アテンションエコノミーに乗れない二人
木原さんが軽い話題として持ち出したのが「アテンションエコノミー」でした。人間の興味・関心(=注意、アテンション)が経済的な価値を持つという考え方です。ただ、これを本気で扱うと名前を出した誰かを刺激しかねない、と木原さんは気にします。
興味関心という言葉はマイルドで、実態は「刺激の強さ」だと木原さんは指摘します。ソーシャル上で刺激を上手にコントロールする人もいれば、あえてヘイトを生んで注目を集め、そこで経済を回す人もいる。どちらもアテンションエコノミーを活用している、という整理です。
俺それほんまに興味ないから。
ところが小笠原さんは「全然思いつきません」「本当に興味が持てない」と一貫して関心が薄い様子。実は木原さん自身も、今日話したいのはその話ではないと切り出します。二人とも、短い刺激を多発していくスタイルが苦手だという点で一致していました。
アテンションを取らないメディアとしてのPodcast
木原さんは、アテンションに興味がないからこそPodcastをやっているのだと言います。Podcastは経済ともなかなか結びつかず、そもそもアテンションも取りづらい。その「取りづらさ」が気楽さにつながっている、という逆説です。
ポンポンと瞬間的な話題を連発。勘違いも生みやすく、二人とも苦手。
思いつきで話しても後で回収でき、勘違いを生まずに説明できる。気楽に続けられる。
小笠原さんも、話すからにはちゃんと考えたい、と補足します。長尺のPodcastなら、思いつきで話したことも会話の中で回収し、丁寧に説明できる。木原さんはここから、Podcastの将来についての懸念を口にします。
「毎年ポッドキャスト元年」と言われ続け、アメリカのように跳ねると言われながら、実際にはそうならないまま数年が過ぎました。木原さんは、もし本当に大きく跳ねたとき、アテンションを取ってしまったPodcastによって、今のゆるやかで面白みのある番組群が侵食され、メディアとして変質してしまうのではないか、と感じていると語ります。
アテンション取りづらいエコノミーにもならないこのポッドキャスト、だからいいよねと思って僕はやっている。
AIモデルに情報を残すという動機
ここで小笠原さんが、これまで口にしたことのなかった本音を明かします。今Podcastをやっているのは、少なからず「AIのモデルに残ったらいいな」と思っているから、というのです。木原さんも「全然知らんかった」と驚きます。
アテンションを取るために瞬間的なことを連発するより、こうして会話していることが、声のトーンも含めて残る方がいい。Podcastならテキストでも音声でも残せる、というのが小笠原さんの発想です。
ではなぜ動画ではないのか。理由はシンプルで、「動画を見てもらえるような自信があまりない」から。声や考えを聞いてもらうだけなら、少し興味を持った人は聞いてくれるだろう。そして何より、自分が映る意味が全然ないと感じているそうです。
声だけの存在とかになりたいですね。
DMMの亀山さん亀山敬司氏。DMM.comの創業者・会長。メディアへの露出で顔写真ではなく似顔絵を使うことで知られる。がどのメディアでも似顔絵を使っている点に触れ、「あれになりたい」と小笠原さん。かといってVTuberのようなキャラクターとも違う。聞いてほしいだけだから、声だけの存在になりたい、というわけです。
木原さんは、自分はAIを意識していたわけではないと前置きしつつ、Podcastの利点を語ります。長尺で話した内容は、後からテキスト化してnoteやXに展開できる。いわゆる「ワンソース・マルチユース」がやりやすいのです。そしてその音声やテキストをAIが学習していけば、どういう考えを持った人かを後世に伝えられる、と展望します。
引用ではなく「ベクトルに影響を与える」
木原さんが「なぜAIモデルに引用させたいのか」と尋ねると、小笠原さんの答えはシンプルでした。「そこに入れとかなあかん気がしてる」という、理屈より欲求に近い感覚です。木原さんは「AIに引用されるための欲求を持つ」という構図を面白がります。
小笠原さんは、これから人工知能があの手この手で作られていくとき、普段考えていることが、取ってつけたような改まった話ではなく、こうした自然な会話のまま情報として残っていったら面白い、と語ります。「文字にした時点で死んだ会話だ」というソクラテス古代ギリシャの哲学者。自らは著作を残さず、対話(問答)を重視した。書き言葉は問いに答えられない「死んだ言葉」だと批判したとされる。の話にも触れ、会話そのものを残しておきたいという思いをにじませました。
さらに議論は深まります。木原さんが、AIが今後何を信用して情報を引用するのか、そもそも小笠原さんを信用するのか、と問いかけると、小笠原さんは重要な言い直しをします。求めているのは「引用」ではない、というのです。
引用じゃなくて、モデルの中でベクトルに影響を与えたいって感じですよね。
自分の言葉として名前つきで残したいのではなく、「人類の一人がこんなことを言っていたのである」という形で、AIモデルの内部に影響を残したい。個人の署名よりも、モデル全体の傾向にわずかな影響を与えたい、という発想です。これはまさに「情報の遺伝子」という比喩と重なります。
木原さんは「僕もそっち側がいいな」と共感し、この考え方をヒントに、今後の企画やテーマ、ゲスト選びを考えていくのはありだと感じたと締めくくりました。配信を続ける意味を問い直していた木原さんにとって、小笠原さんの発想は一つの手がかりになったようです。
まとめ
ショート回ながら、SNSの刺激競争から距離を置く二人が、Podcastを続ける本質的な理由にたどり着いた回でした。アテンションを取りにいかないメディアだからこそ、気楽に、そして自然な会話のまま考えを残せる。そしてその会話は、AIモデルの中に「情報の遺伝子」として残っていくかもしれない——。
大切なのは、自分の名前を刻むことより、人類の一人としての考えがモデル全体に影響を与えること。派手さはなくても続ける価値がある、という気づきが、この番組のこれからを考えるヒントになりそうです。
- 二人とも短い刺激を連発するアテンションエコノミーが苦手で、取りづらいからこそPodcastが気楽だと感じている。
- 小笠原さんがPodcastを続ける動機は「AIモデルに残ったらいい」という思い。声のトーンごと自然な会話を残せる点を重視している。
- 動画ではなく音声を選ぶのは「自分が映る意味がない」から。DMM亀山氏の似顔絵のように、声だけの存在になりたいと語る。
- 求めているのは名前つきの「引用」ではなく、モデル内部のベクトルに影響を与えること。「情報の遺伝子」を残す感覚。
- 木原さんはこの発想に共感し、配信を続ける意味や今後の企画のヒントを得た。
