなにすごいんだって人をびっくりさせて、顔を見るのがなんか好きだったんじゃないですかね。
世界中の科学者やジャーナリストが集まる博覧会は、交流が大規模に使えて安全で信頼できるという印象を広げる強烈なアピールの場になりました。深井さんは、技術が実装されるにはこうしたアピールの場が必要なのだと受け止めます。
少年の夢だったナイアガラ発電所と、テスラの特許9件
もう1つの決定打が、ナイアガラ瀑布発電所です。子どもの頃、テスラがナイアガラの滝の力を使うと親戚のおじさんの前で宣言した夢が、約30年後に叶う場面でもあります。
ナイアガラは世界最大級の滝の1つで、水力エネルギーが巨大です。しかしその巨大さゆえに、水車でロープやベルトを動かすような方法ではポテンシャルを引き出せず、電源としての開発は難しかったと楊さんは説明します。
投資額も桁違いで、出資者にはJPモルガンなど財界の大物が揃いました。発電所を作るには、電気を買い取ってくれる顧客を先に見つける必要があります。
そこで見込み客に立てられたのが、滝から35キロ離れた工業都市バッファロー市でした。35キロ離れているため、送電手段は必然的に交流しか選択肢がなくなります。
直流だと届かない。
紆余曲折の末、ナイアガラの電気施設の大半をウェスティングハウス社が受注します。同社はこの時、交流技術のリーダーという立ち位置でした。そのシステムは、テスラの理論と設計がベースになっています。
発電された電気はバッファローの産業を発展させただけでなく、大量の電気を必要とするアルミニウム製造という新しい電気化学工業も牽引しました。アルミニウムは精錬の電気分解で大量の電気を使うためです。
楊さんは補足として、これはテスラ一人の功績ではなく多くの技術者の協力で完成したものだと断ります。ただし基本コンセプトには、テスラの多相交流の特許が主に用いられたことは確かだと言います。
その根拠として、初期の発電機のネームプレートには使われた交流特許が全13件リスト化されており、そのうち9件がテスラのものだったと楊さんは紹介します。
ナイアガラの成功以降、世界各地で大型発電所や広域送電網の建設が続き、交流方式がスタンダードになっていきます。楊さんは、交流を産業界に橋渡ししたテスラとウェスティングハウスのコンビの功績は大きいと語ります。
直流と交流、現代はどう「使い分けられている」のか
テスラの話から一度離れ、楊さんは現代の電気事情を補足として紹介します。当時は技術的なハードルだったものが、現代の進歩で克服されてきたためです。
一言で言えば、現代は電気を適材適所に使い分けられるようになったと楊さんは言います。大きな理由の1つはコンピューターの登場で、電圧・周波数・位相をコンピューター制御で自由にチューニングできるようになりました。
送電は基本的に三相交流ですが、使う場面では三相交流と、電線1本の単相交流が使い分けられています。三相交流は大電力を扱えるため、交通インフラやエレベーター、大型空調や産業用機械に使われます。
単相交流は配線が簡単で、小規模な電力需要ではコスパがよいのが利点です。家庭は基本的に単相交流で、各家庭に引き込まれる電線は三相から単相に変換されているといいます。
電流戦争で負けた側の直流も、現代で普通に使われています。家のコンセントまでは交流で、そこから先の機器で交流のまま使うか、直流に変換して使うかが適材適所で分かれます。
直流タイプは、電流の向きが変わらず繊細な制御ができるため、精密な制御が必要な機器で好まれます。スマホの充電器、パソコン、テレビ、オーディオ機器など、ACアダプターで交流から直流に変換する機器がこれにあたります。
直流モーターは制御しやすく安価で小型軽量なため、車のパワーウィンドウやスマホのバイブレーション、CPUのファン、ミニ四駆、電動歯ブラシなどに使われています。
さらに、交流と直流の両方を使う機器もあります。エアコンはモーターが交流駆動で、温度調整やリモコン受信の制御基板は直流です。楊さんによれば、コンセントの交流を一度直流に変換し、モーター部分はインバーターで再び交流に戻し、電子制御系は直流で使う設計になっているそうです。
一回直流経由して、もう一回交流に行くんや。
「直流は長距離に向かない」は、もう過去の話
