初のゲスト回、連続起業家・小笠原治とは何者か
この回は、番組初のゲストとして連続起業家の小笠原治さんを迎えたオフライン収録です。玉置真理さんとは今回が初対面で、共通の知人が多いことから対談が実現しました。
小笠原さんは、京都芸術大学でクロステックデザインコースを担当し、デジタルキャンパス局の局長も務めています。クロステックデザイン ── 技術とデザインを横断して新しい価値をつくることを学ぶ領域。小笠原さんが京都芸術大学で担当するコース名。
経歴も幅広く、データセンターを手がけるさくらインターネットの共同創業、DMM.makeやメルカリR4Dの立ち上げなどに関わってきました。近年はシャープと新しいAI向けハードウェアの開発にも取り組んでいるといいます。
まあ僕もベースはもうただのバーのマスターなんで。
自身が経営する立ち飲みバーの話も出ながら、起業家でありつつ大企業の支援や教育まで手がける多彩さがにじみます。そのうえで、今回のテーマ「メタ認知しない方がいい時」へと話は入っていきます。
賢すぎて動けない。メタ認知しすぎる罠
玉置さんは、いつも「メタ認知が大事」と伝えている自分だからこそ、その注意点も言っておきたいと切り出します。メタ認知しすぎると、かえって動けなくなる場面があるからです。
賢い起業家の方で賢すぎて動けないみたいな人もいません?
小笠原さんは、メタ認知を「構造を理解すること」だと捉えています。構造がわかると、こうすればこうなるという予測がついたつもりになり、そこで足が止まってしまうと話します。
構造がわかってるとこうやったらこうなるよねって予測がついたつもりになっちゃうじゃないですか。それで動けなくなるってありますよね。
玉置さんは、その予測が所詮は自分の想像でしかないのに、論理的な事実のように勘違いしてしまう危うさを指摘します。小笠原さんも、論理は後付けであり、本来は不確実性に賭けてリスクを取るべき存在なのに、わかった気になってしまうと応じます。
芸術と恋愛にも通じる、メタ認知の使い分け
話は仕事以外にも広がります。小笠原さんは、恋愛や結婚でも同じことが起きると語ります。相手の反応を過去の経験から先読みし、結果としてお互い言わなくなり、関係が冷えていくというのです。
一方で、メタ認知が必要な場面もあります。玉置さんは、理想が高すぎて現実の相手が見えないままだと恋愛が始まらないと例を挙げ、そこはメタ認知した方がいいと話します。
芸大に身を置く小笠原さんは、創作の場面ではメタ認知が邪魔になると指摘します。内発的に何かを生み出そうとする時にメタ認知すると、ろくなものが出てこないという実感です。
何かしら内発的に何か出そうよっていう時にメタ認知するとろくなもん出てこないですよね。
玉置さんもこれに強く同意します。創作や想像の場面ではメタ認知を切るべきで、それを世に出したり商売にしたりする段階で初めて構造化すればよい、という使い分けが見えてきます。
内発的に何かを生み出す創作・想像の段階。予測が邪魔になる
作ったものを世に出す・社会に接続する・商売にする段階
抽象的な話は気持ちよく、具体的な話は苦しい
テーマが抽象的になったことに岡島さんが触れると、3人は抽象論の心地よさで盛り上がります。玉置さんは、抽象的な話は情報量が多く、話が早いと語ります。
具体的な話って合えば合うほど苦しくなるんですけど。抽象的な話はすごい気が楽になっていく。
小笠原さんは、自分で具体を手がけるのは好きでも、それを人に説明するのが苦手だと打ち明けます。抽象的なことならいくらでも説明できるのに、具体の説明になると途端に嫌になるといいます。
抽象的なことならいくらでも説明してあげようと思うんです。わかっていただけるまで。
自分が動く「ドゥ」の時は何でもやれるのに、それを言語化して他人に渡す作業が苦手だという感覚は、玉置さんにも深く響いていました。
メタ認知を切るスイッチ。線を引く、追い込む
ここから話は、メタ認知をどう切るかという具体に進みます。小笠原さんは、人のメタ認知を切る方法として、ずっと同じルーティンをやってもらうことを挙げます。工場のラインのように同じ作業を繰り返すと、人はそこしか見えなくなり、メタ認知しなくなるという経験則です。
