生成AIにフルベット。DeNAとSTORESのAI活用術とは
ハートに火をつけろ by ANRI 第25回のゲストは、DeNA1999年に南場智子氏が設立したインターネット企業。モバイルゲーム、EC、スポーツ事業など多角的に展開。横浜DeNAベイスターズのオーナー企業でもある。代表取締役会長の南場智子さんと、STORES中小事業者向けにネットショップ・キャッシュレス決済・予約システムなどを提供するSaaS企業。旧社名はヘイ(hey)。佐俣奈緒子氏が共同創業者の一人。取締役の佐俣奈緒子さん。プライベートでも親交の深い3人が、横浜DeNAベイスターズの球団経営からDeNA・STORESそれぞれのAI活用戦略まで、幅広く語りました。その内容をまとめます。
佐俣夫妻と南場さんの意外な距離感
今回の収録は、ホストの佐俣アンリさんにとってもかなりレアなシチュエーションだったようです。南場さんとは「飲み会か球場でしか会わない」関係で、仕事の場を共にしたのはベンチャーキャピタル協会の活動が最後。南場さん自身もポッドキャスト出演のようなオファーは「ほとんど受けない」と話し、当日もお腹が痛くなりかけたと笑います。
アンリさんと奈緒子ちゃんにはだらけた私しか見せたことがないから、仕事モードのスイッチを押してくるのが難しいなと思って
佐俣アンリさんが「この人はそっちか」と確信したのは、3年ほど前に南場さんの自宅を訪問した時のこと。「友達を連れて行ってもいいですか?」と聞くと、南場さんが許容したのはDeNAの創業メンバーだけだったそうです。この人見知りぶりが、STORESの代表・佐藤裕介STORES株式会社 代表取締役CEO。元フリークアウト取締役。プレゼンテーションでは圧倒的なカリスマ性を見せる一方、プライベートでは内向的な一面で知られる。さんとそっくりだったことで、佐俣夫妻の中で一気に親近感が湧いたとのこと。
南場さんが佐俣奈緒子さんと出会ったのは2021年頃。土屋さん文脈から、南場さん・佐俣さん共通の知人と思われる。の紹介で集まった会に奈緒子さんが来ていたのがきっかけで、最初は人見知りを発揮していた南場さんも、帰る頃には「この人、私好きかも」と感じたそうです。南場さんはアンリさんに対して「アンリさんのいいところは奈緒子ちゃんと結婚したこと」と繰り返し伝えるほど、奈緒子さんへの信頼は厚いようです。
球団経営で見えた「デライト」の力
話題は横浜DeNAベイスターズ2011年にDeNAが買収したプロ野球球団。2024年シーズンはペナントレース3位からクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本シリーズで優勝を果たした。の球団経営へ。南場さんによると、球団経営はインターネット事業とは根本的に異なる感覚だったそうです。「最後の投げること打つことはできない」──つまり事業の最も重要な部分に直接手を出せないもどかしさがある中で、経営者としてできるのはデータの活用、資金の使い方、練習環境の整備といった「環境整備」に限られます。
南場さんは「オーナーとしてルール上は口を出せるが、圧倒的に能力がない。野球をプロでやったことがない素人だから」と明言。球団社長、チーム統括部長、監督とそれぞれに任せる領域を決め、一旦任せたら踏み込まないスタンスを貫いています。
一方で、ユーザー側──つまりファン目線には徹底的にのめり込みます。試合中は勝てば大喜び、負ければ部屋の隅でうなだれる。佐俣奈緒子さんが「4コマ漫画みたいだった」と表現するほどの喜怒哀楽の激しさです。
優勝してわかったんだけど、負けても楽しんでいただけるようにって色々やるけど、結局それ(優勝)が一番だね。それに勝るものはない
2024年の日本シリーズ制覇を振り返り、南場さんはリーグ優勝を逃した大きな忘れ物はあるとしつつも、ペナントレース3位からの下克上を考えれば「ベストだった」と語りました。スタジアムで見知らぬファン同士が抱き合いハイタッチする光景は、インターネットの事業だけでは得られないリアルな高揚感であり、それが球団経営の醍醐味だと言います。
DeNAの「AIフルベット」宣言と人数半分の真意
南場さんが打ち出した「AIフルベット」のメッセージは、想定以上の広がりを見せています。照明業界の関係者が「南場会長が全ての業界に行き渡ると言ったから、きっと照明業界にも来るぞ」と議論していたり、YouTube関連の業界団体で「じゃあどうするんだ」と話題になっていたりするそうです。
