山口周×深井龍之介の対談本『人文知は武器になる』──いま人文知に投資すべき理由
歴史を面白く学ぶコテンラジオ(COTEN RADIO)の特別編で、深井龍之介さんと樋口聖典さんが、山口周独立研究者・著作家。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』など多数のベストセラーで知られ、ビジネスにおけるリベラルアーツの重要性を発信し続けている。さんとの対談本『人文知は武器になる』の発売を告知しました。「なぜ今こそビジネスパーソンが人文知に投資すべきなのか」を熱く語ったその内容をまとめます。
対談本『人文知は武器になる』発売の経緯
深井さんは冒頭から「今回はちゃんと買ってほしい」と率直に切り出しました。これまでの著書では「正直何部売れてもどうでもいいと思っていた」そうですが、今回は違うとのこと。部数をしっかり出して次のアクションにつなげることが、人文知哲学・歴史学・文学・宗教学・倫理学など人間の営みを対象とする学問群の知見の総称。リベラルアーツとも近い概念だが、深井さんはより明確な言葉として「人文知」を好んで使っている。を社会に広げるために必要なステップだと考えているためです。
きっかけは、山口周さんに企業研修へ招かれたことでした。大企業の管理職を集めた場でリベラルアーツ古代ギリシャ・ローマに由来する「自由七科」を起源とする教養教育の概念。文法・修辞・論理・算術・幾何・天文・音楽の7分野から発展し、現代では広く人文・社会・自然科学を横断する教養を指す。の話を一緒にしたところ、山口さんから「面白い話をするね」と声がかかり、対談本の企画が動き出したそうです。深井さんは「COTENを元気にしてくれようとしてくれたのだと思う」と感謝を述べていました。
普段ね、正直何部売れてもどうでもいいと思ってました。今までの本は。これはね、部数をちゃんと売って、その次のいろんなアクションにつなげていかないといけない
収録時点(2026年4月13日)で発売前にもかかわらず、Amazonのビジネス書ランキング・新書ランキングともに1位、総合でも4位まで上昇していたとのこと。「プクプクシールに全然勝てない」と笑いつつも、注目度の高さがうかがえます。
歴史上もっとも人文知が必要な時代
本の内容を一言で言えば「ビジネスパーソンは人文知にもっとお金と労力を割いた方がいい」ということ。この3年間、さまざまな講演でロジックを磨いてきた集大成を山口さんと一緒に語っている、と深井さんは説明しています。
深井さんと山口さんが共有する認識は、「今が歴史上で最も人文知を必要とする時代である」というものです。技術が極限まで発達したことで、一人の指導者の判断が世界を破壊しうる状況が生まれています。中世であれば暴走する権力者がいても被害は限定的でしたが、核兵器原子核反応のエネルギーを利用した大量破壊兵器。1945年に初めて実戦使用されて以降、複数の国家が保有しており、一度の使用で都市ごと壊滅させる破壊力を持つ。がある現代では、一つの誤った判断が取り返しのつかない結果を招きかねません。
中世:暴走する権力者がいても物理的な破壊力に限界があり、被害は局所的
現代:核兵器や先端技術により、一人の判断ミスが再起不能レベルの被害をもたらしうる
にもかかわらず、戦争を止める方法に対して本格的な投資がなされていないことに、深井さんは強い危機感を示しています。過去の戦争の全数調査・分析をするだけの資金力は人類にあるはずなのに、それをやらない判断をしていること自体が「フルマックスで信じられない愚かさ」だと語っていました。
あらゆる社会課題の根っこにある「人文知不足」
深井さんの見立てでは、戦争だけが問題ではありません。「今世の中がぶつかっているほぼ全ての問題は、人文知が足りないから起きている」というのが深井さんのインサイトです。先進国の分断、孤立の問題、社会保障費の不足、移民と治安の問題──これらすべてが水際で対処されているだけで、根本的には哲学物事の本質・原理・存在・価値・知識などを根源的に問う学問。古代ギリシャのソクラテス・プラトン・アリストテレスに始まり、人間の思考の土台を形づくってきた。レベルに立ち戻ってブラッシュアップしなければ解決できないと考えているそうです。
一方で、個人レベルでは人文知を活かしている人も意外と多いと深井さんは指摘します。クリティカルなのは「組織判断に人文知が生かされていない」こと。企業の意思決定や政策判断の場で、歴史や哲学の知見がほとんど参照されていない現状が、もっとも深刻な課題だとしています。
