「夜明け前」が目指す写真家支援の形
ANRIが主催する写真アワード「夜明け前」は、グランプリ受賞者に創作支援金300万円と、翌年の写真集制作・個展開催をサポートする手厚い支援を行っています。山内さんは「写真家がデビュー後に活動を続けていくのは非常に難しい。経済的な難しさも大きいため、翌年の活動を多方面からサポートしたい」と、この仕組みの意図を説明します。
佐俣さんは、木村伊兵衛賞日本を代表する写真家・木村伊兵衛の名を冠した写真賞。1975年創設。写真界で最も権威のある賞の一つとされ、受賞は写真家としてのキャリアに大きな影響を与えます。のような特別な賞を受賞して「食っていける」写真家になるまでの階段を、しっかり支える場を作る重要性を強調します。「甘やかしたいわけではないが、有望な人が羽ばたける場所を作る。それが写真産業には大事だ」と。
どこまでやるべきか、逆にどこから先はプロとして自分で頑張ってもらうべきか、今模索してる最中です。
ANRIはスタートアップ投資で培ったノウハウを写真家支援にも応用し、オフィススペースの無償提供や勉強会の開催など、さまざまな支援メニューを試行錯誤しています。一方で「ここから先はプロとして自分でできなきゃダメ」というラインを引くことも意識しているといいます。
GC magazineの新作:鈴鹿サーキットを手押しで1周
「夜明け前」第1回グランプリを受賞したGC magazineは、創作支援金を使って鈴鹿サーキットを貸し切り、自分たちの車を「手押しで1周する」という作品を制作しました。真夏の炎天下、無言で車を押し続ける姿を撮影した映像は、当初想定していたスタイリッシュなイメージとは裏腹に、水を求めて喧嘩する鬼気迫る内容になったといいます。
本当に真夏だから、水なくて。「水取ってきて!」「水どこにあんの!」みたいな喧嘩してる、喧嘩してる映像になっちゃった。逆にめっちゃリアルだなみたいな。
この作品のテーマは「決定的瞬間写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンが提唱した概念。被写体の最も本質的な一瞬を捉えることを重視する写真観です。一方で、その「完璧な一枚」に至るまでの観察や準備のプロセスは作品として扱われない傾向があります。」へのアンチテーゼです。伊藤さんは「決定的瞬間って、完成した最高の一枚に対して、その前の観察や準備が作品として見られない。それを作品にしよう」と説明します。ゴールの瞬間を「決定的瞬間」と仮定し、そこに至るまでの労働や緊迫した様子そのものを作品化する試みです。
展示では、手押し映像に加えて、車をラッピングして展示する計画も進行中です。街中の広告車のように、車の表面を「額装の延長」として捉え、自分たちが押していた時の険しい顔をプリントしたラッピングカーを会場に持ち込むといいます。
さらに、レーシングスーツの色に「18%グレースタジオ撮影で標準的な露出を決めるために使われる基準色。この色を基準にカメラの露出を調整すると、その場の適正な色再現が得られます。」を採用することで、展示を見に来た人が記録写真を撮った際、このグレーを基準にすれば適正な色で撮れるという仕掛けも組み込んでいます。「ギミックもりもり」と鈴木さんが笑うように、アイデアが次々と肉付けされていく制作スタイルが特徴です。
「削ぎ落とす」写真表現へのアンチテーゼ
鈴木さんは「写真ってどうしても削ぎ落としていっちゃうメディア」と指摘します。山を撮っていても車が通れば「この写真は違う」と待つように、一枚の写真で伝えたいことを明確にするため、要素を削ぎ落としていくのが写真の常道です。GC magazineはその「逆行」を意図的に選んでいます。
佐俣さんも「テクノロジーとしても写真は邪魔ものが消えていく方向に進化していて、もはや勝手に消すくらいの勢い」と指摘します。AIによる自動補正が当たり前になった現在、意図的に足していく行為は人間にしかできない表現になりつつあります。
