バイカルチャーな生い立ちとPlug and Playとの出会い
Phillip Vincentさんは現在、Plug and Play Japanの代表を務めるとともに、APACのマネージングパートナーとして日本と韓国を中心にアジア事業を統括しています。日本人とアメリカ人のハーフとして、日本語と英語の両方を話すバイリンガルであり、バイカルチャーな環境で育ちました。
生まれはシリコンバレーのサンタクララ。しかし1歳ごろに日本へ移り、青春時代の多くを千葉県松戸市で過ごしました。日本の小学校、インターナショナルスクール、アメリカのミドルスクールと、両文化を行き来しながら育ったといいます。大学はサンディエゴ州立大学に進み、卒業後はシリコンバレーでキャリアをスタートしました。
最初のキャリアは日本の商社でした。輸出入や新規事業開発、日本企業の海外事業支援などを担当するなかで、シリコンバレーにあるPlug and Playの巨大な拠点を頻繁に訪れ、スタートアップの紹介を受けていたそうです。これが出会いのきっかけでした。
伝統的な日本企業のなかで新規事業を進める難しさを実感したこと、そしてPlug and Playがシリコンバレーから世界のイノベーションを促進する「魔法のような場所」に見えたこと。この2つが、転職を後押ししたと語ります。
Plug and Playは、シリコンバレーから世界中のイノベーションを促進している、とてもユニークで魔法のような場所に見えました。
入社後は、特定業界に特化した3カ月間のアクセラレータープログラムの立ち上げに携わりました。最初はブランド・小売分野、続いてIoT分野を担当。さらにモビリティ、フィンテック、ヘルスケア、フード、AIへと広がり、現在では世界で約25の業界を対象にしているといいます。プログラムの核は、スタートアップの成長支援と、パナソニックや三菱といった大企業パートナーとのマッチングにありました。
「機会の空白」を埋めるための日本上陸
Vincentさんは社内で唯一日本語を話せる存在だったため、日本関連の案件が自然と集まってきました。シリコンバレーの動向を探ろうと訪れる日本企業や視察団への対応を通じて、あることに気づいていきます。それは、日本がスタートアップ支援の面で世界から「少し遅れている」という現実でした。
ホストのおいなりさんが「アメリカ側のVCは、当時あまり日本に興味がなかったのでは」と問いかけると、Vincentさんは「イエスでもありノーでもある」と答えます。日本は巨大な市場であり、日本企業はスタートアップにとって魅力的なパートナーになりうる。それでも、スタートアップ技術の取り込みが遅れていたために、当時の国際的な関心は本来あるべき水準に届いていなかったといいます。
オープンイノベーションの近代化が遅れ、スタートアップ支援は世界から3〜5年(場合によってはそれ以上)遅れていた
巨大市場であり、日本企業はグローバルな優良パートナー。世界最大級のエコシステムになる可能性を秘めていた
Plug and Playは「イノベーションは誰にでも、どこにでも開かれているべきだ」という理念のもと、シンガポールやドイツなどへ拠点を広げていました。拠点が増えるほど接点や知見が増え、世界中のノードがつながっていく。それが戦略の核でした。
日本は準備が整っていなかったため最初の進出先ではありませんでしたが、この「機会の空白」を埋めることこそ、Vincentさんにとって魅力的なチャンスでした。約9年前、Plug and Playは日本市場の先駆者の一社として上陸します。
27歳での大抜擢を支えた自信の正体
Plug and Play Japanを立ち上げたとき、Vincentさんは27歳でした。当初の計画は、カリフォルニアから事業を立ち上げ、日本では別のCEOを雇うというもの。快適な生活を送っていたカリフォルニアを離れるつもりはなかったそうです。しかし準備を進めるうちに「自分自身の手で率いたい」という衝動が強まっていきました。
CEOに「自分で日本に移ってやりたい」と伝えたら、数分後に「それが望みなら、やってこい」と言ってくれました。
27歳の若者に日本でのプロジェクトを任せたCEOの決断に、今でも感謝していると語ります。では、なぜ若くしてその自信を持てたのか。おいなりさんの問いに対し、Vincentさんはシリコンバレーでの経験を挙げました。
30歳でマネージャー、35歳で部門長など、年齢に応じた段階を踏む
10代・20代前半で起業する創業者が周囲に多く、年齢の概念が良い意味で崩れる
成功した若い起業家に囲まれる環境が、「20代でも自分にできる」という勇気と自信を育てたといいます。そして、新しい事業を始めるには「少しクレイジーであること」「少し過剰なほどの自信」が必要だと語ります。
さらにVincentさんは「人は、最も身近な人々の組み合わせでできている」という言葉を紹介します。多くのメンターや成功者に触れ、良い部分を選び取って自分なりに実行することが、成功の鍵の一つだと語りました。おいなりさんも、100人以上の創業者インタビューを通じて強く影響を受け、自らメディア事業を立ち上げた経験に深く共感していました。
メガバンクと東急を動かし、渋谷を聖地に
