オープニングと社内ゲストを呼んだ理由
今回のゲストは、ANRIの中路隼輔さんです。番組で社内のメンバーを呼ぶのは初めてになります。
佐俣アンリさんは、8月の配信を休み、2ヶ月ほどアメリカのスタンフォードのエグゼクティブプログラムに参加していたと話します。
朝5時45分から夜9時半まで、さらにそこから飲み会までという恐ろしい時間を過ごしてきました。
スタートアップやベンチャーキャピタルの聖地から見た景色と、そこから見た日本について考えたことが、今ANRIがやっている活動とつながっていると感じたそうです。
中路隼輔のキャリアと、ANRIでの立ち位置
中路さんはANRIに7年半ほど前に参加した3人目のメンバーで、いわゆる古参です。
大学時代はスマートフォンへのシフトが起きていた時期で、知的好奇心の延長でスタートアップやベンチャーに興味を持ったと話します。当時から佐俣アンリさんの存在も知っていたそうです。
早稲田大学の起業家養成講座の1期生で、服のレンタルサービスの起業案をプレゼンした記憶があると振り返ります。
その後はGoogle Japan、LUXA、DCMというVCを経て、ANRIに参画しました。ANRIが最長キャリアになっています。
佐俣アンリさんは、まだ若手VCが8人ほどしかいなかった頃、鮫島さんと2人で「誰が一番優秀か」を言い合い、そろって中路さんの名前を挙げたと明かします。
まだ若手でVCやってるってだけで1個フラグが立ってる時代だったね。投資権限がある人って本当にいなかった。
スタートアップ業界の閉塞感と「再解釈」
最近はスタートアップやベンチャーキャピタルに対する悲観論が増えてきた、と佐俣アンリさんは指摘します。
一方で「スタートアップ5カ年計画」は折り返し地点を迎え、これから拳をどこに向けるのかという議論があると話します。
そうした中で、ANRIは目指してきた「シリコンバレー型のVC」とは違う文脈の探索をしており、それを最も鋭くやっているのが中路さんだと位置づけます。
中路さんは、最近の活動全般について「なんでVCがこれやってるんですか」と聞かれることがあると認めます。裏側にテーマはあるものの、自分でも模索中だと語ります。
活動全体を貫くテーマとして、中路さんは「ベンチャーキャピタルという存在の再解釈」を挙げます。
日本におけるベンチャーキャピタルとか含めて、投資とかそういうものをもう1回考えてみようみたいなことを、なんとなく自分の中ではずっと考えている。
再解釈の起点には、業界の閉塞感と自身の性格の両方があると話します。VCが10人しかいなかった頃と違い、増えた今は同じことをしても同じになってしまうという危機感です。
どうせVCやっててANRIでやってるんであれば、もっとわけわからないもの、わけわからないけど今後伸びそうなものを見つける仕事をしないと、普通になっていってしまう。
雑誌『Fast Forward』を作る意味
再解釈の一番わかりやすい形が、雑誌『Fast Forward』の制作です。日本に目を向けることで新しい投資テーマが生まれるのではないか、という第1弾の特集意図があります。
リサーチやヒアリングではなく、なぜ「雑誌」なのか。中路さんは直感的な部分が大きいと前置きしつつ、人に深く刺さる表現を考えた結果だと語ります。
Xのタイムラインはすぐ流れてしまい、ポッドキャストやYouTubeは「みんなやっている」。そこで逆に、リアルで身体性があり、価値が見過ごされているものは何かを考えたそうです。
リアルなもの、身体性があるもの、アンダーバリューされているものって何だろうってことを考えたんです。
高いブランドから送られてくる雑誌には、表紙から思想や世界観が詰まっている。メルマガでもいいはずなのに雑誌にする理由がそこにあると気づいたと話します。
雑誌はほとんど自分では書かず、むしろキュレートする作業です。中路さんは、これがVCの仕事に近いと感じています。
時代がこうなっていくからこういうサービスが伸びる、雑誌もこういうふうに時代がなっていくからこれを載せれば売れる、という話に近いなと思った。
発注時には「ビジネス雑誌にしないでくれ」と伝え続けたそうです。余白を残すほうが思想が出るからだと言います。
全員がNote書いて、全員がXでポストして、全員がYouTubeでやってっていう、景色が全部同じじゃないですか。
価格を1万円にしたのも、閉じることで大きくなるという発想からです。雑誌はアート思想本でもあり、いろんな要素が詰まっていると説明します。
書店という表現と身体性
雑誌ができた次に始めたのが書店です。きっかけは「どう雑誌を売ろうか」でした。ただの販売イベントは面白くないと感じたそうです。
そこで参考にしたのが独立系書店でした。選書に「こういう未来を作りたい」という思想が全面に出ている点に惹かれたと語ります。
何でも揃う本屋はAmazonや楽天でよくなってきた。そのカウンターとして独立系書店が出てきた、というのが中路さんの見立てです。
