受け身の学生を変えたドイツ留学
komachiさんがドイツ語を始めたのは18歳のとき。大学のドイツ語専攻として、18歳から20歳前半まで約2年半、みっちり学ぶ期間があったと話します。
ただ、当時の勉強への姿勢は「かなり受け身」だったそうです。授業には出て宿題もこなすけれど、作文は最低のワード数しか書かず、答え合わせも熱心にはしない。テストではクラスの平均点あたりにいる学生でした。
その受け身の自分を変えた転機が、20歳のときのドイツ留学でした。
2016年9月から翌2017年8月まで約1年間、ドイツのビーレフェルトに留学します。ハノーファー近くの、日本人があまりいない田舎町を、あえて選んだそうです。
日本人があまりいなさそうだから(この町を選んだ)。それぐらい、ドイツ留学に行ってドイツ語を話せるようになるんだっていう気持ち自体は、この時は強かったのを覚えています。
ところが、留学に行けばドイツ語が伸びると思っていたのに、実際はそうではなかったと振り返ります。場所ではなく、自分がいかに能動的に勉強できるかが大事だと気づいた、と話します。
留学開始時点では、現地の大学でA2と判定されました。日本ではB1の内容をやっていたので、てっきりB1だと思っていたそうで、受け身だった自分に力はついていなかったと、今でもショックが残っていると語ります。
1年で一気に伸びた理由と、恥をかく大切さ
マインドの変化とたくさんの勉強を経て、21歳で帰国する頃にはB2からC1あたりの上級に差しかかっていました。帰国後にC1試験を受けて合格します。
なぜ1年でここまで伸びたのか。理由の一つとして挙げたのが、文法の基礎がしっかりしていたことでした。
日本の大学では受け身ながら、週に5コマもドイツ語の授業があり、文法をとにかく多くこなしていたそうです。当時はつまらなくて苦労したものの、それが留学で活きたと振り返ります。
文法がわかっていないと、読解でつまずいたとき単語も文法も両方復習しなければなりません。komachiさんの場合は文法はわかっていたので、単語さえ調べれば意味が取れ、作文もできた。だからそこに集中できたのが良かったと言います。
ただし当時を振り返ってのおすすめとして、文法だけでなく初期から話す・書く・読む・聞くの四技能を一緒に鍛えるのが最も効率的だと付け加えます。何かから始めたい人は文法から入るとやりやすい、とも話します。
もう一つ、伸びた理由として強調したのが「恥をかきまくったこと」でした。
たとえば女性に「大人っぽいね」と言いたくて「Du siehst alt aus.」と言ってしまい、これは「老けて見えるね」という意味になり、その場が凍りついたそうです。
失敗して伸びていきますし、間違いを正すという意味でも、ドラマが強ければ強いほど人って頭に残ります。恥をかくとドラマとして記憶に残りやすいと思います。
C1合格から、ドイツ語を仕事にするまで
帰国後、ゲーテのC1試験に挑戦して合格します。これがキャリアの大きな転機になったと話します。
もともと試験を目指していたわけではなく、C1に行けるとも思っていませんでした。留学で仲良くなった日本人の友達が「帰国したらC1受けてみようと思うけど一緒にどう?」と誘ってくれたのが、すべての始まりだったそうです。
夢のまた夢だと思っていたC1に合格できたことで、初めてドイツ語を仕事にする選択肢が現実的になりました。21歳でドイツ語講師を開始します。
そして22歳で、オンラインドイツ語スクール「Vollmond(フォルモント)」を起業します。当時はまだ大学最後の年で、就活も教育実習もあり、非常に忙しかったと振り返ります。
ドイツ語を仕事にしたことについて、賛否はあるとしつつ、自分には天職だったと語ります。やりがいを感じ、これ以上合う職業はないと本気で思うと話します。
好きなことを仕事にするって賛否両論あると思います。ただ、私の場合は結果的にドイツ語講師がすごく合っていて、これ以上自分に合う職業はないんじゃないかっていうぐらい、天職だなって本気で思います。
