理由は一つじゃない 構造で世界を捉える
大会はスペインの優勝で幕を閉じました。坂田さんは決勝で泣くメッシばかりが映され続けたことに、少し違和感を覚えたと話しています。
エンタメ的にはメッシが優勝してほしかった、メディアはそう思っているんだろうなと見ていました。でもそこはあんまり欲はなかったですね。スペインが優勝したんだから、喜んでいるスペインの選手たちをもっと見せてほしかった。
そのうえで坂田さんが最初に挙げるのが、一つの事象に理由は一つではない、という視点です。
日本代表の敗退をめぐって、監督が悪い、あの場面でボールを失ったのが悪い、審判が悪いと、社会は原因を一つに絞りたがります。
けれど実際には、いろんな要素が複雑に絡み合った結果でしかないと坂田さんは言います。
この見方を、坂田さんは歴史上の十字軍11〜13世紀に、キリスト教勢力が聖地エルサレムの奪還などを掲げて行った一連の遠征。宗教的動機だけでなく政治や経済の思惑も絡んでいたとされますを例に説明します。
王が派遣する理由、参加者が得る金銭的・信仰的なメリット。それぞれ別々の理由が集まった結果が、一つの歴史として残っているだけだと話します。
ではなぜ人は理由を一つに絞りたがるのか。坂田さんは、いくつも理由があるとストーリーとして理解しづらいからではないか、と推測します。
だからこそ大事なのは、個々の理由ではなく構造を捉えることだと言います。
一方で坂田さんは、レヴィナスの思想にも触れます。自分の行動は他人の態度で決まるため、他人を制御できない以上、自分もコントロールできないという考え方です。
同じように人間を構造の中で捉えつつ、レヴィ=ストロースは構造そのものは理解できるとした。坂田さんは、後者の立場に立って人文知を役立てたいと語ります。
相手をバカにせず、リスペクトしすぎない
二つ目は、相手を過小評価しないこと、そして過大評価もしないこと、というバランスの話です。
グループリーグ初戦で番狂わせが起きやすいのは、相手のスカウティングや分析が不十分だったからではないか、と坂田さんは見ます。
2戦目以降になると強いチームが弱いチームに負けることは減った。だからこそ初戦は相手を軽く見ていたのではないか、という指摘です。
逆に、リスペクトしすぎることの危うさも語られます。日本がブラジルに敗れた要因の一つは、相手を恐れすぎたことではないかと坂田さんは考えます。
今大会で明確だったのは、ボールを持てないチームは上まで行けない、ということでした。相手にボールを持たせて守り切れたチームはほとんどなかったと振り返ります。
日本は他のチームができているのを見たら、日本もできただろうと思うんですよね。だけど繋がなかったのは、ちょっとブラジルを恐れすぎたかなという気がしている。リスペクトしすぎることで後手に回って、耐えきれないことになる。
結局のところ必要なのは、正確な現状認識だと坂田さんは言います。相手の強さに対して自分たちに何ができるかを正しく見極めることが大事だと話します。
歴史に学んだ日本代表
三つ目は、歴史に学ぶことです。坂田さんはこの点を、日本代表を見て強く感じたと言います。
日本代表は過去のワールドカップで失敗した選手たちを、コーチやメンターとしてチームに連れて行きました。
その失敗を経験した人たちから経験を引き継ぐことで、今回は自分たちのサッカーに固執して崩壊する、という過去の轍を踏まなかったのではないか、と評価します。
結果は1勝にとどまりましたが、オランダに引き分け、ブラジルにも従来とは違う負け方をした。以前より一歩進んだと坂田さんは見ています。
相性が示す「絶対的な強さ」の危うさ
四つ目は相性です。人やチームを一つの基準で評価することの無意味さを、坂田さんはスペイン対フランスの試合から感じたと語ります。
総合的に一番強いのはフランスかもしれない。けれどスペインはフランスに勝ち、日本はかつてスペインを倒した。強さは三角関係のように入れ替わるという見方です。
置かれた環境、誰と組むか、何を求められるか。それによって発揮できる能力は変わる。だから一つの基準で評価するのは危ういと話します。
坂田さんはこれを、現代の偏差値になぞらえます。工場労働が中心の時代には計算能力が重視されたが、多様化した今、一つの物差しだけで人を評価するのは危険だと指摘します。
自分たちはめちゃくちゃ勉強して偏差値を高めてきたのに、なんで?と。フランスだと思っていたら、スペイン的なところに二対ゼロで負けるみたいな。置かれた環境によって挙動が変わってくるんですよね。
