冒頭は「早起き」から。スマートウォッチで一時間セーブできた話
この回は、岡島さんが最近少し早起きできるようになった、という雑談から始まります。
きっかけは、ケンスーさんとタナカケイさんのポッドキャスト「限界突破ライフハック」で紹介されていた方法でした。
スマートウォッチをつけると早起きにいい、みたいな話をされてて。それちょっと効いたなっていう感じですね
音のアラームでは起きづらくても、スマートウォッチの振動なら起きやすい、という話が効いたそうです。
岡島さんは、冬布団のなかで10時間ほど寝てしまう状態から、9時間ほどで一度起きられるようになった、と話します。
それぞれの、一歩一歩、一歩一歩自分のペースでいきましょう
ここから、本題の「人との付き合い方」へと話が移っていきます。
アドラーの「課題の分離」とは、誰が結果を引き受けるかで線を引くこと
今回のテーマは、前回のアドラー回に寄せられた「課題の分離について聞いてみたい」というXのコメントがきっかけでした。
玉置さんはまず、人間関係のストレスがそもそも避けがたいものだと前置きします。
占いの仕事してたんですけど、悩みの9割は人間関係なんですよ、人って
玉置さんによれば、その解決の鍵は「線の引き方」だといいます。他人と線を引くと聞くと冷たい印象を持たれがちですが、境界線をきちんと認識することが人間関係で悩まないための大事なポイントだと話します。
アドラーはこれを「課題の分離」という言葉で説明しています。行動には必ず結果がついてまわり、その結果を最終的に引き受けるのは誰かを考えるのが課題の分離の考え方です。
例として挙げられたのが、朝起きられず遅刻を繰り返す子供の話です。遅刻して先生に怒られる結果を引き受けるのは子供であり、それは子供の課題だといいます。
基本ルールは自分の課題は自分で背負うなんです
だから、子供が寝坊しようが遅刻しようが、それは親自身の課題ではない、というのが玉置さんの整理です。
行動する
何か行動をすると、必ず結果がついてくる
結果を確認する
その結果を最終的に引き受けるのは誰かを考える
線を引く
引き受ける人の課題として、自分の課題と切り分ける
問題は、それを自分の課題のように考え、自分が何とかしなければと思い出したときに起こります。困ったり怒ったり、感情が動いて疲れてしまうからです。
夫婦・恋人でも起きる「他人の課題を自分の課題と混同する」問題
玉置さんは、努力するかどうかも本人の課題だと言います。近しい関係にあるときほど、他人の課題を自分の課題のように思い込んでしまいがちだと指摘します。
例として挙げられたのが夫婦の関係です。旦那さんのここを直してほしい、というのは旦那さんの課題であって、自分の課題ではないといいます。
私の課題は何かというと、それを嫌だと思っているっていうのは自分の感じていることじゃないですか
人の課題であるはずのことを、改めてほしい、何とかするべきだと言い出すと、話がややこしくなる、というのが玉置さんの整理です。
岡島さんは、ここ数年ネットでよく見かける「自他境界が曖昧な人」という言い方を思い起こします。
自分と他人の、この、ここで言うと課題が共通の課題みたいになんかなっちゃってるっていうか
自分と他人の課題を共通のものと捉えてしまう状態こそ、その「境界が曖昧な人」の姿だ、と二人は確認します。
怒りの正体は「自分の期待を相手に押し付けている」こと
話は、以前の回で取り上げた「期待値」のテーマにつながっていきます。
玉置さんは、誰かに何かを期待するのは自分の自由だが、期待通りに動くかどうかは相手の自由だ、と切り分けます。
そのうえで、期待が裏切られたとき、人はまるで自分の期待を相手に押し付けるように怒ったりがっかりしたりする、と指摘します。
「あの人は失礼だ」と怒るときも、失礼でないことを期待して裏切られたから怒るのであり、相手が悪いわけではない、と玉置さんは言います。
失礼の基準もその人ごとに違うため、自分の中の礼儀という期待値を飛び越えた相手に怒っている、という構図です。
あれ、私今期待を裏切られたんだ。どんな期待してたんだっけ?っていうのを思い返すと、割と怒りが収まりますよ
不愉快に感じたときに、自分がどんな期待をしていたかを思い返す。それだけで怒りが和らぐ、というのが玉置さんのすすめる方法です。
「応援」と「介入」の境目——相手の選択を操作し始めるとこじれる
続いて話題になったのは、期待を相手の義務のように感じ、「これ絶対言ってあげた方がいい」と動いてしまう場面です。
それ僕やりがちなんですよね
岡島さんは、自分がかつて言われたことで大きく改善したタイプであり、「これを知っているだけでこの人は助かる」と思うと伝えたくなってしまう、と打ち明けます。ただし最近は頑張ってセーブしているそうです。
玉置さんはそれを、自分が美味しかったものを、好きでない人に「美味しいから食べろ」と勧めている状態にたとえます。
そのうえで、応援と介入の違いを整理します。応援したい気持ち自体は純粋でよいが、介入をするとややこしくなるといいます。
相手の選択を尊重する。相手なりの事情や頑張り方を信じてあげる
相手の選択を操作しようとする。言ったのにやらない、やれよ、と迫り始める
小さい子供にとっての親は、結果を引き受けさせないように動きます。玉置さんは、それを友達や恋人、夫婦という名のもとに他人へやってしまうことが問題だと指摘します。
ダメ出ししたくなる時は「自分の状態が良くない」サイン
なぜ人は他人の課題に踏み込んでしまうのか。玉置さんは、自分が正しいと思いたい欲求や、支配できるものを増やしたい欲求が多かれ少なかれあるからだと話します。
そのうえで、それを愛情と履き違えてはいけない、と釘を刺します。
