幸福を目指すほど幸福度が下がる
この回の本題は、幸福であることに高い価値を置く人ほど、かえって幸福度が低く孤独感も強いという話です。
アイリス・マウスらが2011年に行った研究で、こうした結果が出たと紹介されています。
幸せを目標にして測っていると、今の自分って目標に達してないよねっていう差分が目につくので、むしろ不幸になるみたいなことが起こってるらしいです。
「今日は楽しむぞ」と意気込んだ旅行やイベントほど楽しめない、という感覚に近いメカニズムだと考えられます。
関連して、1978年の研究では、宝くじの高額当選者と事故で体の自由を失った人の幸福度が比べられています。
むしろ宝くじに当たった人の方が、日常の小さな喜びを感じる度合いが下がっていたと話されています。事故に遭った人の方が、日々のちょっとした喜びを味わえていたというのです。
人は大きな幸せな出来事にもすぐ慣れてしまうため、幸せを追いかけようとしてもあまり効果がない、という結論につながります。
幸福度と「人生の意味」は別物
もう一つ紹介されたのが、2013年に心理学者バウマイスターらが行った、幸せな人生と意味のある人生は何が違うのかという研究です。
幸福度は、欲しいものが手に入っているかと連動しやすいと言われています。今この瞬間の自分が満たされているかどうか、という感覚です。
一方で人生の意味は、他人に与えること、将来のために悩むこと、ストレスや葛藤を引き受けることと連動しているとされます。
その例として挙げられたのが子育てです。日々の幸福度は下がるものの、人生の意味は大きく上がるというのです。
欲しいものが手に入っているか。今この瞬間の自分が満たされているか。
他人に与える、将来のために悩む、ストレスや葛藤を引き受ける。
つまり、三億円稼いでFIREすれば労働がなくなって幸せになりそうに思えても、幸福度は上がっても人生の意味が失われる可能性がある、という指摘です。
だからこそ、幸福感よりも現実の世界で何かを成すこと、意味のある人生を目指した方がいいのではないかと話されています。
不安が強い人ほど攻撃的になる
後半のリスナー相談では、エンジニア採用をしている人事から、優秀な人ほど態度が落ち着いている一方、優秀でない人ほど喋り方に棘があるのはなぜか、という質問が寄せられました。
これに対しては両方の要因がありそうだと整理されています。優秀な人は自分の能力を正確に把握するメタ認知ができ、それを正確に伝えられる、という面です。
優秀じゃない人って自信がないので、喋り方に棘を作ることで、相手よりも自分が優位であるっていうのをやりたがったり、優秀っぽい振る舞いをすることで、優秀だと思われないと不安みたいな感じで、不安が強いってケースがあると思ってて、大体後者な気がしますね。
ネット上できつい言い方をする人も、不安が強く自己肯定感が残っていないため、誰かを攻撃しないと自尊心が保てない可能性が高いと話されています。
満ち足りている人はそんなことをする意味がない、という指摘です。ただし、悪気なく厳しい物言いになっている誤解のケースもあると補足されています。
幸福は「メタ認知を忘れていた時間」なのか
「幸福の総量はメタ認知を忘れていた時間の総量と大体一致する」というXの投稿について問われ、前半の話とつながる面白い話だと受け止めています。
恋愛に夢中で相手が好きでしょうがない状態は幸せと言われますが、現実に戻って「お金を稼がなきゃ」となると辛くなる、という例が挙げられました。
賢い人は、メタ認知すべきところとしないところを切り分けているとも話されています。
例として、コムドットのやまとさんが挙げられました。自分たちがナンバーワンになるという根拠のない自信を残しつつ、冷静にどう伸ばすかを並行して考えられる稀有な例だといいます。
コムドットは、自分たちが一位にならないと本当にYouTubeってダサいもんになるみたいな、思い込みに近い危機感があり、それで頑張れてるみたいなのはありますね。
一方でメタ認知が働きすぎると、「誰が一位になっても時代が選んだこと」と整理してしまい頑張れなくなる、と自身を振り返っています。ある程度の思い込みは必要だという結論です。
日本でデモが根づきにくい理由
