なぜ開催側に回ったのか
多くの人にとって、お祭りは「行くもの」「参加するもの」です。しかし、井上さんは埼玉県の日進埼玉県さいたま市北区にある町。大宮の隣駅で、子育て世代も多く住むが、駅前商店街の空洞化が進んでいる。という町で、開催する側に回ることになりました。
日進は大宮の隣駅という立地ながら、商店街が寂しい状態になっています。テナントが埋まらず、平日の人通りもまばらです。大宮が「住みたい街ランキング」で2位に選ばれるほど人気を集める一方で、日進はその恩恵をあまり受けられていません。このままでは町が廃れてしまうという危機感から、有志メンバーが「日進未来を紡ぐ会日進の町を盛り上げ、未来の世代に引き継いでいくことを目的に設立された地域の有志団体。」を立ち上げました。
この会には60代や50代後半の比較的時間に余裕のある方が中心でしたが、もっと若い世代の視点を入れたいという声があり、40歳の井上さんに声がかかりました。地域活性化の文脈では「若手」と見なされる年齢だったのです。
お祭りを作る手順
日進には毎年8月に「日進七夕まつりさいたま市日進地区で開催される夏の大規模な祭り。2日間で延べ5〜6万人が訪れる歴史ある祭り。」という大きなお祭りがあり、2日間で5〜6万人が訪れます。しかし年に1回だけでは町が盛り上がり続けるには不十分です。そこで、夏以外の季節にも新しいお祭りを作ろうという方針が決まりました。
とはいえ、勝手にお祭りを開催するわけにはいきません。近隣住民に迷惑がかかりますし、警察に怒られてしまいます。井上さんたちは以下の手続きを踏みました。
ここまでが、お祭りを始める上での最低限の基盤です。許可が下りてから、ようやくコンテンツ作りや集客に進むことができます。
集客とマネタイズの工夫
出店者を集めるため、井上さんたちは近隣の飲食店に屋台出店を呼びかけました。また、子ども向けのワークショップや輪投げゲームを企画するため、NPO団体Non-Profit Organization(非営利組織)の略。社会課題の解決や公益活動を目的とする民間団体。や自治会にも協力を依頼しました。
さらに、地域のスポーツチームにも声をかけました。バスケットチームやサッカーチームは新しい生徒を募集したいという目的があるため、フリースローコンテストやミニPKゲームを出店してくれました。こうした相互利益のある関係が、お祭りのコンテンツを豊かにしていきます。
おかげさまで、学校も自治体も幼稚園も協力的で、配布を快く引き受けてくれました。こうした地道な活動が、お祭りの認知を広げていきます。
一方で、お祭りを開催するにはお金もかかります。チラシの印刷費や、子どもに配るお菓子の購入費などが必要です。そこで、チラシの裏面に広告枠を作り、近隣の商店や企業に販売しました。新しいお祭りでどれだけ人が来るか不明でしたが、多くの事業者が協力的に広告を出してくれたそうです。
開催して楽しかったこと
井上さんが「お祭りを開催すると楽しい」と感じたポイントは、いくつかあります。
まず、仕事で培ったスキルが地域で活きるという喜びです。井上さんはFigmaブラウザで動作するデザインツール。UI/UXデザインやチラシ・ポスター制作など幅広く使える。を使ってポスターやチラシをデザインしました。プロのデザイナーではありませんが、地域のお祭りなら十分なクオリティです。メンバーからは「外注するとお金がかかると思っていたのに、井上さんがやってくれて助かった」と喜ばれました。
また、プロジェクト管理もスプレッドシートで整理し、出店のアプローチリストや進捗を可視化しました。これもメンバーから「分かりやすい」と好評でした。日々の仕事で当たり前にやっていることが、地域では大いに感謝されるのです。
