モノクロームが挑む3つの課題と17億円調達の背景
株式会社モノクロームは、建築一体型の太陽光パネルを開発・提供するスタートアップです。2026年4月にシリーズBラウンドで総額17億円の資金調達を発表しました。このラウンドでリード投資を務めたのがALPHAの田中正人さんです。
田中さんがモノクロームに注目した理由は、エネルギー自給率と再エネ比率の課題にありました。太陽光は再生可能エネルギーの「一丁目一番地」でありながら、設置する土地がほとんど残っていない。そこで田中さんは「家の屋根」という狭小地の活用に大きな可能性を見出していたといいます。
アポを取って行ったら梅田さんが出てくれてびっくりして。将来絶対必要になる会社になるんじゃないかと、その時に確信したのを覚えています。
梅田さんがモノクロームで解決したい課題は、大きく3つあります。それぞれ、太陽光パネルをユーザーとして導入した自身の体験から生まれたものです。
アメリカと愛知を行き来した幼少期と盟友との出会い
梅田さんの生まれはアメリカ・デトロイト。父親がデンソーの海外事務所立ち上げで渡米したことがきっかけでした。その後、愛知県岡崎市とデトロイトを行き来し、高校時代は岡崎で過ごします。
興味深いのは、帰国子女にありがちな「カルチャーショック」や「アイデンティティクライシス」が、梅田さんには全くなかったという点です。アメリカも日本も両方楽しかったと振り返ります。日本の田舎の小学校で全員が同じ服装をしていたことすら「軍隊の一員になれたようでかっこいい」と感じたそうです。
そして高校1年生のとき、名簿順が「稲垣のい」「梅田のう」で隣同士だったことから、後のユーザベース共同創業者・稲垣さんと出会います。友達のグループは違ったものの、なぜか馬が合った二人。愛知を出たかった梅田さんが「一人だと寂しい」と稲垣さんを誘い、横浜国立大学と埼玉大学へ、それぞれ関東の大学に進学しました。
最初お互い友達がいなかったんで、横浜と埼玉を行き来しながら、お互い寂しさを慰め合っていました。
スパルタ部活とコンサル時代が生んだ「勝つ執念」と絆
梅田さんの原体験として印象的なのが、小学生時代のソフトボール(後の野球)です。当時は「練習中に水を飲んではいけない」といった非合理なルールもありましたが、仲間と一つの目的に向かって次元の違うレベルで頑張る体験に、梅田さんは強くハマったといいます。岡崎市の大会で準優勝、決勝で負けて悔し涙を流した「ザ・青春」は、アメリカでは味わえなかったものでした。
ただし、この熱中は一直線ではありませんでした。高校で野球部に入るも、レベルの高さと練習の不合理さに「何のために走っているのか」と気持ちが切れ、1ヶ月ほどで辞めてしまいます。しかし辞めた先に楽しい世界はなく、コンビニ前で友人と時間をつぶす日々。「熱中できるもの」を探し続けた大学時代は、バンドやサーフィン部にも手を出しますが、どれも長続きしませんでした。
やがて自己分析の中で、梅田さんは自分が「自由」を求めていることに気づきます。バックパックでの一人旅が楽しかったのは、行き先も今日何をするかも全て自分でコントロールできる自由があったから。この「自由」というキーワードを軸に、就職活動を始めました。
コンサル時代のCDIでは「毎週水曜に帰り、木曜に徹夜し、金曜に仕上げる」という生活。人生で唯一「会社に行きたくない」と思ったほどのハードさでした。しかし、この過酷さを共に乗り越えた同年代のインターン仲間もまた「一生の友」になったといいます。小学校の部活、コンサル時代、そしてユーザベース創業時。同じ苦しい体験を共有した仲間が、梅田さんの人生を豊かにしてきました。
ユーザベース創業と、リーマンショックを越えた修羅場
UBS時代、梅田さんは若手が「情報を集めて整理する」ことに時間を奪われ、肝心の分析に時間を使えない現実に問題意識を持ちます。「データベースを作れば効率化できる」という構想が、起業の種になりました。動機の半分は「UBSから逃げたい」気持ち、半分は「これを作れば業界の仲間も助かる」というワクワク感だったといいます。
最後の一押しになったのは、恵比寿のマンションの一室で起業した大学の友人でした。ネクタイでへろへろに働く梅田さんに対し、ジーパンとTシャツ姿で楽しそうにしている友人。その「圧倒的な自由」の対比が、梅田さんの心に強く残りました。しかも大学では落ちこぼれだった友人が「俺でもできるんじゃないか」と思わせてくれたのです。