「デモに意味はあるのか」という質問には、それ自体が日本人らしい感覚だと返しています。
デモは民主主義の大事な部品であり、数年に一度の選挙では拾えない細かい民意を、その一点について今すぐ声を上げて表現するものだと説明されています。
欧米、特にアメリカでは、権力は放っておくと個人の自由を侵害する危ないものだという権力不信がベースにあり、市民が抗議する権利も定められていると整理されます。
一方で日本は、民主主義の制度を明治維新以降や戦後に上から入れたため、権力を疑う思想の方はうまく根づいていない、というのが見立てです。
そのため、デモは「決めたことに不満を言って迷惑をかけている人」のように冷笑されやすい、と話されています。
基本的にデモがないと民主主義自体がうまく回らない可能性はあると思ってます。民意を表現する回路がなくなるので。
ただし自身はデモに行かないとも述べ、思想のOSがない日本では、民意を拾う役割はメディアが担う方がいいという立場を取っています。
問題の可視化、当事者の存在を示すこと、無視するコストの高さを権力に伝えること、社会問題に名前をつけること。この四つをメディアが担う方が日本には合う、という考えです。
面接に潜む「プロトコル」の読み方
転職活動で企業のプロトコル、つまり暗黙のルールを見抜けるかという質問には、調べる余地はあるとしつつ、注意点も語られました。
難しいのは、言ってもいないことを解釈で補いすぎるのは危険な一方、プロトコルを知らないのも危険だという点です。
例として、面接での「今日どうやって来ましたか?」はアイスブレイクの場合が多く、混んでいて暑かった、くらいの返しが正解だといいます。
志望動機につなげなさいみたいに書いてあったりして。あれやられると、プロトコルわかってないなと思っちゃうんですよね。
これは営業で取引先に「暑いですね」と言われて、いきなり自社の魅力を話し始めてしまうような人と同じ、と指摘されています。
さらに、リクルートのように志望動機に興味がなく、大学時代に何をやってきたかで評価する会社もあると紹介されました。会社ごとにプロトコルが異なるのです。
「初任給で何を買いたいか」に「枕」と答えて落ちた例も挙げられました。質問の意図は、何に投資する人かを見ている、という読み解きです。
睡眠の質を上げて限られた時間を生産的に使うため、と説明できれば正解に近いといいます。会社の人に聞けなければ業界を、それも難しければ想定問答集を作っておくのがよさそうです。
AIで消えない仕事、キャバ嬢への憧れ
AI時代に死ぬまで手放せない仕事は何か、という相談には、人間が介在する方がいい領域が挙げられました。責任を取る、何かを始める、美意識が強く出る、といった仕事です。
ただしスキルは仕事の中身とともに変わるため、十年後は予想できないとも話されています。十年前の2016年時点で今の状況は予想できなかった、という実感からです。
人間関係とかをちゃんと作っておくとかの方がいいと思いますけどね。
精神科看護とAIの融合については、支離滅裂な話でも延々と受け止め、内容を分析して先生に提出する、といった活用が想定されています。人間は三十分で済み、残りはAIが担う形です。
「キャバ嬢に憧れてはいけないのか」という質問には、職業差別とは切り分けつつ、子供が憧れる対象として押し出すのは良くない派だと述べています。
大人の汚い部分やえげつない部分が商売の種になっているためで、介護職のように困っている人を助ける仕事が押し出される社会の方がいい、という考えが語られました。
まとめ
この回は、幸福を目標にするほど不幸になるという研究を入り口に、幸福度と人生の意味の違い、そして採用・デモ・面接・AIと仕事まで幅広い相談を横断する内容でした。
- 幸せを目標に据えると、達成できていない差分ばかり目につき、かえって幸福度が下がりやすい
- 幸福度は今の満足、人生の意味は他人に与えることや葛藤を引き受けることと連動する
- 喋り方に棘がある人は不安が強く、攻撃で自尊心を保とうとするケースが多い
- 日本は権力を疑う思想が根づきにくく、デモよりメディアが民意を担う方が合うという見立て
- 面接には全体・業界・会社の三層のプロトコルがあり、質問の意図の読み解きが重要
