AnotherBballと「妄想力」というキーワード
AnotherBallは「境界を超え、通じ合える愉快な体験を作る」というミッションを掲げ、エンタメ領域で同時多発的に事業を作る会社です。現在のメイン事業は、誰でも簡単にVTuberになれるアプリ「Avvy」と、アニメやゲームを制作するクリエイティブスタジオ「Mayflower」の2つ。さらにR&Dを担う事業部も持っています。
大湯さんが繰り返し使う「妄想力」という言葉には、日本人が世界で勝てる強みへの確信が込められています。朝から晩まで海外製プラットフォームの上で生活する現代、収益を上げやすいプラットフォームはほぼ海外に握られている。その中で日本が世界と戦えるのは「コンテンツを作ること」だと大湯さんは考えます。
IPのランキングを見れば、ワンピース尾田栄一郎による大人気少年漫画。世界で最も発行部数の多い漫画作品としてギネス記録を持つ。やサンリオ、任天堂のポケモンなど、日本発のIPが上位を占めます。海外に行けば「これカメハメハだよね」と言われ、日本人だというだけで愛される。その源泉こそ、一人ひとりのクリエイターの闇と光から生まれる「妄想の力」だというのです。
朝から晩まで、本当に海外製のプラットフォームの上で僕らは生きてるじゃないですか。全てのプラットフォームが海外に取られている中で、私たちが世界で勝てるのはコンテンツを作ることなんです。
異例の25億円デットファイナンスの裏側
アーリーステージのスタートアップが、デットだけで25億円を調達する。これは異例のプレイです。大湯さんはまず「身に余る期待をしてもらっている」と語ったうえで、そこにハックのようなものはなく、いくつもの要素の掛け合わせだと説明します。
背景の1つは、社会的な「風」です。エンタメの海外輸出は半導体を超え、自動車に次ぐ規模になっているという統計も出ており、国策として20兆円の売上を目指す動きもあります。エンタメを日本から世界へという流れは、大湯さんが言い出したものではなく、社会全体の風になっているのです。
もう1つは、連続起業家としての「チケット」です。組織の作り方、資金調達、マーケット感覚、そして英語力。大湯さんは2社目で海外投資家と直接交渉する中で英語を磨き、Twitchのファウンダーであるケビンさんにシンガポールのイベントで直談判し、その場で出資を決めてもらったこともあるといいます。
社会的な追い風
エンタメの海外輸出が拡大。国策としての期待が高まる
連続起業家の実績
組織づくり・資金調達・マーケット感覚・英語力の掛け合わせ
Avvyの急成長
体験版から爆発的に伸び、投資とリターンが見えるように
攻めた座組の実現
数字に表れない成長性への評価が加わった
Avvyは前年半ばに体験版を出してから爆発的に伸び、大湯さん自身は年末に「プロダクトマーケットフィットした」と感じたといいます。数字で説明がつくうえに、3社目までの歴史やチームの練度といった数字に表れない部分も評価された結果、通常より攻めた座組になったと振り返ります。
1日300円の無給生活から始まった1社目
大湯さんの起業は2012年。実は最初もエンタメでした。孫泰蔵さん実業家・投資家。日本にシリコンバレー型のスタートアップエコシステムを作ることを目指し、若者への投資プロジェクトを立ち上げた。が立ち上げた若者向け投資プロジェクトに公募で応募し、CTOの島田さんと一緒にピッチして採択されます。プランは、クリエイター向けのポートフォリオサービス「Cretty」。スマホで作品を撮ればインスタのようなUChIでポートフォリオが作れるというもので、Instagramの日本上陸前という先駆けでした。
しかしビジネスモデルは曖昧で、2年近く無給。1日の食費は300〜400円という生活でした。5人ほどのメンバーがほぼボランティアで支え、家賃8000円の超ボロオフィスで肩を寄せ合っていたといいます。
投資家のアンリさんから「テーマが悪い、ピボットしろ」と言われても半年〜1年は粘りましたが、最終的に方向転換を決意。「本当に人の役に立つものを作ろう」というただ一つのテーマを掲げ、6〜7個のサービスを並列で試す中で健康領域にたどり着きます。
15年後、20年後にFacebookを使う人はいなくなるかもしれないけど、お腹が痛いと思って調べる人はいなくならない。これは間違いないニーズだと思ったんです。
妊婦向けの陣痛タクシー情報をまとめた記事がバズったことをきっかけに、ママ領域へ絞り込み。ベビーカーを押すお母さんにサブウェイでインタビューを重ね、Q&Aアプリを立ち上げます。あえてアイコンをピンクにして「女性限定」の閉じたコミュニティにしたところ、先輩ママが後輩に15〜20秒で回答するような熱いコミュニティが生まれました。これが「MAMARY」です。
