今、起業するなら何をやるか
木原さんが「今、起業するなら何をしますか?」と切り出すと、小笠原さんは大きく3つの方向性を挙げました。1つ目は、いま実際に取り組んでいる教育系のスタートアップです。
その理由は明快です。「1,000万人の大学」という規模のチャレンジが面白く、最初から「アジア」を視野に語れること。さらに、一緒にやれる大学がすでにあり、学位大学などが正式に授与する学術上の称号。エドテック企業が後から学位授与の権限を得るのは制度的に非常に難しい。という「牙城」を最初から持っている点が強みだと言います。
2つ目は、サステナ系──とりわけクライメートテック気候変動(Climate)の緩和・適応を目的とした技術やビジネスの総称。再生可能エネルギー、CO2削減、省エネなどが含まれる。の領域です。気温上昇は誰もが認識しているのに動かない現状に、小笠原さんは危機感を示します。
わかってんのにやんないの、人類バカだねみたいな話と。
さらに小笠原さんは私見と断りつつ、政治情勢にも触れます。トランプ政権が中間選挙で大勝すれば、その後も化石燃料中心の流れが続き、クライメート対策が後回しになるかもしれない、と。加えて、生成AIの普及でエネルギー需要は急増しており、OpenAIが「原子力発電所30基分」に相当する電力を語るほどだと指摘しました。だからこそ、エネルギーとサステナを絡めた領域に取り組みたいと語ります。
「お金の流れの時間差」に注目する
木原さんが「向こう6年はその分野に投資されにくいのでは?」と問うと、小笠原さんはお金の流れには時間差がある、と答えます。グリーン関連の予算は「今」あるため、調達しづらい環境が続くなら、今のうちに調達した企業が人材を集められて強くなる、という読みです。つまり「今やるなら、今すぐやる」べきだという結論でした。
AIプロセッサー設計は本当に無理なのか
3つ目に小笠原さんが挙げたのは、最も挑戦的なアイデアでした。「Designed by Japan」のAI向けプロセッサーを設計するスタートアップです。
NVIDIAに勝つぞって話でしょ。そんなん無理だってみんな思ってるじゃないですか。そういうとこやりたい。
木原さんが「みんな無理だと思うなら勝てる可能性は低いのでは」と疑問を呈すると、小笠原さんは「そう思わなきゃいいだけ」と返します。日本はもともと半導体やチップ設計に強く、当時の集積率ではできなかったことが今なら可能になっている面もある、と。
ここで小笠原さんは、古いものと新しいものを組み合わせる自身の発想を紹介します。例に挙げたのは、イーロン・マスクのSpaceXです。
プロセッサー設計も同じ構造で、当時の技術者からの技術継承があって初めて成立する。だからこそ「今やらないと技術継承の観点でどんどん難しくなる」と考えているのです。目的は明確で、消費エネルギーを抑えたチップ設計。それができれば、クライメートテックにも、AI・教育にもつながっていくと語りました。
「1,000億円」をどう集めるか
実現には1,000億円ほど必要だろう、と小笠原さん。その調達ストーリーも具体的に語られました。
そしてこのアイデアの本質は、資金調達ストーリーを超えたところにある、と小笠原さんは言います。今やるなら、これは完全に経済安全保障経済活動を通じて国の安全を守る考え方。半導体などの重要物資のサプライチェーン確保が代表例。の施策として捉えるべきだ、と。サプライチェーンが止まればGPUは入ってこず、ランク下のものしか手に入らない日本になったらどうするのか、という問題提起です。
木原さんが「国はすでに考えているのでは」と尋ねると、小笠原さんは「考えていないからラピダス最先端半導体の国産化を目指して2022年に設立された日本の企業。トヨタやソニーなど大手8社が出資し、政府も巨額の支援を行っている。一本打法なのでは」と応じます。ラピダスは「作る方」であって、設計する側の担い手が不足しているという見立てでした。
GPUを「テレビ」に置き換えて考える発想法
「そういうアイデアはどこから考えるのか」と木原さんが問うと、小笠原さんは「もっと当たり前の話がいっぱいある」と答えました。ここから話は、難しそうなものを単純化して捉える発想法へと移ります。
まず小笠原さんは「GPUのGって何か」と問いかけます。答えは「グラフィック」。グラフィックや映像を処理・計算するプロセッサーです。そして、身の回りにある近いものとして挙げたのが「テレビ」でした。
GPU
デジタル信号を受け取り、映像・画像を計算して表示する
テレビ
デジタル信号を受けて計算し、画面に映像を表示する
テレビは8Kの信号を受け、毎秒30〜60フレームで再生している。これは相当な計算処理だ、と小笠原さん。かつて家電量販店で見かけた「レグザエンジン」のような映像処理チップも、まさにこの領域の技術だと説明します。
さらに、粗い画像を精細にする「超解像」技術は、いまの生成AIによる画像生成に近い発想だ、とも。「近くで見れば点の集まりなのに、なぜ僕らはあれで感動できるのか」──そんな素朴な不思議を面白がる姿勢が、発想の源になっていると語ります。
分からんこと、難しいことを楽しまなさすぎだな、みんな。本当に面白いっすよって思ってて。
起業家は2タイプに分かれる
木原さんは「思いついたことを、なぜビジネスに発展させられるのか」と繰り返し尋ねます。多くの人は思いついても実行に移らない、と。これに対し小笠原さんは、起業家には大きく2タイプいると整理しました。
