高速の車内から、聞きにくさを詫びつつ収録スタート
この回は、みやさんが外での用事を終えて家に帰ってきたところからの収録です。夕飯は下妻のすき家で大盛りを頼んだものの、疲れていて無理やり急いだせいか、やたらと時間がかかったと振り返っています。
収録の途中まで高速道路を走っていたため、雑音が多くて聞きにくいこと、運転も少しミスをしてしまったことを、みやさんは正直に打ち明けています。事故やクラクションを鳴らされるようなことはなかったそうです。
高速乗ってるから雑音ばかりで聞きにくいし、ダメだなと思いました。色々なことが。
気遣いを「見せない人」への憧れ
みやさんはこの日来てくれた人たちに、改めてお礼を伝えています。運転の片手間ではなく、本当に感謝しているという言葉を繰り返していました。
そのなかで、自分にはできない「気遣いの仕方」をする人の存在に触れます。みやさんは、自分は気遣いをするときに「気遣いしてますよ」というアピールが出てしまう、と自己分析しています。
俺は自分で自覚があるんですけど、例えば気遣いをするみたいな時に、気遣いしてますよっていうアピールが出ちゃうんだよね。
一方で、みやさんが「すごいな」と感じる人は、気遣いしていることを相手に意識させないのだと言います。あとになって気づくこともあれば、まったく気づかないことのほうが多いだろう、とも話しています。
(ああいう人は)気遣いしてることを意識させないのよ。本当はこういう人になるべきだなと思いました。
ZINEフェスに向かってきた数ヶ月と、勝手につながっていく人の縁
後半、みやさんはこの日のZINEフェスを、自分の人生のここまでの一区切りのようなものとして受け止めていたと語ります。集大成というにはまだ早いとしつつも、この日があると思って過ごしてきた数ヶ月だった、と振り返っていました。
関わってくれた人への感謝を伝える一方で、みやさんは「これは自分のことだから、私たちのおかげと言いすぎるとちゃんと分けてと言われそう」とも気にしています。それでも、意識的でなくても関わってくれた人へ、一方的にでも感謝したいと話していました。
みやさんが印象的に語るのは、人と人が「もう勝手につながっていく」感覚です。トクブックスさんを起点に人とつながってきたと思っていたけれど、自分もただのきっかけにすぎず、いろんな場所でいろんな人が入り混じっていくのが当たり前なのだと気づいたと言います。
トクブックスさんを起点にいろいろな人と繋がらせてもらってって思ってたけど、それもただのきっかけに過ぎなくて、もういろんなところでいろんな人が入っていく、そういうもんだよなと思って。
全部やり切った上で、少しだけ「残る」がいい
みやさんは、もっと話したかったという思いを常に抱えながら生活していく感覚についても語ります。どんなシチュエーションなら本当に話せるのかは自分でもよくわからない、と正直に打ち明けていました。
ここで引き合いに出すのが、町ライブラリーに寄贈したという絵本『風船ガムドン』です。最後に乗れなかった乗り物がある、という描写がみやさんは大好きだと言います。
全部が全部満足してしまうとつまらない、というのがみやさんの考えです。ただし、最初から「残そう」とするのは違う、と念を押します。
最初から残そうとしちゃダメなんだよ。でも本当に全部って思って、たまに全部があってもいい。でもちょっと残るっていうのが、すごくいいんだろうなって思う。
ここは今だから言えることで、目の前ではそんなことは言えない、全部達成したい、と欲張りな本音も添えています。そういう思いを抱えながら人と関わっていけるのがいい、というのがこのくだりの着地でした。
水戸の本屋で再会した絵本『にゃーご』
ここから話は変わって、ZINEフェスそのものではなく、フェスのあとに立ち寄った本屋さんの話になります。原点に戻って、一冊の本を紹介したい、とみやさんは切り出します。
その本屋さんは、水戸の御件町にあるHUBooks(ヒューブックス)さん。みやさんは名前の読み方を収録しながら調べていて、最初はうまく読めず、後半でようやく「ヒューブックス」だと確認していました。
同級生のポップアップも開かれていて、カセットテープ型のサイズのZINEなど、みやさんが「とってもおしゃれ」と繰り返すものと出会ったそうです。そのHUBooksさんで4冊ほど本を買ったなかの一冊が、絵本『にゃーご』でした。
にゃーごって本があるんですよ。小学2年生の国語の教材文になってた時期があると思います。
みやさんは小学2年生を2年担任していたのに、当時どんな授業をしたのかほとんど覚えていないと言いつつ、この『にゃーご』を久しぶりに見て、いいタイミングだったと感じたようです。
『にゃーご』のあらすじ、話を聞かない3匹のネズミ
ここでみやさんは、いつもはあまり内容を言わないと前置きしつつ、『にゃーご』のあらすじを紹介します。
物語は、先生のネズミが「これが猫です。この顔を見たらすぐに逃げなさい。捕まったら最後、あっという間に食べられてしまいますよ」と教える場面から始まります。ところが、その話をちっとも聞かず、おしゃべりしている子ネズミが3匹いる、というのが出だしです。
