なぜアコちゃんはこの絵を選んだのか
この回は、前編で対話型鑑賞したウィリアム・ホルマン・ハントの絵から始まります。
1853年のイギリスで描かれたこの絵を、2026年の日本で見た三人が、絵を入り口に自分たちの人生を語っていきます。
アコちゃんは、絵を選んだときはなぜその絵に惹かれたのか分かっていないことが多いと話します。今回は、選んだ理由に自分で気づいてしまったそうです。
この絵良さそうって思った瞬間は、なんで選んだかわかってないことが多かったりするのね。気づいちゃったわけですよ。私がなぜ今この絵を選んだのかっていうことが。
アコちゃんは、これまでサラリーマンとして大企業に囲われていたのではないか、と気づいたと語ります。
自分で選んで入ったんだけどさ。いい給料をもらってると、会社の中での目標を達成していくだけで、預金残高とか増えていくわけですよ。何不自由ない生活を送れてたんだけど、私は気づいてしまったのです。このままでいいのだろうかと。
安定を手放す怖さと、ふと訪れた決断の瞬間
坂口さんは、その状態を「令和版の囲われ」と表現します。自分で選んで入ったのに、いつのまにか囲われていたという感覚です。
アコちゃんは、安心や余裕を捨ててでも手に入れたいものがあったから、フリーランスになったと話します。
ただ、そこには大きな怖さもありました。本当に手放していいのか、一人でやっていけるのか、という葛藤です。
ある瞬間、あ、なんかやっぱ辞めるんだな、私っていうふうに、ふと気づいた瞬間があったんだよね。なんで起こったのかよくわかんないの。だからやっぱり辞めるんだ、上司に言わなきゃみたいな、手放せた瞬間があったんだよね。
アコちゃんは、絵の左下で驚いている猫が、「マジ?それで独立すんの?」という世間の驚きに見えてきたと語ります。
銀行員が研修企画とか人材開発の分野で独立しようとしてるわけですよ。経験もない、実績もない、今までの高収入を捨てて収入0になる。無謀だよね。マジ?みたいなことをこの猫が叫んでるように聞こえるわけ。
それでも、気づいてしまったから仕方ない、と腹落ちしていたそうです。囲われていたことから手放せた瞬間は、一種の諦めだったのではないか、とアコちゃんは振り返ります。
人生の11時55分に気づくということ
坂口さんは、アコちゃんが人生の真ん中より前、午前中に気づいて立ち上がったのではないか、と話します。
午前中に気がついて、これから楽しい午後とか、夜の楽しい時間を過ごすっていうことだね。勤め上げた後に3時ぐらいに独立することだってありえたわけでしょ。
アコちゃんは、独立前に周囲から「マネジメント経験を積んでから独立した方がいい」と言われたと語ります。
確かにそうかもなって思ったけど、でも気づいちゃったのが11時55分だったんだろうね。マネジメントしてたら多分もうちょっと昼下がりまで引っ張ってたかもね。
坂口さんは、世間は辞めることや気づくことを諦めさせようとする、と指摘します。
気づくのを諦めさせようとするなと思ってて。言ってくださった先輩方ありがとうございますなんだけど、その人は辞めたことも独立したこともないわけよ。だから危険を冒そうとしてるようにしか見えないから、目覚めるな、気づくなよって言うんだと思う。
一方で、絵の中の男性には悪意がないようにも見える、とアコちゃんは言います。ここにいた方がいい経験ができる、という注意喚起のピュアさも同時にあるのではないか、という見方です。
夫婦という関係から見た「立ち上がる」瞬間
坂口さんは、絵を夫婦という視点で見てみます。
男性が生活を維持し、女性がその世界の恩恵を受ける構図から、女性が自分の世界を作ると立ち上がる。それは決別ではなく、応援するよ、という関係だと解釈します。
坂口さん自身は、今その状態ではなく、6年ほど前に立ち上がらざるを得なかった感覚だと話します。
行っちゃいな行っちゃいなって。お外はすごく晴れていて、雨も降るけど気持ちいいよって。で、具合が悪くなったらごめんちゃいって言ってまた戻ってきたらいいじゃんっていう、そんな風にも言いたくなるかな。
アコちゃんは、今度は男性側の気持ちに感情移入し始めたと言います。
奥さんが自分の力で立ち上がる瞬間って、今までは負担に感じてたかもね。だけどいざ立たれるってなったら、ちょっと寂しさもあるなみたいな。その表情がこの男性の顔に表れてる気もして。
立ち上がるにあたって手切れ金や金時計をもらうと、かえって体が重くなる。そんなニュアンスも坂口さんは語ります。
私たちは今、人生の「何時」にいるか
11時55分という時間は、人によって年齢が違うのではないか、とアコちゃんは考えます。40歳が必ずしも正午ではなく、これは密度の話だ、という見方です。
そこで三人は、自分が今何時にいるかを話し合います。
11時55分に気づいてやめたから、今12時ぐらいじゃない?