だから、雑誌を作るために何を考えたかを「本屋」という形で表現しようと考えました。
佐俣アンリさんは、当日会場で直接考えを話せることや、興味を持った人だけが集まることの良さを挙げます。
その全ての裏側には人がいますよっていうことをちゃんと伝えたい。だからなぜか7日間毎日立つっていう、通常業務やりながらした死にそうなウィークだった。
インターネットの速さや広さの逆側で、濃く煮出したものを物理的にやることに、今だからこそ意味があると2人は語ります。
VCだからできる、儲けから離れた表現
AIによって、ベイエリアの情報の翻訳や要約はコモディティ化しました。だからこそ、自分の濃いものを発信する場に価値が高まっていると佐俣アンリさんは言います。
中路さんは、その表現をアテンションエコノミーにしない工夫を実験中だと話します。雑誌もAIを特集すれば売れたはずだと認めます。
「AI特集」「なんとかに研究者してみた」とかそっちのが絶対売れるんですけど、その引力にも抗いたいけど重要なものって何だろうっていうのを、普通の本屋に行ったらあんま売ってないなと思った。
VCは本業で儲ければいいので、社会に必要なものを本業以外の場で出せる稀有な存在かもしれない、と中路さんは解釈します。
大ヒットさせようと欲が出ると表現が変わり、行き着く先は情報商材や炎上系になる。だからこそ「売れなくてもいいくらいの表現」ができたと振り返ります。
人文知奨学金と、テクノロジーの行く先
もう1つの活動が人文知への奨学金です。半年ほど前に企画し、150人目標のところ約300人が集まったそうです。
一般的な奨学金はSTEM領域、いわゆる理系分野に多く、人文系はあまりありません。ANRIも従来はSTEM教育に出してきました。
なぜ人文知なのか。理由は雑誌と同じで「アンダーバリューされているうえに、伸びる」と感じたからです。
テクノロジーが進化しても、どの方向に進むかを決めるのは人間だと中路さんは言います。「人間とは何か」を考えないと、テクノロジーの行く先を決められないという感覚です。
テクノロジーだけでも社会が良くなっていく感覚、いわゆるカリフォルニア・イデオロギーを自分も信奉してたけど、いや本当か?みたいなことは最近すごい思ってる。
人類の進歩と戦争の減少が相関するという直感は、この4、5年で否定され始めた。そこにAIという久々の超進化テクノロジーが重なり、まだ新しい指針がないと語ります。
哲学とか思想とかがアンダーバリューされてたけど、一周回ってそれが求められている。理工系は未だに重要だと思うし、テクノロジーが未来を進めていくとも信じているものの、それだけじゃなくない?
中路さんは、これを事前の事業というより「理がある」ことだと表現します。人文知にお金を出すことに理があると感じているそうです。
すべてはVC的な感覚でつながっている
佐俣アンリさんは、アンダーバリューされているが社会の要請が高まっている、そのスプレッドが大きいから今やる、という中路さんの感覚を「非常に投資家的だ」と評します。
まだ必要だけどみんな目つけてないものに対して、どう取り組むかの方が重要。すごくVC的な感覚で人文知とか雑誌も全部見ている。だから全部つながってはいるんですよ。
一方で、単独で見るとつながって見えず、「これ投資につながるんですか」と聞かれると「わからない」と答えるしかないとも話します。
それでもいい、むしろそれがフィルターになる、と中路さんは考えています。万人に届けようとすると濁ってしまうという感覚です。
VCから投資した事業が全ていい事業でもない。志や相性が良ければお互いにやりましょうって話なので、それはお互いにフィルタリングすべき。
VCはあくまで1つのオプションであり、多様な資本コストや選択肢があるからこそ社会が多様になる。その多様なものをもっとやりたいと締めくくります。
万人に響いた先に幸せはないですからね、私たちのビジネスは。
まとめ
VCが雑誌や書店、人文知奨学金に取り組む理由は、すべて「アンダーバリューされているが、これから求められるもの」を見つけるという投資家的な感覚でつながっています。インターネットの速さや均質さへのカウンターとして、身体性のある表現に価値を見出す試みが語られました。
- ANRIの中路さんの活動全体を貫くテーマは「ベンチャーキャピタルという存在の再解釈」
- 雑誌『Fast Forward』は、思想や身体性という、見過ごされた価値を表現する手段として作られた
- 書店は、本を作る過程で考えたことを物理的に伝えるための表現であり、独立系書店の思想性が参考になっている
- 人文知奨学金は、テクノロジーの行く先を決めるのは人間だという問題意識から、「理がある」取り組みとして始められた
- VCは本業で儲けられるからこそ、売れなくてもいい表現や社会に必要なものを本業外で出せる稀有な存在だと解釈されている
