フンババの次に現れた最強の女神
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前回のギルガメシュ編では、ギルガメシュとエンキドゥがフンババを倒し、レバノン杉を持ち帰りました。偉業を達成した二人を、ウルクの民は大いに盛り上がって迎えます。
冒頭では、フンババがさまざまなゲームに登場しているという雑談もあります。樋口さんが最初に見たのはファイナルファンタジー6で、3やモンストにも出てくる人気キャラだそうです。
いや、だって響きが人間側じゃないですもん。フンババで。
楊さんは、フンババは人間から見るとビジュアル的に醜いかもしれないものの、とても神聖な存在だったのではないかと話します。怖さのある存在という意味では、もののけ姫の乙事主のような立ち位置だったのかもしれない、という見立てです。
ウルクに戻った二人の前に登場するのが、女神イシュタルです。イシュタルはウルクの守護神で、国として大事にしなければならない公式の神でした。ウルクの神殿に住み、ジッグラト ── 古代メソポタミアの都市に築かれた階段状の高い塔。神殿の基壇として機能し、都市の守護神を祀る宗教的な中心でしたまで建てられていたといいます。
遠征から戻ったギルガメシュは、体の汚れを落とし、髪を整え、マントと冠を身につけて、まさに王の姿でした。偉業を達成した直後のエネルギーにあふれたその姿を見て、女神イシュタルはギルガメシュに心を奪われます。
そして女神イシュタルは、いきなりド直球のプロポーズをします。「あなたの性の力を私への贈り物としておくれ」「あなたが我が夫に、私があなたの妻になる」という言葉です。
女神イシュタルは結婚のメリットも並べます。富と権威、ラピスラズリと黄金で飾った二輪車、ヤギや馬や牛が手に入り、神殿に入れば祭司が足に接吻し、貴族や諸侯がひれ伏し、山の民が貢ぎ物を捧げるというものです。楊さんは、王としての権威と権力のゲージが一気に上がる話だとまとめます。
いいじゃないですか。
だが断る。ギルガメシュが並べたイシュタルの過去
ところが、ギルガメシュは女神イシュタルの求婚を断ります。楊さんによれば、ギルガメシュはどうやら女神イシュタルをあまり好きではなく、信用もしていなかったようです。
神の意志に逆らうというのは、ギルガメシュ編でたびたび見られる英雄らしいふるまいでもあります。樋口さんは、この場面を有名な決めゼリフになぞらえました。
もうこれこそ、ザ・あれじゃないですか。だが断る。じゃないですか。
ギルガメシュは断るだけでなく、女神イシュタルが過去にしたことを口に出して列挙し、嘲り倒します。「あなたは人を傷つけることしか知らない」「あなたの愛がどれほど長く続いたことがあるか」と言い放つのです。
1つ目は夫のタンムーズ ── メソポタミア神話の牧畜や豊穣の神。シュメール語ではドゥムジと呼ばれ、イシュタル(イナンナ)の夫として多くの神話に登場しますへの仕打ちです。別の神話で、女神イシュタルは冥界に下り、冥界の女王で姉とされるエレシュキガル ── メソポタミア神話の冥界の女王。イシュタル(イナンナ)の姉とされ、死者の世界を治める神として描かれますに身ぐるみを剥がされ、一度殺されてしまいます。
殺されるとかあるんや。一回殺されるとかがあるんや、この世界。
神である女神イシュタルは運良く復活しますが、地上に戻るには冥界に身代わりを残す必要がありました。自分が死んでつらい目にあっていたのに、夫のタンムーズが喪にも服さず玉座で楽しそうにしていたのを見て、女神イシュタルは激怒し、タンムーズを身代わりに指定したといいます。
ほかにも、ギルガメシュは女神イシュタルに愛された者たちの末路を次々に挙げていきます。人間だけでなく、動物に対しても同じような仕打ちがあったと責めるのです。
| 相手 | イシュタルがしたこと | 楊さんの解釈 |
|---|---|---|
| 夫タンムーズ | 冥界に身代わりとして残した | ひどい仕打ちの物語として捉えている |
| 家畜を放牧する人 | オオカミに変えた | 文明的な存在から野蛮な存在に落とした |
