無名の連続起業家と始める「メタ仕事論」とは
番組「メタ仕事論」は、人間観察を経営に生かして実績を出してきた経営者・玉置真理さんと、Podcastプロデュースなどを手がける岡島匠さんが、仕事や経営に生きる「メタな話」をしていく番組です。
初回ということで、まずは玉置さんの自己紹介から始まりました。ネットでの発信をほとんどしてこなかったため、そもそも情報が少ないという事情があるといいます。
20歳の時にダイヤルQネットワークという会社を創業しまして、その後、今GMOになっているインターQの創業に関わり、3社目で株式会社ザッパラスという会社を起業しました。今その会社を退任して、フリーで活動しているという状況です。
岡島さんは、その実績を「めちゃくちゃ半端ない」と評します。創業した会社のうち2社が上場するなど華々しい一方で、SNSをやってこなかったために、ネット上では思わぬ課題も抱えているそうです。
知名度に対して実績がすごすぎて、偽物だと思われるっていう課題がネットであったりしますね。
今まで全くSNSやってきてないので、無名です。
そんな玉置さんが肉声で発信する場として、このPodcastが始まりました。初回のテーマは「情報過多な現代の環境で、いかに情報の取捨選択をするか」です。
AIに「追いつかなきゃ」が強迫観念になっていないか
話はまず、玉置さんのXのタイムラインがAIの話題でほぼ埋め尽くされている、という実感から始まります。
私のXのタイムラインとか、ほとんどもうすごいAIが出た話で埋められてるんですよね。いわゆる、驚き屋?
岡島さんは、少し前は「動画がすごい」「映像がすごい」という情報が印象的だったと振り返ります。自然さには感心しつつも、それが自分の生活にどう生きるのかはよく分からない、という感覚もあると話します。
ほとんどの人、動画作らないですよね。
問題は、AIがすごいと言われ続けると「知らなきゃいけない」「追いつかなきゃ」と感じてしまう点にあると玉置さんは指摘します。とくにビジネスをしている人ほど、最前線を押さえておかなければと考えがちだといいます。
ポジティブに情報を吸収してるんだったらいいんですけど、強迫観念になっちゃうとつらいですよね。
岡島さんも、AIの情報をちゃんと取ろうとしていない時点で仕事を真面目にやっていない、といった論調がネットに流れてくると感じており、その圧を実感していると語ります。
一方で玉置さんは、身も蓋もない言い方だと前置きしつつ、ほとんどが必要ない情報だと言い切ります。
楽しい情報収集と、義務のインプットの決定的な差
ここで岡島さんは、玉置さん自身は毎日ものすごい勢いでAIに触れていて、もはや「触っている」という感覚すらないのではないかと問いかけます。
ないですね。楽しいんで。
ポイントは、玉置さんの情報収集が「義務」ではなく「楽しさ」から来ていることです。使いこなすために知りたいと思って集める分には、ストレスもなく、お腹いっぱいにもならないといいます。
楽しいんで、使いこなすのにいろいろ知りたいと思って、知る分には、情報収集する分には全然ストレスないじゃないですか。でも義務感で情報収集するってしんどくないですか?
