弟子から村長へ、草野陽夏とは何者か
番外編のゲストは、株式会社コテン世界史データベース事業部でプロダクトマネージャーを務める草野陽夏さんです。もともとは弟子募集で参加し、深井龍之介さんの弟子として半年活動した後、社員になった経歴の持ち主です。
樋口さんが紹介したプロフィールによると、草野さんはアメリカのウィスコンシン州の大学を中退後、東京の人材系スタートアップでソフトウェアエンジニアになった人物です。コロナ禍の業績悪化で解雇され、ニート期間中には漫画家やコピーライターを目指したこともあったといいます。
現在は世界史データベース事業部で、プロダクト開発チームの開発マネジメントを担当しています。草野さんによると、事業部はデータベース自体を作るチームと、データを体験としてユーザーに届けるプロダクト開発チームに分かれているそうです。
チームは多分30人ぐらいいて、この間ボランティアメンバーの方も募集をかけて、全体だと多分60人ぐらい。
樋口さんは、その規模を「ちっちゃい村ぐらいある」と表現し、草野さんを「村長」になぞらえて場を盛り上げました。人文知を扱う事業が、それだけ大きな体制で進められていることがうかがえます。
今日のテーマは「人文知と社会の懸け橋の難しさ」
草野さんが今回話すテーマは、世界史データベースそのものではなく、コテンの存在意義でもある「人文知と社会の懸け橋になる」ことの難しさです。
そのきっかけとなったのが、以前コテンラジオの番外編にも登場した会社ヘラルボニーとのコラボイベントでした。草野さんによれば、ヘラルボニーは障害者のアートを支援し、それを株式会社として売っていく会社です。
深井さんは、障害者アートに対する従来のイメージと、ヘラルボニーの挑戦の違いを説明しました。
障害者アートって言ったら、かわいそうな人がやってて、それを安くどう、みたいなのが当たり前だったのを、高級ブランドみたいなところまで持っていって売って、知的障害者の人たちが普通に結構な収入をもらえる状態を作ったりしてる、チャレンジングな会社ですよ。
草野さんは、これまで価値があると思われてこなかった分野に市場をつくり、異才アートが人々の目に届いていく仕組みを作っている会社だと補足しました。
65カ国・2650エントリーのアートアワード
コラボのきっかけとなったのは、ヘラルボニーが開催した「ヘラルボニーアートプライズ」という、全世界から障害のある人が応募できるアートアワードでした。上位に残った作品が東京に集結し、展示会が開かれたといいます。
その規模は、草野さんによれば全世界から65カ国、エントリー数は2650にのぼりました。深井さんは、自身も福岡のアートイベントをボランティアで手伝った経験から、これだけの応募を集めてイベントを立ち上げる大変さに驚いていました。
見るだけでもね。2700。すごいイベント。
一つ一つの作品を審査員が全て見て評価していくという運営に、出演者たちはその熱量の大きさを口々に語りました。
なぜコテンが講演を引き受けたのか
コテンとヘラルボニーのつながりは、ヘラルボニーの法人事業責任者である国分さんと草野さんがトークセッションを行った際の、終わりがけの立ち話から始まりました。そこで、アートプライズでコテンと何か一緒にできないかと声をかけられたそうです。
深井さんは、両社の親和性について、ソーシャルグッドの文脈で今までにないビジネスモデルや新しい挑戦をクリエイティブにやっている会社同士だと語りました。コテンが障害の歴史をリサーチしてきたことも、つながりの背景にあります。
当初はPRでの発信を提案されていましたが、草野さんはコテンらしい価値の出し方を提案しました。
一つの会社が人文知とかを使って意識が変わるとか、そこの思想みたいなところの支援ができるのが、多分(コテンの)形として。
この提案から、講演・対談・ワークショップという3本立ての形式が決まっていきました。イベントは平日の夜に2時間ほど、2日間にわたって行われたといいます。
そして今回の講演で登壇したのは、深井さんではなく草野さんでした。楊さんも「珍しい」と反応した、コテンとしては異例の座組みです。
今、会社として龍之介さんの属人性を下げながら、ちゃんとコテンという会社として人文知の社会実装をやっていこうと話してる中で、なるべく自分とか他のメンバーで一緒にやらせてもらえたら嬉しい。
深井さんが登壇すれば社外の期待も一番高い場面で、あえて草野さんたちが担うことを深井さんも快諾したといいます。
「明るいヘラルボニー」と「淡々としたコテン」
企画を詰めるなかで、草野さんが強く感じたのは両社のカルチャーの違いでした。
ヘラルボニーの方々はよく笑うし、リアクションがすごくあるので。
一方でコテンは、暗いというよりも落ち着いていて、淡々としている雰囲気だと草野さんは表現します。深井さんは、コミュニティナースなどと話したときにも同じような差を感じると振り返りました。