| 庭師イシュラヌ | 誘いを拒まれモグラに変えた | ヒキガエルとする記述もある |
| ライオン | 侍らせた後に罠を掘った | 家畜化してこき使った可能性 |
| 馬 | 鞭で叩き泥水を飲ませた | 調教して家畜としてこき使った |
| まだらのある鳥 | 翼を引き裂いた | 鳥は今も悲しんで泣いている |
庭師イシュラヌは、ギルガメシュの父に仕えていた人物でした。楊さんによれば、女神イシュタルの誘いを拒んだイシュラヌは、叩かれてモグラに変えられてしまったそうです。
ギルガメシュはこう結論づけます。女神イシュタルに愛されれば、自分にも彼らと同じ運命が待っているに違いない、と。「あなたを妻にするために、今度は私は何を差し上げたら良いですか」という皮肉まで添えています。
どうせひどい仕打ちをしたり、捨てられたりするんでしょみたいな話ですよね。
さらにギルガメシュは、自国の守護神に罵詈雑言を浴びせます。「溶けた氷」「埃や風を遮れない壊れた扉」「蓋のついていない壺の口」「主人の足を噛む履物」など、意味がピンとこないほど独特な侮辱の表現が並びます。
神になれる結婚を、なぜ拒んだのか
楊さんはここで、ギルガメシュがなぜ求婚を拒否したのかを考察します。神と人との結婚は聖婚 ── 神と人間、あるいは神々どうしの婚姻を指す宗教的な概念。古代メソポタミアでは王と女神の結婚が王権の正当性を示す儀礼とも結びつけられていましたと呼ばれ、本来はメリットの大きいものでした。
ウルクの古くからの守護神である女神イシュタルと夫婦になれば、ギルガメシュの権威は大きく上がります。楊さんは、人間から神にアップグレードできるようなものだと表現します。王権の正当性が強まり、国家統治も盤石になり、その先には不死身になれる可能性さえあったといいます。
それでもギルガメシュが拒否した理由について、楊さんは、学者の解説と自身の考察を合わせたうえで、地上の統治者としての自立性を失いたくなかったのではないかと話します。
ギルガメシュは神の血を引くものの、立ち位置は人間で、神からウルクの統治を任された代理人のような存在です。女神イシュタルと結婚しても同格にはなれず、関係は緊密になっても、女神に従属する上下関係が前提になってしまいます。
神格化、王権の正当性の強化、民衆の信仰、不死身の可能性
女神への従属が深まり、地上の統治者としての自立性がなくなる
楊さんは、これまでのギルガメシュの歩みを振り返ります。暴君だった時代も、エンキドゥとの友情も、エンリルが任命したフンババの討伐も、ギルガメシュは確固たる意思で振る舞ってきました。神格化と引き換えに誰かに深く従属することは、英雄の属性が許さなかったのではないか、という解釈です。
いや、これも今も一緒っすもんね。現代の価値観でもなんか自分のことは自分の意思で決めるみたいなの方が英雄っぽいですもんね。
楊さんは、この状況を会社経営に無理やり例えます。取締役が社長から「うちの娘と結婚せんね」と言われるようなもので、権力は上がるけれども、社長との上下関係が前提になるという構図です。
全ての金も地位も名誉もやるよと。
怒れる女神は天の牛を求めて父を脅す
樋口さんは、過去には求婚を断ったことで粛清された者もいるのだから、断るのはそれで危ないと指摘します。楊さんの答えは「危ないことが今から起こります」でした。
求婚を拒否されたうえに過去の行いまでなじられた女神イシュタルは、ギルガメシュを殺し、ウルクも滅ぼすと言い出します。守護神である女神イシュタルは、ウルクという国の生殺与奪を担える存在でもありました。
女神イシュタルは天に昇り、父である天空神アヌに訴えます。楊さんがたとえる「会長」のアヌは穏健派で、「お前が愚かなことを度々やったからだろう」と娘を諫めます。
バリバリ元凶だもん。
それでも納得しない女神イシュタルは、神の最終兵器のような召喚獣である天の牛を作ってほしいと求めます。作ってくれなければ冥界の扉を開き、死者を蘇らせて生者より多くし、生者を食わせる、と父を脅すのです。
楊さんによれば、女神イシュタルは生命の循環を司る神なので、やろうと思えば地上の命を滅ぼせるだけの力がありました。
そんな脅迫ある?
