誰に向けて、何を届けたいのか ── ターゲット設定とブランド価値の再定義
ホテル八木の代表・八木司氏と、ウェブ制作を担当する土田氏が、チラシ制作を通じて見えてきた「本当に伝えるべき価値」について語ります。料理やサービスの表面的なアピールを超えて、誰に何を届けるのか。ターゲット層の再定義とブランド戦略の転換点を迎えた二人の対話を、旅館経営と観光の現場から - ホテル八木のリアルトークからまとめます。
料理への「全振り」から次のステージへ
収録の冒頭、八木氏はこれまでのチラシ制作における方針転換を示唆しました。これまでホテル八木のチラシでは、料理やスイーツ、季節感といった「目に見える華やかさ」に全力を注いできました。しかし、今、その前提を見直す時期に来ているといいます。
料理は一つのその手段でしかなくて、本当にお客様に提供できる価値って、泊まっていただいて日々の疲れを癒して明日も頑張れる、明日への英気を養っていただくこと。
料理はあくまで手段であり、目的ではない。この気づきは、ホテル八木が掲げる「気兼ねなく心地よく」という理念の再確認でもありました。次に目指すべきは、「贅沢、上質、格別」という新たな価値軸。これまでにない挑戦ですが、ブランドの次のステージへ進むための重要な一歩だと、八木氏は語ります。
ポスター的な発想 ── 短く本質を伝える
土田氏は、この方向性に共感したうえで、新たなクリエイティブの軸として「ポスター的な表現」を提案しました。チラシは情報を詰め込むものですが、ポスターは本質を短く、強く伝えるメディアです。
チラシというよりはポスターのイメージで作成するっていうのがいいのかなと。短い、格言じゃないですけども、本質を短く伝えるっていうのは大切。
土田氏の提案は、単にデザインの話ではありません。ブランドの「凛としたプライド」を体現するには、余計な説明を削ぎ落とし、核心だけを研ぎ澄ませる必要があるという考え方です。今の宿泊業界では、オールインクルーシブやビュッフェスタイルが増え、どこも似たような訴求になりがちです。その中で、ホテル八木にしかない価値を一言で伝える。それが次のチャレンジです。
八木にしかない「魂」を伝える
八木氏は、業界全体が表面的な競争に陥っている現状に、ある種の危機感を抱いています。ビュッフェ、目の前調理、豪華な設備——それらは真似しようと思えば真似できるものです。しかし、ホテル八木には「真似できないもの」があるといいます。
たとえば、ショートケーキの作り方へのこだわり、温度管理、使う食器のセレクション。これらはすべて「ホテル八木の魂が入っている」ものです。他の宿が単にお金をかけて派手にやっているのとは、根本的に違う。八木氏は、このこだわりこそが競争優位性だと考えています。
八木がやってるのって、表面的なところじゃない。ショートケーキの作り方、温度、使ってるお皿のこだわり。他には真似できないものなんですよ。八木の魂が入ってるから。
ところが、前回土田氏が作成したキャッチコピーを見直したとき、八木氏は気づきました。「選ぶ楽しさ」といったフレーズは、もしかすると他の宿にも当てはまるかもしれない、と。つまり、ホテル八木「だけ」が語れる言葉ではないのです。
この発見が、今回の方向転換の引き金になりました。表面的な魅力ではなく、八木にしかない「魂」を、どう言葉にし、どうビジュアルで伝えるか。それが次の課題です。
プライドと少数精鋭へのシフト
土田氏は、八木氏のこだわりを「プライド」という言葉で表現しました。ただし、それは傲慢なプライドではなく、「凛とした、どこにもない自分たちの信念に近いプライド」です。
八木さんのこだわりって、プラ、プライド的なところがあるのかなと。悪い意味じゃなくて、凛とした、どこにもない自分たちの信念に近いプライド。