学習面でも、この選択は「強制的にドイツ語を続けられた」点で良かったと言います。社会人になってブランクができる人を多く見てきたからこそ、副業などの形でも強制的にドイツ語と関われる仕事は魅力的だと話します。
私はやっぱり、趣味でドイツ語を続けますかって言われても、特に続けてなかったかなって思います。
教えることで細部を磨き、C2を見据える
講師になった当時、実は苦手な文法もあったと打ち明けます。形容詞の格変化や名詞の性別など、教えるために事前に暗記して授業に臨むこともあったそうです。
たとえば「Name(名前)」を女性名詞だと思っていたが、実は男性名詞で「der Name」だと知った、といった細かい点です。
教える中でこうした細部を身につけていったことで、自分自身のドイツ語も細かいところが伸びていったと感じたと言います。
後にC2試験に合格する過程で、C1からC2に上がるには細かいミスを潰すことが不可欠でした。それを仕事として、しかも天職に近い仕事をしながらできたことは、20代のラッキーな部分だったと振り返ります。
22歳で起業後、内定先への新卒就職とフォルモント一本のどちらを取るか迷い、フォルモントを選んで東京に上京しました。関西出身の学生から、東京での生活が始まります。
Zertifikat不合格と、速読トレーニング
23歳の頃、Zertifikat試験を受けて不合格になります。読解(Lesen)だけは合格したものの、それ以外は不合格でした。
これがショックで、ここから自分のドイツ語と真剣に向き合う数年間が始まります。その中でやって良かったと語るのが、速読の練習でした。
きっかけはZertifikatのLesenで、あまりに文章量が長く、制限時間内に読み切れないという現実に気づいたことでした。
練習方法として、まず参考書を1冊用意します。条件は、長めの長文がたくさんあることと、解釈のズレを防ぐための日本語訳や解説があることの2つだと説明します。
速く読めても解釈が間違っていたら意味がないため、読了後に日本語訳で確認することを必ずしていたそうです。
この対策が良かったのか、Lesenの力は上がった実感があったと言います。結果的にZertifikatはLesenのみ合格で、当時はショックでしたが、今振り返れば実力不足だったと語ります。
コロナ禍で始めた会話練習と、スランプの1年
24歳のとき、2020年のコロナ禍が始まります。仕事に追われて自分の勉強時間が取れていなかったところに、少し時間ができたと話します。
そこで気づいたのが、圧倒的に足りていないのは「ドイツ語をプライベートで話す時間」でした。生徒に合わせて話す時間はあっても、自分がレベルアップするための会話が足りていなかったのです。
オンラインでいくつか授業を受け、良いと思った先生と週1回、日曜に一対一のレッスンを始めます。その先生が、現在は中上級者向けポッドキャスト「Japanischドイツ語カフェ」のパートナーで友達でもあるリケさんでした。
当時は先生と生徒の関係でしたが、次第に友達として仲良くなり、話す内容もプライベートに。1時間の予定が2時間、3時間と盛り上がることもあったそうです。
会話ができるようになりたいんだったら、やっぱり会話する場をちゃんと作るっていうのが、週に一時間以上は最低でもあるといいと思います。
この会話練習を4年ほど重ねた結果、2024年のC2試験ではスピーキングを80%で合格できたと話します。定期的な会話練習は、年を重ねるほど力になると強調します。
ただ、会話を本格的に始めたことで、自分のドイツ語のできなさと向き合う時間も増え、それが自信を下げていきました。深い話になるほど言いたいことが言えず、毎回のように一人反省会をして落ち込んでいたと言います。
そして25歳の1年間は、ドイツ語人生で一番つらかったかもしれないと振り返ります。ひどいスランプに陥り、自分のドイツ語が信じられなくなったそうです。
