和尚の三つの仕事とこの回のきっかけ
番組ナビゲーターの坂口佳世さんが訪ねたのは、北千住の紹介制酒場ガチ足立クラブ。オーナーであり、足立区の善覚寺の副住職でもある大島俊映さんがゲストです。
大島さんはまず自身の肩書きから紹介します。僧侶の仕事は3つあると話します。
僕はまず肩書きが善覚寺という足立区にあるお寺の副住職をしていまして、僧侶の仕事って僕が思うに3つあると思っていて。
1つ目は法要や葬儀など、多くの人がイメージする宗教儀式をおこなう僧侶としての仕事。2つ目はお檀家さんの管理や清掃を含む寺院運営。そして3つ目が地域コミュニティ活動です。
大島さんは3つ目に力を入れていると言います。お寺としては無料でスペシャルティコーヒーを提供する善覚寺フリーコーヒーや、和尚クエストラジオというポッドキャストを運営しています。
さらに自身の法人では、足立区を拠点にローカルメディア「トネリライナーノーツ」と、この酒場ガチ足立クラブを手がけています。
この回のきっかけは、以前あきらめラジオに出演したスタイリストの佐藤さんの紹介でした。大島さんはあきらめラジオのステッカーが手元に残っていたことから、番組を思い出したと振り返ります。
お声がけいただいた時、実はもう昼からエグいぐらい飲んでて泥酔してて、お声がけいただいたことをあんまり覚えてなくて。でもステッカーがあったんですよ、手元に。
目標を立てないから、諦めるものがない
大島さんに「諦めたこと」を尋ねると、直近ではほとんど思い当たらないと言います。理由は明快でした。
僕基本目標あんまり立てないんですよね。だからその場その場のノリで生きてるんで。
何かを目標を立てるから諦めたりするわけですよね。だから目標とかあんまりないから、諦めるものでもない。
坂口さんは、これまで諦めを聞いてきた中で「諦めたことがない」という人には2パターンあると整理します。
1つは、叶うまで諦めず達成してきたという人。もう1つは、のらりくらりと今を楽しんでいるから、そもそも諦めるという概念がはまらない人です。
大島さんはどちらもわかると答えつつ、前者寄りだと言います。ただし、ゴール地点を勝手に変えたり脇道に逸れたりする点が独特です。
前者寄りなんですけど、僕やりながら勝手にゴール地点変えたり脇道走ったりするんですよ。そっちの方が楽しいと思ったらそっち行っちゃうんですよね。
坂口さんはこれを「道がどんどん変わっていく感じ」と言い換えます。大島さんは、行くと決めても違うと思った瞬間に曲がるし、どこに到達しても構わないと話します。
山を登ることより、プロセスを遊び尽くす
大島さんにも明確なビジョンや目的はあります。ただ、そこへ至るルートには強くこだわりません。
一応僕の今の活動のビジョンは友達を作ろう、友達と遊ぼうなんですけど、その結果山を登った方が良ければ登り始めるし。
登ってる最中に川があって、そこでみんなで釣りした方が楽しければ、それをして別に降りてもいいみたいな。
坂口さんはこれを、旗を必ず取るビーチフラッグのような目標ではなく、遊ぶプロセス自体を楽しむことが目的なのだと受け止めます。
ビジョン
友達を作ろう、友達と遊ぼう
ルート選択
山を登るのが良ければ登る
途中の変更
川で釣りが楽しければそちらへ
目的
到達より、プロセスを楽しむこと
コンプレックスがない生き方の背景
この軽やかさはいつからかと問うと、大島さんは子どもの頃からではなく後からだと答えます。背景には高い自己肯定感があると言います。
テストで失敗した経験がほとんどなく、身体的な要素以外にコンプレックスがないと話します。
テストで失敗したことなくて、中学受験から一番危なかったのが車の仮免のテストで、50点中45点でギリギリじゃんみたいなのが一番危なかったやつなんですね。
坂口さんは、コンプレックスや痛み、怒りをバネに頑張る人が多い中で、どうすればそうなるのかと尋ねます。大島さんのエネルギー源はシンプルでした。
楽しそうだから。それしかないんですよね。ノリで全部始めちゃうんですよね。