そして、そのプライドが最も輝くのは、「少数精鋭」の戦略です。かつてホテル八木は、大量のお客様を受け入れて回転させる方式をとっていました。しかし今は、少人数のお客様に深く満足してもらうスタイルへと完全にシフトしています。
このシフトは、ブランド価値を高めるうえで必然的な選択です。すべての人に好かれる必要はない。ホテル八木の価値観に共感し、その体験を求める人だけに来てもらう。そのための発信が、今回のチラシ(あるいはポスター)の役割です。
大量のお客様を受け入れ、回転させる方式。効率重視の運営。
少人数のお客様に深く満足してもらうスタイル。ブランド価値を重視。
若者の旅行離れは嘘? 本当のターゲット層
話題は、ターゲット層の再定義へと移ります。八木氏は、地域の仲間から共有された興味深いデータを紹介しました。それは、「若者の旅行離れ」という通説が、実はデータと矛盾しているという指摘です。
宿泊動向調査によれば、一年間で一度も旅行しなかった層は、実は七十代以上高齢者層。体力の衰えや健康上の理由から、宿泊を伴う旅行を控える傾向が強まっています。だったといいます。団塊の世代を中心とした高齢層が、体力的・健康的な理由で旅行を控えるようになり、国内旅行市場の縮小を招いている。一方、現役の子育て世代や若年層は、むしろ「価値のある旅行」を求めて動いているのです。
自分たちがお金を使うなら、せっかくなら自分が満足できるところに行きたいっていう絶対思いがある。
ここで八木氏が強調したのは、ターゲット層のシフトです。かつては高齢者層が旅館の主な顧客でしたが、今後は30代・40代の現役子育て世代が中心になる。彼らは価値観が変化しており、「自分が納得できるもの」にお金を使う世代です。そして、彼らが満足すれば、祖父母世代も一緒についてくる。
土田氏も、以前「孫旅」というテーマでチラシを作った経験を語りました。孫が動けば祖父母が動く。予約を取るのは祖父母でも、行き先を決めるのは孫世代。この構造を理解したうえで、誰に向けてメッセージを発するかを決めることが、ミスマッチを防ぐカギです。
孫が動くことによっておじいちゃんが動くと。予約を取るのはおじいちゃんとかおばあちゃんなので、あえてそこに向けたチラシを作ったなって。
八木氏は、子どもにフォーカスしすぎると客層がずれると指摘します。ホテル八木のコアバリューは、「大人がゆっくりすること」。結果的に子どもも喜ぶかもしれませんが、軸はあくまで大人です。30代・40代の現役世代が「ここで休みたい」と思える場所であること。それが、ホテル八木のブランド価値です。
まとめ
この回の対話を通じて、ホテル八木が次に進むべき道が明確になりました。それは、表面的な魅力ではなく、「八木にしかない魂」を伝えること。そして、その価値を理解してくれる30代・40代の現役子育て世代に、短く、強く、メッセージを届けること。
土田氏は、八木氏のことを「知ってるようで知らないことがまだまだある」と語りました。10年以上の付き合いでも、新しい発見がある。それこそが、打ち合わせの面白さであり、ブランドを磨き続ける原動力です。
インプットをいろんな形でしていただくと、またアウトプットが違う形でも出てくるかなっていう。
次回以降も、このリアルな対話は続きます。経営の現場から生まれる試行錯誤と、それを言葉にし、形にしていくプロセス。ホテル八木の挑戦は、まだ始まったばかりです。
- 料理は手段であり、本当の価値は「疲れを癒し、明日への英気を養う」体験にある
- チラシではなくポスター的発想で、本質を短く強く伝える
- ホテル八木にしかない「魂」を言葉とビジュアルで表現する
- 大量集客から少数精鋭へのシフトで、ブランド価値を高める
- ターゲットは30代・40代の現役子育て世代。大人がゆっくりできる場を提供する
- 若者の旅行離れは嘘。実際に旅行しないのは高齢者層

