万が一のリスクに常に備える。小林りんさんのハード・シングスからの学びとは
ハートに火をつけろ by ANRIの今回は、前回に引き続き学校法人ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン軽井沢にある全寮制国際高校。80カ国以上から生徒が集まり、約7割に奨学金を給付している。2014年開校、2017年にUWCへ加盟。代表理事の小林りんさんがゲストです。学校を創るまでの許認可のハードシングス、そしてふるさと納税という奨学金の原資が揺らいだとき、りんさんはどう動いたのか。万が一のリスクに備える経営、そして次なる野望について伺います。その内容をまとめます。
許認可の壁:九月入学と特別免許
学校を創るというのは、どこの国でも簡単ではありません。日本の場合、許認可というハードルが特に高いことで知られています。しかし小林さんは、この壁を「岩盤規制との戦い」ではなく、「心ある官僚や自治体とともに道を拓く挑戦」として捉えていました。
まず日本の公教育について、小林さんはこう語ります。「これだけの人数を、これだけのクオリティで、これだけのコストで教育している国はほとんどない」と。佐俣さんも「日本の公教育はクオリティとコストパフォーマンスが断トツ世界一」と評価します。この高水準を支えてきたのは、標準化と均一性という前提でした。
ISAKは、あえてこの一条校の枠組みで勝負することを選びました。「日本の教育の多様化」という大きな流れに、小さくても確かな布石を打ちたかったからです。
最初にぶつかったのが九月入学日本の学校は原則4月入学だが、世界の多くの国は9月入学。留学生や外国籍教員の多い学校にとって、4月入学は大きな障壁となる。の壁でした。日本の一条校は原則として四月入学。しかし海外から生徒や教員を迎えるには、九月入学でなければ意味がありません。
間の半年どうすればいいんですか、ってなっちゃうので
そこで小林さんは文科省に足しげく通いました。すると、ある官僚が「やり方があると思います」と教えてくれたのが単位制高校全日制高校とは異なり、生徒が自分のペースで単位を取得できる制度。定時制や通信制などで採用され、入学時期や卒業時期が柔軟に設定できる。という仕組みでした。単位制であれば、校長が単位を認定すれば「いつ入ってもよく、いつ卒業してもよい」。つまり「たまたま全員九月に入って、たまたま一緒に単位を取って、たまたま六月に卒業する」というのは違法ではない、という解釈です。
こうして、日本で初めての九月入学の高等学校が誕生しました。
次に立ちはだかったのが教職免許日本で教員として働くには、原則として文部科学大臣が認定する教職免許状が必要。外国人や実務家が教壇に立つには、都道府県教育委員会が発行する「特別免許状」を取得する必要がある。の問題です。単位を出せるのは「日本の教職免許を持った日本人」という原則がありました。ISAKの教員候補者は9割が外国人。これでは学校が成り立ちません。
小林さんは長野県と協力し、教職免許法を読み解きました。すると「特別免許」という制度があることがわかります。要件は「教科について三年以上の経験」「知識」「情熱と人物優秀性」。候補者たちはみな、この条件を満たしていました。
長野県の審査会は、信州大学教育学部の学部長を座長として、一年間の議論を重ねました。そして結論は「認める」。十人単位で特別免許が発行されたのです。平成元年から全国で800人ほどしか発行されていなかった特別免許が、長野県で一気に広がる瞬間でした。
小林さんはこう振り返ります。「岩盤規制と言われてるけども、実は蓋を開けたら心ある官僚の人たちとか県庁の人とか町の人とかが、みんな手伝ってくれて『いい、いいね、いいね。なんとか実現できる方法頑張って見つけよう』みたいな感じでみんなで」。
敵対するのではなく、「一緒に学園祭をやるチーム」のように協力する。この姿勢が、ムーブメントを生んだのです。
ふるさと納税を奨学金の原資に
2012年、開校許可が降り、建設が始まりました。しかし小林さんたちには、もう一つ大きな課題がありました。それは奨学金です。最初から「多様な生徒を迎えたい」という理念があり、経済的に困難な家庭の子どもにも門戸を開きたいと考えていました。
建設費は有志が一千万円ずつ出し合いましたが、毎年何億円もの奨学金をどう捻出するのか。答えを見つけたのは、学生インターンでした。
りんさん、ふるさと納税っての見たことあります?これなんか寄付、自治体を通して全部戻ってくるものらしいですよ
そのインターンは全国のふるさと納税を調べ、熊本県に「熊本県立某校応援ふるさと納税」という前例を発見します。学校を応援するふるさと納税メニューがあったのです。
小林さんは軽井沢町に相談しました。最初は「自治体の事業を応援するもの」という説明でしたが、前例を示すと、町も「可能性ゼロではないかもしれませんね」と応じてくれました。議会への説明を一人ひとり重ね、2012年に実現。私学としては全国初、ふるさと納税のメニューに加わりました。