個人の判断ではみんな生かしてるんです、意外と。ただ、組織判断で生かされないのが僕はもうクリティカルな課題だと思ってます
建築・工学・医療など、無視して意思決定する人はほぼいない。社会的信頼が確立されている
経営者や政治家の意思決定でほとんど参照されない。投資も人材配置も圧倒的に不足している
民間が人文知を支えるという選択肢
話題はここから「人文知」という言葉そのものの意義と、それを社会に広めるための戦略へと移ります。
深井さんは「人文知」というワードをタイトルに入れることにこだわったと語っています。リベラルアーツという言葉もあるものの「ちょっとふわっとさせすぎ」だと感じており、より具体的な「人文知」の方が適切だという感覚があるそうです。実際、この3年間でCOTENの活動も一因となり、「人文知」を使った記事が増えてきたという手応えがあるとのこと。
深井さんがとりわけ危機感を持っているのが、歴史学者の系譜大学の歴史学科で研究者が育ち、次世代に知を引き継いでいく流れのこと。近年は人文系学部の縮小・統合が進み、研究者を志す若者が減少している。が断ち切れそうな現状です。「なる人がいなさすぎてスーパーやばい」「それって人間が記憶喪失になるということ」と強い言葉で警鐘を鳴らしています。
では、誰が人文知を支えるべきなのか。深井さんの答えは明確で、「民間のビジネスパーソン」です。国家からの研究費が縮小するなかで、人文学者たちはビジネスをしなければならない立場に追い込まれています。しかし、スポンサーに忖度して研究テーマを選ぶようでは「人文知的ではなくなる」。独立性を担保した状態で資金を流すことが重要だと深井さんは強調します。
課題:国家からの研究費が減少
人文学者がビジネスを求められる状況に
リスク:独立性の喪失
スポンサーに忖度した研究は人文知ではなくなる
理想:民間が独立性を担保して支援
研究の自由を守りながらお金と人を流す
これまでアメリカやイギリスが先導してきたこの領域で、日本も主要プレイヤーとして躍り出られる世界情勢だと深井さんは見ています。だからこそ、この本を売って「人文知はホットだ」と業界に思わせたい──それが今回の大きな狙いだと語っていました。
本だからこそ届けられるもの
深井さんは今後、ポスト資本主義従来の資本主義の限界を認識したうえで、利潤追求一辺倒ではない新たな経済・社会の仕組みを模索する思想や議論の総称。コテンラジオでも繰り返し取り上げられているテーマ。やジェンダー・インクルーシブに関する書籍も出していく計画があると明かしました。音声コンテンツだけでは「緻密な議論や論理展開ができない」ため、文字メディアでの発信が不可欠だという認識です。
本書は対談形式のため、会話の読みやすさがあり、本を読み慣れている人なら1〜2時間、そうでなくても3〜4時間程度で読めるボリュームとのこと。深井さんは「いずれは体系的にまとめた必読本も出したい」としつつ、まずはこの対談本で「なぜビジネスパーソンが人文知に向き合う必要があるのか」という問いに答えたかったと語っています。
ちゃんと売れたという実績を出して、「人文知を使ったのに売れた」「ここがちょっとホットだぞ」って業界に思わせたいんです
特にマネージャー以上の意思決定層には「必読で読んでほしい」と訴えています。経営者に限らず、組織で判断を下す立場にいるすべての人がターゲットです。
まとめ
今回の特別編は、山口周さんとの対談本『人文知は武器になる』の発売告知でした。深井さんが珍しく「買ってほしい」と明言した背景には、人文知への投資が社会全体の喫緊の課題であるという強い危機感があります。
技術が極限まで発達した現代において、歴史も哲学も知らないまま重大な意思決定が行われ続けることのリスク。国家からの投資が細る中で、民間のビジネスパーソンが独立性を担保しながら人文知を支える必要性。こうした論点が、山口さんとの対談を通じてわかりやすく語られているとのことです。
気になった方は、こちらからチェックしてみてください。
- 山口周×深井龍之介の対談本『人文知は武器になる』が文春新書から発売
- 技術が極限まで発達した現代は「歴史上もっとも人文知が必要な時代」
- 戦争・分断・孤立・社会保障など、あらゆる社会課題の根底に人文知不足がある
- 個人レベルでは人文知を活かしている人も多いが、組織判断に生かされていないのが最大の課題
- 国家に代わって民間が「独立性を担保した形で」人文知に投資することが急務
- 本を売ることで「人文知はホットだ」という機運を業界に広めたいという戦略的意図がある