直流のアキレス腱とされた「長距離送電に向かない」という弱点も、あくまで当時の技術水準での話だと楊さんは言います。現代では高圧の直流を送電する技術がすでに実用化されています。
むしろ大電力の長距離送電では、交流より直流のほうがロスが少なく経済的だとわかってきたといいます。深井さんは「間違ってたん?」と驚きますが、楊さんは、昔になかった大電力の場面が出てきたためだと補足します。
例として楊さんは洋上風力発電を挙げます。風車で発電した電気を海底ケーブルで陸地へ送るような大電力の移動では、損益分岐が変わってくるのです。
実際、日本でも北海道と本州、本州と四国をつなぐ送電線には直流送電が採用されていると楊さんは紹介します。技術によって、電気の扱い方やポテンシャルの引き出し方そのものが変わっていったわけです。
深井さんは、最初はAとBに大きく分かれた道が、発達するとAのデメリットが解消してBに近づき、Bのデメリットも解消してAに近づき、結局同じようなものになる現象がよくあると語ります。楊さんはこれを、ゲームのマップ開放にたとえます。
(マップが)開放されていくと、あれ、実はここの道は繋がってたりとか、ダメな道だと思ってたところが、こういう技術によって新しくポテンシャルとして顕在化させられる。
テスラが次に挑んだ「電磁波」と、名前もやばい世界システム
決着がついてもテスラは休まず、次の挑戦フィールドとして高周波・高電圧の交流電気の解明に向かいます。周波数を高めていくと、電流の周囲に電界と磁界が発生することに興味を持ったのです。
この電界と磁界が鎖状になって空間を伝わっていくもの、それが電磁波です。発想の基礎になったのがマクスウェル ── ジェームズ・クラーク・マクスウェル。電気と磁気を統一的に記述する理論を築いた物理学者で「電磁気学の父」と呼ばれる。で、その存在を実験で証明したのがハインリヒ・ヘルツ ── 電磁波を実験で発生・検出することに成功したドイツの物理学者。周波数の単位「ヘルツ」は彼の名にちなむ。でした。
ヘルツによる電磁波の発見はテスラと同時代のホットなニュースで、世界中の科学者に衝撃を与え、電気の次のフロンティアとみなされました。テスラも想像力をかき立てられます。
高周波・高電圧の世界を研究するために作った実験器具が、テスラコイルです。高周波・高電圧を発生させる共振変圧器で、当時ほぼ唯一の、最も強力で実用的な発生装置でした。
深井さんが「テスラコイルは何に使うのか」と尋ねると、楊さんは、発生させた電気を研究するための実験機器だと答えます。何かの役に立てる目的というより、高周波・高電圧という領域そのものを研究するための装置でした。
発生させて、その電気を研究するための装置だと本の中に書いてありました。
この領域に踏み込んだテスラは、無線通信、無線による機械制御、ワイヤレス給電といった原理に迫っていきます。深井さんは、ワイヤレス給電を当時やっていたことに驚きます。
その中でも有名なのが「テスラの世界システム」です。電線を使わず、大気中に電磁波を飛ばして世界中に電気と情報を送るという構想でした。地球そのものを電気を通す導体とみなす、壮大なビジョンです。
(世界システムは)地球を一つの電気を通す導体として見なして、地球上どんな場所にいても、電気と情報をワイヤレスで送れて使えるようにするという構想。
結局この構想がどうなったのかは、本を読んで勉強してほしいと楊さんは言います。テスラは遠隔でのロボット操作やラジコン、さらには人工的に地震を起こすことにまで発想を広げていました。深井さんは全部にワクワクすると反応します。
音声だけで理系を語る難しさと、テスラという天才との距離
本編を終え、エンディングで2人はテスラ編を振り返ります。今回は理系のことをきちんと説明するという新しい試みがありました。
正確性とわかりやすさを両立させながら、なおかつ音声だけで伝えるのって難しいんだなって改めて思いました。
楊さんは、テスラの本自体は普通に読む分には理解できるものの、COTEN RADIOで扱うクオリティを担保しようとすると、位相や回転磁界といった言葉を自分が理解しないまま話すのは無責任だと感じたと語ります。
さらに楊さんは、テスラが正真正銘の天才であるがゆえに、その脳内構造や気持ちにまで届くことが凡人には難しかったと打ち明けます。目の前にイメージが具現化し、数式が張り付いて見える感覚は想像しがたいものでした。