創業の相棒は、唯一エンジニアの世界にいた高校の同級生・稲垣さん。お互いに「お前がやるなら俺もやる」と言い合い、なかなか踏ん切りがつきませんでした。そこで梅田さんは1月1日、「お前がいなくても俺一人でやる」とカマをかけて自分の覚悟を決めます。すると稲垣さんも「じゃあ俺もやる」と応じ、最初の仲間が決まりました。
仲間が集まるか集まらないかは、もう自分の覚悟次第なんだなと。覚悟を決めたら、そこから仲間が集まってきてくれたんですよね。
しかし立ち上げは苦難の連続でした。半年でリリースする計画が一年に延び、天才肌の初代CTO・竹内さんとは何度も衝突。管理型のマネジメントをした途端「ついていきません」と別れのメールが届き、慌てて謝って戻ってもらう場面もありました。開き直って自由にさせたところ、竹内さんは仕様書を無視して指示以上に良いものを作ってきた──この経験が、後のユーザベースの「自由主義」というカルチャーの原点になったといいます。
そして開発が一年に延び、資金が尽きかけた2008年10月、リーマンショックが直撃します。まだプロダクトをローンチできていない状況で、社外役員からは「若者の将来を心配するからこそ、ここで畳んで就職した方がいい」と真摯なアドバイスを受けました。
品川のオフィスに戻る途中、メンバーにどう伝えるか悩みながら喫茶店ルノアールに入った三人。しかし梅田さん、稲垣さん、新納さんの誰も「辞める」という選択肢を口にせず、ひたすら「どうすればローンチできるか」だけを話していました。梅田さんの心を支えたのは、夜中に作りかけのSPEEDAを触ったときの確信でした。
これが出せれば、少なくとも僕がUBSのアナリストをやっていた頃なら泣いて喜ぶ製品を絶対作っている。せめて出せるところまで頑張ろうと。
翌2009年4月、機能を大幅に削ってでもローンチ。当初は親戚や恩人に頭を下げ「買ってくれないと潰れる」という同情に訴える営業でしのぎました。しかし6ヶ月間でプロダクトの機能とコンテンツを磨き続けた結果、同年10月にカーライルが「機能とコンテンツだけを見て」契約してくれたことが転機に。ここから営業の手応えが変わり、事業は伸びていきました。
プロダクトを当て続ける「本物の情熱」とは
SPEEDA、NewsPicks、そして今回のモノクローム。田中さんは梅田さんの「プロダクトを当てるホームラン率の高さ」に注目し、その秘訣を尋ねました。梅田さんの答えはシンプルでした。
まずマーケティングは一切やらず、「喉から手が出るほど欲しいもの」を作る。軸がシンプルになり、ニッチを一点突破できるからです。ただし自分の感覚は外れることもある。だからこそ早く出し、本気でお金を払ってくれるかどうかで検証する。PowerPointや口頭の「どう?」では本物の仮説検証にならない、と梅田さんは強調します。
そして最も難しいのが「モチベーションが続くか」。仮説検証で磨いていくフェーズは時間がかかり、心が折れれば失敗する。梅田さんは「これあったらいいな、やってみよう」程度の“偽物の情熱”では折れてしまうと言います。
「あったらいいな、やってみよう」程度。仮説検証で磨くフェーズで心が折れてしまう。
強いモチベーションで立ち上がりの停滞を乗り越えられる。着手前に必ず見極める。
退任の真相と、太陽光への再挑戦
約13年、迷いなく駆け抜けたユーザベース経営。しかし退任前、梅田さんは自分の中の「こみ上げるもの」が弱まっているのを感じます。かつては自分が起点となって「これをやりたい」と音頭を取っていたのに、いつしかメンバーの提案に「いいね」と承認するだけの人になっていたのです。
もう一つのきっかけが、買収した米国事業をターンアラウンドできず、売却せざるを得なかったこと。何をやっても結果が出ないという初めての体験であり、自分の実力の限界を感じた出来事でした。責任感と喪失感、そして「やりきった」清々しさ──複雑な感情が絡み合う中、梅田さんは稲垣さんに代表を下りることを相談しました。
これまで結果、結果と、すべては結果だと思っていました。でもそれだけでもないんだなと。やりきったプロセスからも満足感は得られると、その時に感じました。