寄付は数千万円から始まり、やがて億円単位に。今では奨学金の原資の6割をふるさと納税が支えています。「軽井沢町の子どもも行けるようになるかも」という期待が、地域を動かしたのです。
常に万が一のリスクに備える
しかし2025年、転機が訪れます。個人枠のふるさと納税に上限金額の規制がかかるというニュースが突如として発表され、一週間後には正式決定されました。
素晴らしいスピード感でしたね
施工までの芸術点的なやっぱりだなあという。抗議をする間を与えないという、見事だなと
しかし小林さんは動揺しませんでした。なぜなら、五年前から「いつかふるさと納税がなくなる日が来るかもしれない」と考え、準備を進めていたからです。
その準備とは、二つの柱でした。
一つ目は、ISAKの拡張定員を200人から250人に増やす計画。応募者が定員を大きく超える状況が続いており、規模拡大によって教育機会を増やすとともに、収支構造の改善を目指す。2025年夏に土地を取得し、2年後の完成を予定。です。現在の定員は200人ですが、これを250人に増やします。規模の経済が働き、かつ奨学金の割合を調整することで収支を改善できる。この計画は三年前から動き出しており、2025年夏に土地を取得、二年後の完成を目指しています。
二つ目は、エンダウメントファンド(基金)大学や非営利団体が設立する永続的な基金。元本を保全しながら運用益を事業に充てる仕組み。欧米の名門大学では巨額の基金を持ち、安定的な財源としている。の構築です。ISAKはノンプロフィットなので、収益が出ればすべて貯金に回せます。理事や評議員は無給、教職員にはボーナスがないため、余剰金を運用に回してきました。その運用益が、今では大きな金額になりつつあります。
ISAK拡張
定員を200人→250人に増やし、規模の経済と収支改善を実現。2年後に完成予定。
エンダウメントファンド
5年前から積み立て、運用益で安定財源を確保。ノンプロフィットの強みを活かす。
小林さんはこう語ります。「すごい打撃ですよ。打撃だし、すぐにリカバーショットが打てないぐらいの打撃ですけども、多分二年ぐらいかけて復活できるぐらいの手立ては打ってきています」。
そしてもう一つのリスク、それはワンパーソンリスク特定の人物に依存しすぎることで生じる経営リスク。創業者が不在になった場合に組織が機能しなくなる危険性を指す。です。小林さん自身が「何かあったら」という想定も、常に頭にあります。
今熊とかいっぱい出るんで。本当何が起こるか分からない
だからこそ、「私に依存しない学校」への移行も視野に入れています。五年から十年のうちに、理事長の役割を次の世代、できれば卒業生に引き継ぐことを考えています。一期生はすでに25〜26歳。あと五年で30代、十年で35歳になります。小林さん自身が学校を創ろうと思ったのは33歳のときでした。
「彼らこそは、この教育を一番生きてる人たち」。卒業生がDNAを引き継ぎ、研ぎ澄ましていく。それが理想のトランジションだと小林さんは考えています。
次なる挑戦:アジアとの文化・教育交流
学校の継続性がある程度見えてきたとき、小林さんの中で新たな火が灯り始めました。きっかけは、国際文化会館1952年設立の公益財団法人。日本と世界の相互理解促進を目的に、文化交流、人材育成、政策対話などを行う。小林さんは理事として、エイジアリーダーズフェローシップなどのプログラムに関わっている。の理事として関わるエイジアリーダーズフェローシップアジア各国の30〜50代のリーダーが参加する交流プログラム。毎年異なる国に集まり、相互理解を深める。日本、韓国、中国、インド、インドネシアなどから参加者が集まる。でした。
このプログラムでは、毎年各国を訪問し、フェロー同士が交流します。韓国、中国、そしてインドネシア。小林さんは、アジアの勃興を肌で感じました。
やっぱり本当にアジア全体のアジア地域のこの進化のスピード、発展のダイナミズム
特に印象的だったのが、インドネシアのフェローとの会話です。「インドネシアは実は日本の子供です」。どういう意味かと聞くと、日本の平均年齢は40代中盤、インドネシアは20代前半。親子ほどの年齢差があるのです。人口動態の面では、インドネシアと手を携えることで、日本の人手不足を補える可能性があります。
さらに、UWC(ユナイテッド・ワールド・カレッジ)1962年に始まった国際的な教育運動。世界18カ国・地域に加盟校があり、多様な国籍の生徒が全寮制で学ぶ。ISAKは2017年に17校目として加盟し、「UWC ISAKジャパン」となった。の国際理事会でも、興味深い声を聞きました。「最近ものすごく日本を目指す人が多い」というのです。
理由は二つ。一つは雇用です。中国では大学を卒業しても就職が難しい状況ですが、日本は人手不足で就職先があります。もう一つは文化です。日本の伝統的な価値観、たとえば「年上を敬う」「足るを知る」といった考え方が、実はアジア全体に共通するものだと気づいた人が増えているといいます。