自分自身に対しても、線をたくさん引くといった無意味な繰り返しを決めて行うと、スイッチが切れると話します。超抽象的にいろいろ考えていたのが、急に考えなくなる感覚だといいます。
何でもいいんですけど、もうあの、パッとこう線いっぱい引くとか決めて、繰り返してると、なんかね、メタ認知ができなくなるんですよね。
一方、玉置さんの切り方は「追い込むこと」です。自分も人も、やらざるを得ない状況に飛び込ませることで初めていい感じで切れると語りますが、その分カロリーが高い方法だとも認めます。
飛行機から飛び降りて、パラシュート開かなかったら死ぬよぐらいになると、もう何も考えられないじゃないですか。
岡島さんも、絵の練習で毎日線を引くことや、素振りのように腕を均す習慣を挙げ、それがほぼメタ認知を切る作用になっていたと気づきます。小笠原さんは、筋トレやサウナ、一時期起業家の間で流行ったトライアスロンも同じ仕組みかもしれないと重ねました。
不安な時にメタ認知すると地獄になる
話は、メタ認知が幸せに直結するのかという問いへ移ります。玉置さんは、認知しすぎると希望がなくなってしまう場合があると語ります。
その例として、子供の頃に学校で2番目にピアノが上手かった体験を挙げます。2番という認知があると、絶対に1番にはなれなかったというのです。
単にピアノが大好きで練習いっぱいしますって言ってれば、もしかして何か限界を突破したかもしれないんですけど、冷静に二番って思っちゃうところってなければよかったな。
小笠原さんは、不安な時にメタ認知するとだいぶ地獄になると応じます。玉置さんは、かつて占いの仕事をしていた経験から、不安な人ほど現実を見たくなくてメタ認知を切りたがると話します。
見たくないんですよ、現実を。なので、あの偽物の現実理解を求めて、やっぱり占いとかをされる方は多いですね。
小笠原さんも同時代に占いサイトを手がけており、占いに入ってきた利用者は辞めにくく、平均で7年ほど毎月払い続けるほどLTVが長い顧客になったと明かします。LTV ── ライフタイムバリュー。1人の顧客が取引期間全体でもたらす利益の総額。長いほど関係が続いていることを示す。
だからこそ玉置さんは、メタ認知ができて真面目に努力する人ほど、現実が思い通りにいかない時に辛くなると語り、そういう時こそ切った方がいいと結論づけます。
落ち込む起業家。人前で俯瞰しすぎる自分
堂々と話す印象の小笠原さんですが、意外にも一人で落ち込みやすいと打ち明けます。人前に出るのも苦手だといいます。
たくさんの人がいると、急に俯瞰的にその会場にいる自分を俯瞰的にメタ認知しちゃう自分がいて。
大勢の中でひとりぼっちになった感覚に陥るため、懇親会が苦手なのだそうです。それが苦手すぎて、自分が主人となれる小さな立ち飲み屋を作ったという逸話も語られました。
岡島さんは、いつもはズバズバと反射的に話す小笠原さんが、この日は問いを受けて考えながら話していることに新鮮さを感じたと述べます。小笠原さんは、普段は反射反応で喋れる「有言モード」が多いのだと説明しました。
聞かれたくないことをかわす、経営者の反射反応
玉置さんは、岡島さんの番組を聴いていると、話したくないテーマが生々しく伝わってきて好きだと語ります。小笠原さんは、話を変えたい時はトークンを吐き出すように振る舞うと応じます。
その背景には経営者としての事情があります。特に社内では、良かれと思っての発言でも「今それを言うな」と感じる場面が多く、かわし方が身についてしまうというのです。
本質的に考える時は受け入れるんですけど、今じゃないっていう時は反射反応で返せる程度に訓練されてしまう。
毎回まともに正面から受けているとスピード感が保てない場面が多いため、反射で返す技術が経営の現場で鍛えられていく、という実感が共有されました。
メタ認知を求めないマネジメントという選択
