自分で送ったお便り「この人嫌いと安易に判断してしまう」
冒頭、ババさんが読み上げるのは、ラジオネームBBさんからのお便り。その正体は、実はババさん自身が送ったメッセージでした。
えー、お便りが来てます。ラジオネームBBさん。メッセージ内容。「私の悪い癖について話を聞いてください。私はついつい『この人嫌い、苦手』と安易に判断してしまいます」
「そのパターンは大抵、自分にはできないこと、できそうにないことをやっている人。私は大勢の中で楽しく振る舞うことが苦手です。大きいパーティーのような場で、テレビの同じ系列で集まってワーワー盛り上がっているような姿を見ると、『あ、この人たち苦手、なんか中身なさそう』と勝手に判断してしまいます」
「実際にはその輪に加われないから、加わりたいけど加われないと思うとつらいので、私はあの人たちに価値を見出していないからそうしないのだと、心を守っているのだと思います」
「ただ、実際そういう方たちと個別に話をしてみると、ほとんどみんないい人、優しくてコミュニケーション能力もあって、ちゃんと中身のある会話もできる。そんな人たちを勝手に嫌う私、とっても情けないです。お二人はこんな気持ち持つことありますか?」以上、メッセージを送った馬場です。
えー?BBよ。すごい一生懸命聞いてたのに今。私の時間を返してー。
はい。制作の中川さん。
制作の中川です。あるあると思ってたのに今。
これね、私も関わっている別のポッドキャスト、みんなのイソジ、MyWaysのネタの一つとして私が送ったメッセージなんですよ。向こうでも答えてもらったんですけど、これ中川さんどうなんだろうなと思って聞いてみたくて。
中川さんにもある?「私はあの人たちのようではありません」
ババさんは、中川さんならこうした感情とは無縁だろうと予想します。しかし返ってきたのは意外な答えでした。
これはもうずばり、そういう経験があるかって言ったら、あります。
いや、そうそう、なさそうだなと思って。
あるある。私も、どんな風に見えてるかわからないけど、そういう場は正直あまり好きではない。でも好きそうに見える。
好きそうに見えるのと、これってちょいコンプレックスとか、そういう感じもあるじゃないですか。こじらせてるというか。中川さんってコンプレックスなさそう、こじらせてないっていうイメージだから。
良くも悪くも、サラッと流せる。行ってもいいし、行かなくてもいいっていう選択肢だったら行かないかも。
パーティーは行かないといけないとする?
行かないといけないならもちろん行く。けど、その人たちのことを嫌いとは思わないけど、私はあの人たちのようではありません。以上。
別にそれ以上も何も思わない。わ、すごいなあ、こうやって話を盛り上げて合わせられるのすごいなぁって思ってるけど。でも馬場くんみたいな人からしたら、私がそう見えてる可能性がある。
ノリノリでそういう場に飛び込んでいくタイプではない。すごい好きな人も多分いると思う。
もしかして、みんな努力してるんじゃないか
話は「盛り上がっている人たち」の内側へ。実は誰もが頑張って場に合わせているのではないか、という視点が出てきます。
そう。いや、でもなんか思ったのは、好きな人いないんじゃないか。みんなこれ実はめっちゃ努力してんじゃないかなっていう気もしてきて。
そうだね。一人、二人ぐらいはパーティーピーポーみたいな人がいたとしても、それ以外の人はやっぱりビジネス上、行かねばならない、お仕事だから。一人でしょぼんと端っこにいるわけにもいかない。最大限もう頑張って頑張って話を合わせて、この人誰?って思う人とも喋って。
楽しくもないのに楽しそうなふりして、っていう。
お腹空いてるのになかなか食べられないし。みたいな。
もしかしてみんな努力していて、私は努力を怠っているんじゃないかなって。
いや、努力の度合いが違うかもよ。少しちょっと頑張ろうっていうパターンと、よし、スイッチオンみたいなタイプと、もう馬場くんみたいに、BBさんみたいに、嫌いですみたいな。嫌わなくていいじゃない、別に。
なぜ嫌う? 妬みと、心を守るための冷笑
中川さんが「なぜ嫌うのか」と問い返すと、ババさんは自分の中にある妬みと、こじらせの構造を言葉にしていきます。
嫌った方が、心のためなんですよ。
なんで嫌うの?
いや、だから自分ができてない。
それ妬みってこと?
妬みですよ。ベースは多分妬みなんだと思います。
なりたいの?そんな風に。
なりたいと思うと嫌だからなりたくないと思ってる。心を守るためにそう思うようになったのか、そもそも本当にそうなのかがもはやわからない。
自分はその人たちと一緒じゃないぞっていう線引きを頑張ってしてるの?
前々から言いますけど、そのこじらせてる人たちって、こういうことなんですよ。ちょっと斜めからできるだけ見ちゃうとかっていう人たちって、「あいつらは中身ねえな」ってこういう冷笑みたいな、良くないやつをやってる。
なんでそこまで思うの?