日本での事業立ち上げは、パートナーや顧客候補との対話から始まりました。最初に支援を決めてくれたのは三菱UFJ銀行です。シリコンバレー時代からのパートナーで、Vincentさんが現地で築いたネットワークが生きた形です。日本にPlug and Playを持ち込むアイデアを相談し、賛同を得て最初のパートナーとなりました。
Vincentさんは、何かを始めるにはまずコミュニティ、いわば「ファンベース」を築く必要があると考えていました。三菱UFJ銀行のネットワークは、その最初のコミュニティ形成とアクセラレータープログラムの立ち上げに不可欠だったといいます。これがいわば「ソフトウェア」の部分です。
一方で、物理的な拠点という「ハードウェア」も必要でした。シリコンバレーのPlug and Playが成功した理由の一つは、数百のスタートアップが集う巨大な建物が、偶然の出会いを生む場になっていたことです。この要素を日本にも持ち込むため、2社目のパートナーとして東急不動産と組み、渋谷にコワーキングスペースを共同で立ち上げました。
おいなりさん自身も、あるVCのプログラムを通じてこの渋谷オフィスで働いた経験があるといい、話が盛り上がりました。
なぜ東急不動産が協業に関心を持ったのか。9年前はコワーキングスペースが流行し、コミュニティづくりへの注目が高まっていた時期でした。ただ、場所はあっても中身(コンテンツ)を生み出せる企業は多くなかったといいます。渋谷を「スタートアップとイノベーションの中心地」にしたい東急の狙いと、Plug and Playの文化が合致したのです。
渋谷は変化の街、多様性や文化、アートの街として知られています。新しいトレンドが生まれる場所であることが、私たちのやりたいことと強く響き合いました。
渋谷にはスタートアップもVCも東京で最も多く集まっています。おいなりさんが自身のスタジオを渋谷に構えたのも同じ理由でした。Plug and Play Japanのアイデンティティは、この街と強く結びついているといえます。
なぜ今、新ファンドを立ち上げるのか
投資事業は、アクセラレーターやイノベーション支援事業と常に一体で進んできました。Plug and Playの創業者兼CEOは1990年代から投資を続けており、その投資事業こそがPlug and Play誕生のきっかけだったといいます。会社の設立は2006年ですが、投資はそれ以前から行われていました。
日本進出時、Vincentさんもチームも日本での投資経験はありませんでした。そこで、得意とする大企業向けオープンイノベーションとアクセラレーター運営から始め、スタートアップと大企業のコミュニティという土台を築きました。エコシステムへの理解が深まってから、会社設立の約2年半後に初めて投資を実行したといいます。
本社ではもともと、1件あたり10万米ドル未満のアーリー・シード段階への投資が中心でした。しかしこの規模では、成長段階での追加投資(フォローオン)や持分比率維持(プロラタ)の機会を活かしきれません。そこで、有望な案件により大きく投資すべく、業界ごとのファンドを組成し始めました。最初は自社初のアクセラレーターだった小売・コマース領域から着手し、金融サービス、サプライチェーン、サステナビリティへと広げていったのです。
この本社の戦略がうまくいったため、日本版のファンド組成が数年前に構想され、今回のローンチに至りました。では、なぜ「今」なのか。Vincentさんは、日本のスタートアップエコシステムが複数の段階を経てきたことを挙げます。
スタートアップの数と質、起業家の意欲、グローバル志向、政府の支援、そして国際的な投資家の関心。これらすべてが揃い、さらにAIという大きな波も加わったことで、今このタイミングに賭ける決断は容易だったといいます。ファンド自体は2〜3年前から準備を進め、ついにクローズできたと語りました。
「100億円の壁」とグローバルで勝つ条件
おいなりさんは、いわゆる「100億円問題(東証のIPO基準変更)」を投資環境の難しさとして挙げました。Vincentさんは、変化やボラティリティ、不確実性は投資に常につきものだと前置きしたうえで、この変更を前向きに捉えています。
小規模なIPOが多すぎた状況を受けての変更であり、これが起業家の意識を「成長」や「グローバル市場」へと向けさせるといいます。IPOは確かに難しくなるものの、より大きく成長するスタートアップが生まれる機会につながる。物事には長所も短所もあるが、この momentum shift(機運の変化)はポジティブだと語りました。
IPOは少し難しくなりますが、同時に起業家のマインドセットを、以前より大きく成長させる方向へ変えていると思います。
投資対象については、特定業界に自らを縛らない「ジェネラル」な姿勢を示しつつ、いくつかの注目領域を挙げました。AIはあらゆる事業に組み込まれるため当然の対象であり、アナログな日本の事業を近代化する「DXの延長線上」も魅力的だといいます。
特にディープテックは「日本の中核的な強み」と位置づけます。エネルギー、製造、ロボティクス、そしてAIのグローバルトレンドと日本の基礎力を掛け合わせた「フィジカルAI」に強い関心を示しました。