この考えを、坂田さんは自然選択環境にたまたま適した個体が生き残り、その形質が世代を経て広がっていくという進化のしくみ。強い者が勝つ弱肉強食とは異なりますでも説明します。
キリンの首が長いのは、伸ばしたいと願ったからではありません。ある日突然、首の長い個体が生まれ、たまたま高い葉を食べられる環境に適していたから広がった、というのが今の科学の説明だと言います。
他の生物は子を多く産み、大人になれる確率が低い。だから有利な形質は人間が思うより速く入れ替わる、と坂田さんは補足します。
絶対的な優秀さを想定するが、環境や相手が変わると通用しなくなる
どんな環境に置かれ、誰と戦うかで発揮できる力が変わると考える
進化論は弱肉強食ではなく、あくまで環境との適合だった。サッカーで言えば相性が大きく影響する、というのが坂田さんの実感です。
エンタメ化と資本主義との距離感
五つ目は、人文知寄りではないと前置きしつつ語られた、エンタメ化の問題です。
決勝のハーフタイムがおよそ30分あったことに、坂田さんは強い違和感を覚えたと言います。通常は15分で、ほぼ倍の長さでした。
これはサッカーという競技への敬意が感じられない、というのが坂田さんの主張です。かつてサッカーの仕事をしていた経験から、その理由を説明します。
選手は90分の間にどれだけ動けるかというコンディション調整を毎日一生懸命やっている。だから時間がこんなに伸びると怪我をする、やめてくれと最初のころ選手が言っていて。
試合の始まりから終わりまでの時間が伸びれば、集中を保つ時間も伸び、怪我のリスクが上がる。ハーフタイムショーというエンタメを優先した結果ではないかと問いかけます。
一方で坂田さんは、資本主義がサッカーを成長させてきた事実も認めます。日本にいながらDAZNで全試合を見られたのも、映像配信技術の発展があってこそだと話します。
ただし、サッカーは商品ではなく競技であり、勝敗を競うものだという本質はぶらしてはいけない、と坂田さんは言います。
信じる力と協力する力
最後の視点は、信仰、つまり信じる力です。坂田さんは、これが今大会で最も痛感したことだと語ります。
自分たちはどうすれば勝てるかを信じているチームは、苦しい時間帯でも足が止まらず、勇気を持ってボールを保持できたと言います。
決勝に進んだのは、メッシという存在を信じるアルゼンチンと、パスサッカーを信じるスペイン。どちらも信仰特化型のチームでした。
一方、準決勝で敗れたイングランドやフランスには、決定的な信仰があるようには見えなかった、と坂田さんは振り返ります。
この信じる力を、坂田さんは人類の本質と結びつけます。ホモサピエンスは事実でないものも信じられる。その力で共同体が協力し、繁栄してきたという見方です。
簡単に言うと、嘘でも信じればパワーになりますよ、ということ。ライオンは神様だと信じろと言われたら、人間は信じることができる。あれがホモサピエンスのスーパー能力なんですね。
スペインの選手はボールを受けたら次にどうするか迷わない。パスサッカーを信じているから判断が早く、消極的にならないと坂田さんは分析します。
そしてもう一つの力が協力です。圧倒的なストライカーがいないスペインが優勝した事実は、日本サッカーにとって示唆深いと語ります。
圧倒的な個がないチームだけど、それぞれの選手の個が高い。最強のストライカーがいないチームがどうすればいいかを考えれば、ストライカーがいるチームを倒せる。日本サッカーから見ればポジティブなんですね。
ライオンほど強くなく、チーターほど速くもない人間が地球を支配しているのは、協力できたからだと坂田さんは言います。信仰と協力こそがホモサピエンスの出発点だ、という結論です。
まとめ
坂田さんは2026年のワールドカップを、人文知の6つの視点から振り返りました。理由は一つではないこと、相手との距離感、歴史に学ぶこと、相性、そして信じる力と協力する力。サッカーを入り口に歴史や哲学へ関心を持つ人が増えたら嬉しい、と締めくくっています。
- 一つの事象に理由は一つではなく、構造として観察することが大事
- 相手を過小評価も過大評価もせず、正確な現状認識をすること
- 過去の失敗を知り、失敗した人を価値ある存在として取り込むこと
- 強さは絶対ではなく、環境や相手との相性で変わること
- 信じる力と協力する力が、最終的に決勝の2チームを分けたこと