最初の2年と後半の2年は様変わりし、ある月には月10人採用というほどの急拡大を経験。オフィス移転、カルチャー構築、人事、全国CMまで、経験したことのないことを急速に学びました。「あ、こうやって世の中は動いているんだな」と理解できた貴重な時間だったと語ります。
売却・退任後に訪れた「暗黒の世界一周」
KDDIグループ入りから約3年、大湯さんは次を全く決めないまま退任します。1年かけて後継者を選ぶサクセッションプランを実行し、権限を渡してバトンパスしました。
退任後の1年間で訪れたのは約25都市。しかしその大半は観光ではなく、現地の起業家に会う旅でした。ナイジェリアでは1週間で30人ほどの起業家に会い、3社に投資。一見キラキラした「世界一周」は、本人にとっては暗黒期だったといいます。
ケニアで出会った起業家は「この地域では救急車が3〜4時間かかる。人が死ぬ。だから救急車を呼ぶアプリを作っているんだ」と語りました。目の前に命の問題があり、それを解決しようとする起業家たちがまぶしく見える一方、自分は何も生み出していない。過去形でしか語れない焦燥感が、再起業への原動力になったのです。
旅の中で強く感じたのは、日本人であるだけでポジティブに評価される体験でした。アフリカのタクシーで運転手が「俺は寄生獣岩明均による漫画。人間に寄生する生物と人間の共生を描いたSF作品。会話に登場する「ミギー」は主人公に寄生したキャラクター。のミギーが好きなんだ」と語り出したこと。アニメすら存在しなかった時代に、ニッチな漫画のキャラクターまで愛されている。ポケモン世代・ニコニコ動画世代でもある大湯さんは、「何で勝てるか」を考え抜いた末、「一周回ってエンタメなんじゃないか」と腹を決めます。
2社目のVTuber事業
2社目は英語圏に特化したVTuber事務所「PRISM Project」。コロナ期に「NewVTuberProject」の名で数万円だけ広告を出したところ、1〜2週間で300人の応募が殺到しました。片言の英語でZoom面接し、3人を採用してスタート。キャラクターの名前もイラストの目の位置も1ピクセル単位でこだわり、「人生で5本指に入るほど楽しかった」と振り返ります。この事業も最終的にソニーへ譲渡されました。
なぜ3社目で外部資本を入れたのか
1社目は他人資本、2社目は完全な自己資本。そして3社目のAnotherBallでは、あえて最初のエンジェルラウンドからしっかりエクイティを入れました。その理由を、大湯さんは主に「マインドセット」だと語ります。
応援してくれる人が少なく、プレッシャーも小さい。「これぐらいでいいか」と思う瞬間がある。残しておいてもいいお金
使って成長するためのお金。締め切りとコミットメントが生まれ、退路を断って狂った挑戦ができる
大湯さんは自分を「適度なプレッシャーがある方が頑張れるタイプ」と分析します。他人の資本を受け取ることは、使って成長するというコミットメントを背負うこと。「夏休みの宿題と同じで、締め切りが決まっているから頑張れる」という感覚です。メルカリの山田進太郎さんメルカリ創業者。世界一周を経てメルカリを起業したことで知られる。が自ら出資しつつVCからも出資を受けた話にも近い、と語ります。
3社目の事業領域も、最初から今のAvvyだったわけではありません。日本を代表するアーティストとデジタルバッジを配るアートプロジェクトなど、作っては壊すを繰り返す中で、ストリーミングとプラットフォームにチャンスがあると見出していきました。
10日間で20万人。Avvy爆伸びの理由
Avvyの前身は、英語圏向けの配信プラットフォーム「AniLive」でした。しかし北米ではアバターを持つ人が少なく、第二言語での数百人規模のストリーマーマネジメントは想像を絶する大変さだったといいます。
そこで、自社でアバターを作って渡すプロジェクトを実施したところ、1〜2ヶ月で7〜8000人の応募が殺到。「こんなに人はVTuberになりたいんだ」というインサイトが、今のAvvyのカスタマイズ機能につながりました。
Avvyのユニークさは、2Dイラストを組み合わせてトップVTuberのようなルックを作れる点にあります。3Dのキャラクリと違い、2Dイラストは本来組み合わせる前提で描かれていません。Tシャツがエプロンからはみ出すような破綻を、技術で解消する独自フォーマットを作り上げたのです。イラストレーターの職人技とエンジニアの技術を掛け合わせ、「2Dで着せ替えができて、しかも動く」ものを実現しました。
