移動の足がない現地課題を解く「movus」の事業構造
movus technologiesは、東南アジアのモビリティインフラを構築するスタートアップです。今はライドシェアのドライバーに向けて、自動車のサブスクリプションサービスを提供しています。
背景にあるのは、インドネシアの深刻な移動課題です。ジャカルタの都市圏人口は約4000万人と世界最大級ですが、公共交通機関の分担率は25パーセント程度にとどまっています。
一方で、インドネシア全体の車両保有率は10パーセント以下です。では人々はどう移動しているのか。そこで使われているのが、GrabやGojekといった配車アプリのサービスです。
しかし、ドライバーたちはなかなか自分の車を持てず、働きたくても働けない構造になっています。これがライドシェアのボトルネックであり、movusはそこに車のサービスを届けています。
日本のように公共交通インフラを先に整える道もあったのではないか。おいなりのそんな問いに、酒井さんは新興国特有の事情を挙げます。
いわゆるリープフロッグ的な文脈が新興国には多分にありまして、ライドシェアもそうですし、決済のサービスもむしろインドネシアの方が進んでいることもあります。先に進んでしまっていて、そこの仕組み自体が整っていない。その穴を埋めるような形で弊社がサービスを提供させてもらっています。
2018年、インドネシアで受けた衝撃
酒井さんはインドネシア生まれでもゆかりがあったわけでもありません。初めての訪問は、新卒で入った会社の出張だった2018年でした。
そこで受けたのが、経済の勢いから来る活気や現地の課題感、そして何より現地の人たちのポジティブさでした。
出張期間中なので寝食構わず仕事をしていたんですけど、そういう時に現地のメンバーが「だから日本人はうつ病になるんだよ」みたいなことを言ってくれて。そういう優しい面を持ってくれていて、かつ課題にも直面している。この人たちの課題を解決していきたいなと思って、最終的にインドネシアに起業するに至りました。
ジャカルタのセントラルエリアは高層ビルが並び、日本から来た人も「全然東京だね」と話すほどだと言います。一方で、大きな道路を挟んだ先には東南アジアらしい現地の暮らしが広がる、そのギャップも特徴です。
仮装年賀状から紐解く、人を喜ばせる家庭環境
酒井さんの原点には、家族から受けた影響が色濃くあります。象徴的なのが「坂井家恒例の年賀状」です。
5歳ごろから約25年間続けたこの年賀状では、その年に流行ったもののコスチュームを着て、各家庭に初笑いを届けていました。直近では鬼滅の刃の禰豆子を演じたそうです。
12月の頭ぐらいには家族会議がLINE電話とかで開かれて、今年何するみたいなのが1時間ぐらいディスカッションして、じゃあ今年はこれでいこうってことで、私が熊本に帰省したタイミングで撮影して届けていく。本当に数年前まで続けていましたね。
父はサラリーマン、母は専業主婦という、特別に起業家的な家庭だったわけではありません。ただ、人を笑わせることが好きな家族だったと振り返ります。
習い事も、日本舞踊やアトリエ教室、百人一首の大会と少し特殊でした。さらに祖父からは歴史を、長崎出身で被爆経験のある祖母からは戦争やアフリカのドキュメンタリーの話を聞いて育ちました。
伝記や司馬遼太郎の作品などを通じて、海外に対する日本という視点を早くから持っていた。それが今の事業にもつながっていると考えられます。
慶應野球部での怪我と、続けることを選んだ理由
酒井さんは小学校から大学まで野球を続けました。慶應では東京六大学野球の一員でしたが、部員は約200名。しかも大学1年の春に肩を怪我してしまいます。
一浪によるブランクもあり、2年間ほどはリハビリ生活が続きました。肩の手術も経験し、思い描いていたものとは違う、悔しい4年間だったと言います。
怪我をしたタイミングでドロップアウトする選択肢もあったはずです。それでも辞めなかった理由を、こう語ります。
そこで逃げたら今後何からでも逃げてしまう、逃げ癖がついちゃうんじゃないかなって思ってしまって。私立の野球部に入れてくれた親に迷惑をかけている、お世話になっているからこそ、ここは辞められないなと思いました。