この「義務感」に、岡島さんは強く共感します。本を「ちゃんと読まなきゃ」と思うほど読めなくなる、いわゆる積ん読タイプだと自認しているからです。
だからこそ自身が作るPodcastは、学びになるだけでなく、聞いていて楽しい・笑っていられる雰囲気を大事にしていると語ります。怠惰な自分に向けて作っている面もあるといいます。
使いこなしたくて自分から知る。ストレスがなく、いくら集めても苦にならない
読まなきゃ・追いつかなきゃで集める。しんどく、積ん読になりやすい
これ読んどかなきゃみたいな気持ちで買っちゃうのありますよね。でもほとんど必要ないですよね。
「知識は多いほうがいい」という前提を疑う
玉置さんは、そもそも「知識があったほうがいい」「より多く知っていたほうがいい」と思い込んでいるから、読まなきゃ・買わなきゃになってしまうのだと指摘します。
岡島さんが「知識は多いほうがいい」という前提そのものを疑うのか、と確認すると、玉置さんははっきり「ないと思う」と答えます。
玉置さんによれば、最新情報やテクニック、話術はあくまでプラスアルファにすぎません。根本的なところさえ勉強していれば、それは学校で教えてくれたことで十分だといいます。
その具体例として挙がったのが、書店に溢れるコミュニケーションのビジネス書です。
多分コミュニケーションって、傾聴だけちゃんとすれば、全然合格点だと思ってるんですよね。細かいスキルとかテクニックが何もなかったとしても。
もう一つの例がロジカルシンキングの本です。玉置さんは、ロジカルシンキングで一番大事なのは最初の仮説や前提だといいます。
構造化の手法は本で身につけられても、そもそもの仮説や前提を立てる力の基礎は「想像力」だと玉置さんは語ります。そしてそれは、本を読んで学ぶものではないと続けます。
本を読んで学ぶんじゃなくて、いろんな体験をしたり、いろんな人に会ったり、空想したり、ぼーっとしたり、散歩した方がいいんですよ。
同じテーマの本を10冊読んで残った「ひとつのこと」
岡島さんは、ロジカルシンキングの本を何冊読んでも実感として身につかず、それより日々の仕事のなかで少しずつできるようになった感覚のほうが強いと振り返ります。
玉置さんも、有名な仮説思考の本を読んでも身につかないと感じたと同調します。話題はここから、では本を読む意味はあるのか、という方向へ進みます。
岡島さんは、別のPodcastで同じテーマの本を10冊読む企画をやった経験を紹介します。コミュニケーションの本を10冊読んだ結果、どの本にも同じことが書いてあったといいます。
コミュニケーションの本とかを10冊読んだ結果、もう聞くのが大事なんだってことが全部の本に書いてあるんですよね。みんな話すのが大事だと思っているから。
一方で、1冊を端から端までしっかり読んでも、自分の中に残らず普段生かせない知識のほうが多い、とも感じています。頑張って読もうとするほど、かえって残っていないという実感です。
玉置さんはここで、コミュニケーションのHow to本を読むより、いま二人がしているような対話そのものに集中したほうが力がつく、と結論づけます。
岡島さんは、ちゃんとやっている人に会って話を聞くことこそ大事だと考えている一方で、そうした情報はSNSにほとんど落ちていないと指摘します。
わかった気になるような話とか、耳障りのいい話はすごくたくさんあると思うんですけど、あくまで基礎があった上でのプラスアルファのその先ぐらいのものだと思ってるんですよね。
体験を抽象化して「知恵」にする、玉置流の学び方
では、その大事な「基礎」はどこで学べばいいのか。岡島さんは、みんなそれが分からないからハックを求めて高額なノウハウに手を出してしまうのでは、と問いかけます。
玉置さんの答えは、自分の経験から作り上げてきた、というものでした。その学び方には、はっきりした型があります。
具体的な体験をする
自分が実際に何かを経験する
抽象化する
その体験を自分の中で抽象化する
知恵になる
他の状況や場面でも使えるものになる
自分が具体的な体験をして、それを自分の中で抽象化をすると、知恵になる。知恵になってしまえば、他の状況とか他の場面でも使えるものになるじゃないですか。
玉置さんは、この考え方の背景を「面倒くさがり屋なのかもしれない」と表現します。10冊の本を読むくらいなら1冊で済ませたい、そのために「ベースは何か」「及第点はどこか」をいつも考えるのだといいます。
英語も勉強も「及第点」でいい。必要ない知識は身につかない
岡島さんが、その「及第点」をどう把握するのかと尋ねると、玉置さんは、知識やスキルは何かをするために必要なのだから、その対象さえクリアできればいい、と答えます。