体験版はアバターをカスタマイズするだけの機能で、配信もマネタイズもシェア機能もない状態でした。プロモーションもインフルエンサー施策も間に合わなかったにもかかわらず、10日間で約20万人が登録。しかも海外が大半でした。
日本語だけでツイートしたら、勝手に翻訳されてリツイートされて、使った人が「私もVTuberになれた」ってTikTokにあげてくれて、それがまたバズる。オーガニックで伸びていったんです。
日本語のポストが英語圏に刺さった背景には、「日本発のものはクール」という前提があります。K-POPがジャンル化しているように、VTuber文化も日本がリードしているという文脈が、世界での爆発的な広がりを後押ししたのです。
買収したアニメスタジオとのシナジー
AnotherBallはアニメスタジオ「Mayflower」を買収しています。狙いは、IPの制作から流通、マネタイズまでを一気通貫で手がけること。実際、Avvyのアバターを描く腕利きのイラストレーターはMayflower経由でつながった人物で、「彼女がいなければAvvyは生まれていない」と大湯さんは語ります。技術の進化でコンテンツ制作が少人数でも可能になり、現在はゲーム制作にも軸足を広げています。
AI時代にエンタメの価値はなぜ急騰するのか
エンタメビジネスはバブル化しているのではないか。この問いに対し、大湯さんは「バブルか否かの答えは持ち合わせていない」としつつ、国として大きな追い風があるのは間違いないと語ります。むしろ「バブルを作った方がいいかもしれない」とも。AIバブルの中からOpenAIやAnthropicのような偉大な企業が生まれたように、バブルを乗り越えなければ産業は生まれない可能性があるからです。
次なるポケモンレベルのIPが次の10年で5本出たら、本当に日本の国力は上がると思うんですよね。
では、エンタメが社会にもたらす価値とは何か。大湯さんは2つの観点を挙げます。1つは文化の保存。ゲームやVTuber、漫画・アニメといったカルチャーを残していくには、産業として稼ぐ必要があるということです。
もう1つは、人間を幸せにする力です。K-POPプロデューサーのミン・ヒジンさんの言葉を引きながら、「エンタメは日常の小さな幸せを増やし、人の生活を良くするもの」だと語ります。推し活で明日を頑張れるように、エンタメは人類にとってのサプリメントだというのです。
AIが作業的な仕事を代替すれば、暇になる人が増える。暇は精神の大敵であり、余暇を楽しむエンタメの価値は相対的に上がっていく。「健康な体」と「余暇を楽しむエンタメ」は車の両輪のように大事になる、というのが大湯さんの見立てです。
「今が世界に挑む最後のチャンス」
最後に大湯さんは、AnotherBallを「腰を据えてバットを振る挑戦を久しぶりにできている会社」だと語りました。世界で使われるものを真顔で作り、優秀なメンバーが集まり、資本も時代の流れも揃っている。日本の力を考えると、ここを逃せばこのフィットはもう来ないかもしれない、という危機感があるといいます。
AnotherBallがうまくいけば、日本・アジア発の発想で世界で稼ぐ2社目、3社目の事例が続くはず。そうなれば違う時代が開ける、と大湯さんは語ります。一視聴、一リツイートの応援でも力になる、と生温かい目でのサポートを呼びかけました。
まとめ
大湯さんの物語は、失敗と焦燥感を積み重ねながら、日本の強みを世界で証明しようとする挑戦の連続でした。1日300円の無給生活、売却後に「過去形しか語れない」と感じた暗黒期。そのすべてが、日本の妄想力で世界を獲るという確信につながっています。AI時代だからこそ相対的に価値が上がるエンタメ領域で、「今が最後のチャンス」と全力で挑む姿が印象的なエピソードでした。
- AnotherBallは「妄想力」を武器に、日本のクリエイティビティを世界の収益につなげるエンタメ企業
- 連続起業家の実績、社会的な追い風、Avvyの急成長が重なり、異例の25億円デットファイナンスを実現
- 1社目は1日300円の無給生活からMAMARYを生み出しKDDIへ売却。売却後の「暗黒の世界一周」が再起業の原動力に
- 3社目ではあえて外部資本を入れ、退路を断って挑戦するマインドセットを選んだ
- 2Dイラストで着せ替えできる独自技術により、Avvy体験版は10日間で20万人が登録
- AIが作業を代替する時代だからこそ、余暇を楽しむエンタメの価値は相対的に急騰すると大湯さんは見る