彼のような常人離れした認識能力によって、彼だけの世界が見えてるわけですよね。ここと僕のような凡人とは、互換性はなかったですね。
楊さんは、だからこそ天才の存在は尊いと言います。そのおかげで、私たちは電気のシステムを大して理解しなくても使えているからです。
「たまたま今の電気社会になった」という偶然
深井さんは、この時代のここが少し変わっていたら今の世界は全然違っただろうと語ります。テスラが二相モーターを発明しなければ、別の人が別の機構で交流モーターを発明し、違うメリット・デメリットが生まれていたかもしれません。
深井さんは身近な例として、日本のコンセントが二口で100ボルトであることや、西日本が60ヘルツであることを挙げます。これらは仕入れた国がたまたま違ったことなどによる結果で、もし別の周波数が世界標準だったら、電気の挙動も製品の値段も全く違っていたはずだと語ります。
深井さんは、科学技術の歴史編でずっと感じていたことを、モーターという1つの対象にミクロにフォーカスしたことで、より強く感じたと言います。今の世界は全部たまたまでできているのではないか、という感覚です。
楊さんは、これに諸行無常を重ねます。あれほどガチガチに戦った交流と直流が、結局今は両方使われている。テスラとエジソンが見たらどう思うだろうと2人は想像します。
もうこれだけ交流と直流がガチガチに戦ってたのに、結局今両方使えるっていうね。テスラとエジソンが見たらどう思うんだろうね。
何が刷新で、何がただの派閥争いなのか
深井さんは、技術の古い・新しいには明らかな刷新の感覚があるものもあると指摘します。ガラケーやポケベルが時代遅れだという感覚は、多くの人が納得するものです。
一方で、当時の直流と交流は刷新だったのか、単なる規格争いだったのか、その両方のグラデーションなのか。これを誰がどの時点で判断できるのかは難しいと深井さんは問います。
今から振り返れば、大型発電機での遠距離送電は交流がよいと知っているため、直流で頑張る人たちが既得権益にしがみついているように見えてしまいます。しかしそれは過去を振り返るからわかることで、当時はどちらがよいかわからない状態だったのだと深井さんは言います。
深井さんはこれを現代にも重ねます。パソコンとスマホのどちらを主に使うか、パソコンはもういらないのか適材適所なのか。ある技術が1つ変わるだけで、レガシーだと思われていたものが一気に価値を取り戻す可能性があるからです。
その例として、深井さんはポッドキャストやYouTube、ラジオを挙げます。レガシーで滅びると思われていたラジオ的なコンテンツが、コロナ禍を経て意外と根強いと再評価されました。今レガシーだと思われている分野が本当に廃れるのかは、考え直すとわからないと深井さんは語ります。
今レガシーだと思われてる分野、文化、技術っていっぱいあるじゃないですか。これって本当にレガシーになっていくのかどうかみたいなのは、意外と考え直すとわかんないな。
楊さんは、技術や科学を一歩引いて上から眺める見方と、その最先端でそれに情熱をかけている人の見方は必ずしも同じではないと補足します。立場が違えばコンフリクトする世界観もあると2人は確認します。
「人間は賢くない」テスラを学んで気づいた、感知できない変化
ここから楊さんは、テスラを学んで改めて思ったこととして「人間は賢くない」という主観的な感想を語ります。
テスラの交流システムは、私たちの知らないうちに世界を変えていました。楊さん自身も、勉強するまで三相交流という基盤を全く意識せずに生きてきたと言います。テスラのプレゼンまで、ほとんどの人は交流をモーターに使えることを知りませんでした。
テスラが交流モーターを発明したっていう現象がこの世界に出現してるっていう同時に、この現象が認知されてないっていう現象も同時に出現する。
楊さんは、これを今の感覚に置き直します。今もどこかで世界を変える何かが生まれているかもしれないのに、私たちはそれを認知できないのです。
楊さんは、以前番組に出演した量子コンピューターの北川さんのような天才の日々の思考の中に、将来世界を変える何かが生まれているかもしれないと例を挙げます。あるいは、チャットやLINEの相手が実は全部AIだったとしても、それを知りようがないとも言います。