見切り発車で始めて大変になり、そこから軌道修正していく物語が楽しいのだと言います。
ドーパミンとセロトニンの両輪
大島さんは、幻冬舎の編集者・箕輪厚介さんが好きだと話します。ただし、自分は少し違うタイプだとも言います。
箕輪さんってドパガキってこの間自分でも言ってましたけど、ドーパミンを浴びるガキみたいに言ってて。僕ドーパミンとセロトニン両輪で回していきたいタイプなんで。
坂口さんは、ドーパミンだけで回すと中毒性があり足りなくなると指摘します。大島さんはその両輪を大切にしていると語ります。
一番幸せな時間として挙げたのは、金曜日に妻がガチ足立クラブで人とつながる現場を任せ、自分は子守を終えて家で一人お酒を飲む時間でした。
僕がいないところで回ってるっていうの、コミュニティの中で超大事だなと思ってるんで。それドーパミンなんですよ、僕にとっては。
自分がいない場所で自律して回る場づくり
家で穏やかに余白を楽しむ時間
フラットなコミュニティで、オーナーは一番の邪魔者
大島さんはコミュニティを自身の専門だと考えています。まずコミュニティの定義を言語化します。
大島さんによれば、コミュニティとは2人以上いて、出口となる目標は共有していないものです。その代わり、入り口となる目的があると言います。
ここに来る人はお酒飲みに来るっていう目的だったりしますけど、じゃあこの場所をどうやっていい場所にしようっていう目標は共有してないですよ、お客さんと。
さらに大島さんは、糸井重里さんが語ったリンク、シェア、フラット、グローバルという要素をコミュニティに当てはめていると話します。つながること、分かち合うこと、全員が水平であること、そして外とつながることです。
その中でも「フラット」を大切にすると、意外な結論にたどり着きます。オーナーの存在です。
みんなが水平であれたらいいなって思ってるところに、オーナーって一番邪魔者なんですよ。オーナーだからで、みんなそっちに話しかけられると、その人を見てるみたいになっちゃうんで。
だから大島さんはなるべくカウンターの向こう側にいて、店にいない方がいいと考えています。実際、坂口さんも以前のイベントで店に大島さんがいなかったことを思い出します。
グラス洗いを諦めて、お客さんに頼む
坂口さんは、寝てしまうスナックのママの話を持ち出します。ママが寝ると、周りの客が会計を済ませてくれるという究極の形です。
大島さんも近い経験を語ります。カウンターに立っていた頃、手荒れがひどく、グラス洗いをお客さんに頼んでいたと言います。
僕もここ立ってた時は手荒れひどいんで、グラス洗ってもらってましたもん、お客さんに。みんな知ってて洗いに来てくれます。
坂口さんは、自分にとって大切な諦めはここにあると言います。自分でやることを手放すという諦めです。
大島さんは、自分より上手な人がいたら全部お願いしたいと話します。ただし、相手からやると言われて甘えるのは得意でも、自分から頼むのは苦手だと明かします。
自分でやることを手放す難しさは、坂口さんにとって人生後半のテーマでもあります。前編はここで一区切りとなり、後編では大島さんが諦めたという小説家の話へと続きます。
手荒れでも自分でグラスを洗おうとする
お客さんに頼み、そこにコミュニティが生まれる
まとめ
目標を掲げず、その時々のルートを楽しむ大島さんの生き方は、諦めという言葉の捉え方そのものを問い直します。自分がいなくても回る場をつくり、自分でやることを手放すという発想が、軽やかなコミュニティを支えていました。
- 目標を立てないから、諦めるものがないという発想で生きている
- ゴールへのルートは変え、プロセスを遊び尽くすことを目的にしている
- ドーパミンとセロトニンの両輪で、場づくりと余白の時間を調和させている
- フラットな場ではオーナーが邪魔者になりうるため、あえて店にいない
- グラス洗いを諦めて客に頼むように、自分でやることを手放すことがコミュニティを育てる