全部間違いに見えるというか。ネイティブスピーカーに「これ合ってる?」って聞いて、「合ってるよ」っていう回答がないと、いろんなことができないっていうぐらい、自信がなくなってしまいました。
当時ちょうどフォルモントが法人化するほど成長期にあり、「スクール代表としてあるべきドイツ語力」と実力のギャップに気づいてしまったことも大きかったと分析します。
乗り越え方は、納得するまで続けること。そしてプライドを捨て、疑問はすべて聞き、作文も全部添削してもらったそうです。地道に伸ばしていったと言います。
スランプ脱出、旅と第二外国語がくれた自信
26歳のとき、スランプをやっと抜けてきたと感じます。その大きなきっかけが、2年ぶりのドイツ訪問でした。
生のドイツ語を聞き、モチベーションとエネルギーが新しく入ってきたと感じたそうです。世界情勢や予定を考えてもベストなタイミングはないので、行ける人は今行くのがいいと勧めます。
カフェに座ってて、横の人が普通に話しているドイツ語が、聞こうと思って聞いてるわけじゃないのに、なんとなくわかるんですよね。すごい自分のリスニング力が上がっていることに気づいて、本当に嬉しかったです。
リスニング力の向上には、リケさんとの会話に加え、ポッドキャストを大量に聞いていたことも効いたと考えられると話します。この年、東京を離れて岡山へ移住します。
27歳のときは、夫と2人でドイツに2か月滞在し、うち1か月は北ドイツのブレーメンで語学学校に通いました。留学は大人でもできるので、できる人はやる方がいいと語ります。
さらにこの年、フランス語をゼロから始め、11か月でB2試験に合格します。岡山移住で時間ができ、火がついて「仕事するか、旅行行くか、フランス語するか」の三択の1年だったそうです。
他の言語に手を出せる頃には、ドイツ語のスランプもかなり落ち着き、むしろ自信が持てるようになっていました。立場と実力のギャップに悩んだ20代前半を経て、見合うだけの実力と自信がついてきたことが、この10年で一番大きな成長だと語ります。
C1リベンジ、AIとの向き合い方、そして今
28歳のとき、C1試験にリベンジして全て合格します。思っていたより良い点数だったそうです。
実力とのギャップを埋められていたため、試験対策にそれほど時間をかけなくても合格できたと言います。試験合格には「実力・試験対策・当日の運」の順で要素が必要だと考えているそうです。
この年にC1を受けた大きなきっかけは妊娠でした。子どもが生まれる前にと、頑張ってきたドイツ語で再チャレンジすることを選んだと話します。
この頃からChatGPTのようなAIが進化し、人に聞きにくいことも気兼ねなく質問できるようになったのは、とても良い変化だと語ります。
一方で、コミュニケーションは相手が人間だからこそ価値があるとも話します。間違えて恥ずかしい、悔しいといった気持ちの動きは、相手がAIか人間かで大きく変わるという考えです。
そして出産を終え、今の29歳へ。子育てや結婚式などプライベートの変化とともに、学習面では夏のドイツ・スイス旅行が大きなポイントになったと言います。
2回目のスイスでは、標準ドイツ語とかなり違うスイスドイツ語を、今回は勉強してから行きました。標準ドイツ語に慣れて余裕が出たことで、これまで避けてきた方言に強い興味を持つようになったそうです。
まとめ
受け身の学生だったkomachiさんが、留学での気づき、恥をかく経験、教えながらの学び直し、そしてスランプの克服を経て、ドイツ語で人生を形づくってきた10年間でした。苦しい修行期間にも意味があったと、今では思えると語られています。
- 文法の基礎が固いと、読解も作文も「単語だけ」に集中でき、伸びやすくなる
- 恥をかいた経験はドラマとして記憶に残り、上達につながる道である
- 会話力を伸ばすには、週1時間以上の対人の会話練習を続けることが効く
- 速読は、タイマーで少しずつ制限時間を縮め、日本語訳で解釈を確認して鍛える
- 試験合格には実力・対策・運が必要で、実力がつけば合格は狙いやすくなる