退任後は、決めた予定もなく家族と過ごす時間を楽しんでいました。そんな中で家を建て、初めて太陽光パネルをユーザーとして導入。「完成された業界」だと思っていたのに、そこには数々のペイン(不合理)があったのです。起業をもう一度やるつもりは全くなかった梅田さんですが、「これがあったらいいな」という思いが再び火をつけました。
畑違いのハードウェア開発を乗り越えられた鍵も、やはり「人」でした。日本の太陽光産業は中国メーカーとの価格競争で一度ほぼ消滅し、技術者が失われていました。梅田さんは、かつて太陽光セルのスタートアップを立ち上げ、価格競争で敗れてインドネシアにいた技術者・石川さんを記事検索で発見。「日本からまた太陽光のスタートアップが出てくるとは思わなかった」という石川さんが再挑戦を決め、最初のブレイクスルーとなりました。
屋根づくりでも同様でした。当初はOEMでの調達を試みますが、値段が高く美しくない。「そこらにある太陽光と屋根をカチッと合わせただけ」だったのです。そこで素材・部品からすべて自社で設計するゼロからの開発に切り替え。栃木の屋根メーカー・カナメの協力を得て、山形工場に自社ラインを立ち上げました。
一方で、ユーザベースの経験をそのままコピーしなかった点もあります。共同代表の形をまねて始めたところは失敗したといい、「事業を作るのに方程式はない」と痛感したそうです。ただし採用だけは共通の鉄則があります。ゼロイチのフェーズを共有した最初のメンバーこそ「スタートアップの宝」であり、モノクロームでも最初の一定人数までは意識的に将来の経営人材を集めているといいます。
事業領域も進化しています。当初はエネルギーの創出から照明・カーテンまでを一つのプラットフォームでつなぐ「スマートホーム」構想でしたが、施工コストの高さと労働集約性から難易度が高いと判断。エネルギーに集中する方向へ絞り込みました。現在の課題は「価格」。機能・性能を上げつつ価格を下げ、「三人に一人が買う」マス層に届けることを目指しています。
隈研吾さんのようなアトリエ系建築家。環境に良い建築を求めつつ「パネルは入れたくない」ニーズと、単価の高い建物。まず富裕層向けにフィットした。
地場の工務店やハウスメーカーの標準品へ。白馬村のように村の屋根を発電所にする、町ぐるみのプロジェクトも展開。
ただし、現状は補助金に依存している面もあります。梅田さんは「補助金に頼らなくても経済性が成り立つ」形を目指すべきだと語りました。
子どもたちに残す美しい地球と、次なるビジョン
田中さんがモノクロームに惚れ込んだ理由は2つ。1つは「美しい景観を残す」というビジョンです。田中さん自身、オーストラリア出張で「日本大好き」と話しかけられた際、ソニーやトヨタといった先人のレガシーに支えられている一方、自分たちが次世代に何も残せていないという複雑な思いを抱いたといいます。だからこそ、VCという仕事を通じて日本を代表する起業を支援したいと考えていました。もう1つは、現場で見たプロダクトの美しさと、メンバーの「狂気」と情熱でした。
本当にプロダクトが美しいんですよ。皆さんこだわりを持って働かれていて、狂気も情熱も感じた。ついていきたいなと思いました。
梅田さんのモチベーションの源泉も、二度目の起業では変化していました。子ども4人を持つ父親として「子どもたちに何を残すか」が原動力になっているのです。AIや自動運転は「なくても幸せだった」ものだが、美しい自然や地球の恵みは「なくなると明らかに不幸せになる」もの。だからこそ環境に取り組む意義があるといいます。
実際、シャモニーからツェルマットへスキー板を担いで縦走した旅では、圧倒的な速さで氷河が失われている現実を目の当たりにしました。ツェルマットの住民はガソリン車の乗り入れを禁止するなど自ら立ち上がっています。一方、日本では氷河がないため危機感を実感しにくい。梅田さんが15年住む葉山でも、温暖化で生態系が変わりワカメを干す風物詩が消えつつあるといいます。
環境意識や「未来に残したい景色」という話だけでは絶対にダメ。それを抜きにしてもかっこいいし、経済合理性が合うし、品質が合う。そういうプロダクトを作らなきゃいけない。
さらにモノクロームは、別のアプローチにも挑んでいます。2027年8月開校を目指す「アキイヤ葉山国際学園」です。校舎にはモノクロームのシステムを導入し、持続可能な学校の形を作るとともに、AI時代に問われる「人間力」を育むことを狙います。
他者を受け入れる、ジェネラスで寛容な心を持つこと。
良い悪いを判断できる倫理性を持つこと。