プレーヤーではなくなっても、別の形でチームに貢献しようと考えます。自作のコント集をリラックス用の動画にして試合前に見てもらったり、データ班として偵察や資料出しをしたりしました。
レギュラーが是という立場でずっとやってきた中で、組織として勝つことを経験した。挫折ではあるものの、いい経験だったと振り返ります。
総理大臣志望から起業家へ舵を切った理由
大学卒業後、酒井さんは野球部の同期がいた縁で、SLOGANでインターンを経験します。苦戦している同期を応援したいという、おせっかいな気持ちが入り口でした。
新卒では、東南アジアで自動車ファイナンスを手がけるGLOBAL MOBILITY SERVICEに入社します。惹かれたのは海外という文脈に加えて、金融でした。
私自身、熊本の片田舎から奨学金や教育ローンをうまく活用して私立の大学に通うことができて、名門野球部でいろいろ学ばせてもらって、今の共同創業者も同じ大学。それがなかったら今ここにいなかった可能性もあるので、金融アクセスによって生活が前進していけるよね、というものがありました。
実は酒井さんは大学まで、内閣総理大臣になりたいと考えていました。中学時代からの夢で、高校や大学の選択もそこを見据えていたと言います。
その夢が変わったきっかけは、SLOGAN代表だった伊藤さんとの対話でした。総理大臣になってほしい人は誰かと問われ、孫さんや柳井さんと答えたところ、こう返されます。
「明確に社会を変えてくれるイメージがあるのって、やっぱり起業家というか、ゼロから新しい価値を草の根的に作った人だよね」って言われて、そのタイミングでスンと腹落ちしました。「政治家になりたいって言うけど、それって手段の目的化だよね」ってビシッと言われたのも大きかったです。
コロナ直撃、ソフトバンクでの修業、そして再始動
2020年3月、酒井さんはインドネシアで何かを立ち上げようと渡航します。しかしそのタイミングが、まさにコロナの直撃でした。
ビザが発行されない状況で、事業が成り立つ環境ではありませんでした。冷静に判断し、一旦ソフトバンクに入社することを決めます。
ソフトバンクでは事業戦略統括部で、ブロードバンド事業のPL管理や戦略策定を担当しました。これは意図的な選択だったと言います。
将来スタートアップで事業を作ることを見据え、あえて逆の経験、つまり大企業での数字を扱う管理業務を取りに行ったのです。
その後、共同創業者となる北口さんとプロジェクトを進める中で、野球版のアプリなどを構想しますが、大きくするのは難しいと客観視します。
北口と二人で話し合った結果、やるからには人生かけて命かけてベットしたいよねっていうことで、じゃあスタートアップ的にやっていこうって思い始めました。そこから海外で勝てるプロダクトは何かというところを考え始めて、徐々に起業に至りました。
北口さんはインド発ホテルチェーンのOYOで新規事業の1人目として、急拡大を経験していました。グローバルで戦いたいという二人の思いと、酒井さん自身のインドネシア・モビリティ・ファイナンスの知見が重なり、事業領域が決まっていきました。
連絡不通、バイクで追跡。泥臭すぎる立ち上げのリアル
2021年12月に渡航し、2022年1月から事業を開始します。課題が明確だったため、需要はすぐに顕在化し、契約と車の提供が始まりました。
一方で、初期は事業環境の違いという壁にぶつかります。与信の付け方や車の回収オペレーションの難易度が高かったのです。
象徴的なのが、社員の妻が契約したものの、支払いが止まり連絡が途絶えた一件でした。夫に確認しても、コミットしてくれません。
実はこの旦那さんが、その奥様が第一夫人じゃないといいますか、宗教的なもので複数人奥様がいらっしゃるケースもあって、自分の責任の範囲外っていうことで全然コミットしてくれなかった。GPSを取り付けていたので、共同創業者の北口とかがバイク2台で二人乗りしてカーチェイスして、車を回収しに行くみたいなこともやりました。