自分の仕事でやってきたことが結構活きるというのがすごく楽しい。Figmaでチラシを作ったり、プロジェクト管理をスプレッドシートでまとめたり。
次に、近隣の商店街のおじいちゃん・おばあちゃんと仲良くなれるのも大きな楽しみです。普段接する機会がない昔からのお店の方々と、お祭りを通じて親しくなれます。井上さんは、有名な和菓子屋さんのご主人と仲良くなり、ある日20個ものいちご大福をもらって家族で喜んだそうです。
さらに、さいたま市の花火大会の関係者席のチケットをもらうという思わぬ特典もありました。地域の重鎮との縁ができると、こうした「ちょっとしたいいこと」が起きるのです。
そして何より、お祭り当日に子どもたちが来て楽しんでくれる姿を見るのが最高の瞬間です。準備したコンテンツで遊んでくれたり、チョコバナナを食べて喜んでくれたりする笑顔を見ると、心から「やってよかった」と思えるそうです。
大変だったこと
もちろん、楽しいことばかりではありません。新しいお祭りを立ち上げる際、自治会や既存コミュニティの方々に説明会を開いたところ、慎重な意見が出ました。「交通整理は大丈夫なのか」「トイレは十分確保されているのか」「見積もりが甘いのでは」といった指摘です。
これらは的を射た指摘であり、ありがたいものでしたが、新しいものにすぐ賛同してもらえるわけではありません。一人ひとりに丁寧に説明し、自分たちがどういう目的・ミッションで動いているのかを伝える必要がありました。
そしてもう一つ、天気という乗り越えられない壁がありました。2025年の春と秋、2回のお祭りを開催しましたが、どちらも雨が降り、気温も低い最悪のコンディションでした。どれだけ準備を頑張っても、当日の天気次第で成功・失敗が決まってしまうという残酷な一面を知ったそうです。
文化祭の延長としてのお祭り
井上さんは、お祭りの開催を「中学・高校の文化祭の延長」だと表現します。文化祭も準備は大変でしたが、やっていて楽しかったはずです。当日に家族やご近所さんが来て楽しんでくれると、嬉しかったのではないでしょうか。
お祭りの開催は、まさにそれを社会人になってからも、いくつになっても楽しめる活動です。今は地元を離れて都内に住んでいる人でも、地元に帰った時に少し手伝ってみるのもいいでしょう。
出店準備、お化け屋敷、当日の運営。大変だけど楽しい。
コンテンツ企画、出店募集、当日の運営。大人になっても楽しめる。
開催側に回ると、今まで見えなかった町の顔が見えてきます。商店街のBGMがどこから流れているのか、お祭りがどういう仕組みで運営されているのか。子どもの頃、大人たちが自分たちのために用意してくれていたことを、改めて知ることができます。
そして何より、地域の未来や子どもたちの思い出作りに貢献できるのは、大きな充実感につながります。お祭りは、ただ楽しむだけでなく、町を元気にする力を持っているのです。
まとめ
お祭りは「行くもの」から「開催するもの」へ。井上さんの体験は、地域に関わる新しい楽しみ方を教えてくれます。
仕事のスキルが地域で活き、近所の人と仲良くなり、子どもたちの笑顔を間近で見られる。大変なこともありますが、それ以上に得られるものは大きいです。
もし今、「地域に関わりたいけど何をすればいいか分からない」と思っているなら、まずは地元のお祭りを少し手伝ってみるところから始めてみてはいかがでしょうか。文化祭のあの楽しさを、大人になってからもう一度味わえるかもしれません。
- お祭りは「参加する」だけでなく「開催する」と新しい楽しさが見えてくる
- 仕事のスキル(デザイン、プロジェクト管理)が地域で活き、喜ばれる
- 近隣のおじいちゃん・おばあちゃんと仲良くなれる
- 子どもたちの笑顔を間近で見られるのが最高の報酬
- 天気という乗り越えられない壁もあるが、それ以上に充実感がある
- 文化祭の延長として、いくつになっても楽しめる活動
