神殿に欠かせない「ホーリーな杉」とは?
前回のエピソードはこちら
前回、ギルガメシュは自分と互角の強さを持つエンキドゥと出会い、無二の親友になりました。楊さんによると、相棒と出会ったら次は冒険というのが物語のお約束で、ギルガメシュもここで一つの事業に乗り気になります。
その事業とは、ウルクのはるか北にある杉の森へ行き、杉を木材として手に入れることです。この森の杉は普通の杉ではなく、神殿などに使われるきわめて神聖な木でした。
この杉は実在していて、レバノン杉 ── 地中海東岸の山地に自生する常緑の針葉樹。現在のレバノン共和国の国旗の中央にも描かれ、国の象徴になっていますと呼ばれます。名前に杉とついていますが、植物学的には松の仲間で、針葉樹一般を指すと記述する文献もあるそうです。
楊さんは、レバノン杉が力・神聖・不滅の象徴であり、今のレバノン共和国の国旗の中央に描かれた1本の大きな木もレバノン杉だと紹介しています。
レバノン杉は、物語の中でも実際の歴史でも当時最高級の木材でした。高さは30メートル以上、年を重ねたものは幹の直径が2メートル以上にもなり、香りがよく、硬くて耐久性があり、木目もまっすぐだったといいます。
メソポタミアや古代エジプトでは、神殿はレンガや石材で造られていましたが、扉や梁には木材が不可欠でした。古代エジプトでファラオが亡くなったあとに乗るとされた「太陽の船」もレバノン杉で作られ、実際に発掘されています。
樋口さんは、木材を取りに行くのは王様の仕事ではなさそうだと驚きます。楊さんによれば、神殿の維持は王の重要な仕事の一つで、戦いに出ることももう一つの職務だったため、ギルガメシュは自分で行くべきだと考えたのだろうとのことです。
なるほど。なんかマイクラみたいな。珍しい、なんか素材を取りに行くために冒険するみたいな。
森の怪物フンババと、エンキドゥが止めた理由
杉の森は、ウルクから7つの山を越えた先にあります。さらにこの遠征の難易度を上げていたのが、森に住む強い怪物フンババの存在でした。
楊さんが台本に貼った像では、フンババの顔は腸のような紋様になっています。フンババは、杉の材木を切り出しに来る人々に害を与えていたといいます。
ギルガメシュは、エンキドゥと一緒ならフンババもなんとかできると考えました。ところがエンキドゥは、杉の森へ攻め込むことに反対します。
エンキドゥが反対した理由の一つ目は、よくない夢を見たことです。二つ目は、自然の中で生まれ育ったエンキドゥが、同じ自然である森の主フンババの怖さを知っていたことでした。
エンキドゥはギルガメシュに、杉の森は何十里にもわたって広がり、誰も中に入らないと語ります。フンババの叫び声は大洪水の轟きのようで、口は火を吐き、息は死を呼ぶ。自分の力はとても及ばないと言って止めるのです。
三つ目の理由は、森に攻め入ることが神に歯向かうことでもあった点です。杉の森は神々の住まいとも呼ばれ、神々の縄張りだったとされています。
しかもフンババは単なる野蛮な怪物ではなく、神エンリル ── 古代メソポタミアの主要な神の一柱。大気や嵐をつかさどり、神々の中でも最高位に近い存在とされましたから任命された、由緒正しい杉の森の守護神でした。自然神と書く文献もあり、フンババと戦うことは神の意志に完全に逆らうことになります。
楊さんは、エンキドゥが反対した理由はもう一つあり、それはあとで明かすと予告しています。それでもギルガメシュは「杉の森に入ってみたい」「大きな斧と大剣を携えてフンババのもとへ行きたい」と決意を曲げず、エンキドゥは涙を流しながらも説得を諦めます。
ギルガメシュはなぜ名を残すことにこだわったのか
ギルガメシュがフンババ討伐にこだわった理由は、王としての務めだけではありませんでした。楊さんは、もう一つの理由こそが、この物語の根幹に関わると説明します。
ギルガメシュはエンキドゥに、永遠に生きるのは神々だけで、人間が生きる日数は限られていると語ります。人間が成し遂げることはすべて儚い風のようだからこそ、名を残したい。自分が倒れても、フンババとの戦いで倒れたという名は子孫に伝わるだろう、というのです。
この決意の背景には、ある体験がありました。ギルガメシュはウルクの都で、宮殿の壁の隙間から一人の男が死ぬところを目撃し、人間は死ぬ運命にあると悟ったとされています。