アヌは娘の意思を拒めないと悟り、妥協策を出します。天の牛を地上に放てば長い不作が起き、人々が飢えるので、家畜の飼料や麦殻を集め、草を育てて備えよという条件です。
訴え
イシュタルがギルガメシュに辱められたとアヌに訴える
諫め
アヌは自分のせいだろうと娘を諫める
脅迫
イシュタルは死者を蘇らせると父を脅す
条件
アヌは不作への備えを条件に出す
合意
イシュタルが蓄えを約束し、アヌが天の牛を作る
女神イシュタルが蓄えはすでに用意してあると約束したことで、破壊はするがリカバリーはできるようにする、という合意に落ち着きます。こうしてアヌは、しぶしぶ巨大な天の牛を作りました。
天の牛VSギルガメシュとエンキドゥ
楊さんによれば、天の牛は一説には星座で、天にあるおうし座を引き下ろして女神イシュタルに与えたという書き方もあるそうです。アニメ的なビジュアルで想像したほうがよいかもしれない、と楊さんは話します。
地上に放たれた天の牛は、ウルクにいたギルガメシュとエンキドゥに襲いかかります。天の牛の攻撃は鼻息で、鼻息をするたびに地上に大穴が開き、ウルクの戦士たちが落ちて死んでいきました。
楊さんは、戦士たちが潰れたのではなく足元に穴が開いて落ちた状況だと想像し、空間転移系の攻撃かもしれないと話します。深井さんも、漫画のキャラクターの技にたとえて盛り上がります。
やばいじゃないですか。これ最強の召喚獣ですよ。
何百人ものウルクの戦士が殺され、エンキドゥも穴に落ちます。しかしエンキドゥは高い身体能力で、穴からジャンプして飛び出しました。
天の牛は泡を吹き、尻尾を振り、角を向けてエンキドゥに突進します。エンキドゥが両手で角をつかむと、天の牛は顔に涎を吐きかけ、尻尾で自分のフンを投げつけて攻撃してきました。
そんな攻撃もあるんや。
エンキドゥが天の牛を抑えている間に、ギルガメシュが首筋と角と眉間を剣で貫いて倒しました。楊さんによれば、エンキドゥが刺し殺したと訳している文献もあるそうです。
ウルクの城壁にいた女神イシュタルは「呪われよ、ギルガメシュ。私を侮辱し、天の牛を殺した者よ」と呪いの言葉を投げつけます。するとエンキドゥは、天の牛のももを引き裂いて女神の顔に投げつけ、「お前もこの牛のように征伐してやろうか」と挑発しました。
そうね。しかも神様ですよ。
相手は国の守護神であり、主要な神々の一人です。楊さんは、ナチュラルに見て罰当たりだと強調します。女神イシュタルは嘆きの声を上げ、二人は女神との争いに勝利しました。
すごいな。だから最強の女神に、本人とは戦ってないにしても、勝ったってことですよね。
牛を飼い慣らす話は、なぜ各地にあるのか
楊さんは脇道として、牛をおとなしくさせるというモチーフが、さまざまな文化圏に登場することを紹介します。たとえばヨガは、サンスクリット語で牛や馬に首輪をつけて車につなぐ意味の動詞から派生した言葉だそうです。
ヨガという言葉には、牛や馬を制御するように心と体を制御する、という意味合いがあるのではないかと楊さんは話します。
仏教の禅には十牛図 ── 悟りに至る過程を、牛を探して飼い慣らす10枚の絵と詩で表した禅の教材。中国の宋代に広まり、日本でも親しまれていますがあります。人と牛が登場し、牛を探して飼い慣らす様子が順番に描かれ、途中には牛を忘れて本来の自己を意識する段階もあるといいます。樋口さんにとっては「めっちゃ好きな画」だそうです。
