📝 エピソード概要
長らく弁護士として活躍していたリンカンが、奴隷制拡大論争の高まりを背景に政界に復帰します。彼はイリノイ州のライバル、スティーブン・ダグラスと激しい公開討論(リンカン・ダグラス論争)を繰り広げ、奴隷制を「悪」と断言することで全国的な名声を得ました。結果的に民主党の分裂という歴史的な経緯もあり大統領に当選しますが、彼の当選は南部諸州の極度の危機感を引き起こし、直ちに南部連合が結成され、国家分裂の危機に直面するまでを描きます。
🎯 主要なトピック
- 政界復帰とリンカンの戦略: 12年間の公職引退後、リンカンはイリノイ州への反奴隷制派(北部)の人口流入と、奴隷制拡大への危機感を背景に、この問題を争点として政界再起を図りました。
- リンカン・ダグラス論争の論点: 奴隷制の存廃を住民に委ねる「住民主権論」を唱えるダグラスに対し、リンカンは奴隷制の拡大を「悪」とし、連邦の基本原理である「自由労働」と「人間は平等」という倫理に反すると主張し、注目を集めました。
- ジョン・ブラウン襲撃事件による緊張: リンカン・ダグラス論争の翌年には、奴隷解放を目指すジョン・ブラウンによる連邦武器庫襲撃事件が発生し、北部の敵がい心と南部の恐怖心を増幅させ、社会のボルテージが上昇しました。
- 民主党分裂による大統領当選: 奴隷制への立場で意見が二分した民主党が候補者を統一できなかった結果、リンカンは南部からの支持率わずか2%という状況ながら、共和党候補として大統領に当選しました。
- 南部連合の結成と国家分裂: リンカン当選を受け、南部諸州は生活基盤(奴隷制)が脅かされると判断。サウスカロライナ州を皮切りに次々と離脱を宣言し、「南部連合」(コンフェデレート・ステイツ・オブ・アメリカ)を結成しました。
💡 キーポイント
- リンカンは、公の場では既存の奴隷制には不介入としつつも、友人への手紙では「半ば奴隷、半ば自由の国家は永久にやっていけない」と、国家分裂への深い苦悩を表明していました。
- 彼は世論の感性を敏感に察知し、他の政治家よりも一歩早く「奴隷制は悪である」と主張することで、共和党支持者の意見を集約し、全国的な人気を獲得しました。
- 南部連合の新憲法では、「州の主権」の強調や奴隷所有権の明記に加え、「全能の神の御導きのもとで」といった一神教的な要素を前文に盛り込み、自分たちの倫理的正当性を主張しました。
- リンカンの大統領当選は、連邦が分裂に向かうという、彼が最も危惧していたハードモードな状況でスタートすることとなりました。