支払いの感覚も日本とは異なります。少し遅れて払うことも特殊ではなく、日本の前提をアンラーニングしながら現地基準を学ぶ必要がありました。
与信が取りづらい根本には、信用情報の未整備があります。銀行口座がない人や金融サービスを使ったことがない人も多く、与信の判断が難しいのです。
そこで最先端のテクノロジーで自らデータを取得し、独自に重み付けをして判断する。痛みを伴いながら蓄積した与信データが、競合優位につながっていきます。
なぜ勝てる?低金利調達と日本型オペレーション
インドネシアが有望だとすれば、同じように参入するプレーヤーも多いのではないか。おいなりの問いに、酒井さんは現状スタートアップらしい競合はいないと答えます。理由は大きく2つです。
1つ目は資金調達です。この事業は資金調達が肝であり、金利の安い日本で調達できることが大きなポイントになります。
世界的に見ても日本の金利ってめちゃくちゃお安いじゃないですか。インドネシアで調達しようとすると、リース会社さんからのリース料率が年利で10パーセント超えてくる形だったりするので、弊社が日本側でお金を調達できるのは非常に大きなポイントです。
2つ目はオペレーションです。回収や与信のラストワンマイルの改善を突き詰めることは、日本企業が得意とする領域だと言います。
ユニクロさんがオペレーションを構築されたり、トヨタの看板方式みたいなものがありますけど、新興国のファイナンス領域ってオペレーションが基軸になってくるので、日本人が比較的得意なキャパビリティを持っているところは競合優位性の一つです。
他の新興国では、ナイジェリア発のMoveやメキシコのOCNなど、似たモデルが資金調達を進めています。ただしインドネシアではまだ競合が出ておらず、東南アジアでも主戦国はインドネシアです。人口約3億人を取れるかが東南アジアをリードできるかを左右します。
金利の安い日本で調達でき、現地のリース料率(年利10パーセント超)より有利
回収・与信のラストワンマイル改善という、日本企業が得意な領域で差別化
42.6億円調達、Grab提携、そして描く巨大市場
movusはシリーズBで42.6億円の資金調達を発表しました。PMF、すなわちプロダクトマーケットフィットはシリーズAの時点で完了しており、今はスケールフェーズに入っています。
シリーズAの頃から引き合いは急増し、月間の申し込みは数千件に達しました。今回のシリーズBでは、メガバンク2行を含む5行から調達し、エクイティよりデットの金額が多い構成になっています。
マーケットチャネルの面では、最大手Grabとの提携が進みました。2024年末にスポット的に始まり、2025年の春から夏に契約締結の話が進んで、秋から末にかけて契約に至ったと言います。
では、市場全体で見て今どこにいるのか。酒井さんは、まだ1合目にも達していないと語ります。
インドネシア全体でいくと、車の売買って年間で200〜300万台ほど中古車と新車合わせて売買されているので、それに比べるとまだまだたかだか数千台みたいな規模感。数字で見てもまだ1パーセントにも満たっていない現状があるので、現状に甘んじることなく上だけ目指していこうと。
目先のライドシェア領域だけでも大きな市場があり、その先には車を欲しくてもファイナンスがつかない人への一般的なサービス提供という拡張も見据えています。
現地メンバー100名、新興国でハマる日本型経営
組織は連結で110名。うち100名がインドネシアのメンバーで、日本人がマイノリティという特殊な構成です。残る10名は現地駐在のビジネス職5名と、日本からフルリモートで開発するエンジニア5名です。
当初は共同創業者2名以外は全員現地メンバーでした。スケールを見据え、オペレーションに強い日本人の本社採用を2024年ごろに開始しています。
現地の人材マネジメントには流動性の高さという難しさもあります。しかし、初期からのマネージャー陣には4年間働き続ける人もいると言います。