十牛図の話からは、ムロさんムロのPodcastの名前の由来ではないかという雑談にも広がりました。
だから多分人間の思い通りにならない、凶暴なのか、恐ろしいものなのかみたいなものの象徴というか。
楊さんも、牛は自然の荒々しさや野生の象徴なのだろうと応じます。樋口さんは、人間には完全に制御できず、飼い慣らせば大きな力になるけれども、敵になると恐ろしく強い点で、牛は自然にも似ていると話します。
実際に牛は家畜として使われていて、家畜の中ではおそらく一番パワーのある動物だったのではないか、と楊さんは付け加えます。
勝利の宴の裏で動き出す神罰
女神イシュタルに勝利した二人は、着飾ってウルクの町をパレードします。ギルガメシュが宮殿の女官たちに「誰が最も素晴らしいか」と尋ねると、彼女たちは「ギルガメシュ様こそ最も素晴らしい」と答えました。
もうこれは調子に乗るやろ。
ギルガメシュは宮殿で祝宴を挙げ、愉快に過ごして寝室に引き上げたと記されています。一方で楊さんは、ギルガメシュが栄誉を自分に集め、友人のエンキドゥに帰さなかったという解釈も可能だと指摘します。
エンキドゥをパブリックに褒めたという描写はありません。フンババ討伐も天の牛退治も、エンキドゥの助けがなければ成功しなかったはずで、このことがエンキドゥにもやもやを残し、後のストーリーにも関わってくるそうです。
バリバリの伏線やん。
楊さんによれば、ここから二人の運命が狂い出します。理由は、神々に盾突きすぎて、踏み越えてはいけない一線を越えたからです。
フンババの呪い
エンリルは二人を年老いるまで生かしておかないと言い残す
イシュタルの呪い
侮辱し天の牛を殺した者よと呪いをかける
最高潮
パレードと祝宴で称賛を浴びる
神罰
その夜にしっぺ返しが来る
フンババが死の間際に放った呪いと、女神イシュタルの呪いが現実になり、二人に神罰が下される。その詳細は次回に語られます。
樋口さんは、ドラマ「地面師たち」で騙された人物が土地を買ったと浮かれるシーンを思い出したと話します。楊さんも、最高潮の瞬間に一気に落とすのは物語でよくある演出で、コントラストで落差を強調する上手い構成だと応じました。
これが王道になっていくんやな、現世まで。
この物語が残り、現代まで続く物語の王道になっていったのではないか、という話で今回は締めくくられます。
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まとめ
ギルガメシュ編第5回は、女神イシュタルの求婚を断ったギルガメシュが、天の牛を倒して栄光の頂点に立ち、同時に神罰への道を歩み始める回でした。英雄としての自立を貫く姿勢と、神々に逆らいすぎた代償が表裏一体で描かれています。
- ギルガメシュは神格化という大きなメリットより、女神に従属しない地上の統治者としての自立を選んだと解釈できる
- 求婚を拒否し過去をなじられた女神イシュタルは、父アヌを脅して天の牛を手に入れた
- ギルガメシュとエンキドゥは天の牛を倒したが、エンキドゥの挑発はさらに神々の怒りを買った
- 栄誉を独り占めしたことはエンキドゥにもやもやを残し、後の物語への伏線になる
- 最高潮の瞬間に神罰が迫る構成は、現代にも通じる物語の王道の演出だと語られた







