なぜ投資家が写真アワードを始めたのか
「夜明け前」は、佐俣さんと山内さんが2024年の頭に話したことをきっかけに始まりました。
最初は関係のない話から始まったといいます。話すうちに、佐俣さんが写真好きであることが分かってきました。
佐俣さんは大学生の頃に写真サークルに入り、撮影のバイトや卒業アルバムの企画・撮影・販売管理まで手掛けていたと話します。
山内さんは、従来あった写真のアワードがことごとくなくなっている現状に触れ、これはジャンルの危機ではないかと考えていたと語ります。
若手が登場する登竜門は、必ずジャンルの中になければいけないんじゃないか。そういう話をしていたところ、アンリさんが「そうか、ないのか。やりますか」と。
ノリと勢いですね、これはね。
投資の本業とつながる「源流へのリスペクト」
佐俣さんは、本業のスタートアップ投資と写真アワードは乖離していないと話します。
スタートアップの根底には人、教育、技術、そして時代を作るカルチャーがあり、その源流をリスペクトすることが大事だという考えです。
源流をちゃんと認識してリスペクトしないまま、果実になって金になる部分だけ「こんにちはー」って現れて、お金入れて「わしが育てた」っていうのが、劇的にダサい。この話をもう10年ぐらいずっとしています。
支援先を選ぶ基準として、みんなが寄ってくるものではなく、自分たちが関わることで産業に意味が生まれること、そしてプロジェクトオーナーが情熱を持てることを挙げます。
コロナを経てフォトアワードが実質的にほぼなくなっていたことが、「これはやるか」という決断につながったと話します。
AI時代に、写真とは何かを問う10年計画
佐俣さんは、AI技術があまりに進化したことに衝撃を受けたと話します。
気に入って何度も聴いていたDJミックスが、実はすべてAIで作られた楽曲だったと3周聴いて気づいたそうです。
自分が割といいと思うものが、完全にAIでいける。これいわゆるチューリングテストという、有名な「AIが人間を超えるか」というテストを超えたフェーズなんだなと、人生で初めて今直面しているんですよね。
そうした時代だからこそ、人間のエゴや感覚、時代を変える発言とは何かが際立ってくる、と考えています。
「夜明け前」のレギュレーションもこの思いから決まり、ジャンルや制約をほとんど設けていません。
お前がそれを写真と言う限り、我々は受け付ける。ただしデータにしてくれと。
iPhoneのインカメラが進化しすぎて、肌をきれいにするなど、もはや正確な写像ではなくなっているとも指摘します。
毎年その年の写真表現をコレクトしていけば、10年後には写真と社会の流れが見えてくるのではないか、というのが10年続ける狙いです。
写真表現で食っていけるようになるまでの、ここの凄まじさ。金がかかるが、お金をかけたからってリターンがあるわけじゃない。どこかでみんな心を折られてしまう。ここがもうちょっといい感じにならないかな、というのが趣旨ですね。
満場一致で決まった第1回グランプリ
第1回は思った以上にレベルが高く、最終選考に残った10名は誰がグランプリでもおかしくなかったといいます。
本当にこれ、嘘でも誇張でもなく、最終選考に残った10名ぐらいは、誰がグランプリになってもおかしくなかった。
年齢制限を設けず誰でも出せる形にしたことで、プロや名の知れた作家も多く応募したと話します。
その中でGC magazineが満場一致で、しかもあっさりと選ばれました。
作品のクオリティが高いのは大前提として、アワードを作った時の趣旨や思いを一番汲んでくれる方々がGC magazineだったんじゃないかな。
最終プレゼンでは「この作品は」ではなく「俺らはこれをやりたいんだ」という企画書が出され、その面白さが決め手になったと佐俣さんは振り返ります。
GC magazineとは何者か
GC magazineは若手を中心としたアーティストコレクティブです。名前には由来があります。
GCは、「ガチンコファイトクラブマガジン」のガチンコのGとクラブのCをとってGC。毎月ZINEを発行していたからGC magazineと名乗って、活動を始めた感じですね。
一般にアートのコレクティブは一つの目的を掲げて集団で作品を作るものですが、GCは少し違うと鈴木さんは説明します。
大義名分を持ったコレクティブというより、同じ意思とかフラストレーションをゆるっと抱えたコミュニティみたいな。そういう感じなのかなと思っていますね。