話はマネジメントに移ります。玉置さんは、自分の会社ではメンバーにメタ認知を求めないマネジメントをしてきたと語ります。全員がメタ認知して自分でバランスを取り始めると、尖った部分を引っ込めて小さく丸く収まってしまうからです。
ちっちゃく丸く収まってるようがいっぱい出ちゃうよりは、もういびつな人たちがもうメタ認知ゼロでぶつかり合ってる方が。
小笠原さんは、現在の組織は約100人のうち95〜96パーセントが準委任契約で、業務命令が出せずマイクロマネジメントできない縛りを自らに課したと明かします。正社員前提のやり方を持ち込んでしまい、少し失敗したと最近気づいたとも語ります。
ここで小笠原さんは、自主性と主体性を区別して整理します。自主性は決められた枠内で自ら考えて動くこと、主体性はその枠自体を変えられることだといいます。
ある枠内で自ら考えて動く。あまりメタ認知していない状態
その枠すらも自分で変える幅を持つ。一段上のメタ認知が必要
主体性を持つ人が多すぎる組織はマネジメントが大変になります。そこから、メタ認知せず自主性で動く人たちを、主体性を持ったマネージャーが束ねるという形が理にかなうのではという整理にたどり着きました。
主体性の高い人ばかりの組織はしんどい
玉置さんは、みんなが自分の環境だと思うものが重なり合うと、互いにそれを書き換えたり壊し合ったりすることが起きると語ります。主体性の高い人ばかりの組織は、それだけしんどいのです。
小笠原さんは、インターネットが立ち上がった1990年代のベンチャーを振り返り、同じチームなのに傷つけ合っている光景が多かったと話します。ぶつかって別々に動き、またどこかで合流する、という関係も少なくなかったといいます。
自身が共同創業したさくらインターネットでも、企業としての創業者3人は、一緒にやっていた3年間で一度も晩飯に行ったことがなかったと明かします。一度離れて10年ほど前に戻った経験から、タイミングが噛み合わないと主体性の高い人同士はきついと語りました。
同じチームやのに傷つけ合ってるみたいないっぱいあったんで。
関連して、グループ会社という仕組みの妙にも話が及びます。100パーセント子会社の社長は、社長でありながら本丸の決定に関与できず、主体性の範囲があいまいになる立場だといいます。玉置さんは、そこは主体性より自主性だけの方が幸せかもしれないと応じました。
走る時は考えるな。オンオフのタイミングをどう見つけるか
リスナー目線では「結局どうすればいいのか」が気になります。玉置さんは、まずシンプルな指針を示します。走っている時は考えず、立ち止まった時にメタ認知のスイッチを入れる、という切り分けです。
立ち止まった時は考えるメタ認知スイッチオン、走ってる時は切ろうぐらいの。
そのうえで、実践するうちに「ここは違うな」と気づき、自分なりのオンオフのタイミングを見つけていけばよいと話します。小笠原さんも、メタ認知を切りたい時はルーティンを使う、という自分の方法を改めて言葉にしました。
話の締めくくりでは、感情にまつわる時はメタ認知しない方がいいという切り分けも提案されます。感情的に聞いてほしい時にメタで諭されると、かえって腹が立つからです。
感情的に聞いて欲しい時にメタで諭されたりしたら余計ムカつきますよね。
最後に玉置さんは、それでも大抵の人はまずメタ認知を鍛えた方がいいとまとめます。切り方はその次の中級編であり、できていない人ができたつもりで止め方を覚えると危ういと釘を刺しました。
まとめ
この回は、いつもの「メタ認知が大事」という主張に、あえて「切る技術」を重ねた対談でした。鍛えることと切ることは順番があり、感情や創作の場面では切る方が前に進める、という実感が共有されています。
- メタ認知しすぎると予測がついた気になり、動けなくなることがある
- 創作や感情の場面では、あえてメタ認知を切った方が前に進みやすい
- 線を引く、追い込む、走るなどのルーティンでスイッチを切り替えられる
- 自主性で動く人を、主体性を持つマネージャーが束ねる形が機能しやすい
- まずメタ認知を鍛え、その次に切り方を学ぶという順番が安全