思いついたことを実現したくて起業する。次にどうしようと考えてしまうため、あまり儲からないタイプ。
ビジネスをすること自体が目的で、そのネタを探す。DMMの亀山さんはこちらのタイプ。
思いついたら、やりたいでしょ。せっかく自分で思いついたのに。
だから、できると思わないんでしょうね。自分も含めて。
木原さんは「多くの人はできると思わず、妄想の中で終わってしまう」「数少ない選択肢の中でできそうなことを選んでいる」と自己分析します。思いついても、それを具体化するプロセスがわからず、実現を阻む要素の全体像が見えないため、諦めてしまうのだろう、と。
では、どちらのタイプが起業家に多いのか。小笠原さんは、新しいテクノロジーや産業が生まれる局面では「やりたいこと派」が多いと見ます。自分の資金だけでは足りず、他人のリスクマネーも当てにして始める。それを見て「商売になるかも」と参入する人が増え、産業がこなれてくると「ビジネスのために起業する派」が増えていく、という流れです。
木原さんが「やりたいこと派が増える方が未来は明るそう」と述べると、小笠原さんは「そのタイプは長く続けられる人が少ない。またちがうことをやってしまうから」と応じ、業として続けられる人が増えるのは良いことだ、とまとめました。
事業を続ける苦しさと「賛同」のバランス
連続起業家には、アーティストが作品を生み出すような苦しさがあるのか。木原さんの問いに、小笠原さんは「あるんじゃないですか」と答えます。例に挙げたのは、大学にも来てくれたというNotionのCEO、アイヴァン氏です。
アイヴァン氏はアメリカで一度うまくいかず、半年ほど京都で次を考えたといいます。当時は苦しかっただろうが、その先に今のNotionが生まれている。次を出しても成功する保証はなく、「苦しいのはずっと苦しい」と小笠原さんは語ります。
ここで木原さんが着目したのが、小笠原さんの苦しさは少し種類が違うのでは、という点でした。やりたいことを実現するために、お金や人などの要素を集めなければならない苦しさです。小笠原さんはこれまでの歩みを、水道にたとえて振り返ります。
小笠原さんいわく、こうした挑戦を「賛同してくれる人・協力してくれる人がいる」ことが、しんどさを和らげてくれる。楽しいと苦しいのバランスを、その賛同で取っている感覚があるといいます。だからこそ、人が抜けるときはやはりきつい。「ただ、席が空いたと思おうとする」とも語りました。
やろうとしてることへの賛同は必要だけど、その人の生き方とか「いいやつだよね」みたいな共感はいらない。そこは分けてる感じもあります。
木原さんも、自組織で「仕事として割り切る人」より「同じ目線で賛同して働く人」に来てほしいと伝えている、と共感します。だからこそ人が離れることは、この考えへの違和感を意味するのだ、と。小笠原さんはこれを「やることへの賛同」と「人としての共感」を分けて考える、というスタンスで整理しました。
アントレプレナー教育の前にやるべきこと
木原さんが「事業アイデアの発想法を体系立てて話すのは面白そう」と提案すると、小笠原さんはやや懐疑的でした。もしそれで教えられるなら、各大学のアントレプレナー教育起業家精神や事業創造の考え方を育てる教育。近年、多くの大学で講座やプログラムが設けられている。はもっとうまくいっているはず、と。
体系的・構造的にしたところで、非構造的なところでAIをうまく使えたら、差はあんまりなくなるじゃん。
むしろ小笠原さんが強調したのは、起業教育の「手前」でやるべきことがある、という点です。学生がAIをしっかり使えるようにしてあげないと、使えない側に引きずり込むことになり、そこの格差の方が大きい、と。
アントレプレナーシップの講座をどう充実させるか、という木原さんの問いに、小笠原さんは半ば冗談めかしつつ「それをやるなら、今のキャリアデザインという名の就活指導をやめればいい」と締めました。二人の「思いつき」を語り合う軽妙なやりとりの中に、教育と起業をめぐる根本的な問いが詰まった回でした。
まとめ
「今、起業するなら」という問いから始まった今回は、具体的な事業アイデアだけでなく、アイデアの発想法や起業家の資質、事業を続ける心構えにまで話が広がりました。起業を考える人はもちろん、そうでない人にとっても、日常のものごとを面白がる視点のヒントになる内容でした。
- 小笠原さんが今やるなら挙げたのは、教育系、クライメートテック、そして「Designed by Japan」のAIプロセッサー設計の3つ。
- グリーン予算は「今」あるため、調達しづらい時代が来るなら今のうちに調達した企業が強くなる、という時間差の読み。
- 「みんな無理だと思う領域」こそ、そう思わなければ挑戦できる。AIプロセッサーは経済安全保障の課題でもある。
- 難しいものは身近なもの(GPU=テレビ)に置き換えて楽しむ。素朴な不思議を面白がることが発想の源。
- 起業家は「やりたいこと派」と「ビジネスがしたい派」に大別され、産業の成熟とともに後者が増えていく。
- 事業を続ける苦しさは「賛同してくれる人」の存在で和らぐ。ただし人としての共感と、やることへの賛同は分けて考える。
- 起業教育の前に、学生がAIを使いこなせるようにすることが先決。格差はその手前で生まれている。
