台本制作チーム全員集合。初めての「感想戦」
コテンラジオの番外編で、今回は台本制作チーム全員を集めた初めての試みが始まりました。
樋口聖典さんは、『項羽と劉邦』編をどんな気持ちで作ったか、制作中に何が起きていたかを話したいと切り出します。基本的にはしょうもない裏話をするための回だと前置きしました。
台本は、樋口さん、楊睿之さん、西谷剛史さん、そしてポッドキャストで話すのが初めての橋本雅也さんの4人で作っているといいます。橋本さんは初期から裏方で参加してきたメンバーで、樋口さんの大学のバンドサークルの後輩にあたります。
評判悪かったらもうこれで終わりです。本当。
めっちゃ怖。めちゃくちゃ怖いやん。
樋口さんは、『項羽と劉邦』編は、前回の科学技術の歴史に比べてだいぶ簡単だったと振り返ります。本を読むこと自体は大変でも、構成を作ったり読み合わせして内容を覚えたりする部分がとても楽だったといいます。
科学技術の歴史は準備に半年ほどかけ、読み合わせも大変で、最後は体調を崩して準備が間に合わないまま収録したものでした。それに比べて『項羽と劉邦』編は、樋口さんたちがもともと中国史に詳しく、勉強前から知っていることが多かったため、心理的な負担も少なく楽しんで作れたといいます。
甲と乙編はもう知ってますからね。最初から勉強する前から結構詳しいから、僕とかが。
もっとも「簡単」といっても準備には3か月ほどかけており、初期の始皇帝の回に比べればボリュームは7倍から8倍にのぼるといいます。あくまで科学技術の歴史と比べての話でした。
内陸だらけの中国。地名がまったくわからない
台本を作っていて最初に話題になったのが、中国の土地がまったくわからないという感覚でした。地名が出てきて戦争をしているのに、その多くが内陸だといいます。
樋口さんによれば、日本なら海に近かったり長細い形だったりして「琵琶湖の近く」「ここは東北」のように位置を感覚的につかめます。ところが中国の内陸は非常に広く、どこも内陸なので位置がつかめないと話します。
何百キロ歩いて逃げてから何々したとか僕たち言ってたと思うんですけど、あれやっぱ自分たちで調べてるんですよ。
ヨーロッパならイタリア・ドイツ・フランスなどが別々の場所として頭に入っていて、カルタゴがアルプス山脈を越える話も理解できます。しかし中国は、真ん中あたりの内陸と南の内陸で何が違うのかがわからないといいます。
楊さんが調べ方を尋ねると、Googleマップで大体の場所を見て、地図で距離を測るといった作業をすべて手作業でやっているとのことでした。
橋本さんは、さらに手前の段階でつまずくと補足します。ヨーロッパの地名はカタカナで打てば大体出てくるのに対し、古代中国は地名の漢字が読めないと検索すら始められないというのです。
何偏の漢字だからこうかなって打って調べて、やっと出てきた地名が今は違う名前のどこどこだったりして。え?じゃあ結局どこの地名なの?ってわかんないっていうのが結構あります。
さらに地名の数が多すぎることも苦労の一つでした。一方で、意外だったのは今も同じ名前の市が中国に多く残っていることだといいます。
2000年前の地名そのまんま使ってんな、みんなみたいな。どんな気持ちだよと思った。
行政地区の名前は変わっていても、大元の名前は8割9割ほど変わっていないという指摘に、楊さんは日本が廃藩置県で大きく地名を変えたこととの違いに驚いていました。
人名か熟語か、読み方の統一。音で聞く難しさ
楊さんは、聞き手の視点から気になった点を挙げます。中国史の言葉は、人の名前なのか熟語なのか、聞いているだけでは区別しづらいというのです。
楊さんはあえて台本を見ずに聞いてみたところ、いま話しているのがどちらなのか一瞬わからない場面があったと話します。文脈をたどればわかるものの、かなり真剣に聞かないと難しいと感じたそうです。
樋口さんは、作り手側は漢字の字面で覚えているので音では意識しづらいと応じます。例として、北方から攻めてくる「匈奴」は、そのまま熟語としても存在するため、流し聞きだと固有名詞か一般名詞か判別しにくいと話しました。
(匈奴は)流し聞きしてたらどっちかわかんないですよ。
人名の多さも聞き手には負担になります。ちょっとしか登場しない人物や、司馬遷が付け加えたのではと疑いたくなるような人物まで数多く出てくるといいます。
さらに、一人の人物に複数の読み方があるケースも問題になりました。制作チームは、音だけで聞くと別人になってしまうため、台本の段階で読み方を統一する方針を取ったと明かします。
あと、一人の名前を読み方が違うパターンがあるってのが何人かいて、それすごく気になりません?