ファニーは少ないけど、インタレスティングがすごい多いから。みんなすごい楽しんで会議とかしてるけど、楽しみ方がファニーじゃないって感じ。
深井さんは、知的興奮こそがコテンにとって最高の会議だと語りました。どちらが良い悪いではなく、カルチャーが違うという話です。
よく笑い、リアクションが大きい。明るい雰囲気で会議が進む
淡々として落ち着いている。ファニーより知的興奮を楽しむ
「なぜ多様性が合理的なのか」というテーマの誕生
講演のテーマが決まった背景には、ヘラルボニーアートプライズが抱えていた課題がありました。草野さんによれば、今年で2年目だったこのアワードは、1年目に賛否両論があったといいます。
応募できるのが障害者手帳を持った人だけであることに対し、「なぜその人たちだけに限定するのか」「逆差別ではないか」という批判があったそうです。ヘラルボニー側は、その批判にうまく答えられなかったという課題を抱えていました。
そこで草野さんは、コテンがリサーチしてきた障害の歴史や女性社会参画の歴史が、この問いに答える材料になると考えました。こうして「なぜ多様性が合理的なのか」というテーマが決まっていきます。
樋口さんは、合理的の定義自体が難しいと指摘しましたが、草野さんはその定義から揉んでリサーチを進めたと話します。
この点から見たら多様性は合理的だし、この点から見たら合理的でないかもしれないけれど、ということを定義から揉んで。
ヘラルボニーが抱えていたのは、自分たちがやりたいことをどう説明し、どう落とし込むかという課題でした。そこにコテンの知の蓄積が答えられる、という構図です。
稼げるようになって初めて見える「新しい壁」
草野さんは、ヘラルボニーが現場で直面している課題の具体例を紹介しました。障害のある人がヘラルボニーを通してお金を稼げるようになると、今度は確定申告の問題が出てくるといいます。
確定申告って、本人じゃなきゃできない、申請ができないパートがあるらしいんですね。(知的障害を持つ方が)自分でできない状況があって、新しい壁が見えてきた。
稼げるようになって初めて、次の壁が見えてくる。樋口さんは「そんなところまで想定していない」と驚き、深井さんは常に新しいことに挑戦しているからこそ、課題が初めて顕在化し続けるのだと整理しました。
こうした状況を聞くなかで、草野さんはコテンが最も価値を出せる形が見えてきたといいます。
2カ月のリサーチと「事前講演」という工夫
講演に向けて、草野さんはもう一人のメンバーと2人で、2カ月ほどリサーチに時間をかけました。伴走したのは、もともと障害の歴史と女性の社会参画をリサーチしたメンバーで、壁打ち役を務めたそうです。
講演の内容はすべてコテンに任されました。そして本番の前に、ヘラルボニー社内向けの事前講演を1日設けるという工夫がなされました。
いきなり結構多様性の話をすると複雑なので、本番は対談パートがあったんですね。ある程度理解した状態で話せた方がいいというので、事前に。
事前講演はオンラインで、約60名が参加しました。全社会議に1時間の枠をもらって実施したといいます。楊さんは、その場のプレッシャーを想像して思わず身構えていました。
印象的だったのは、すべての会議に手話通訳がついていたことだと草野さんは語ります。多様性という難しい言葉も、通訳者が全て訳してくれたそうです。
「すごい」ではなく「やるべきこと」を伝える
楊さんが、事前講演で何を伝えようとしたのかを尋ねると、草野さんの答えははっきりしていました。ヘラルボニーが「すごい」ということを伝えるのではなく、その活動が歴史から見て正当性を持つと伝えたかったのです。
ヘラルボニーさんがすごいよということを伝えるのではなくて、歴史から見た時にものすごく正当性があって、これをやるべき活動だと皆さんが思ってもらえたらいいなと。
盛り上げるのではなく、前提の土台を改めて感じてもらう。深井さんは、これを「そのようにして人類は進んできた」という再現性の話だと言い換えました。
草野さんが伝えた核心を一言でまとめると、次のようになります。
だからこそ、あえてカテゴリーをつけて取り組むというヘラルボニーの活動は何の矛盾も生じておらず、批判に対してもこの見地から答えられる、という論の運びです。
知識ではなく経験で語る「哲学対話」
イベントは講演の後にワークショップとして「哲学対話」を行いました。参加者が講演を聞いて帰るだけでなく、「多様性とは何か」を自分たちで話す場です。
草野さんによれば、ヘラルボニーの社員、参加者、コテンのメンバーが6、7人で1グループになって対話しました。哲学対話はコテン社内でも取り入れられている手法だといいます。
草野さんは、哲学対話のルールをいくつか挙げました。
- 否定しない
- 知識ではなく経験で話す