日本という国で大事に大事に保存されて、何百年も何千年も保存されて、日本にはアジアの良さがある
こうした背景から、アジアだけでなく欧米からも、日本で学びたいという人が増えています。京都にはリセ・フランセフランス政府認定の在外教育施設。フランス語で授業が行われ、フランスのカリキュラムに準拠する。京都のリセは定員を大幅に超える応募があり、フランス語圏からの需要が急増している。(フランスの学校)ができましたが、定員を三倍に増やしても入りきれないほどの応募があるそうです。
これらの体験から、小林さんの中で新しいプロジェクトが浮かび上がってきました。
何かアイザックとは、ま、アイザックも実はインターナショナルスクールオブアジア軽井沢から始まってるので、何か、なんか原点回帰じゃないですけど、日本でもう一回教育を通じて何かできなかなあ
ISAKは元々「インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢」という名前でした。原点回帰として、日本で再び教育を通じてアジアと世界を繋ぐ。それが次の挑戦になるかもしれません。
佐俣さんは「色んな国の人の教育で日本に来てるがすごい増えていて」と語ります。国籍を超えた友人関係があることで、「あの国ね」という想像力が生まれる。それが分断を防ぐ力になるのではないか、と。
小林さんは、こう語ります。「SNSっていろんな意味でメガホン効果とエコチェンバー両方あると思うんで。そうした中でも、一対一の友人関係とか、本当に意味での人間関係っていうのが」必要だと。日中だけでなく、中国とインド、インドとパキスタン、日韓など、アジア中にそうした関係が生まれる学校ができたら。
佐俣さんは「また、湧いてくるが降って来ちゃったんですね」と笑います。2007年、谷家さんに「学校作んない?」と言われたときと同じような感覚。新しい火が、小林さんの中で灯り始めていました。
閉幕:楽観は意志である
佐俣さんは小林さんのエネルギーをこう評します。「明るく挑戦し続けるってやっぱすごい大事だなと。色んなリーダーに会ってる中で、りんさんは圧倒的に明るいし、やっぱ難しい問題も明るく解決しようっていうスタンスを崩さない」。
その秘訣を、小林さんはアランフランスの哲学者・評論家(1868-1951)。本名はエミール=オーギュスト・シャルティエ。『幸福論』(1928年)で知られ、「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する」という言葉を残した。の言葉で説明しました。
悲観は気分に属するけれども、楽観は意志である
起業をしていると、悲観する局面ばかりです。「えーっ」と思うことの連続。しかしそれを「えーっ」と言ってどよよんとするのは「気分」だと。目の前の悲観材料を取り除くのか、避けるのか、投げ出すのか、それとも食いついていくのか。その先にある未来が楽観できるものになるかどうかは、「自分の意志だけに掛かってる」。
目の前の困難を見て「えーっ」となる。これは気分に属する。誰にでも起こる自然な反応。
困難に対してどう行動するかを選ぶ。取り除く、避ける、食いつく。その選択は意志に属する。
佐俣さんは「これがやっぱりんさんの人柄」と笑います。締めようとすると、また新しい話が始まる。それが小林りんという人です。
まとめ
小林りんさんの挑戦は、「岩盤規制との戦い」ではなく、「心ある人たちと共に道を拓く旅」でした。九月入学、特別免許、ふるさと納税。どれも前例のない試みでしたが、文科省、長野県、軽井沢町の人々が「これ、面白いかもしれない」と協力してくれたことで実現しました。
そして今、ふるさと納税の規制という新たな危機に直面しています。しかし小林さんは五年前から準備を進めていました。ISAK拡張とエンダウメントファンドという二つの柱が、学校を支えます。
さらに、小林さんの中では新しいプロジェクトが芽生えています。アジアの勃興、日本への関心の高まり。教育を通じて、再び日本とアジア、そして世界を繋ぐ。その構想が、次の挑戦になるかもしれません。
「悲観は気分に属するけれども、楽観は意志である」。この言葉通り、小林さんは常に前を向き、明るく挑戦し続けています。万が一のリスクに備えながら、未来を切り拓く。その姿勢が、ISAKを、そして小林さん自身を支えているのです。
- 許認可の壁は「岩盤規制との戦い」ではなく、心ある官僚・自治体との協働で乗り越えられた
- 九月入学は単位制高校、外国人教員は特別免許という「解釈」で実現した
- ふるさと納税を奨学金の原資にする前例を創り、私学として全国初の取り組みとなった
- 2025年の税制改正に備え、5年前からISAK拡張とエンダウメントファンド構築を進めていた
- ワンパーソンリスクを避けるため、次世代(卒業生)への継承を視野に入れている
- アジアから日本への関心が高まる中、新たな教育プロジェクトの構想が生まれている
- 「悲観は気分、楽観は意志」──困難に対して行動を選ぶのは、自分の意志だけ