例えばクラスの中心でワイワイ盛り上がってる人気者グループがいます。男女分け隔てなく楽しく話して、その子の一挙手一投足に注目が集まるような子を見た時に、こういう人たちを羨ましいと思ったら辛い。辛いから、へっって思うしかないんですよ。
俺、あんなバカみたいなクラスでワーワーやってるやつみたいになりたくないしって思うことで、私は意図的にそうしているのであって、端っこで友達いないからじっとしているわけじゃないんだよっていうことで心が保たれるんですっていうのが、まあよくあるパターン。
うん。じゃあもうそれでいいじゃん。
なんですけど、まあ今になって思うと、あのクラスのそういう人たちも、もしかして一生懸命仲間外れにされないように、頑張って輪に加わってたりしてたんじゃないのかなっていうことも最近思ったりもするんですよね。
規模による疲れ方と、テレビ局との付き合い方
続いて、中川さん自身が最近経験した仕事絡みの集まりについて。規模によって振る舞いも疲れ方も変わることが語られます。
最近立て続けにお仕事絡みの、パーティーじゃないけど、会合みたいなのがあって。どうしても、なんとかしなくっちゃみたいな。盛り上げなくっちゃまでは思ってなくって、なんか話題あったかなみたいな。常に頭フル回転させてる。
規模によりますよ。僕ももちろん飲み会の場を盛り上げなきゃという気持ちはある。ただ、何十人とかになってくると。
そうだね、規模によるね。八人とか十人ぐらいの規模だと、どうしてもシーンとなるのが嫌なタイプなので。かといって、みんなが好きなことを話してたら収拾つかなくなるから、シーンってなった時に出せるもの、共通のものを探してるうちに、あっという間に二、三時間経つんじゃない。
終わった時に、疲れはあるよね、ある程度の。でもすごいアドレナリンが出てるんだろうね。ぐったりということではなく逆、ちょっと興奮気味の疲れが残ってる。
あ、やり切ったっていうか。
そんな別にあなたに委ねてはないですけど。あ、でも良かったなって。会社の人がこっち何人もいるならそんなに背負ってないけど、例えば一人みたいなことが最近たまたま立て続けにあったので。そういう時はやっぱりスイッチ入れるよね。
で、これも確認したかったんですけど、テレビ局との付き合い方。
馬場くんは仕事柄いろいろお付き合いもあるんでしょうけど、そんなにないよ。営業同士はいろいろあるでしょうよ。私はないかな。
でもテレビ局の同期とかもいるじゃないですか。放送業界という括りになると、ラジオもテレビも入るんですけど。テレビと並べて考えていただいてありがたいなっていう時もあれば、さすがに違いますからっていう時もあるじゃないですか。規模もやれることも違うし。
お互いでもそこはそういうもんだと思って話もしてるし、付き合ってない?独特のノリみたいなのはあるよ。でもそれは多分お互い様で、向こうからしたら「ノリ悪」みたいに思われてるかもしれないし、私たちからしたら「何なのあのテンション」みたいな。かもしれないけど。まあそれはもう、そのもんだと。
なんかね、中川さんと話してると自分がただ愚かに見えてくるっていうね。
別に悟りの境地を開いてるわけではない。
嫌う具合の違いと、みっともなさが人間らしい
話は再びお便りの核心へ。中川さんも人を「別にいいし」と思う瞬間はあると言いますが、ババさんはそこに大事な違いがあると指摘します。
それ、さっきの中川さんのやつって、ひねくれてないじゃないですか。「盛り上がりに加われないなぁ」って思ってるだけでしょ。
そう。でもそれでその人たちを「ふーん、別にいいし、私は」っていうふうには思わないかな。
ね、そこそこ。大事なポイントそこですから。その人を嫌ってしまうこと、いけないなと思ってながらこうやっちゃうよっていうご相談メールですから。
だからみんなそれぞれ頑張ってるから、できる範囲で頑張ってるじゃん。嫌い具合もさ。「この人たち嫌い」っていうのがちょっとの人と、「もう本当大嫌い、無理無理」っていう人がいて。私はそれが少し馬場くんよりは少ないのかもしれない。それは確かなことかも。
そうですね。だからそこら辺に、いや、すごい良いことだと思うんですよ。っていうのと、人間らしさっていうところを、僕はこういうひねくれたところに感じる気持ちもあって。みっともないじゃないですか。ちっとも正しくないと思うんですよ、こういうひねくれ方。
そうかな。別にそれで誰かに迷惑かけてるわけでもないからいいのでは?
でも勝手に、関わってもない人を嫌いって言ってるんですよ。オーラ、出します。
オーラ出ちゃう?
今は出さないですけどね、もちろん。でも「ああ」みたいな。壁作っちゃう。「かわいそうだと思って話しかけてこないでください」みたいな。
一人になったパーティーで、どう動く?
