AIに仕事を任せるようになって変わったこと
最近のむなかたさんは、自分の仕事を以前よりずっとAIにお願いするようになっているそうです。
元々お願いはしていたものの、Fableが出てからそのレベルが一気に上がったと話されています。
過去に自分が作ったプログラムの穴を見つけさせたり、新しく思いついたものをとにかくやらせたりしているとのことです。
その結果、「エンジニアどうする問題」が割と現実的になってきたと感じているようです。
待ち時間の長さと、人間側の限界
ただ、Fableでいろいろやっていると、簡単なタスクでも深く考えるのか待ち時間が長いといいます。
同時に複数の指示を出すこともできますが、そこで人間側の限界が来ると話されています。
とりあえず三つぐらい同時に動かしたりはしてるんですけど、三つになるともう頭が、なんだこれどこだっけみたいな感じになっちゃうんで、二つぐらい同時に動かすぐらいがちょうどいいなっていう感じで。
それでも二つ動かしていると待ち時間が長い。そこで最近は、合間にゲームを始めたそうです。
スーファミ本体を買って、次々クリア
むなかたさんはスーパーファミコン世代で、今でもスーファミのゲームが至高だと思っている世代だと話します。
長らくやりたかったものの、ハードがないなどの理由で手を出せずにいたそうです。スイッチをわざわざスーファミのために買うほどでもない、という感覚もあったといいます。
そこで先々月ごろにスーファミ本体を購入し、最近はひたすらゲームをやっているとのことです。
ただ、久々にやると一瞬で全クリしてしまい、次々と買ってはクリアしているそうです。
星のカービィ3はすぐ、スーパーデラックスも一日二日、スーパーマリオワールドも一週間ほどで終わってしまったといいます。
そこで、より長く遊べるRPGなどに手を出しているという流れです。
ゲームは積み上がる楽しみ、ただしハマりすぎ注意
最近はプログラムを自分で書く楽しみがなくなってしまったと話されています。その分の楽しみを、ゲームで補給しているようです。
ゲームっていうのは確実に積み上がるというか、やればやるだけ進んでいく、レベルアップしていく、何かが増えていく。鬱憤が溜まった時とか、うまくいかない時の現実逃避というか、ストレス発散という感じですね。
一方で、RPGは本格的にハマりすぎて、今度はゲームがメインになってしまいそうだと少し怖がっています。
64は一人より、みんなで対戦したいタイプ
最近は64にも手を出し始めたものの、一人で黙々と進める系はあまりやってこなかったそうです。
ゼルダの伝説の時のオカリナやムジュラの仮面は一人で進められそうだが、小学生の当時は怖くてできなかったと振り返ります。
むなかたさんが64で好きだったのは、複数人で対戦するゲームでした。
家には64もスーファミもあり、64のコントローラーは実家から持ってきたものが4つどころか5つほどあるそうです。
そこで、どこかでレンタルルームを借りて複数人で遊ぶのも楽しそうだと考えているとのことです。ただし風来の試練だけは時間が溶けるので封印しなければ、とも話しています。
作る側ではなく、楽しむ側でいい
むなかたさんは昔からゲームが好きでしたが、ゲームクリエイターになりたいという気持ちはあまりなかったといいます。自分が作る側になっても、これだけのものは作れないだろうという諦めがあったからです。
ものを作ること自体は好きで、エンジニアとしてツールやボットを作る仕事を選んできたと話します。
一時期はソーシャルゲームを作る側でも働いていたものの、ゲームプランナーの指示に沿って一機能を作る立場だったそうです。自由を好むため、一人で自己完結できるものを進めてきたといいます。
AIのおかげで今は割といろんなものができるんですが、とはいえ、ゲームは未だに無理だなっていうところはありますね。
ゲームの絶妙な見せ方や間、難易度の設計はとても奥が深いと感じているそうです。少しストレスを与えてから一気に解放するような設計を例に挙げています。
今はAIに昔のサービスを修正させて改善しつつ、合間にスーファミのゲームを続けていきたいと話し、おすすめのスーファミのゲームを募集して締めくくりました。
まとめ
AIに仕事を委任するレベルが上がったことで生まれた待ち時間を、むなかたさんはスーファミのゲームで埋めるようになりました。作る側ではなく楽しむ側として、ゲームの奥深さを感じながらの雑談回でした。
- Fable導入以降、仕事の委任レベルが上がり、あらゆるタスクをAIに任せるようになった
- 同時に動かすAIは二つぐらいがちょうどよく、待ち時間の合間にゲームを始めた
- スーファミ本体を買い、カービィやマリオワールドなどを次々クリアしている
- 64は一人用より、スマブラやマリオカートなど複数人での対戦が好み
- ゲーム設計の奥深さは認めつつ、自分は「楽しむだけの消費側」でいいと考えている