DeNAの具体的な方針はシンプルです。「1人が3役も4役もできる時代だから、人数は半分で成長させていって、残りの半分で新規事業をやる」──この大枠だけ決めて、あとは現場に委ねたところ、優秀な人材が一斉に動き出したと言います。
人数半分って嫌だなと思われると思ったら全然で。DeNAって新規事業やりたい人が集まってるから「自分も新規事業できるんだ、万歳」みたいになってすごい活気づいてる
佐俣奈緒子さんが「あの"半分"みたいな大きいメッセージは、どうやって決めるんですか?」と踏み込むと、南場さんは意外な答えを返しました。精緻な分析に基づいた数字ではなく、「本当はもっと効率化できると思ってるけど、新規事業もすごい攻めてるから、まあ半分かな」というやや直感的な判断だったそうです。もちろん公表前には取締役の岡村信悟DeNA代表取締役社長兼CEO。南場氏の後任として経営を担う。さんらと相談し、「感覚的にみんなおかしいとは思わない」というコンセンサスは取ったとのこと。
既存事業の効率化
1人3〜4役を前提に、人数半分で成長を目指す
浮いたリソースで新規事業
残り半分の人材を新規事業に振り向ける
デライト・ベンチャーズも連動
ファンドの業務プロセス刷新+AI関連企業への投資シフト
デライト・ベンチャーズDeNA南場氏が2019年に設立したベンチャーキャピタル。「キャピタル」(既存スタートアップへの投資)と「ビルダー」(0→1の事業立ち上げ)の2つの機能を持つ。ビルダーのLPは100% DeNA。においても、意思決定プロセスや事務作業の全面的なAI化を進めているほか、投資対象もAI関連にシフト。特にビルダー部門では0→1のAI事業を次々と立ち上げており、将来的にはDeNA本体へのM&Aという太いパイプも見据えていると言います。
STORESのAI実装──既存プロダクトをどう変えるか
中小事業者向けのソリューションを提供するSTORESは、AIを「当たり前に埋め込んでいく」時代だと捉えています。佐俣奈緒子さんは「気づかれないぐらい普通に使ってもらえると」と、ユーザーが意識せずにAIの恩恵を受ける世界を目指しています。
ただし、その実装方法には工夫があります。既存の大きなソフトウェアを少しずつ改善するだけでは限界がある。そこでSTORESでは、CTO配下に専用チームを新設し、既存のパイプラインとは完全に別ラインで「AIドリブン」のプロダクトを作っています。
大きなソフトウェアを段階的にアップデート
CTO配下で別ラインを作り、AIドリブンでゼロから開発。成果を既存プロダクトに混ぜていく
結果的にそれが既存プロダクトを倒しちゃうプロジェクトでもOK。別のラインを作って、今までの延長線上で作らないっていうチームを作ってやってます
この方針に南場さんも「逆にそうしないとダメかもね」と同意。さらに奈緒子さんは、外部でAIドリブンで作られた優れたソフトウェアが出てきた場合は、STORESの持つ販売チャネルに組み込む形でM&Aを仕掛けていく可能性にも言及しました。
STORESはホリゾンタル(業種横断型)でサービスを提供しているため、「どの顧客にどこまでディープダイブするか」という課題が出てきます。奈緒子さんのアプローチは明確で、まず業種を問わず抽象化できる共通基盤の層を厚くし、その上でGo to Marketのターゲット順に深く掘っていくという二層構造を取っているそうです。
ファンデーションモデル時代に勝つのは誰か
AI活用の話はさらに踏み込み、ファンデーションモデルOpenAI(GPTシリーズ)、Google(Gemini)、Anthropic(Claude)などが開発する大規模言語モデル等の基盤AI。多くのアプリケーションがこれらのAPI上に構築されている。とアプリケーション層の力学へ。アンリさんは投資先のスタートアップを通じて、この構造変化のスピードを実感しています。
あるスタートアップが特定のファンデーションモデルと提携してAPIを利用していたのに、そのモデルの進化により「ここは開発をやめてファンデーション側とやることにしました」とパーツが組み変わっていく。「攻めと攻められが同時にグルグル回っている」とアンリさんは表現します。
ファンデーションモデルがアップデートされるとその機能を内包するとかさ。そうなると一夜にして全部ひっくり返る