例に挙がったのは英語です。むやみに英語力を高めようとするのではなく、英語を話せないとクリアできない場面があるから勉強する。完璧に喋れなくても、その場面をクリアできればOKだといいます。
岡島さんが、多くの知識は結局あまり役に立っていないと認めると、玉置さんは、役に立っていないのは必要ないから身につかないだけだと返します。切羽詰まっていれば、人は一生懸命勉強して身につけるものだと語ります。
その原体験として、玉置さんは大学2年生で起業したときの話をします。社会のことが何一つ分からない状態だったからこそ、勉強は差し迫った課題がある時だけのものになったといいます。
差し迫った課題があるから、一番効率的な方法で勉強しなきゃいけない。借り物の知識では何ともできないので、自分のものにして使わなきゃいけないじゃないですか。
そしてこの経験から、玉置さんはある結論を導きます。困ってもいないのに知識を身につけようとするから、積ん読になるのだ、と。
岡島さんは、これを有名な「ドリルと穴」の例えに重ねます。本当は穴が欲しいのに、とりあえずドリルを買っておこうとする状態に近いのかもしれません。
自分に本当に必要なものを、立ち止まって考える
話はまとめへと向かいます。SNSやニュースサイト、動画サイトが、アテンションを獲得して広告費を稼ぐために情報を流し込んでくる。そのなかで足元でどうすればいいのか、と岡島さんは問いかけます。
玉置さんの答えは、多くの人は「自分に本当に必要なもの」をあまり考えたことがないのではないか、というものでした。
どうありたいのか、どう暮らしたいのか、どうなりたいのかを立ち止まって考えると、そこに対してほとんど必要のない情報ばかりじゃないですか。ノイズですよね、全部。
そう認識してしまえば、あえて摂取する必要はないのではないか、と玉置さんは言います。岡島さんは、当たり前に見えて核心を突く話だと受け止めます。
岡島さんは、玉置さんが基礎に強い人であるがゆえに結論が当たり前になり、SNS映えしないのが二人の共通課題だと打ち明けます。しかし、それこそが大事だとも考えています。
SNSでバズるのは極端な話や応用・点の話であり、それだけを吸収すると基礎がおざなりになる。結局は当たり前のことが大事なのではないか、というわけです。
当たり前のことが結構大事だと思ってるんで。でもほんとそうなんですよね。
岡島さんは、その「当たり前」が、3社の起業を経験した玉置さんの肉声で語られることに意味があると強調します。テキストだけでは軽く見える話も、実績に裏打ちされた実感として響くからです。
情報収集より、一次情報を発信できる人になる
玉置さんは自身について、当たり前のことしか考えていないし、いろんなテクニックも知らないと語ります。それでもやってこられたからこそ、テクニックはいらないのではと思っている、というスタンスです。
岡島さんは、無理にズルをしようとして変な欲張り方をするより、足元の当たり前のことをコツコツやるほうが近道になると受け止めます。
情報についても同じで、役立つ場面が思いつかない情報を「追わなきゃ」と取り入れ続けるより、目の前のことややりたいことに関連して、そのジャンルで結果を出している人に話を聞くほうが大事だといいます。
玉置さんは、これをさらに一歩進めます。表面的な情報をたくさん集めるより、体験を増やして、自分が一次情報を発信できる人になったほうが良いというのです。
最後に玉置さんは、流し込まれる情報を「ジャンクフードみたいなもの」と表現します。必要ないと分かっていても、つい食べてしまうものだ、と。
ジャンクフードみたいなもんですね。食べちゃうんですよね。
岡島さんは、ショート動画などはまさにそれで、脳をハックされている感覚があると同意します。まずは自分がハックされていると気づき、そのうえでどうするかを考える。そんなメタな視点を確認して、初回は締めくくられました。
まとめ
情報過多な今こそ、量を追うのをやめて基礎と体験に軸を戻す。当たり前に見えて、3社の起業を経験した玉置さんの実感として語られた、初回の結論です。
- 最新情報やテクニックはプラスアルファ。まずは基礎の基礎さえ押さえれば十分
- 義務感の情報収集はしんどく積ん読になる。楽しくて自分から知りたい範囲が本当のインプット
- 知識は何かをするための手段。必要ない知識は身につかないので、及第点でいい
- 体験を抽象化すれば、他の場面でも使える「知恵」になる
- 表面的な情報を集めるより、体験を増やして一次情報を発信できる人になるほうがプラス