楊さんによると、ギルガメシュの物語のテーマは生と死です。人間は死の運命を避けられない。その中でどう生きるかを追求していく物語だといいます。
はぁ。なんか(生と死は)今でも通用するテーマですよね。
楊さんも普遍的なテーマだと応じ、人間が不老長寿にならない限りこの問いは続くだろうと話しています。
この時点のギルガメシュは、どうせいつか死ぬと開き直ったのだと楊さんは解釈します。死を恐れて尻込みしても何も得られないから、せめて人々の記憶に名を留め、爪痕を残したい。それがこのときギルガメシュが出した「どう生きるか」への答えでした。
楊さんはさらに、ギルガメシュは名を残すことを人間に許された唯一の不滅と考えたのかもしれない、と付け加えています。
ギルガメシュはエンキドゥに「恐怖よりも誉れを得よう」と発破をかけ、自分が前を歩くから後ろから鼓舞してくれと頼みます。友人同士とはいえギルガメシュは王であり、エンキドゥは上司の命令にしぶしぶ従う形でついていくことになります。
90キロの斧と長老たちの忠告、出陣前の「バフ上げ」
フンババ討伐が決まると、まずは武器作りです。ギルガメシュは職人たちに特別な武器を注文しました。
斧の重さは約90キロ、大剣には黄金の鍔が付いていて、その鍔だけで15キロあったといいます。ほかに弓なども作らせ、遠征の身支度を整えました。
もうちょっと軽いやつ作ればいいのにな。
ここでウルクの長老たちが登場します。長老たちは都市国家全体の意思決定に関わり、王を諫める役割を持っていたようです。
長老たちは、若い王は自分の言葉が何を意味するかわかっていないと諫め、フンババの叫び声は洪水のようで、その息は死だとエンキドゥと同じように止めます。しかしギルガメシュは後ろにいたエンキドゥを振り返って大笑いし、人々が恐れる森の怪物を見てみたいと言い放ちます。
大丈夫?これフラグちゃう?フラグちゃう?
ギルガメシュは、杉を切り倒してフンババが住めないようにし、自分の名を後世に伝えると宣言します。楊さんはこの振る舞いを、『もののけ姫』でシシ神の森を切り開こうとするエボシ御前のようだとたとえています。
長老たちは説得を諦め、自分の力を過信せずエンキドゥに助けてもらうようにと最後の忠告を与えました。
出陣前、ギルガメシュは個人的な守護神である太陽神シャマシュ ── メソポタミアの太陽神で、正義や占いもつかさどるとされた神。この物語ではギルガメシュを守護する存在として描かれますに祈り、加護を願います。楊さんはこれを、バトル前のバフ上げのようなものだと表現しています。
ギルガメシュは占いも行いました。楊さんは、生贄の動物の肝臓などの色や形を見る内臓占い ── 神に捧げた動物の内臓、特に肝臓の形状や色から吉凶を読み取る占い。古代メソポタミアで盛んに行われましただった可能性があると話しています。
その占いの結果は思わしくなく、ギルガメシュは胸騒ぎを覚えます。それでも決意は変えませんでした。楊さんは、英雄とは運命に抗う生き方しか許されない存在なのだと説明しています。
45日の道のりを3日で。杉の森への強行軍
ギルガメシュとエンキドゥは、母親のいない孤児と思われる50人ほどの従者を連れて杉の森へ向かいます。楊さんは、この遠征の実態は杉の木の略奪戦争だと言い添えています。
一行は驚くべき速さで進み、1日で500キロほど進んだとされます。進みながら食事をとり、夜はキャンプを作って休み、普通なら45日かかる道のりを3日で踏破したといいます。
すげえな。九倍や。
9倍じゃねえわ、15倍か。15倍だ。
森の入り口には、恐ろしい姿をしたフンババの手下が見張っていました。ギルガメシュは手下の段階ですでに怖さを感じますが、それを認めたくなくて、エンキドゥに「怖気づくなよ」と虚勢を張ります。
森の入り口の扉には呪いがかけられていて、うっかり触れた二人は痛い目に遭います。楊さんは、扉は鳥居のようなものか、罠のようなものだったのかもしれないと推測しています。
森の奥では杉の大木が立ち並び、二人はその壮観さに圧倒されます。夜、キャンプで眠ったギルガメシュは、山が崩れ落ちる夢や、死のような冷たい雨が降り火が燃え上がる夢など、不吉な夢を3度も見ました。