Plug and Playの投資家としての価値は、世界中の大企業や機関とのつながり、そしてグローバル展開の支援力にあります。ポートフォリオのスタートアップは、大企業パートナーと協業したり顧客にしたりでき、日本を越えて事業を広げる際にはシリコンバレー、シンガポール、韓国、欧州各地の拠点を活用できるのです。
世界中の大企業・機関と連携。ポートフォリオ企業がパートナーや顧客と結びつける
シリコンバレー、シンガポール、韓国、欧州の拠点で海外展開をサポート
日本の創業者がグローバルで勝てるのか、という問いに、Vincentさんは率直に「とても難しい」と答えます。保守性やリスク回避、謙虚さといった日本文化の特徴は、必ずしも成功する創業者の資質とは一致しないからです。
しかし同時に、それらは日本のスタートアップをユニークにする要素でもあると言います。謙虚さや誠実さ、信頼性の高さは、大企業や投資家が日本のスタートアップに強気(bullish)になる理由でもあるのです。
ではどうグローバルに押し出すのか。Vincentさんの答えは「エクスポージャー(exposure・触れる経験)」です。自身の考え方がシリコンバレーで多くの創業者に触れて変わったように、次世代の創業者を国際的なビジネスや起業家に触れさせることが第一歩だといいます。
実際に、より国際感覚のある多様な創業チームや、日本で起業・参画したいと考える海外の起業家が増えているといいます。こうした動きが、これまでにない「グローバルファースト」なチームを生み出し始めていると語りました。
なぜ日本を信じるのか
なぜそれほど日本を好きで、日本のスタートアップの存在を信じられるのか。おいなりさんの問いに、Vincentさんはまず「自分が日本人だから」と笑いつつ、本質を語ります。日本は歴史を通じて、新しい変化をやがて自分のものにしてきた実績があるというのです。
戦後の日本は、初期段階の起業家たちが今日の巨大コングロマリットを築き、多くの成功を収めました。日本にはできる。その能力があるのです。
日本には起業家的なDNAが根付いており、戦後に多くのコングロマリットを生み出した実績がそれを証明していると語ります。必要なのは、その思考を取り戻すための少しの変革だけ。その変革は近い将来に必ず起きると確信しているといいます。
最後にリスナーへのメッセージを問われると、Vincentさんは幅広い関わり方を紹介しました。Plug and Playは日本外にも投資しており、日本に根ざしているか、日本市場への強い関心があれば対象になるといいます。
ファンドを通じた投資はもちろん、シナジーを目的とした大企業への紹介、政府プログラムを通じたクロスボーダー支援など、支援の形は多様です。拠点も全国に広がり、京都・大阪に加え、今年は福岡、神戸(兵庫)、名古屋(東海地方)にも開設。各地のローカルエコシステムへのアクセスを進めているといいます。
スタートアップ、大学、大企業など、イノベーションを起こしたいすべての人に「ぜひ連絡してほしい」と呼びかけます。採用も常に行っており、大企業向けイノベーション支援、アクセラレーター、投資、各地での協業まで、あらゆる領域で仲間を求めているといいます。
収録は、東京都とSusHi Tech Tokyoの協力によって実現しました。おいなりさんは、日本の起業家を世界へ、世界の投資家を日本へ届けたいという思いを重ね、「一緒にやりましょう」とVincentさんと言葉を交わして対談を締めくくりました。なお、Vincentさんは完全なネイティブレベルの日本語話者でもあり、街で見かけたら気軽に日本語で声をかけてほしいと語っています。
まとめ
Phillip Vincentさんが語ったのは、「日本は世界から遅れている」という現実を冷静に見据えつつ、それを最大の勝機と捉える視点でした。三菱UFJ銀行と東急不動産を巻き込んで渋谷にコミュニティと拠点を築き、段階を踏んで投資へと進み、満を持して日本版ファンドをローンチする。その一連の歩みには、明確な戦略と日本への深い信頼が貫かれています。
「100億円の壁」もグローバル志向への転換点と捉え、ディープテックやフィジカルAIに日本の勝ち筋を見出す。そして、次世代の創業者を国際的な経験に触れさせることが、日本を世界へ押し出す第一歩だと語りました。日本に根付く起業家的DNAの覚醒を信じる、その情熱が伝わる対談でした。
- Phillip Vincentさんは日米ハーフのバイカルチャーな背景を持ち、商社を経てPlug and Playに参画。27歳でPlug and Play Japanを立ち上げた。
- 日本のスタートアップ支援は世界から3〜5年遅れているが、その「機会の空白」こそ最大のチャンスと捉えている。
- 三菱UFJ銀行(コミュニティ)と東急不動産(渋谷の拠点)を軸に、ソフトとハードの両面から日本事業を構築した。
- 設立から約2.5年後に初投資、約20件を機にファンド戦略へ移行。エコシステムの成熟とAIの波を受け、日本版ファンドをローンチした。
- 「100億円の壁」は起業家を成長・グローバル志向へ導く前向きな変化と捉え、ディープテックやフィジカルAIに注目している。
- 日本に根付く起業家的DNAを信じ、次世代を国際経験に触れさせることがグローバル化の第一歩と語った。