本番はライブ感があるため、普段からバラバラに使っていると収録でもばらついてしまいます。だからこそ読み合わせの段階で呼び方を統一しておくことが必要だったといいます。
楊さんは、中国は漢字を使うため一見日本語に近いと思われがちだが、ヨーロッパとはまた違うややこしさがあると整理しました。一方で、英語圏が中国史を学ぶよりは、漢字がわかる日本人のほうがやりやすいだろうという点では一致しています。
中国史の研究者は少ない。日本の学者が果たした役割
中国史を扱ってみて、研究者そのものが少ないという実感も語られました。今回読んだ本は、日本の学者と、楊さんが調べてきた中国の学者の本がほとんどで、ヨーロッパやアメリカの研究者はほぼいなかったといいます。
さらに興味深いことに、中国の学者も参考文献で日本の学者の本を引用することが少なくないといいます。中国古代史の研究は日本が進んでおり、研究環境も日本のほうが整っているからではないかと話されました。
(中国は日本に)ローマにも超感じてるみたいな感じなんで、それですごい研究している人が多いんじゃないかな。
資料が少ない点も特徴でした。史記など限られた資料しかなく、埋まらない部分が多いなかで、学者が「絶対こうだ」と強く言い切る書き方をしていることが樋口さんには印象的だったといいます。
いや、絶対そうではねえだろみたいな。とか思いながら読んだりしてて面白かった。
西谷さんは、状況からの推定や考古学的資料からの推定が多く、証拠がないぶん強めに言い切る文献が多かったと補足します。
樋口さんは、学者が「こんなことをするはずがない」と一貫性を前提に語る一方で、経営者を見てきた自分の感覚では、人間には一貫性がないので普通にやってしまうこともある、と感じたといいます。
制作チームは学者への敬意を保ちつつも、唯一のアドバンテージとして、本物の社会活動やビジネスの現場を数多く見てきたことを挙げます。天下を狙うような人物を想像するとき、その経験が項羽や劉邦の人物像を考えるうえで役立ったといいます。
一番大変だったこと。時系列の整理と始皇帝の書き直し
「一番大変だったところはどこか」という問いに、西谷さんは時系列の整理を挙げます。勢力が入り乱れて相互に関係し合って動いているのに、本はざっくりと書いているため、順序を突き止めて自分なりに整理するのが手間だったといいます。
僕は時系列の整理がむずかった。
橋本さんも、史記では列伝と本紀で書き方が一貫していないと補足します。それぞれの視点でバラバラに書かれているため、時系列が本当はどちらなのかわからない場面があったと話しました。
橋本さんが大変だったこととして挙げたのは、序盤の始皇帝のパートです。過去のシーズン5で始皇帝を扱っているので詳しく書いてあるだろうと台本を調べたところ、6ページしかなかったといいます。
シーズン5の始皇帝の台本調べたらページ6ページしかなくて。
今回はそのパートを含め、序盤の数話をチームで書き直したため、そこが大変だったと振り返ります。同時に、初期のシーズンがみな同じような短さの台本でよく話せていたことに、あらためて感心したといいます。
この話から、初期のテーマを今扱えばまったく違うものになるだろうという話にも広がりました。三国志で諸葛孔明と曹操を扱ったことがあるものの、時系列を網羅しておらず、今作れば全然違うボリュームになるだろうと話されています。
始皇帝で12話いきますね。
歴代最高のチームワーク。バンドのような台本づくり
楊さんの「大変だったこと」を聞く前に、樋口さんは今回の制作で強く感じたことを切り出します。それは、今回の台本制作チームのチームワークが歴代最高だったということでした。
超手前味噌なこと言うと、このなんかプロデューサーみたいな立場からすると、めちゃめちゃ美しかった。みんなの連携プレーが。