では、この激しい変化の中で勝ち残るのはどんなプレイヤーか。南場さんの見立ては一貫しています。
GeminiからChatGPTに乗り換えるぐらいのことがあってもいい。大事なのは基盤モデルに依存しすぎず、切り替え可能な設計にしておくこと。その上で、顧客理解の深さ、業務への入り込み方、顧客基盤の厚さが成功の鍵になるという見方です。
奈緒子さんもこれに同意し、「技術そのものは手段。結局オペレーションにどれだけ深く入ってるか、お客さんの情報をどれだけ精緻に持っているかが肝」と語りました。
また南場さんは、汎用性の高いローハンギングフルーツ「手の届きやすい果実」の意。少ない労力で大きな成果が得られる領域を指すビジネス用語。AIの文脈では、すぐにAI化できる汎用的なニーズのこと。的な領域はファンデーションモデル連合に取られるとしつつ、「難易度が高くて汗をかかなきゃダメで、業界に入り込まないとダメなアプリケーション」こそ狙い目だと指摘。一見市場が小さく見えても、グローバルで見れば規模があるニッチ領域が面白いと述べました。
「ダサい組織」にはならない──やんちゃな意思決定の覚悟
話は佐俣アンリさん自身のANRIの変革にも及びます。ANRIでも現在、「社内の全プロセス」と「投資の意思決定」という2つのプロジェクトで、ワークフローごと抜本的に作り変えるプロジェクトが走っています。小人数のオーナー企業だからこそ「全部なしでした!」が通る機動力がある、と。
STORESでは「仕事量10倍、ないしは人数1/10にできるのでは」という議論もあったそうですが、25人の会社が2人になるのかという笑い話になりつつも、その発想の大胆さが印象的です。南場さんもマルチエージェントシステム複数のAIエージェントが自律的にタスクを分担・協調して仕事を遂行する仕組み。夜中に50個のエージェントが仕事をし、朝には40個が完了しているような世界観が語られた。の可能性に触れ、「50人のチームの仕事が1人でできるなら、1/10でもモデスト(控えめ)」と応じました。
イノベーションに切り込む人たちの応援をしてる仕事なのに、自分たちが一番ダサいのはやばい。ダサくなった組織に応援してほしくないだろう
ベンチャーキャピタルは、しっかりした責任ある金融業界と、猛スピードで変化するイノベーション業界の間に立つ存在です。イノベーション側を向けばとんでもない勢いで変わっており、「多分俺らすごいダサいと思われてる」──その危機感が、ANRIの極端な意思決定の原動力になっています。
金融機関の担当者が持つプレッシャーは理解した上で、「でもこの人はおちゃめだな」と思われるキャラクターを意図的に作る。両方の世界をブリッジするために「結論が奇人になる」というアンリさんの言葉に、南場さんも深く共感していました。
まとめ
プライベートでは人見知り同士の居心地のよい関係を持つ3人が、仕事モードで語り合った今回。球団経営で培った「ユーザーの喜びにとことんのめり込む」姿勢と、AIによって業務プロセスごと作り替えるという大胆な姿勢が、実は根っこでつながっていることが見えてきました。
DeNAの「人数半分で成長、残り半分で新規事業」という方針は、精緻な計算ではなく経営者の胆力から生まれたもの。STORESはCTO直下に別チームを設けて既存プロダクトすら倒す覚悟で動いている。そしてANRIは「ダサい組織にならない」ために、自らの業務プロセスごと刷新する。三者三様のアプローチですが、共通しているのは「部分最適ではなく抜本的に変える」という覚悟です。
技術が激変する時代に勝つのは、特定のモデルに依存するのではなく、顧客に深く近づき続けるプレイヤー。南場さんのこの言葉が、今回のエピソード全体を貫くメッセージでした。
- 南場さんの球団経営の軸は「環境整備に徹し、現場に任せ、ユーザー側にはとことんのめり込む」こと
- DeNAは「人数半分で成長、残り半分で新規事業」のAIフルベット方針を打ち出し、社内は新規事業への期待で活気づいている
- STORESはCTO直下にAI専用チームを新設し、既存プロダクトの延長ではなくゼロからAIドリブンで開発。M&Aも視野に入れる
- ファンデーションモデルの進化で一夜にして状況がひっくり返る時代。技術に依存せず、顧客理解と業務への深い入り込みが勝敗を分ける
- ANRIも全業務プロセスと投資意思決定の抜本的刷新に着手。「ダサい組織にイノベーターは応援されたくない」が原動力