アコちゃんは、これから1年間は収入0でもいいから、一番探求したいことに集中したいと話します。それを一種のランチタイムだと表現します。
一旦昼休み挟もうかみたいな。そこで回復して、もう一回午後の業務に入ろうかみたいな感じもするね。
坂口さんは自分を午後2時だと感じると言います。太陽が一番高いピークタイムにいる感覚だそうです。同時に、山の上にいる怖さもあると打ち明けます。
マキちゃんは、夜が長い時間帯にいると表現します。坂口さんは、夜と昼では活動のゲームルールが変わる、と応じます。
昼と夜の活動は変わるからさ、ゲームルールが変わると。今までと同じことをやっていくとしたらピークかもしれないけど。
坂口さんは、人が立ち上がろうと思うのは、これを一生続けるのかという疑いが風のように心を通ったときだ、と語ります。
よく考えるとさ、一生続けることはできないんだよね。膝もね、いつかは骨になるから。
絵のモデル「アン」の現実と「膝替え」
坂口さんは、この絵のモデルとなった女性アンについて調べてきたと明かします。
アンは当時18歳で、軍人の父と洗濯婦の母のもとに生まれ、バーで給仕をしているところをハントに見初められてモデルになったそうです。
ハントは結婚を前提にアンと付き合い、無教養だった彼女が教育を受けられるようにし、生活に困らないよう画家仲間のモデルもできるよう取り計らったと語られます。
しかしハントが旅に出ている間に、アンは他の人のモデルを続けていったそうです。
マキちゃんは、その現実をこう受け止めます。
そういう立ち上がらなかったのか。
あー、ひざ替え。頑張ってくれ。
立ち上がろうと転職したけれど、結局また誰かの膝でした、ということもある。三人はそれもまた一つの人生だと語り合います。
この絵はあくまでアンをモデルにしたドラマであり、実在の光景そのものではありません。坂口さんは、女優のように別の人生を全うした人だ、と例えます。
最後に、生成AIで同じ絵を出したときは全然盛り上がらなかった、という話も出ます。手仕事だからこそ、目の白い点の位置や口角の角度に語れるものが宿る、とマキちゃんは締めくくります。
まとめ
一枚の絵を入り口に、安定という「膝の上」を諦めて立ち上がる瞬間が語られた回でした。気づきは他人には止められず、続けられないものだからこそ、人はいつか立ち上がるのかもしれません。
- アコちゃんは15年勤めた金融機関を離れ、人生の「11時55分」に気づいて独立へ踏み出した
- 世間は辞めることや気づくことを諦めさせようとするが、止める側は辞めたことがない人が多い
- 立ち上がることは決別ではなく、応援や自立として捉えることもできる
- 人生を何時と捉えるかは年齢ではなく密度の問題で、昼と夜ではゲームのルールが変わる
- 絵のモデル「アン」の現実からは「膝替え」という言葉が生まれ、それもまた一つの人生だと語られた