さらに玉置さんは、人へのダメ出しは自分にとっての鏡になっていることが多い、と指摘します。かつて遅刻をやめる努力をした人ほど、他人の時間に厳しくなる、といった例です。
他人に対してダメだよっていうことって、自分に対してダメだよって言ってるんですよ
だから正しさを振りかざしたくなったときは、それを自分に言いたいときではないか、と考えるとよいといいます。
人のあらが気になったり、ダメ出ししたくなるときは、自分のコンディションが良くないサインだ、というのが玉置さんの見立てです。
これもメタ認知だと玉置さんは言います。最近こうあるべきという話ばかりしている、説教くさいと感じたら、自分の状態を見直すきっかけにするとよい、と話します。
他人に言いたくなった時に立ち止まる——そこには必ず自分の目的がある
玉置さんは、他人に何か言いたくなったら一度立ち止まったほうがいい、と提案します。
ちゃんと線引きをしたうえで、相手が受け入れようがどうしようが自由だと思って、気持ちよく言えるかどうか。胸ぐらを掴みたくなるような状態なら、言わないほうがいいといいます。
その理由として、言うことには必ず自分の中に目的がある、という前回のアドラー回の話が引かれます。
自分が正しいことを確認したい、優位に立ちたい、言うとすっきりする。そうした自分が得るものを目的に言ってしまっている、と玉置さんは整理します。
岡島さんは、人にダメ出しをするときの脳の快楽物質の出方がすごい、という話を思い出し、SNSで怒るのが楽しいという感覚に近いのではと重ねます。
マネジメント始めたばかりの人たちによく言うんですけど、ワンオンワンをした後に自分が気分良くなってたら、それ危ないよって話をしています
いい話をしたと思っていたら、自分一人のカラオケになっている可能性がある。玉置さんはそう表現します。
仕事では「共通の課題」——命令ではなく「一緒にどうにかしませんか」
仕事の場面では、自分の言う通りにさせるのが仕事だという大義名分が働きやすく、課題の切り分けをしなくていいという思考になりがちだ、と玉置さんは指摘します。
ただし仕事には、部下の成績が部門の成績、そして自分の評価につながる「共通の課題」があります。
共通の課題なら、一緒に考えたい、解決したいと関わるのはありだといいます。問題は伝え方です。
あなたの課題だからあなたが解決するものじゃなくて、私の課題をあなたが解決しなさいねって言うとおかしな話になるんですよ
玉置さんは、たとえ人の力を借りたいときでも、命令形ではなくお願いになるはずだ、と言います。
特にマネジメントでは、全員が自分の思い通りにならず、それを全部自分の課題だと思ってしまうと、非常にしんどくなる、と玉置さんは話します。
線引きできない相手とは距離を置く。共感できなくても「理解」で付き合う
仕事では付き合わざるを得ない人もいますが、プライベートなら付き合わない選択肢もある、と玉置さんは言います。
たとえば子供のママ友のように付き合いを避けにくい場合でも、心の距離は自分で自由に取れる、と話します。
過干渉な親のように、何度伝えても世界観が共有できない相手であれば、距離を取るしかない場面もあります。それでも自責の念にとらわれる必要はない、と玉置さんは付け加えます。
親の期待に応えられない自分が悪いんじゃなくって、私の課題に踏み込んでくるお母さんの方が悪いっていうことがわかると、少しは楽になると思うんですよね
さらに玉置さんは、「人と付き合うには共感しなければいけない」という思い込みにも触れます。
共感できなくても、理解できれば、人はある程度の距離で付き合っていける、というのが玉置さんの考えです。共感はできなくても、理解はできるという付き合い方をしていれば、そんなに喧嘩する必要はないといいます。
正義が違うと喧嘩せざるを得なくなるのは、共感できないものを悪と決めつけてしまうからです。共感できないものを理解するためにやるのが勉強であり、教養だ、と玉置さんは話します。
いろんな好奇心を持って様々なことを学んでいけば、理解できる範囲が広がるじゃないですか
実害は意外と少ない。ストレスの正体は「未熟な子供」だと見えてくる
玉置さんは、多くの人が人間関係で悩んでいても、実害を与えてくる相手は実はそんなに多くない、と指摘します。
命や財産を脅かすような物理的な嫌がらせは案外少なく、悩みのほとんどは精神的なダメージだといいます。
本当の実害は法律で解決できたりするんで
そのため、物理的な害を除いた精神的なダメージは、自分の線引きや理解の仕方で緩和できるものが多い、というのが玉置さんの主張です。相手が変わらなくても、です。
岡島さんは、正体のわからないものほど怖い、という以前の回の話を重ねます。仕組みがわかると落ち着く、というわけです。
玉置さんは、誰かにストレスを感じるとき、その人を強力なモンスターのように捉えていることが多い、と言います。
すごい駄々をこねている子供が目の前にいると思えば、強力なモンスターのときとは圧が違う、と玉置さんはたとえます。すべてを真に受けず、何が起こっているのかを距離を置いて分析してみると楽になる、と締めくくりました。
まとめ
人間関係のストレスの多くは、誰の課題かを切り分ける「線引き」で軽くできる、という回でした。相手を変えようとするのではなく、自分の期待や状態を見つめ直す視点が繰り返し語られました。
- 行動の結果を引き受けるのは誰かを考え、自分の課題と他人の課題を切り分ける
- 他人に腹が立つときは、たいてい自分の期待を相手が裏切ったときだと思い出す
- 応援は相手の選択を尊重すること、介入は操作しようとすること。この境目を意識する
- 仕事の共通の課題は「命令」ではなく「一緒にどうにかしませんか」の姿勢で扱う
- 共感できなくても理解はできる。相手を未熟な子供と捉え直すとストレスが和らぐ