エンキドゥはギルガメシュの夢をあえてよい意味に解釈して励まします。さらにシャマシュはギルガメシュに作戦を授けました。フンババを森から逃がさず、身を隠させず、急いで立ち向かえという助言です。
楊さんはこれを、森をテリトリーとするフンババに地の利を生かさせる前に決着をつけよという意味だと解釈しています。シャマシュはさらに、フンババはいま7枚の鎧のうち1枚しか身に着けておらず防御力が下がっている、この隙を逃すなとも伝えました。
森の守護神フンババは、エンキドゥの元仲間だった
二人がようやく森の奥に到達すると、1羽の鳥が森中に響く声で鳴き始めました。セミやハト、コウノトリ、猿など森の生き物が次々に呼応し、森全体が一つの生き物のように鼓動を始めたといいます。
楊さんは、この場面を『もののけ姫』で木霊たちがカラカラと鳴るイメージにたとえています。エンキドゥは恐怖に包まれ、その音楽に合わせてフンババが現れます。
フンババは森の中で王のように傅かれていました。楊さんは、フンババは外道な怪物でも野蛮なクリーチャーでもなく、まさに聖なる守護神なのだと強調しています。
フンババは、誰が私の山の杉を切り倒しているのかと怒り、ギルガメシュを愚か者と見下します。そしてエンキドゥに向かって、なぜよそ者のギルガメシュと組んだのかと問いかけました。
実は、エンキドゥがまだ自然の世界で生きていた頃、フンババとエンキドゥは杉の森で共に暮らしていた元仲間だったのです。これが、エンキドゥが遠征に反対したもう一つの理由だと楊さんは考えています。
裏切られたと感じたフンババは失望し、ギルガメシュの喉笛とうなじを噛み砕き、屍を蛇や鷲やハゲタカに食わせてやると宣言します。
ブチギレやん。
二人は完全にビビり、楊さんいわく「レベル上げが全然足りていない」状態に陥ります。それでもエンキドゥは、ここまで来たら逃げられない、フンババは一人でも我らは二人だ、1頭の獅子は2頭の子獅子に勝てないと励まし、戦いが始まります。
シャマシュの風で勝利、ウルクへの凱旋
フンババとの戦いは壮絶でした。二人の足元で大地が裂け、飛び回ると山が裂け、舞い上がった土煙で白い雲が黒く染まったといいます。楊さんはドラゴンボールのようなビジュアルだと表現しています。
ガチの神であるフンババは強く、その一撃で緑深い山が二つに裂けたとも語られます。殺されそうになったギルガメシュは、再び太陽神シャマシュに助けを求めました。
シャマシュは、南風や北風、唸り風、乾いた風、魔の風など、さまざまな種類の風をフンババに吹き付けてサポートします。目を開けていられなくなったフンババは身動きが取れなくなり、ギルガメシュに捕らえられました。
いいね、風魔法。
息も絶え絶えのフンババは、助けてくれれば家来になり、杉の木も欲しいだけ与えると命乞いをします。しかしエンキドゥは、その言葉に耳を貸さずフンババを打ち殺すようギルガメシュに進言し、討伐を記念する碑を建てようと提案しました。
ギルガメシュは斧でフンババのうなじを切りつけ、エンキドゥが心臓を打ちます。フンババは死の直前、神エンリルは二人を老いるまで生かしておかないと呪いの言葉を叫んで絶命しました。
苦戦
守護神フンババの力に押され、殺されかける
シャマシュの助け
さまざまな種類の風がフンババの動きを封じる
命乞い
捕らえられたフンババが家来になると申し出る
討伐
エンキドゥの進言を受け、ギルガメシュが斧で切りつける
呪い
フンババがエンリルの名で二人に呪いを残す
ギルガメシュはフンババの頭を切り落として桶に詰め、二人は勝ちどきを上げます。伐採した杉の大木はいかだに組んで川に流し、二人もそのいかだに乗ってウルクへ帰りました。
ウルクの民は二人を大歓迎し、ギルガメシュは得意の絶頂を迎えます。楊さんは、道中の砂漠でいくつものオアシスを発見し、交易や物流の範囲を広げたことも名声につながったのではないか、という考え方も紹介しています。
10年前の粘土板と、史実としてのレバノン杉遠征
樋口さんは、エンキドゥがフンババと実は面識があり、どちらにつくかを選ぶ場面が物語の仕掛けになっている点に注目します。楊さんによると、二人が顔見知りだったとわかったのは、つい10年ほど前に新しい粘土板が発見されてからだといいます。
