森に潜む恐怖!怪物フンババ討伐クエスト 〜エンキドゥとの二人三脚〜
歴史を面白く学ぶコテンラジオのギルガメシュ編第4回では、深井龍之介さんと樋口聖典さんが、ギルガメシュとエンキドゥの初めての冒険を語ります。無二の親友を得た王ギルガメシュは、神聖な杉の森へと遠征を企てます。そこには恐るべき守護神フンババが待ち受けていました。命がけの戦いと、神話の中に見える古代メソポタミアの交易・信仰の実像を紐解きます。その内容をまとめます。
杉の森への遠征を決意
エンキドゥという最強のバディを得たギルガメシュは、ある大きな事業に乗り出そうとします。それは、はるか北方の杉の森ウルクから七つの山を越えた先にあるとされる聖なる森。神殿の材料となる貴重な杉が生えていました。から、神聖な木材を手に入れるというものでした。
この杉はレバノン杉植物学的には松の仲間。高さ30メートル以上、幹の直径2メートル以上にもなる巨木。香りがよく、材質は硬く耐久性に優れ、木目もまっすぐなため、古代世界で最高級の木材として重宝されました。現在のレバノン共和国の国旗にも描かれています。と呼ばれ、普通の杉ではありません。神殿の扉や梁に使われる最高級の木材であり、力・神聖・不滅の象徴でもありました。古代エジプトでは、ファラオが冥界へ旅する太陽の船古代エジプトの信仰では、死後のファラオは太陽とともに天空や冥界を旅すると考えられていました。その際に乗る船が太陽の船で、実際にレバノン杉で作られた船が発掘されています。もこの木で作られていたといいます。
ギルガメシュは言います。「エンキドゥと一緒なら、この遠征を成し遂げられる」と。相棒を得て、難易度の高いクエストに挑む覚悟を決めたのです。
今だったら相棒がいる。この相棒と一緒になったらやれそう、このフンババもなんとかできそうというふうに思ったんでしょうね。
周囲の反対を押し切る
しかし、この遠征にはもう一つ大きな障害がありました。杉の森には、フンババ杉の森を守る守護神。神エンリルから任命された由緒正しい存在で、単なる怪物ではなく自然神として描かれています。顔は生き物の腸のような紋様になっており、その叫び声は大洪水のようだと恐れられました。という恐ろしい怪物が棲んでいたのです。
エンキドゥは、この遠征に反対しました。理由は三つあります。一つ目は、悪い夢を見たこと。二つ目は、自然の中で育ったエンキドゥがフンババの恐ろしさを知っていたこと。そして三つ目が最も重要で、杉の森は神々の縄張りであり、フンババは神エンリルメソポタミア神話における最高神の一柱。天空と大気を司り、神々の王として君臨しました。フンババはこのエンリルから森の守護を任命された正式な守護神です。から任命された守護神だったのです。つまり、フンババと戦うことは神の意志に逆らうことを意味していました。
我が友よ、私は野原をうろついている時、杉の森を見たことがあると。誰もその中に入っていく者はいなかった。フンババの叫び声は大洪水の轟きのようだ。その口は火を吐き、その息は死を呼ぶ恐ろしい怪物だ。
しかし、ギルガメシュの決意は揺るぎませんでした。彼がこれほどまでにこだわった理由には、もう一つの深い動機があったのです。
ギルガメシュはある日、宮殿の隙間から一人の男が死ぬところを目撃しました。その時、彼は悟ったのです。人間は死ぬ運命にあるのだと。神には寿命はないが、人間には寿命がある。だからこそ、限られた生の中で名を残し、人々の記憶に刻まれたい──これがギルガメシュの答えでした。
長老たちも遠征を止めようとしましたが、ギルガメシュは笑い飛ばします。「人々が語る森の恐ろしい怪物とやらを見てみたいものだ。大したことないんじゃない?」──自信満々のギルガメシュに、誰も逆らえませんでした。
武器の準備も万全です。重さ約90キロの巨大な斧、黄金の鍔だけで15キロある大剣、そして弓。出陣前には守護神である太陽神シャマシュ古代メソポタミアの太陽神で、正義と占いの神でもありました。ギルガメシュの個人的な守護神として、この遠征を見守り、バトル中にも風の力で援護します。に祈りを捧げ、内臓占い古代メソポタミアで行われた占いの一種。神々に捧げた生贄の動物(犠牲獣)の内臓、特に肝臓の色や形を見て吉凶を占いました。戦争の前には必ず行われる重要な儀式でした。で吉凶を占いました。しかし、結果は思わしくありませんでした。それでもギルガメシュは進むことを選びます。
森の奥へ進む二人