伊藤さんは「ベースとしてキッチュなものが好き。ダサいものをあえて選んでる」と、GC magazineの美学を語ります。恵比寿での展示は「珍しくスタイリッシュだった」と振り返りますが、基本的には要素を足し算していくスタイルを貫いています。「一削いだら五増えてく」という鈴木さんの言葉が、そのスタイルを端的に表しています。
削ぎ落としていく従来の写真表現:山を撮る時、車が通れば待つ。一枚の写真で伝えたいことを明確にするため、余計な要素を排除する
足し算していくGC magazineの表現:映像、ラッピングカー、衣装、18%グレーの仕掛けなど、複数の要素を組み合わせて一つの作品世界を構築する
写真というメディアの拡張と今後のビジョン
GC magazineの今後について、伊藤さんは「写真の領域だけでやる美学もあると思うが、もっと広くアートの領域と写真の領域をブリッジするような存在になれたら」と語ります。一方、鈴木さんは「美術館で展示した後に、逆輸入で都写美(東京都写真美術館)で展示したい」と、写真への愛着を明かします。
写真めっちゃ好きなんで。そこははっきりと。写真キッズね。
伊藤さんは写真の面白さについて、「見てて人の思い出に想起したり、勝手に物語を作っちゃって、匂いがしてきたり音がしてきたり。現実を使ってるからこそ、見てる人の想像が掻き立てられる」と分析します。車にラッピングしたり衣装を作ったりと、写真からは逸脱しているように見える表現も、彼らの中では一貫して「写真の作品」なのです。
佐俣さんは「写真を用いた表現にしないと、単純に撮るっていう意味の写真の地位は極めて揺らいでいる」と、写真表現の現状を憂います。近年のアートフェアでは写真作品が極端に少なく、あってもレジェンドの過去作品ばかり。「産業としてピラミッドの頂点が枯れてる」と危機感を示します。
一方で、GC magazineのような新しい表現が「別な、写真というアートじゃないものの評価のされ方」を生み出せば、「新しいピラミッドの頂点とか作ると、いろんな構造が全部変わって笑える」と期待を込めます。ただし第2回グランプリが「めちゃめちゃクラシカルな写真」になる可能性もあり、「それはそれで察してください」と笑いながら、写真の振れ幅の広さこそが面白さだとも語ります。
GC magazineは現在、700ページの写真集を制作中です。「少年ジャンプやマガジンみたいな形」を想定しているといい、土門拳の写真集のように「レンガぐらい分厚い筋トレができるやつ」を目指しています。展示に向けてラッピングカーや衣装の準備も進行中で、「夜明け前」の支援を受けながら、着実に新しい表現の形を模索しています。
まとめ
「夜明け前」は、写真家のキャリア初期を手厚く支援する新しいモデルを試行錯誤しています。山内さんは「写真という特殊で素晴らしいジャンルを味わい尽くせるような場を作れたら」と展望を語り、佐俣さんは「企業が写真表現を応援しても面白いと思ってくれると熱い」と、産業全体の活性化を期待します。
GC magazineは、削ぎ落とす写真文化に対して足し算を重ねる独自の表現で、写真というメディアの可能性を拡張し続けています。鈴鹿サーキットでの手押しプロジェクトは、決定的瞬間に至るまでのプロセスそのものを作品化する試みであり、写真表現の新しい地平を切り開く挑戦です。
年内には「夜明け前」第2回グランプリが発表され、GC magazineの展示と700ページの写真集も完成予定です。写真アートの未来を担う若手の活動から、目が離せません。
- 「夜明け前」は創作支援金300万円と写真集・個展をサポートする手厚い支援で、写真家のキャリア初期を支える
- GC magazineは鈴鹿サーキットを車で手押しで1周し、決定的瞬間に至るプロセスを作品化
- 「削ぎ落とす」写真文化へのアンチテーゼとして、意図的に要素を足し算していく表現スタイルを貫く
- ラッピングカーや18%グレーの衣装など、写真の領域を超えた表現で「写真作品」を再定義
- 写真アート市場の衰退が指摘される中、GC magazineのような新しい表現が産業構造を変える可能性を秘めている
