目立たないからこそ本物、支援者マインドの共通項
この回には裏テーマがあります。佐俣さんが今テストで立ち上げている「支援者ゼミ」の第一弾として、支援者の思考を根掘り葉掘り聞くという企画です。
ミュージシャンや料理人は脚光を浴びますが、それを支える人は表に出にくい存在です。佐俣さん自身もVCという支援者であり、成功する人を多く輩出する支援者は何を考えているのかを探ろうとしています。
そこで見えてきた共通項が、少し意外なものでした。
支援者マインドが素晴らしい人の共通項がさっき分かったんですけど、メディアに出ない(笑)。
なるほど(笑)。まあそうですよね。自分が目立ちたいわけではないですからね。
素敵な支援者ほど「あいつは私が育てた」とは言いたがらない、と佐俣さんは話します。だからこそ、そんな内野さんを引き出す回になっています。
MAKERS UNIVERSITYとは何か
まず、MAKERS UNIVERSITYがどんな団体なのかから話は始まります。NPO法人ETIC.を母体とする私塾で、2016年2月にスタートし、まもなく10年になります。
集まるのは、就職ではなく自分の信じた道を突き進もうとする大学生・大学院生です。内野さんはその場を、独特の言い回しで表現しました。
「就職なんてしたくないやい」と。「自分は自分が信じた道を突き進むんだ」ということで、起業家という道を選んだ大学生・大学院生が、わちゃわちゃする私塾ですね。
名物は合宿です。毎年2月に始まり、代々木のオリンピックセンターに缶詰めで、計9泊12日の合宿を経てスタートします。人によっては「プリズン(監獄)」と呼ぶ安宿だと言います。
そして最大の特徴が、参加は無料で、寄付だけで成り立っている点です。孫泰蔵さんをはじめとする起業家たちが、若い頃に受けた恩を次の世代に返したいという思いで支えています。
スポンサーですらなく、本当に寄付なんですよね。だからお金出した人に特に果実はないと断言できる(笑)。
独自の選考基準と「就職しない」覚悟
選考はどう行われているのでしょうか。毎年300数十人の応募から40〜50人を採択し、年に1回のサイクルで動きます。2月の合宿で始まり、11月のデモデイでのプレゼン、12月の最終合宿で終わる流れです。
ただし「卒業がない学校」と呼ばれ、終わった後も継続的な付き合いが続くのが特徴です。
集まる人も一様ではありません。エクイティ調達で世界を変えようとする人もいれば、NPOで社会課題に取り組む人、地域に根ざして起業する人もいます。
本来であれば交わらないような人たちが、切磋琢磨してお互いリスペクトし合って影響し合ってるっていうのは、すごくMAKERSの特徴的なとこかなと思います。
では、多様な人たちを何を基準に選ぶのか。内野さんは二つの共通項を挙げます。ひとつは実現したい未来への強い思い、もうひとつは「就職をしないつもり」で動いていることです。
この「就職せずに」という文言を明言したのはここ数年です。ETIC.のベースはアントレプレナーシップであり、大企業でも行政でも発揮すればよいという考えで長くやってきました。
組織に入らず自分でやっていくやつを応援したいなという気持ちがやっぱり強いなと思って、今はもうWebでもそこをちょっと躊躇しましたけど、「就職せずに」という文言を数年前に入れました。
内野博礼の原体験とETIC.との出会い
内野さんの原点は、小学校の卒業文集にありました。「将来の夢は社長になる」と書いていたそうです。明確な社長像があったわけではなく、人の下につきたくない天邪鬼だったと振り返ります。
大学に入ってサークルを探す中で出会ったのが、ETIC.でした。当時はまだNPO法が立ち上がる前で、任意団体として起業家精神を若い人に広めていました。孫正義さんやワタミの渡邉美樹さん、HISの澤田さんの講演にも連れて行ってもらったといいます。
ただ、当時ETIC.に集まる人たちは留年を重ねた「怪しい集団」に見えたそうで、内野さんは一旦距離を置きます。そして国際インターンシップの団体アイセック(AIESEC)にどっぷり浸かっていきました。
アイセックでは、国を背負う覚悟を持つスリランカの女性や、経営者になって世の中を変えると語る台湾の男性に出会います。一方、自分の大学では授業中に寝ている人ばかり。その差に危機感を覚えたと話します。
どうしたらもっと自分も含めた若い人たちが世の中変えていくぞという存在になっていくのか、というのを考えながら、そのアイセックというサークルにどっぷり浸かってったっていう感じなんですね。
ベンチャーインターン事業と、コモディティ化への危機感
アイセックの活動にはまりすぎて、内野さんは留年が決まります。そのとき、先輩の山内幸治さんがETIC.で日本初のベンチャーインターンシップ事業を立ち上げていました。
内野さんはその山内さんの元で修行させてほしいとETIC.に入り、インターンのコーディネート事業に携わります。当時21歳。以来、25年間ずっと大学生向けの活動を続けてきました。
佐俣さん自身も、この事業を通じてDeNAの南場智子さんが最初のクライアントだったと明かします。
しかし2009〜2010年ごろ、事業に陰りが出ます。原因はインターネットによる変化でした。
今まで丁寧に起業家の思いを聞いて、そこに学生を紹介してっていう「仲介」という形でやっていたのが、Wantedlyが出てきて、Twitterが出てきて、直接起業家と繋がれるみたいな時代になり。
採用担当者に聞くと、内定者はほぼ全員ベンチャーで長期インターンを経験していました。珍しいのは在学中に起業していた人くらいだったといいます。ここで内野さんは、NPOとしての役割を終えたのではと感じました。