インドネシアってジョブディスクリプションベースで職を変えないのが一般的だと思うんですけど、弊社では意図的にジョブローテみたいな形で、与信チームにいたメンバーがHRチームで働いたり、日本型の経営スタイルを現地に取り込んで、それがむしろワークしているところもあります。
当初は現地スタイルに遠慮して馴染めなかった面もありました。そこで、自分たちがやり得る原理原則に基づこうと決め、MVPを定め、制度設計を早期に進めていきました。
採用ポジションは大きく3つです。現地駐在のビズデブ、日本からフルリモートのエンジニアリング、そして管理サイドのコーポレートを募集しています。
外貨を稼ぎ、日本を元気にする。2050年世界4位市場への野望
movusが描く未来は、現地の課題を解決すると同時に、日本にも貢献することです。人口が減少する日本にとって、外貨を取り込み海外で需要を作ることが重要だと考えています。
円安時代でもあるからこそ、弊社としては海外にベットしていきたい。アメリカなどいろんな選択肢がある中で、新興国は日本の方々の能力を多分に発揮できるフィールドだと思っているので、現地で課題を解決しながら外貨を稼ぎ、新興国と日本がwin-winになるような関係を築いていけたらなと思っています。
ポテンシャルの根拠として、酒井さんはインドネシアのGDPが1980年ごろの日本と同規模である点を挙げます。当時はソフトバンクが生まれ、柳井さんがファーストリテイリングの社長に就任した時期でもありました。
インドネシアは2050年に日本を超えて世界4位の経済大国になると言われています。その成長を取り込めれば、レジェンダリーな企業になることも十分に可能だと考えています。
シンガポール発のSeaグループは2009年創業で時価総額約10兆円、インドネシア最大とされる物流企業も創業10年ほどです。成熟産業がある日本と違い、新興国では産業ど真ん中を攻め、社会インフラそのものを作っていけると言います。
東の海へ。海を渡り外貨を稼げる日本へ
最後に酒井さんは、日本のプレゼンスへの危機感を語りました。日本のアニメは今も現地で人気で、日本車のシェアは90パーセント近く、日本語学習者数は世界で2番目に多いと言います。
一方で、中国のEVメーカーBYDが日本車の牙城を崩しにかかり、韓国のK-POPやドラマも現地で存在感を増しています。先人が築いたプレゼンスを後世に残すには、チャレンジする人の総和が増える必要があると訴えます。
多くの起業家がグローバルを意識する中で、その視線が向かうのはアメリカ、つまり「西の海」が多いのではないか。おいなりのこの問いに、酒井さんはこう答えます。
アメリカでチャレンジするのはめちゃくちゃすごいと思うんですけど、周りがすごすぎる。インドネシアはまだまだ課題だらけで、プレイヤーが足りていない。その中でも日本人のケイパビリティが生きるという観点でいくと非常にフィットするので、グローバルというチャレンジの中に、ぜひ新興国という文脈を含めていただけるといいのかなと思います。
収録後、絶えないエネルギーの源を問われた酒井さんは、大学時代の肩の怪我でしょげていた期間があるからこそ今があると振り返りました。失敗や苦しさもネタに転換し、前しか向いていないと語ります。
まとめ
movusは、公共交通が未整備なインドネシアで、ライドシェアのドライバーに車のサブスクを届けるモビリティ×金融のインフラを構築しています。慶應野球部での挫折や総理大臣志望からの転換を経て、酒井さんは日本の低金利調達とオペレーションの強みを武器に、42.6億円を調達しスケールフェーズへ入りました。目指すのは、外貨を稼ぎ日本を元気にすることです。
- movusはライドシェアのドライバー向け自動車サブスクで、車を持てず働けないという構造課題を解いている
- 日本での低金利調達と、日本企業が得意なオペレーション改善が、現地で競合優位を生んでいる
- シリーズBで42.6億円を調達し、メガバンク含む5行からエクイティ以上のデットを確保してスケールへ
- 現地メンバー100名を含む組織を、あえて日本型の経営スタイルで運営している
- 2050年に世界4位となるインドネシアで産業ど真ん中を攻め、外貨を稼いで日本のプレゼンスを高めることを目指す
