📝 エピソード概要
本エピソードでは、リンカンが大統領に上り詰める直前のアメリカにおける、奴隷制を巡る南北間の対立激化の経緯が深掘りされます。国際的な奴隷制廃止(アボリショニズム)の潮流の中で、西部開拓によって拡大した新領土の扱いや、妥協案である「住民主権論」がもたらした混乱が解説されます。
この緊迫した状況下で共和党が結成され、そして奴隷制廃止の可能性を根底から覆す「ドレッド・スコット判決」に至るまで、南北戦争が避けられなくなった政治的・社会的な背景が詳細に描かれています。
🎯 主要なトピック
- 奴隷制廃止運動(アボリショニズム)の台頭: 1830年代以降、奴隷制廃止運動は即時無償解放を訴える急進的なアボリショニズムへと変化。穏健派であったリンカンに対し、急進派(ギャリソンなど)が突き上げを強めました。
- リンカンの初期人種観: リンカンは奴隷制の拡大には反対したが、当時の社会通念に基づき、黒人と白人の平等を否定し、解放奴隷のアフリカ(リベリア)への送還を支持していました。
- 西部開拓と領土拡大による新たな火種: 米墨戦争やテキサス併合により領土が拡大。ミズーリ協定の線引きを無視した新領土の奴隷制の是非が再燃し、南北間の利害対立が深刻化しました。
- 1850年の妥協と「住民主権論」: 連邦議会は、新領土の奴隷制の是非を住民投票で決める「住民主権論」(ダグラス議員が提唱)を採用し、問題の先延ばしを図りました。
- カンザス・ネブラスカ法と共和党の結成: 1854年、カンザス・ネブラスカ準州に住民主権が適用され、奴隷制拡大への危機感から、拡大阻止を掲げる共和党が結成されました。
- 「流血のカンザス」と議会での暴力: 住民主権をめぐる移住合戦により現地で武力衝突が発生。連邦議会でも、反奴隷制を強く主張するチャールズ・サムナー議員が南部議員に暴行される事態が発生しました。
- ドレッド・スコット判決による亀裂の決定化: 連邦最高裁は、奴隷には市民権がなく、奴隷州外に移動しても奴隷の身分は変わらないと判決。これにより自由州においても奴隷制が合法化する道が開かれ、妥協の余地が失われました。
💡 キーポイント
- 妥協的政治家が世代交代で減少し、南北間の意見の衝突を抑える「歯止め」が利かなくなり、議論が暴力へとエスカレートしました。
- リンカンの政治活動再開の大きな動機は、奴隷制拡大の道を開く「住民主権論」を掲げた同郷のライバル、ダグラス議員への強い危機感でした。
- ドレッド・スコット判決は、奴隷制と非奴隷制が同一国内で共存することが原理的に不可能であるという矛盾を顕在化させ、北部に大きな衝撃を与えました。
- 当時の奴隷制反対論者の多くは、奴隷制は非人道的としつつも、黒人を白人と対等な市民として受け入れる考えは持っておらず、人種差別意識が根底にありました。