中川さんは具体的なシチュエーションで問いかけます。円卓で一人取り残された時、ババさんはどう振る舞うのか。
例えば円卓のテーブルで、みんながお手洗いとかで他のテーブル行っちゃって一人になったパターンを想像して。食べるものがある。どうする?ひたすら食べる?それとも動く?
僕も一応営業なので、その場でなんか交流した方が良さそうな人がいれば、交流しようかなっていうふうには動きます。
すごいじゃん。動ける動ける。パチパチ。
黙々と食べてて、誰か気を使う人が「あ、あの人一人だ」って気遣って、「どうですか?私こういうものです」みたいに話しかけてくるなよって思うタイプ?
それは思わない。むしろそれはやる。だから大きいパーティーでも、個別にいろんな話をするのはいいんですよ。僕、大勢で集まってワーワー言ってるのが嫌いなんです。「この間の飲み会では、こいつね、こんな奴なんですよ」みたいな。
それは話の内容ではないの?そのシチュエーションじゃなくて。何の話をしてるかによるんじゃないの?
自己分析して最近思ってるのは、やっぱもう総じて大勢で喋ってる時点で嫌いなんですよ。実のある話を大勢でできないじゃないですか。
うんうん、わかるわかる。大人数でワーって一つのことは話が広がるわけもないし、結論が出るわけでもないし、前に進める話でもないってことでしょ。
ただまあ、大事なんですよ、ああいうのも儀式としてね。みんなで同じものを楽しむっていうのは大事なのはわかるけれども。カープすごい熱心に応援してた時もあるし、優勝した頃はわざわざ街に出て盛り上がりを体験しようとか、ああいうこともしてたから。みんなで一つのことを楽しむっていう場としては好きなんですよ。
肩書きに気後れしない中川さんと、成長したいこじらせ男
話は終盤へ。中川さんはこの回で得た気づきを口にし、ババさんは肩書きに気後れしてしまう自分と、その先の考え方を語ります。
みんなやっぱりそういう状況の時は頑張ってるんだなって気づいた。その度合いはそれぞれだろうけど、何かしらみんな頑張ってる、素の状態ではないということだ。今度からそうやって見よう。この人も頑張ってる、この人も頑張ってる。
なんか中川さんのご友人の西名さんとかもね、すごい良い人じゃないですか。広島テレビのアナウンサーで、ポッドキャストもやってらっしゃって。でも僕やっぱ、テレビ局のアナウンサーっていう時点で、普段一歩引いちゃいますもんね。気後れするというか、そのキラキラした人を。
型が切れちゃうの?あ、そうなんだ。
それがないのは中川さんのすごい美徳だと思うんです。結構偉い人に対しても、すごいさらっと接することできるじゃないですか。気後れするとか、変に構えすぎちゃうとかっていうのが中川さんはないような感じがして。
ボーダーレス。わかんないけど。
いいところであり、人間らしくないところでもあると。でも僕もちょっとずつ年を重ねてきて、肩書きの偉いとかなんとかに関しては何とも思わなくはなってきたので、ようやく少しずつ成長している。
馬場さんだって偉いじゃないですか。私の会社内においては、立場的には。肩書きあるじゃないですか。
肩書きなんてただの役割として与えられてるものであって、その人の優劣とかとは一切関係がなくて。会社の面倒を責任持って見てくださいっていう人が社長になっているだけであって、みんなそれぞれの立場でやるべきことがあるということに気づいてきました。三十九歳。
まだ三十代なのにすごい長く生きてるような発言するよね。まだ三十代なんだ。四十二、三ぐらいの考え方だよね。
まあでもせっかくね、いろんな人が生きてきたものを吸収していきたいなとは思ってます。これからも勉強です。人生相談、こんな感じでもよければお待ちしてます。
馬場くんかい。自分の送ったメッセージ自分で読んでたの?面白いわ。
いやいや、あの定番ですよ、結構ポッドキャスト界隈ではね。ということで、なんか送ってもいいよって思った人は、ハッシュタグの人のまたはメッセージフォームから送ってください。じゃあねー。
ありがとうございました。
まとめ
この回は、ババさんが自分自身のこじらせを匿名のお便りに仕立て、中川さんとほどいていく対話でした。盛り上がる人を勝手に嫌ってしまうのは、羨ましさを認めると辛いから冷笑して心を守る、という構造だと語られます。一方で、輪の中で盛り上がっている人たちも実はみんな頑張っているのではないか、という視点が二人の間で見えてきました。嫌う具合の差はあれど、誰もが素ではなくスイッチを入れて場に臨んでいる、という気づきに着地します。
- 盛り上がる人を嫌うのは、羨ましさを認めると辛いから冷笑して心を守る構造
- 輪の中で楽しそうな人も、実は仕事や関係のために頑張って合わせている
- 嫌う具合は人によって差があり、その差が「こじらせ」の度合いになる
- 肩書きや立場は役割にすぎず、人の優劣とは関係がない