ギルガメシュとエンキドゥは、母のいない孤児50人ほどの従者を従えて出発しました。驚異的なスピードで進み、一日で500キロ、普通なら45日かかる道のりをわずか3日で踏破したといいます。
すげえな。フルマラソン二時間弱ですよね。四十二キロが。原チャリとか乗ってたんかな。
筋斗雲とか。そういうのかな。
ついに杉の森の入り口に到達した一行。そこには恐ろしい姿をしたフンババの手下が見張っていました。それを見たギルガメシュは、内心怖じ気づきます。しかし、虚勢を張ってエンキドゥに「お前怖気づくなよ」と言うのでした。
森の入り口の扉には呪いがかけられており、うっかり触れたエンキドゥはダメージを受けます。罠を避けながら進む二人。森の奥へと入っていくと、そこには巨大な杉の大木が立ち並ぶ壮観な光景が広がっていました。想像していた野蛮な世界ではなく、むしろ神聖な空間だったのです。
夜、キャンプを張って眠るギルガメシュ。しかし、不吉な夢を三度も見ます。山が崩れ落ち、死のような冷たい雨が降り、火が燃え上がる──恐怖に駆られるギルガメシュを、エンキドゥは「これは良い兆しだ」とあえて前向きに解釈して励まします。
そこでギルガメシュは再び太陽神シャマシュに祈り、作戦を授かります。ポイントは、「地の利を生かさせるな」ということ。フンババを森の中で身を隠させるな、持久戦は不利だ、即戦即決でいけ──そして今、フンババは七枚の鎧のうち一枚しか身につけていない。隙がある。この隙を逃すなという助言でした。
二人は森の奥へさらに進みます。ギルガメシュは90キロの斧で杉の木を切り倒しながら道を切り開きました。その時、フンババの叫び声が聞こえてきます。ギルガメシュは腕に力が入らなくなりますが、エンキドゥが再び励まします。
シャマシュ様が守ってくださる。友よ、我らは一つになっていきましょう。戦いがあなたの心を燃やすように、死をものともせず、この命を生きてやりましょうよ。
森の最奥に到達した瞬間、一羽の鳥が森全体に響き渡るような声で鳴き始めました。するとセミ、ハト、コウノトリ、猿──あらゆる森の生き物たちが次々と声を上げ、森全体が一つの生き物のように鼓動を始めたのです。
そして、その音楽に合わせて──フンババが登場しました。
フンババとの決戦
フンババは野蛮な怪物ではなく、森であたかも王のように傅されていた聖なる存在でした。彼はまず怒りをあらわにします。「誰が私の山に生えている杉の木を切り倒しているのだ!」
ギルガメシュには「このバカが」「愚か者」と見下す言葉を投げつけます。しかし、エンキドゥには別の言葉を向けました。「なぜよそ者であるギルガメシュと組んだのだ?」──実は、エンキドゥとフンババは知り合いだったのです。
裏切られたと感じたフンババは、二人に宣言します。「貴様の喉笛とうなじを噛み砕いてやるからな。貴様らの屍を蛇や鷲やハゲタカに食わすぞ」──そしてバトルが始まりました。
戦いは凄まじいものでした。彼らの足の下では大地が裂け、飛び回ると山が裂け、舞い上がった土煙で白い雲が黒くなるほど。フンババは守護神であり、ガチの神です。その一撃で深い緑に溢れた山が二つに裂けました。
それはちょっと盛ったろ。
そういうことにしときましょう。
二人はギリギリのところで死を回避していましたが、どうしても勝てません。殺されそうになった時、再び太陽神シャマシュに祈りを捧げます。するとシャマシュが風攻撃のサポートをしたのです。南風、北風、唸り風、乾いた風、魔の風──13種類の風をフンババに吹き付けました。
これが効きました。フンババは目を開けていられなくなり、進むことも戻ることもできず、身動きが取れなくなったのです。ギルガメシュは、ついにフンババを捕らえることに成功しました。
息も絶え絶えのフンババは、命乞いをします。「私を助けてくれれば、お前の家来になる。この杉の木は切り倒して、お前が家を建てるのに使っていい。欲しいだけ木を与えてやろう」──しかし、ここでエンキドゥが強く進言しました。
その言葉に惑わされないでください。フンババの言うことに耳を貸すな。ギルガメシュよ、フンババを打ち殺せ。
エンキドゥは完全にギルガメシュの側に立っていました。行けるところまで行こう。そしてギルガメシュがいかにしてフンババを撃破したかを永遠に語り継ぐべく、記念碑を建てようと背中を押したのです。
ギルガメシュはエンキドゥの言葉を受け入れ、斧でフンババのうなじを切りつけました。エンキドゥも武器でその心臓を打ち抜きます。フンババは断末魔の叫びを上げました。「神エンリルはお前ら二人が年を取って老いるまで生かしてはおかないぞ!」──呪いの言葉を残し、内臓が飛び出して絶命したのです。