コンテストから「切磋琢磨する場」への転換
転機は2014年、東京都と立ち上げたビジコン「TOKYO STARTUP GATEWAY」でした。以前の「東京都学生起業家選手権」は、応募が「履歴書のため」になりがちで、起業家が生まれにくいという悩みがあったといいます。
内野さんは、競い合うのではなく応募した同志が切磋琢磨するコンテストを設計しました。メンターとのマッチングやファイナリスト同士の合宿を盛り込んだのです。
この形が大きな手応えを生みました。空飛ぶクルマの中村翼さんやランナー向けコミュニティのラントリップの大森さん、台風発電のチャレナジーといった起業家が生まれます。何より、セミファイナリストの学生たちが楽しそうだったと言います。
まさに自分が出会いたい学生ってこういう学生、応援したい学生ってこういう学生だな、ということで、もうインターンとか修行とか言ってる場合じゃなくて、もうすぐ起業しちゃいたいですというやつらの応援こそがやっぱりやりたいことだな、と2014年に気づいたんですね。
この気づきが通年プログラムへとつながります。その過程で、理事の孫泰蔵さんとのディスカッションが大きなヒントになりました。
当初はプログラム型を残していましたが、意味がないと気づいていきます。豪華な講師陣を招いても、参加者の記憶に残っていたのは別のことでした。
本当に日中のプログラムとか全然覚えてないんですけど、やっぱり夜な夜なこいつらと語り合ったのが本当に良かったです、みたいなこと言われて。プログラムの企画をする立場からするとオイオイなんですけど、「あ、それが本質だろうな」と。
3期目、4期目あたりから、同世代の切磋琢磨こそが本質だと確信していきます。有名な起業家は、むしろ語り合いのきっかけを提供する「添え物」になっていったと二人は笑います。
寄付モデルへの決断とビジネスモデルの模索
10年続くプログラムでありながら、儲ける仕組みがないという点に佐俣さんは驚きます。ビジネスモデルには、実は相当な試行錯誤がありました。
当初は孫泰蔵さんらと、50人から1億2000万円の寄付を集めて運営する構想で始まりましたが、寄付はなかなか集まりませんでした。
そこで、卒業生がDeNAの新規事業や子会社の社長になり、その企業から資金をもらうモデルも一部試みます。しかし蓋を開けると、参加者のほとんどが「他人の土俵でやりたくない」層ばかりで、成り立ちませんでした。
そこで内野さんは腹をくくります。すると不思議なことが起きました。
もうこれは腹括って寄付でやると。でも面白いもんで、腹を括ってから寄付って集まるようになったんですよね。
初期には、起業したら株の一部をMAKERSに入れる仕組みも検討されていました。しかし、その場の熱を見て、それは違うと判断されます。もし株を取るモデルにすれば、選考が「IPOに行きそうな人」に引っ張られてしまうからです。
そこでもしその株を取るみたいなモデルにしてしまうと、その採択の段階の50人の選び方が、いろんな人たちを取ると思っていたとしても、やっぱりビジネスモデルに引っ張られるんで。
佐俣さんは、評価が高まりそうな人がヒーローになる設計をあえてさせない点にMAKERSの意味があると話します。情熱に火がつくリズムは人それぞれで、早く結果が出る人も遅い人もいるからです。
それぞれの「イケてる」ってあるし、その情熱に火がついた時に結果が来るリズムってのがあるから、早期にリズムが来る子もいるけど遅く来る子もいる時に、まあそれぞれそんなに優劣をつけさせすぎない方が僕は意味があると思ってる。
結果的に、タイミーの小川嶺さんのような起業家も輩出しています。それでもヒーローを作る場ではない、と佐俣さんは言います。
10年間で変わったこと、変わらなかったこと
最後に、10年間で大学生に変化を感じるかが問われます。内野さんの答えは「あまり感じない」でした。ただし、一点だけ明確な変化があります。
今年は40数名の採択者のうち、40名前後がすでに登記していました。落選したメンバーも登記していたといいます。1期生のときは、40数名中で登記していたのはわずか1人でした。
これは会社登記のハードルが下がったのか、プロジェクトの進むスピードが上がったのか。内野さんは「両方」と答えます。かつては「学生団体」の名で活動していたような層が、今は会社を登記するようになったと二人は分析します。
一方で、選考で見ている水準そのものは大きく変わっていないといいます。変化として内野さんが素直に喜ぶのは、「就職しないぞ」という人が増えてきたことでした。
ただし、内野さんはこの見立てに冷静な留保もつけます。
僕ね、MAKERS生としか話してないんで、実際は違いますよっていつも言われる(笑)。
佐俣さんも、これは最もバイアスのかかったサンプル群の中での観察だと笑います。偏り切った集団だからこそ見える景色でもあり、限界でもあるという自覚が語られました。
まとめ
MAKERS UNIVERSITYは、寄付だけで10年続く異例の私塾です。仲介やインターンから同世代の切磋琢磨へ、そして株や対価を取らない寄付モデルへと転換した背景には、選考を歪ませたくないという一貫した意志がありました。目立たない支援者の思考が、そのまま場のあり方に表れています。
- MAKERS UNIVERSITYは寄付だけで成り立つ、出資者に果実のない私塾である
- 選考基準は「実現したい未来への強い思い」と「就職しないつもりで動いていること」
- 講師や座学より、同世代が語り合い学び合う合宿こそが本質だと気づいて転換した
- 株や対価を取れば選考が歪むと考え、あえて寄付モデルに腹をくくった
- 10年で登記のタイミングは大きく早まったが、選考で見る水準は大きくは変わっていない