困難を乗り越えてやり抜く力を持つこと。
これらの力は机上の学習やAIからは学べず、体験からしか得られない。AIが世の中を「滑らか」にし、困難をお金で買う時代になりかねないからこそ、森で動物を飼うなど、当たり前にチャレンジできる学校を作りたいと梅田さんは語ります。
採用については、セールスと電気工事士を積極募集中。プロダクトを売るだけでなく「太陽と共に生きるライフスタイル」を提案できる人を求めています。加えて「良いと思った人は枠がなくても採用する」という絶対評価の鉄則も、ユーザベース時代からのものです。
世の中に必要なこと、素敵な仲間、チャレンジできる。すごい環境だなと。僕が20代だったら梅田さんの下で働きたいと思いました。
最後に、リスナーへのメッセージを求められた梅田さん。大きなビジョンを掲げるより、目の前の「お客さんがどうすれば買ってくれるか」を解くことに力が出るタイプだと語ります。ユーザベースも「市場規模が小さい」と何度も言われながら、一人の顧客を満足させ、隣の顧客へと広げていった結果、いつの間にか高いところまで来ていたといいます。
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ゲスト▶︎株式会社モノクローム 代表取締役 梅田優祐さん
建築一体型太陽光パネルでエネルギーの民主化に挑み、2026年4月にシリーズBラウンドで総額17億円の資金調達を発表し注目を集めています。アメリカで生まれ、日米を行き来した幼少期。高校時代に出会ったユーザベース共同創業者の稲垣氏との奇跡的な出会いや、理不尽なスパルタ部活で培った勝つための執念など、彼の原点には泥臭い青春の熱狂がありました。
ユーザベースを退任後、自邸の建設時に直面した太陽光パネルの「景観公害」や「不合理なUI/UX」への絶望と怒りが、彼を再び修羅場へと突き動かします。完成された巨大市場の常識を、美しいデザインとソフトウェアの力で覆す、壮大な再挑戦の物語に迫ります。
今回のラウンドでリード投資を務め、梅田さんのビジョンに伴走し続ける投資家、ALPHA General Partnerの田中正人さんとともに、梅田さん、モノクロームさんの物語を伺いました📚
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▼ タイムスタンプ(Highlights)
00:00:00 オープニング
00:01:51 投資家が語る「17億調達」屋根×太陽光の裏側
00:04:19 連続起業の原点:自邸建設で味わった絶望と不合理
00:09:08 幼少期の記憶と、名簿順が生んだ盟友との出会い
00:14:07 泥臭い原体験:謎ルールだらけのスパルタ部活
00:24:22 最初の挫折と絆:奴隷のように働いたコンサル時代
00:29:06 起業の決意:ジーパン姿の友人に見た「圧倒的自由」
00:35:07 創業期の修羅場:天才CTOと解散の危機を越えて
00:48:01 ヒットの法則:偽物の情熱では心折れてしまう
00:52:31 ユーザベース退任の真相:自分の限界と喪失感
00:59:01 畑違いのハード開発:消滅した国内産業をゼロから
01:12:14 投資家が惚れた狂気:子どもたちへ美しい地球を
01:19:42 次なる壮大なビジョン:AI時代に「人間力」を育む
01:27:13 エンディング:目の前の「欲しい」を突き詰めろ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
▼ 出演者リンク
・株式会社モノクローム
-HP
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-採用情報
https://www.monochrome.so/press/recruit
-資金調達プレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000035.000113840.html
-梅田さんX
https://x.com/ume_log
・株式会社ALPHA
-HP
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-田中さんX
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