ギルガメシュはフンババの首を切り落とし、桶に詰めて持ち帰りました。二人は勝利の雄叫びを上げ、その声は山中に響き渡りました。そして杉の大木を伐採し、筏を組んで川に流し、自分たちもその筏に乗ってウルクへと帰還したのです。
民からは盛大な歓迎を受け、ギルガメシュは得意の絶頂でした。偉業を成し遂げたのです。
史実としての杉の森
このフンババ討伐の物語には、実は史実の要素が色濃く反映されています。メソポタミアの王たちが杉の木を求めて遠征したことは、歴史的事実として記録されているのです。
物語の舞台とされる杉の森は、今のレバノン山脈とアンチレバノン山脈に挟まれた高原地帯ではないかと考えられています。この二つの山に挟まれた地形を見て、古代メソポタミアの人々は「フンババが大地をかち割ってできた空間だ」と想像したのかもしれません。
ウルクが建てられたメソポタミア南部には、ほとんど木が存在しませんでした。そのため、良質な木材を得るには遠く森林地帯に遠征し、略奪してくる必要がありました。ギルガメシュの物語は、古代メソポタミアの人々にとって現実味を帯びた物語だったのです。実際に目の前で王が軍を率いて杉の木を持ち帰ってくるのを見ていたのですから。
また、杉の森の守護神フンババについても興味深い解釈があります。現地の森林エリアを縄張りにしていた人々の神様だったのではないか、という見方です。メソポタミア側から見た「文明の領域外にある野蛮な人々が祀っている神」──それがフンババだったのかもしれません。
神々の住まい、聖なる空間
フンババ(守護神・自然神)
森の生き物たち、調和の世界
人間の支配領域、開発の対象
ギルガメシュ(王・征服者)
資源の略奪、名声の獲得
この物語には、自然と人間の都市文明という対立構図が描かれています。杉の森はまさに「もののけ姫」のシシ神の森のような存在であり、ウルクはタタラ場、エボシ様はギルガメシュに相当します。ただし、もののけ姫とは異なり、エンキドゥは完全に人間側についてしまった点が大きく違います。
まとめ
フンババ討伐クエストは、表面的には冒険物語ですが、その奥には深いテーマが隠されています。ギルガメシュが名を残すことにこだわった理由──それは人間の死すべき運命を自覚したからでした。限られた生の中で、忘れ去られることこそが本当の死だと考えた彼は、偉業を成し遂げることで後世に名を刻もうとしたのです。
エンキドゥとフンババの関係という新事実も、物語に深みを与えています。かつての仲間を裏切ってまでギルガメシュに従ったエンキドゥの選択。そして最後にフンババが残した呪いの言葉──「お前ら二人が年を取って老いるまで生かしてはおかないぞ」という予言めいた台詞は、次の展開への不穏な伏線となっています。
物語を勉強した時にヒーローズジャーニーっていう型があって、まさにヒーローズジャーニーだなと思いながら。日常世界から冒険やっていって、それを乗り越えて報酬をもらって帰っていく。物語の型が一個ここでできてんですよね。
ヒーローズジャーニーという物語の型が、すでにこの時代に完成していたことも驚きです。現代のゲームや漫画、映画で繰り返し使われている冒険の構造は、実は数千年前のギルガメシュ叙事詩にルーツがあったのです。
次回、二人はウルクに凱旋しますが、そこで再び試練が訪れます。満を持して登場するのが、地上の命の繁殖を司り、同時に戦いと破壊をも司る女神イシュタルメソポタミア神話における最強クラスの女神。愛と美、豊穣と戦争という二面性を持つ存在で、シュメール語名はイナンナ。ギルガメシュの次なる試練の相手として登場します。です。ギルガメシュはこの最強の女神に喧嘩を売ってしまうのです──その顛末は次回に続きます。
- ギルガメシュは「名を残すこと」にこだわった。人間は死すべき運命にあるからこそ、偉業で後世に記憶されたいと考えた
- 杉の森の守護神フンババは、単なる怪物ではなく神エンリルから任命された聖なる存在だった
- エンキドゥとフンババはかつて森で共に暮らした仲間だったが、エンキドゥはギルガメシュの側に立った
- 太陽神シャマシュの助けを借りて二人はフンババを倒したが、断末魔の呪いを受ける
- レバノン杉を求める遠征は史実に基づいており、古代メソポタミアでは王の重要な職務だった
- 物語には自然(杉の森)と都市文明(ウルク)の対立という普遍的なテーマが込められている
- 次回、女神イシュタルが登場し、ギルガメシュはさらなる試練に直面する