すご。振りの設定になるところがまだ発見されるみたいな、そんな状況なんですか。
楊さんは、もっと粘土板が見つかれば面白い設定が出てくるかもしれないと期待を語り、エンキドゥとギルガメシュが恋人関係だったという説もあると紹介しています。
史実の面では、メソポタミアの王たちが杉の木を求めて遠征することは実際にあったと考えられています。レバノン杉は古代世界でよく知られ、今のレバノンのあたりに多く生えていたとされ、候補地はほかにも2つほどあるそうです。
レバノン杉は、メソポタミアの王、古代エジプトのファラオ、ペルシャの王たちが伐採していった記録が残っています。ウルクがあったメソポタミア南部にはほとんど木がなく、良質な木材を得るには森林地帯への遠征を繰り返して略奪する必要があったと考えられています。
フンババとの戦いの舞台には、レバノン山脈とアンチレバノン山脈に挟まれた場所というモデルがあった可能性も指摘されています。楊さんは、メソポタミアの人々がこの高原を、フンババが大地を割ってできた空間と想像したのかもしれないと話しています。
楊さんによると、王が軍を率いて杉を持ち帰る光景は当時の人々にとって身近なもので、この森への遠征は現実味を帯びた物語でした。またフンババは、メソポタミアから見て文明の外にいる人々が祀っていた現地の神だったという解釈もできるそうです。
楊さんは、レバノン杉は歴史の中で激しく伐採され、現代ではわずかしか残っていないと話します。シュメール人の時代にはすでに木材資源として枯渇していたとも言われ、レバノン杉はそれほど貴重な資源だったのです。
ヒーローズジャーニーともののけ姫に通じる物語の型
樋口さんは、二人が力を合わせて目的に向かい、トラブルを乗り越えて帰ってくる構造が、物語づくりの型として知られるヒーローズジャーニー ── 神話に共通する物語の構造を整理した型。日常世界から旅立ち、試練を乗り越え、報酬を得て帰還する流れが基本とされますそのものだと指摘します。
日常世界から冒険やっていって、で、なんかそれを乗り越えて報酬をもらって帰っていくみたいなのが一応ヒーローズジャーニーにあるんですけど。
あとはこれ(物語の型)をいろいろ脚色したり、ちょっとアレンジしたりして、今の人たちがやってるだけで、当時からあるんやみたいな感じでしたね。
楊さんは、自然と人間の都市文明という対立構図もこの物語に見出せると話し、『もののけ姫』との対応関係を挙げています。
| ギルガメシュ叙事詩 | もののけ姫 |
|---|---|
| 杉の森 | シシ神の森 |
| ウルク | タタラ場 |
| ギルガメシュ | エボシ御前 |
| エンキドゥ | もののけ姫(サン) |
ただし楊さんは、エンキドゥは人間と自然の間の存在でありながら完全に人間側についている点で、『もののけ姫』とは違うとも指摘しています。
次回は、ウルクに帰還した二人に再び試練が訪れます。登場するのは、地上の命の繁殖と、戦いと破壊を司る女神イシュタルで、二人はこの女神に喧嘩を売ってしまうそうです。
むしろ逆なんですけど、ゲームがこっち(神話)を参考にして作ってるけど、僕らはそれを知らないから、ゲームっぽいなと思いながら見るっていう。
楊さんは、ギルガメシュの物語はクリエイティビティの源泉となる物語であり、今後何千年も人間はここから新しいコンテンツを作っていくのではないかと語っています。
このシリーズの次のエピソードはこちら
まとめ
ギルガメシュ編第4回では、レバノン杉を求める遠征とフンババ討伐を通じて、死すべき人間が名を残そうとする物語の核心と、その背後にある史実が語られました。
- ギルガメシュがフンババ討伐にこだわったのは、神殿の維持という王の務めに加え、限りある命の中で名を残したいという思いがあったため
- フンババは単なる怪物ではなくエンリルに任命された森の守護神で、約10年前に見つかった粘土板からエンキドゥの元仲間だったとわかった
- メソポタミアの王たちが木材を求めて遠征したのは史実とされ、レバノン杉は古代から激しく伐採された貴重な資源だった
- 旅立ち・試練・帰還という構造は、ヒーローズジャーニーや『もののけ姫』にも通じる物語の型として読める