さらに、テスラに電気を初めて体感させた黒猫のマチャクとのようなドラマが、今も世界のどこかで起きていて、将来世界のあり方を分岐させるかもしれない。その一コマを、私たちは感知しようがないのだと楊さんは語ります。
楊さんは、技術というテーマでは「技術が出てきて社会が変わり、僕らがどうするか」という観点が注目されがちだと言います。しかしその前に、そもそも世界がすでに変化しているのに感知できていないパターンがあると指摘します。
当たり前になった瞬間、技術は「自然の一部」になる
楊さんは、仮に変化を感知できたとしても、その知り方は限りなく浅いと続けます。モーターは誰もが知っていても、その中で回転磁界が回っていることを知る人はどれだけいるでしょうか。
さらに、感知できた変化が前提になった瞬間、それは感知の対象から外れてしまうと楊さんは言います。私たちは電線網を意識せず、電話のバイブレーションにも疑問を持たず、当たり前のものとして扱っています。
モーターにしても電気にしても、存在が当たり前になりすぎて、自然に溶けて自然の一部になってしまってる。
楊さんは、AIや3Dプリンタのようなキャッチーな新技術には興奮しても、パソコンや携帯電話、プリンターにはもうその感覚を抱かないと言います。すでに自然の風景の一部と化しているからです。
そこから楊さんは「世界の変化をよく知らない人間にも明日はやってきて、世界は続いていく、変わっていく」という感覚に至ったと語ります。このコントラストが、技術と人間の関係性の一端を示しているのかもしれません。
自分が作った風景の真ん中で、誰にも知られず逝く
その感覚に至ったテスラ最後のエピソードとして、楊さんは彼の死に際を語ります。テスラは晩年、お金がなく、人付き合いも積極的にしませんでした。
宿泊費を払えずにホテルを追い出され、住みかを転々としながら、人付き合いの代わりにハトを溺愛していました。ホテルでハトを飼い、公園のハトにも餌をやっていたといいます。
1943年1月の非常に寒い日、80歳を超えていたテスラは、ある実験をしたくて弱った体に鞭を打って研究所へ向かいます。しかし準備中に胸の痛みを覚え、続けられなくなってホテルへ帰りました。
翌日、テスラは掃除係に「掃除はいりません、起こさないでください」という札をドアにかけさせ、誰も部屋に入らないよう頼みます。その札は次の日もかかったままで、不審に思った掃除係が入ると、ベッドで亡くなっていました。86歳でした。
楊さんは、彼が亡くなった場所を想像してほしいと言います。当時のニューヨークは人口750万人ほどの大都市で、超高層ビルが建ち、あらゆる部屋に照明が灯り、地下鉄もエレベーターも動いていました。
この風景を作った人間の一人が、自分が作った風景のど真ん中で、誰にも知られることなくひっそりと亡くなる。この構図、最高じゃないか。
何が最高なのか。楊さんは、テスラが亡くなろうが、テスラを知らなかろうが、世界は勝手に動いていくからだと語ります。電気は流れ、電球は光り、電話は鳴り、モーターは回り続けるのです。
深井さんは、札をかけたときのテスラの心境に思いをはせます。楊さんも、その時ハトや黒猫マチャクのイメージが見えていたのかもしれないと想像します。この構図が、映画のワンシーンのようにビビッドに再現されたと楊さんは締めくくりました。
最初から読むにはこちら
まとめ
テスラ編の最終回は、交流が社会インフラとして認められる決着から、現代の適材適所の電気事情、そしてテスラの晩年と死までを描きました。技術は人間が感知しないうちに世界を変え、当たり前になった瞬間に自然の一部として溶けていく。その感覚が、テスラの静かな最期に重ねられています。
- シカゴ万博とナイアガラ発電所での公式採用が、交流を社会インフラとして決定づけた
- 直流と交流は勝ち負けで終わらず、現代はコンピューター制御で適材適所に使い分けられている
- 大電力の長距離送電では直流のほうがロスが少なく、日本でも直流送電が採用されている
- テスラは交流の先に電磁波・無線通信・世界システムという壮大な構想へ進んだ
- 自分が作った電気の風景の真ん中で、誰にも知られず逝ったテスラの構図が最終回の核になった