話を聞かずに遊びに行った3匹の前に、髭をピンとさせた大きな猫が「ニャーゴ」と言って現れます。普通なら「食べられちゃう、逃げなくちゃ」と思う場面ですが、話を聞いていなかった3匹は逃げません。
うわぁやばい、食べられちゃう、すぐに逃げなくちゃと思うと思うんだけど、(3匹は)逃げないのよ。
3匹は猫を「おじさん」と呼び、桃を取りに行く話を始めます。猫はいきなり食べずに、桃を取ってから食べればいいと考え、ネズミたちを背中に乗せて一緒に桃を取りに行きます。
「さようなら」で終わる、猫のニャーゴ
桃がおいしくて、猫はたくさん食べます。そのあと「食べてやる」と、できるだけ怖い顔で「ニャーゴ」と叫んでお前たちを食ってやると言おうとします。ところが、その声を3匹が声を揃えて「ニャーゴ」と返してくるのです。
3匹は、最初に会ったときのニャーゴを「こんにちは」だと受け取っていて、今のニャーゴを「さようなら」だと解釈します。そしてお土産だよ、と桃を渡してくれるのだと、みやさんは語ります。
(3匹が)今のニャーゴがさようならなんでしょ?って、お土産だよって桃をあげてさ。
最後、猫は桃を大事そうに抱えたまま「ニャーゴ」と小さな声で答えて、物語は終わります。話を聞いていなかったネズミたちが、猫とフラットに接したことで、食べられずに済んでしまう、という結末です。
話を聞かない子が活躍する話が、なぜ教科書に載るのか
みやさんがこの絵本を強く紹介したいのは、あらすじの面白さだけではありません。この話が、少なくとも当時は国語の教科書に載っていた、という点に注目しています。
一緒に学年を組んでいた先生が、あるときこんなことを言っていたそうです。話を聞かないところから始まる物語を、なんでわざわざ教科書に載せるのか、と。みやさんは、なるほどと思ったと振り返ります。
話を聞いてないところから始まるっていうのが、なんでこれをわざわざ載せるの?っていう話をしてて、ああそっかなるほどって思ったんだけど。
みやさん自身は、これをよく決断したな、いいことだな、と受け止めています。仕事でも話を聞く聞かないはよくあることで、取り立ててすごいことではないとしつつ、その場面をあえて国語の教科書に載せたことに意味を感じているようです。
もし話を聞かなかった3匹が猫に食べられてしまう話なら、わざわざ紹介しない、とみやさんは言います。「先生の話は聞きましょう」で終わらないところに、この教材の面白さがあるという見立てです。
一般化せず、作品として「にゃーご」を味わう
みやさんは、聞かなかったからこそ活躍する、とはっきり書かれているわけではない、とも補足します。そう読もうと思えば読めるけれど、あえて取り立てて書いているわけでもない。その微妙さも含めて、この本を教科書に載せていることを面白がっています。
大事なのは、これが国語の作品として出てくることだ、とみやさんは言います。「先生の話は聞いてもいいしダメでもいい」といった一般論だけを言ってもつまらなくて、作品として鑑賞できるからこそいいのだ、という考えです。
国語の中の作品として出てくるからいいんだと思うんだな。これを鑑賞できるじゃん。
学校の先生をもうやっていないから言うのではない、とみやさんは念を押します。ある意味これは、教育として次の段階に進んだことなのではないか、というのがこのくだりの見立てでした。
ZINEフェスの余韻と、久しぶりの水戸
話を紹介し終えたみやさんは、結局うまくまとまらなかったと苦笑いしつつ、それでも『にゃーご』を面白いと思ったこと、ぜひどこかで読んでみてほしいことを繰り返します。
うまくは紹介できなかったけど、にゃーごっていう本が面白かったですよ。ちょっとどっかで読んでみてください。
最後に、みやさんはZINEフェスへの感謝と、水戸という街への思いを語ります。会場近くの御件所の前を久しぶりに通り、昔ボランティアで訪れた記憶を思い出したそうです。
この日、HUBooksさんで最後の最後に見つけた『にゃーご』が、10何年前の教員時代の記憶とつながった、というのがこの回のしめくくりでした。録り溜めもなくなってしまうから、という言葉とともに、感謝を伝えて収録を終えています。
まとめ
ZINEフェス帰りの車内収録は、感謝の言葉と人の縁の話から始まり、後半は水戸のHUBooksさんで再会した絵本『にゃーご』の紹介へと着地しました。話を聞かないネズミが活躍する物語が、なぜ国語の教科書に載っているのか、という問いが軸になっています。
- 夕食も運転もうまくいかず、雑音混じりの聞きにくい収録だったと、みやさんは正直に振り返っている
- 気遣いを相手に意識させない人への憧れや、人が「勝手につながっていく」感覚が語られた
- 全部やり切った上で少しだけ「残る」のがいい、という考えが『風船ガムドン』とともに示された
- 紹介の中心は絵本『にゃーご』で、話を聞かない3匹のネズミが猫とフラットに接し、食べられずに済む物語
- 話を聞かない子が活躍する話をあえて国語の教科書に載せたことに、みやさんは教育の次の段階を感じている