メンバーは現在19人ほど。プロジェクトごとに関わる人が変わり、4人だけの展示もあれば、19人以上で一丸となって作る展示もあるといいます。
第1回グランプリ作品は、映像制作から始まったものでした。
車を2台用意して首都高をぐわーっと並走して、お互いの映像、写真を撮り合って、それを空間にインストールするという。
首都高は出口を出なければずっと回れるため、お互いを延々と撮り合ったそうです。
スナップって狩猟感覚というか、その瞬間を狙って街を歩きながらいいと思った瞬間を撮る。その狩猟感覚を永遠に引き延ばしたらどうなるんだろうという実験から始めて。
燃えカスになりつつも燃え続けた
GC magazineは、2020年に大学の写真学科を卒業した同じ研究室の仲間たちが母体です。
卒業後にみんなが就職し、作品を作る機会がなくなったことが、活動を始めるきっかけでした。
卒業してからみんな就職しちゃって、作品を作る機会がなくなった。でも制作とか表現は続けたい。どうにか表現する場所を作りたいというところからGC magazineが始まって。
表現の場として月1でZINEを作るルールを設け、掲載作品のなかからコンペで1位を決め、表紙にしました。それが「ガチンコファイトクラブ」の由来です。
展示を始めたのは結成から数年後の2023年頃で、それまでは観客のいないコンペを新宿で手売りしていたといいます。
表現者を目指したというより、続けないのはもったいないという気持ちが原動力でした。
お互いの作品がいいのに続けないのはもったいない。何かを目指すというより、やめちゃうのもったいなくない?みたいな。卒業した時から自分たちみんな自信満々で、なんで上に行けないんだろうと。
写真新世紀や1_WALLに学生の頃から出していたものの、何も引っかからずに卒業したとも話します。
佐俣さんは、この始まりのインディー感がスタートアップにも通じると語ります。
スタートアップも「いや俺ら最強じゃね?」みたいな、多大なる勘違いからスタートして、ある時「意外と俺らレベル高いね」って気づく。気がつくと同じノリでやってた人が誰もいなくなっている。
下積みは長く、上に上がれない時間が続きました。その状態を伊藤さんはこう表現します。
燃え続けられた理由の一つに、卒業後のスタジオ勤務が多くは3年契約で、その終了時にみんながフリーになるタイミングがあったと伊藤さんは分析します。
3年終わると仕事の縛りがなくなってみんなフリーになる時期があって。そこでGCがまた再加熱したんですよ。
写真にコレクティブは珍しい、そしてライバルでもある
山内さんは、写真のジャンルにコレクティブはほぼないと指摘します。
写真はある視点の問題ですからね。撮る人がいて、どういう視点なんですかを見せる仕事なので、個人に根ざさないとやれないんじゃないか。だからコレクティブはあまりなかったんじゃないかと。
複数人で作ることで「個」がなくなり、全体からの目線になる。それがこれまでにない写真作品を生む強みだと伊藤さんは話します。
一方で、メンバーはGCとは別に個人でもアワードに応募しています。
GCは自分のライバルでもあるんですよ。業界的に一緒だし。でも負けたくない気持ちもありつつ、GCも頑張んなきゃいけないから。なんかそこは複雑ですけど。
佐俣さんは、GCの視点と個人の作風は必ずしも同じではなく、法人格のように別の目線を持つ点が面白いと語ります。
まとめ
投資家が写真アワードを主催する背景には、カルチャーの源流をリスペクトするという一貫した考えがありました。そしてGC magazineは、燃えカスになりながらも表現を続け、コレクティブという珍しいかたちで第1回グランプリを掴みました。
- 「夜明け前」は、写真のアワードが消えゆく危機感と、AI時代に人間の表現とは何かを問う10年計画として始まった
- ANRIは源流へのリスペクトを大事にし、産業に意味があり、オーナーが情熱を持てるものを支援している
- GC magazineは月1のZINEコンペ「ガチンコファイトクラブ」から始まり、車をガジェットに首都高を並走して撮り合う制作を展開した
- 卒業後の3年契約が終わるタイミングでメンバーが再加熱し、燃え続けることができた
- 写真では珍しいコレクティブという形が、個をなくした全体の目線という新しい表現の強みになっている
