Kindleのハイライトから見えた「身につかない読書」
この回のきっかけは、玉置さんがKindleで本を読むときに見える「みんなのハイライト」への違和感でした。
多くの人がハイライトしている箇所が、玉置さんの感覚では「ここはハイライトじゃないのにな」と思う場所であることが多かったといいます。
もしかしてこれ、この本の読み方してると、なかなか身につかないんじゃないかなって思ったのがきっかけなんですよ。
岡島さんも、『イシューからはじめよ』は仕事を始めたときに勧められることが多い本だと振り返ります。ただ、難解で、自分に残っているのはタイトルだけだと打ち明けます。
学びとしては、この「イシューから始めよう」というタイトルしか記憶に残ってないっていう。
解決策から入らず、まず解くべき課題を見極める。岡島さんはその趣旨だけは覚えていました。玉置さんの答えは意外なもので、それで十分だというものです。
知識ではなく骨子をつかむ読み方
玉置さんは、本を読むときに「知識を仕入れよう」とすると難しくなると話します。人に話したくなるようなテクニックやノウハウをハイライトしても、残らないというのです。
でもそれって結構経験あると思うんですけど、残らないんですよ。
情報が知恵に変わるのは、自分の経験と結びついたときだと玉置さんは言います。経験とつながらない知識は、集めても流れていってしまうという指摘です。
だからこそ、「何が一番言いたいの?」という骨子をつかもうとして読むのが入門の王道だと玉置さんは提案します。
イシューとは何か、問いと質問はどう違うか
ここから玉置さんは本の中身を平たく解きほぐしていきます。まず前提は「プロフェッショナルならイシューから始めなさい」というものです。
本の中では、時間を売って対価を得るレイバー的な働き方と、プロフェッショナルが区別されているといいます。プロフェッショナルは「どこまで変化を起こせるかによって評価される人」と定義されています。
では、そもそもイシューとは何か。本の中では「本質的で答えを出す価値のある問い」と定義されています。玉置さんはさらに「問い」と「質問」の違いへと話を進めます。
質問と問いの違いって知ってますか?
玉置さんによれば、質問とは、答えをすでに誰かが知っていることを尋ねる行為です。ググれば出てくる、誰かに聞けば答えが出てくるのが質問だといいます。
一方で問いとは、まだ誰も明確な答えを言語化していない、自分で答えを見つける必要があることを指すと説明します。
「AIは問いを立てられない」みたいなのもあるじゃないですか。その問いってこの問いですよね。
答えをすでに誰かが知っている。ググる、誰かに聞けば答えが出る。
まだ誰も答えを言語化していない。自分で答えを見つける必要がある。
つまりイシューとは、何かのゴールや目的を達成するために、自分で答えを見つけなければいけないことだと玉置さんはまとめます。
ゴールがないと、イシューは存在しない
重要なのは、ゴールや目的があって初めてイシューが生まれるという点です。漠然と読むと、そもそもイシューが存在しないため、抽象的な話に感じてしまうといいます。
岡島さんは、まさに仕事を始めたばかりの自分がそうだったと納得します。役割もなんとなくしかわからない学生上がりの状態で読んでも、身につかないのは当然だったと振り返ります。
「何のために」とか「どこに向かって」っていうのがないままに、知識とか情報を収集しようとしたとしても空回っちゃいますよね。
玉置さんは、勧められた本はメモしておけばよく、まず「自分は今何を解決したいのか」という課題感を持って読むほうが身につくと話します。
岡島さんは、これは本の内容そのものとも重なると指摘します。アウトプットしていない状態でインプットだけしても残らない、という話です。
玉置さんは、本とは自分の考えや経験と対話するものだと言います。まだ言語化されていない感覚や体験を、言葉にして知恵にしていくプロセスが読書だという捉え方です。
この本のコアメッセージは「動く前にまず考えよう」
岡島さんは、なんとなく読んで内容がすり抜けても、この本にヒントがありそうだと覚えておき、後から取り出して読むことに価値があるのではと問いかけます。
玉置さんは、無意識のうちにも自分の中に問題意識があるから、すり抜けずに引っかかっているのだと応じます。骨子だけ覚えておけば、後から読み返せるという考えです。
そして玉置さんは、本の骨子を「あたかさんに怒られちゃうかな」というほど粗く要約します。手を動かす前に、まずしっかり考えよう、というのがコアメッセージだといいます。
本の中では、努力の量でなんとかしようとすることが「犬の道」と表現されています。そちらへ行くな、という戒めです。