樋口さんによれば、毎回全員が台本を書いてはいるものの、シリーズによって分量にばらつきがあるといいます。それが『項羽と劉邦』編では全員がしっかり書き、全員が活躍した感覚があったそうです。
楊さんはショート編などの準備も並行しており、いつ書く時間があるのかと思うほどの分量を書いていたといいます。西谷さんは、テーマ的に文献が多く、自分で書けるところが多かったからだと応じました。
準備のプロセスや読み合わせの効率も高く、14話分に対して過去最高のコストパフォーマンスだったと樋口さんは話します。ほぼ無駄なく作れたという実感です。
この誰にもシェアできないこのスキル、マインド。これ4人でしか共有できず、古典ラジオが終わればなくなるこの謎のスキル。
楊さんは、この感覚をバンドにたとえます。誰かがメロディとコードを作ってきて、あとは各自でやってみる、という曲づくりのプロセスに近いというのです。
あれってめちゃくちゃ個人が上手くなっても、違うバンドになったら調子狂うですからね、やっぱり。
樋口さんも、このスキルは属人的で、メンバーが変われば変わってしまうと同意します。50点までは誰がメンバーでも同じでも、そこから先はスポーツやバンドと同じで、文字に書いてもしょうがないものだと語りました。
この積み重ねは、40シリーズ以上を続けてきた成果でもあります。楊さんは、この粒度で台本を書けば深井さんがどう話すか、という予測もチームに熟達してきたのではないかと指摘しました。
想定より長くなった収録。好きなジャンルゆえの雑談
台本のイメージ通りに話が進むかどうかについて、西谷さんは今回だけは違ったと明かします。いつもはパートごとに何分構成かを見積もるのですが、今回はその想定より長くなったというのです。
今回はいつも我々台本作ってて、このパートは何分構成とかって考えるんですけど、今回当たらないんですよ。
樋口さんによれば、今回は収録時間が比較的確保できていたため、急がずに収録できたのだといいます。いつもは早く終わらせなければという感覚があるところ、言いたいことを言った結果として長くなったそうです。
西谷さんは、樊さんが好きで詳しいジャンルだからこそ、乗って話していたと横で聞いていて感じたといいます。楊さんも、今回は雑談が多かった印象があると振り返りました。
樋口さんは、聞き手にとっては情報を出され続けるより雑談が多いほうが楽ではないかと話します。構造の込み入った回では雑談をする脳のリソースがなく、時間も余らないといいます。
鴻門の会と韓信。2000年前の飲み会を再現する面白さ
今回笑える場面として話題になったのが、鴻門の会の回でした。西谷さんは史記をベースに書いていて、自分でも楽しかったと振り返ります。
なんか命かけてればかけてるほど滑稽に見えてくるんですよね。なんか緊張の緩和じゃないですけど。
樋口さんが特に良かったと挙げたのは、韓信が出てきたときの樊噲のリアクションでした。一人だけ緊張感がなく状況がわかっていないところに韓信が出てきて場が動く様子が、人間らしくて面白かったといいます。
樋口さんは、2000年以上前の飲み会の話を、これほど臨場感を持って再現できることそのものがすごいと語ります。
飲み会の話をあんな臨場感を持って再現できるって、やっぱすごいよね。2000年以上前ですから。
楊さんは、司馬遷も、記録を残してきた人たちも、それをまとめて台本にしたチームも、話す側もすごいと、関わったすべての存在をたたえました。
司馬遷への思い。司馬遼太郎が受け継いだもの
橋本さんが印象に残ったシーンとして挙げたのは、史記を書いた司馬遷でした。自分でも好きな人物で、序盤で少し触れた箇所だといいます。