- 話さなくてもいい(その場にいるだけで参加している)
深井さんは、知識を使わずに多様性を語るのはかなり難しいと指摘します。経験からしか話せないため、必ず自分の言葉になり、心理的安全性が高まるのが哲学対話の特徴だといいます。
全部経験からしか言っちゃダメなんで、そうすると結果すごく自分の言葉に絶対なっちゃうから、お互いの意見とかがちゃんと出て。心理的安全性がすごい高まるっていうワークなんですよ。
草野さんによると、講演だけでなくワークショップまで含めた全体体験に満足したという参加者が多かったそうです。
評判は良かったのに残った「挫折感」
アンケートの結果は良好でしたが、草野さん自身の中には人文知の社会実装の難しさへの挫折感が残ったといいます。
楊さんが「講演もワークショップも評判が良かったのに、難しさはどこから感じたのか」と問うと、草野さんはリサーチと伝えることの2つのパートに分けて答えました。リサーチはとにかく時間がかかり、伝える前提として自分が理解していなければならないと語ります。
楊さんは、この感覚を「血肉になる」というプロセスの必要性として受け止めました。知識だけでなく、生身の自分の経験と合わさらないと血肉にならない、という実感です。
本だけ読んで知識だけ読んで、分かったけれども血肉にならないっていう感覚が、常に僕にもあります。
さらに楊さんは、そもそも知識として知っていても話せないという段階もあると打ち明けます。コテンラジオを聞いて「完璧に理解した」と思っても、いざ誰かに話そうとすると言葉が出てこないというのです。
OK、喋れるわと思って誰かに話そうとしたら、うっ、あ、う、うって全然出てこないですよ。
草野さんも、台本に書いたことを本番で自分の言葉で喋れず、論理が繋がっていないことが話して初めて分かった、と振り返りました。
データだけでは人文知は伝わらない
草野さんは、人文知の社会実装の難しさを、自身が手がけるデータベースのプロダクトにも重ねて語りました。データがあるだけでは、人文知を理解するところまでは至らないという気づきです。
データがあったとしても、(人文知の理解には)至らないんだなということを、すごく伝えて初めてわかった。
草野さんによれば、データを「はい、作りました」と渡すだけでは、受け手の理解や実体験には紐づきません。だからこそ、データとそれが理解されるように出す体験がセットで初めて、データベースの価値が出るのだと語ります。
深井さんは、初めて触れる知識には咀嚼するセンスが必要で、そこを橋渡ししないと通じないと補足しました。一方で、データが溜まっていること自体も大事だと強調します。
つまり、データを蓄えることと、人が理解できるストーリーとして届けることの両方が必要だという整理です。
データの蓄積
世界史データベースとして情報を溜める
理解・編集
自分の中で咀嚼し、妥当性を判断して整理する
ストーリー化
受け手が理解できる文脈・物語をつける
相手に届く
初めて人文知としての価値が生まれる
人間ってもう大体編集して脳内に入ってるから、(データを)そのままインストールできないというか。
初めての講演で味わったプレッシャー
草野さんにとって、今回は初めての講演でもありました。3人で話す対談とも、一人で聴衆に向かって喋ることは大きく違うと深井さんは指摘します。
ずっと40分ぐらい大丈夫かなと思い続けながら話すっていう、それも初めてだった。
深井さんは、多様性の合理性という難しいテーマを、2カ月のリサーチをかけて初講演で扱ったことに驚いていました。人文知の社会実装の最前線を一度経験した、という位置づけです。
不安と向き合い続けることが人文知
今回の経験から生かせることを問われた草野さんは、データの重要性とデータの提供の仕方の両方を考えるのが自分の仕事だと改めて認識したと語りました。そして、リサーチをしていて常に感じるのは「不安」だといいます。
本を読んでいても正しいかどうか分からない。だからこそ、いろんなソースを読んで比べ、全体の中で情報の妥当性を判断していくのだと草野さんは説明します。
深井さんは、この五里霧中の感覚に耐えられるかが人文知では非常に大事だと強調しました。耐えられないと、結論ありきで調べることになり、アカデミックな価値がなくなってしまうといいます。
五里霧中に耐えれないってなると、やっぱ結論ありきで調べるみたいになっちゃうから、それってアカデミック的価値が全然なくなっちゃう。
樋口さんは、人間には「これが答えだ」と確定して安心したい欲求があると指摘し、その不安定さに耐えられるかどうかが問われると応じました。
二、三冊読んでYouTube化しました、ポッドキャスト化しましたみたいな人たちと僕たちの大きい違いは、その不安とずっと戦ってることだと思うんだよね。
草野さんは、この学びを「不安と向き合い続けるための武器をセットで考えていく」という自分の役割の追加として受け止めていました。