玉置さんは、この基本を忠実にできている人は自分も含めてとても少ないと語ります。動き出す前にしっかり考えているかと問われて、毎回そうしていると自信を持って言える人は少ないという指摘です。
本を読んだ時って、自分の思考とか言動に変化がないと、本を読んだ意味とか価値って薄いと思うんですよね。
玉置さん自身、この本から得たのは方法論ではなく、動く前に考えているかどうか自分に問う習慣だといいます。数千円もしない本で、すでに元は取っていると話します。
採用に走る前に――偽のイシューという罠
玉置さんは、良いイシューを「大きな影響が出るもので、かつ今ここで答えを出す必要があるもの」と自分なりに理解していると補足します。そのうえで、経営者からよく受ける相談を具体例に挙げます。
多いのは、部下が指示待ちで自走してくれず、最終的に自分が手を入れないと納得できるレベルにならない、という悩みです。そこから「もっと優秀な人材を採用できれば変わるのでは」と考える人が多いといいます。
玉置さんは、この「優秀な人材を採用するにはどうすればいいか」こそが偽のイシューだと指摘します。本来のイシューは別のところにあるというのです。
イシューを「社員の自走力を阻んでいる要因は何か」に置き換えると、糸口がたくさん見つかると玉置さんは言います。役割や期待が曖昧で、どこまで裁量を持っていいかわからない状態もその一つです。
権限がないのに責任だけ負わされる、工夫が評価されず失敗だけがマイナス評価される、挑戦すると否定される文化がある――こうした要因が挙げられます。
さらに、リーダーが最後に手を入れる癖があると、社員は「どうせ最後はこの人が直す」と責任を持たなくなる、という構造的な問題も指摘されました。採用時点で、指示を正確にこなすタイプを選んでいる可能性もあるといいます。
- 役割や裁量が曖昧で、指示を待つほうが安全になっている
- 権限がないのに責任だけを負わされている
- 工夫が評価されず、失敗だけがマイナス評価される
- 挑戦や新しい意見が否定される文化がある
- 最後はリーダーが手を入れるため、社員が責任を持たなくなる
これらの原因を突き止めて改善すれば、優秀な人を採用しなくても、今いる人を自走させられるかもしれないと玉置さんはまとめます。
著者も「知識を仕入れてほしい」とは思っていない
岡島さんは、ロジカルシンキング的なメソッドを仕入れようとこの本を手に取る人が多いだろうと指摘します。玉置さんも同意しつつ、著者自身の言葉を紹介します。
ロジカルシンキングとかフレームワーク思考などの問題解決ツールが出回っているが、問題というものは残念ながらこれだけでは決して解決しない。
玉置さんによれば、本の最初のほうには、自分の目で確かめること、現場に出向いて一次情報をつかむことの大切さが書かれているといいます。
つまり著者も、HowToやメソッドを仕入れてほしいとは思っていないだろう、というのが玉置さんの見立てです。大事なのは自分の体験や感覚、世界観だという読み取りです。
身近な課題に対して「どうしたいのか」から自分なりのイシューを持ち、それが本当のイシューかを見極める。そのときにこの本を読むと、偽のイシューに気づくヒントがあるかもしれないと話します。
疲れる読書をやめる――本は成長を測るものさし
岡島さんは、深く理解している人に解説してもらうと学びが定着しやすいと感想を述べます。これに対し玉置さんは、自分は「こう理解しているだけ」で、違っていたらごめんなさい、と付け加えます。
私はこう理解して、この本は元取りましたと思ってるので。
玉置さんは、経験を積む中で壁に突き当たったときに読み直せばよいと言います。経験があると、本は毎回新しい発見をくれるからです。
もし本を読んでも何も得るものなかったら、もしかして私成長してないのかもしれないって話じゃないですか。
だからこそ、本を丸ごと吸収しなければならないという感覚を捨てると、読書はぐっと楽になると玉置さんは伝えます。
「みんなのハイライト」は冒頭が最も多く、だんだん減っていくといいます。多くの人が端から端まで読もうとして疲れ、離脱しているのではないかという見立てです。
まとめ
『イシューからはじめよ』を題材に、読書の目的を「知識の収集」から「骨子をつかんで自分の経験と結びつけること」へ切り替える回でした。動く前にまず考える、そのために正しいイシューを見極める、という一点が繰り返し語られました。
- 本は知識を仕入れるためではなく、骨子をつかんで自分の経験と結びつけるために読む
- 質問は答えが既にあるもの、問いは自分で答えを見つける必要があるもの
- ゴールや目的がなければイシューは存在せず、漠然と読んでも身につかない
- この本のコアは「動く前にまず考え、努力の方向性を見極める」こと
- 採用などの解決策に走る前に、偽のイシューに取り組んでいないか問い直す