橋本さんはかつて司馬遼太郎をよく読んでいた時期があり、司馬遼太郎が司馬遷をリスペクトしている様子を書き口から感じるといいます。韓信や樊噲が亡くなった場面などで、司馬遷が別の書に「この人物はこういう人だった」と感想を書いていて、それを司馬遼太郎も似た形でやっているというのです。
あ、こういうところやっぱリスペクトしてるんだなと感じました。
楊さんは、本編そのものより、それを残した人に思いを馳せている着眼点を面白いと受け止めます。橋本さんは、項羽と劉邦、そして呂后を高校時代に読んで思い入れがあるとも語りました。
物語として読んだ人物像と、今回調べて伝えるために読んだ人物像に違いはあったかという問いに、橋本さんは大きくは変わっていないと答えます。史記の表現は簡潔で、そこにストーリー性や情緒を持たせたのは司馬遼太郎の力が大きいと感じたそうです。
(史記に)ストーリー性を持たせて、こう情緒を感じさせるダイナミズムみたいなのを、持たせたのはやっぱ司馬遼太郎がやっぱでかいんだなって感じます。
韓信はなぜ強いのか。中国語文献を読んで見えたこと
聞き逃していた楊さんが、あらためて楊睿之さんに大変だったことを尋ねます。楊さんが挙げたのは、韓信という人物のわかりにくさでした。
あれほど重要な人物なのに、なぜ強いのかという情報があまり残っていないというのです。背水の陣にしても、ハンニバルのような「それは強い」という腹落ち感がなく、中途半端に納得しきれない感覚が残ったといいます。
腹落ちしないよね、なんか背水の陣にしても。
楊睿之さんは、中国語で書かれた文献も何冊か読んだといいます。中国人としてわずかに残るスキルを発揮したと語り、その貴重さが話題になりました。
中国語と日本語の文献の違いを尋ねられると、印象論としつつ、項羽と劉邦は中国では織田信長や徳川家康のような王道テーマで、やり尽くされていると話します。だからこそ教授たちが自説を楽しそうに語っており、そこからロジカルに腹落ちするポイントを抽出するのに苦労したといいます。
日本だと織田信長とか豊臣秀吉に関する新説の本がめっちゃ出るみたいな現象が、中国でいうと項羽と劉邦で発生している感じはあるかなと思いました。
研究が進むと新説を出さないと価値を示しにくくなり、新説が求められるという構図があります。楊睿之さんは、中国の学者が日本の学者の説を引用するのは、外部の視点を取り入れるうまいやり方だと感じたと話しました。
次回はリンカーン。制作は続く
ここまでの雑談を、楊さんは合宿の思い出話のようだと振り返ります。そして次のテーマであるリンカーン編について尋ねました。
すでに本を読み始めているといい、楊睿之さんは、起きている出来事自体がドラマティックなうえ、リンカーン自身が魅力的な人物なので面白くなるだろうと話します。
絶対面白い人の人生だよね。
番組はここで締めくくられました。台本制作チームの舞台裏を語る初めての試みは、次回作への期待とともに幕を閉じています。
まとめ
『項羽と劉邦』編は、科学技術の歴史ほどの負担なく作れた一方で、中国史ならではの地名や人名、時系列の難しさと向き合った制作でした。歴代最高と語られるチームワークで作られたこの回の舞台裏が、初めての「感想戦」として語られました。
- 中国の地名は内陸が多く漢字も読めず、位置や検索の段階から苦労した
- 人名の読み方や、人名か熟語かの区別を、台本の段階で統一する工夫をしていた
- 中国史の研究者は少なく、日本の学者の研究が中国側にも引用されるほど大きな役割を果たしている
- 資料が少ないぶん学者は強く言い切るが、制作チームは社会活動を見てきた経験から人物像を補って考えた
- 今回は収録時間に余裕があり、好きなジャンルゆえに雑談も多く、想定より長い収録になった





