📝 エピソード概要
本エピソードは、劉邦が秦の都・咸陽に先に入ったことで激怒した項羽との間に起きた、歴史的対面「鴻門の会」を描きます。劉邦は暗殺の危機に瀕しますが、張良の知略、項伯の仲介、そして樊噲の豪胆な行動によって九死に一生を得て脱出します。
感情に流されやすい項羽は最大のライバルを討つ機会を逸し、その後咸陽を徹底的に破壊。一方、劉邦の部下である蕭何が秦の統治に必要な行政データを確保したことは、後に劉邦が天下を争う上での大きな基盤となりました。
🎯 主要なトピック
- 項羽の怒りと劉邦軍の裏切り: 劉邦が懐王の約束を盾に函谷関を占領したことに項羽が激怒。さらに劉邦軍の曹無傷の密告が加わり、項羽は劉邦殺害を決意する。
- 項伯の仲介と劉邦の弁明: 張良の恩人である項羽の親戚・項伯が劉邦の危機を伝え、仲介役となる。劉邦は項伯に対し、へりくだって項羽に逆らう意図がないことを必死に弁明し、会談の機会を取り付ける。
- 鴻門の会での暗殺未遂: 宴席で項羽の参謀・范増が剣舞を装った劉邦暗殺を指示するが、項羽は許してしまう。項伯が劉邦を庇って剣舞の邪魔をし、暗殺は失敗に終わる。
- 樊噲の乱入と剛毅な弁舌: 劉邦の側近である樊噲が宴席に乱入し、項羽の暴虐な行いを秦の暴君になぞらえて非難。項羽の勢いを削ぎ、劉邦が厠に行くふりをして宴席から脱出する時間稼ぎに成功した。
- 范増の失望と項羽の暴挙: 劉邦の脱出を知った范増は「小僧めとは謀れない」と項羽の優柔不断さに激怒。その後、項羽は咸陽に入り、秦の血筋を皆殺しにし、都の宮殿を焼き払って楚へ帰還した。
- 蕭何の知財保全: 項羽が咸陽を破壊する中、劉邦軍の蕭何は財宝ではなく、秦の法律文書、地図、戸籍などの行政資料を収集。これが後の劉邦の再起と関中統治の決定的な礎となった。
💡 キーポイント
- リーダーの資質の違い: 項羽は勇猛でカリスマ性を持つが、感情的で目先の利益やメンツに流されやすい。一方、劉邦は自力で解決せず「どうしたらよいだろう?」と助言を求めることで、周りの知恵を最大限に引き出した。
- 危機管理の徹底: 張良は劉邦を逃がすため、危険を顧みず宴席に残り、劉邦が安全な陣営に着くまで時間稼ぎとして項羽に白璧などを献上し、事後処理を完璧に行った。
- 項羽の痛恨の判断ミス: 范増が忠告したように、項羽はこの場で劉邦を排除すべきだったが、一時的な感情や体面を優先したことで、後に自身を滅ぼす最大のライバルを取り逃がした。
- 無血開城の失敗: 劉邦が子嬰(秦の三世)を殺さなかったのに対し、項羽は私的な恨みから子嬰と秦の血筋を皆殺しにした。項羽の徹底的な破壊活動は、彼のアイデンティティが「反秦(楚の復興)」にあり、「中華の統治者」を目指していなかったことを示唆している。