「役に立ち方」の説明はなぜ難しいのか
ヘラルボニーとは今後も引き続き一緒にやっていく話になったといいます。深井さんは、コミュニティナースやボーダレスジャパンなども含め、コテンには特有の「役に立ち方」があると語りました。
その価値とは、実践している人たちの思想の解像度を上げ、よく分からない反論にも言語で返せるようにすることだと深井さんは説明します。
彼らの思想の解像度を上げて、よくわからない反論みたいなものにちゃんと言語で返せるようになる。ビフォーアフターでいくと、そういうのがコテンが提供できる価値の一つだよね。
ただし、この価値は結論ありきで調べないため、どれぐらいコストがかかるか分からないという難しさを抱えています。市場経済との相性が良いようで悪く、クルーへの支援などで成り立たせている部分があると深井さんは打ち明けました。
そして深井さんは、ヘラルボニーとの相性の良さを、両社の思想の作り方の違いから読み解きました。松田兄弟は結果的に世界の構造を変えようとしているが、元々はお兄さんのために始めた活動だといいます。
身近にいる人たちを幸せにしたい、もっとこうあってほしいというのを突き詰めると、世界がそもそも変わっちゃうみたいな。
当事者性の高いヘラルボニーの人々が自分の側から発する方向に対して、コテンは逆方向から力づける。深井さんは、そこにコテンとソーシャルベンチャーの相性の良さがあると整理しました。
視点の移動こそが教養であり人文知
楊さんが、ヘラルボニーの社員に伝える際の目線合わせの大変さを尋ねると、草野さんは言葉の一つ一つを普段以上に意識したと語りました。障害という言葉を使うときも、当事者を想像しながら伝える難しさがあったといいます。
深井さんは、自分たちがアメリカに住んだことがなくてもアメリカの話ができる理由を、リスナーへの解像度を上げるために共有しました。それは、自分の中にインサイトが生まれるまで勉強することだといいます。
自分の中でインサイトが生まれるまで勉強するっていうのは、やっぱ一つの僕たちがやってることなんだよね。そのインサイトっていうのは一種感動でもあるのよ。
深井さんの言う感動とは、恋愛映画で泣くような感動とは違い、心が動くほどの経験を指します。そこまで勉強すると、心が動いたことが相手にも伝わるといいます。
そして深井さんは、この核心を「視点の移動」という言葉で表現しました。
深井さんによれば、視点が移動するほどの経験をするには、対象を甘く見ていては到達できません。楊さんも、なめていれば自分がすでに持っている見解の再生産にしかならないと応じました。
草野さん自身も、多様性が生物や進化において前提だったと理解したときの感動を体感したと語ります。この感動を自分と同じ粒度で伝えることの難しさこそ、今回の挑戦の核心でした。
属人性を剥がす挑戦としての初講演
樋口さんが今回のイベントの意義をまとめようとするなか、深井さんは経営的な視点からこの講演の意味を語りました。それは、自分の属人性を剥がすことです。
深井さんは、自分に伝える才能がたまたまあってそれで伝えている、という状況を超えることが、コテンにとって重要な挑戦だと言います。感動を伝えないと伝わらない以上、伝えるパートは本来、属人的なものだからです。
僕もヘラルボニーさんで講演したいっていう気持ちはめっちゃあるけど、あえてせず、いろんなメンバーに、まずひなつとかにやってもらうっていうことに今チャレンジしてる。
深井さんは、これを組織が大きくなるためではなく、存在価値を最大化させるために必要なプロセスだと位置づけました。会社が個人を超えられないのはしょぼい、という思いがそこにあります。
樋口さんは、この取り組みを「ポスト深井龍之介」と表現しました。深井さん自身は、最後にクビになりたいとまで語り、場は笑いに包まれました。
楊さんは最後に、今回のイベントが草野さん個人、ヘラルボニー、社会、そしてコテンという複数の視点から意義深いものだったと締めくくりました。
まとめ
この回は、コテンのプロダクトマネージャー草野陽夏さんが、ヘラルボニーとのコラボイベントで初めて講演に挑んだ経験を語る内容でした。評判の良かったイベントの裏側で、人文知を社会に届けることの難しさと、その本質が浮かび上がります。
- コテンとヘラルボニーは、ソーシャルグッドに新しい挑戦をする会社同士として親和性が高い
- 「なぜ多様性が合理的なのか」を歴史から示すことで、ヘラルボニーの活動の正当性を裏側から支えようとした
- データは蓄積するだけでは伝わらず、理解されるストーリーとセットで初めて価値が出る
- 結論ありきにせず、五里霧中の不安と向き合い続けることが人文知の核心である
- 深井さんの属人性を剥がし、メンバーが人文知を伝える挑戦として、初講演は位置づけられた



