『トイ・ストーリー5』と同じ話が始まった?
速水健朗さんは、映画館で流れた『トイ・ストーリー5』の予告編の話から入ります。予告編では、ウッディとバズ・ライトイヤーの再会の場面が長々と描かれていました。
速水さんは、2人が再びバディを組む展開は予告編によくあるミスリードで、実際には対立するのではないかと見ています。そのうえで『トイ・ストーリー5』の本筋は、おもちゃという工業製品がお払い箱になり、子どもの関心が新しいものに奪われる話だろうと予想しています。
速水さんの予想では、『トイ・ストーリー5』で子どもを夢中にさせるのはiPadのようなデジタルデバイスです。お払い箱になる展開は『トイ・ストーリー3』あたりからのお決まりで、「ついに来た」と受け止めています。
映画が配信に取って代わられるっていう状況を、まあ(それを)おもちゃに見立ててやっているわけですよね。
ところが、続いて観た『プラダを着た悪魔2』の本編が、さっき観たばかりの『トイ・ストーリー5』の予告編と同じ話に見えたといいます。主人公アンディ(アン・ハサウェイ)はジャーナリストとして重要な賞を取りますが、その授賞式の当日に、仲間がリストラされるという連絡を受けます。
速水さんは、『トイ・ストーリー』の持ち主の少年もアンディという名前だったことに、話しながら気づいたと笑います。
一方、20年前にアンディが仕えた鬼編集長ミランダは、すでに炎上中です。ファッション業界は巨大資本のもとで生き残っていますが、紙の雑誌は衰退しかけ、長く編集長を務めるミランダは老害扱いされています。
さあ二人(アンディとミランダ)が再会するっていうさ、ウッディとバズかよっていうね。まあ古いおもちゃもジャーナリズムも紙の雑誌もバイバイバイっていうね。
『地獄に落ちるわよ』と重なる、書き手の女性たち
速水さんは、Netflixで配信中の『地獄に落ちるわよ』と『プラダを着た悪魔2』に共通点があると指摘します。どちらも物語の語り手が女性の書き手で、評伝を書く立場から物語が進む点です。
『プラダを着た悪魔2』では、ジャーナリストとして一本立ちしたアンディが語り手です。ミランダ(メリル・ストリープ)はメディアでの失言から大炎上し、クライアントに謝りに行く日程をこなしています。
『地獄に落ちるわよ』は細木数子 ── テレビ番組や占い本で2000年代に大きな人気を集めた占い師。決めゼリフ「地獄に落ちるわよ」でも知られましたの物語です。速水さんによれば、時代は2006年ごろとみられ、週刊誌に反社会的勢力との関係を書かれる寸前から話が始まります。細木数子は自分寄りの評伝で同情を集めようと考え、伊藤沙莉さん演じる売れない小説家を書き手に指名します。
成功したジャーナリスト。ミランダについての暴露本を、スキャンダルも含めて書けば大金がもらえる契約の話が出てくる
伊藤沙莉さんが演じるシングルマザー。1作目は売れず、次のチャンスとして細木数子の評伝を書く役目を引き受ける
速水さんは、評伝と暴露本の区別はあいまいだと言います。どちらの作品でも、取材相手はスキャンダルの多い人物で、それを含めて書けば話題になり、お金になることは明らかです。
ただし、2人の書き手は相手との関係を深めるうちに、相手のさまざまな側面を見ていきます。結末について速水さんは、ネタバレを避けるために作品を伏せたまま、片方は書き上げても刊行されず、もう片方は結局書かないと紹介しています。
アンディの恋人は、なぜ建築家なのか
続編のアンディは、ジャーナリストとして成功しているものの、ジャーナリズム業界そのものからお金がなくなっています。この20年の間に、アンディは都市論とみられる著作を残す書き手になっていました。
そのアンディには新しいボーイフレンドがいて、ニューヨークの高級マンションのリノベーションを手がける建築家です。速水さんは、作中ではいい人物として描かれているものの、自分にはどうもいけ好かないと正直に語ります。
2人の関係は順調に始まりますが、ある時アンディは、自分のジャーナリストとしての仕事は彼のリノベーションの仕事より意味がある、という趣旨のことを口を滑らせて言ってしまいます。速水さんは、ジャーナリズムは社会的に重要なのに理解されていない、というアンディの本心が出たのだろうと見ています。
速水さんは、この小さないさかいが、たわいない話に見えて映画の本筋に関わっていると考えています。主人公は未熟で、映画の中で成長し、恋人の職業について何かを発見するからこそ物語が進むからです。
リノベーションっていうのは、新しい、その金持ちに古い建築をさ、新しく仕立て直して売りつけるっていう、あなたの仕事に社会正義なんてないんじゃないの?っていうことをちょっとニュアンスとして含めている
速水さんによれば、アンディが建築家の恋人に向けた視線は、ファッション業界やミランダに向けた視線と同じです。ジャーナリズムは資本主義と対峙するという立ち位置から見ると、ファッションはお金にしか興味がない世界に見え、アンディは1作目の最後でその業界から距離を取りました。
続編のアンディは、ジャーナリストとしての仕事を古巣のランウェイ誌でやろうとします。しかしミランダは、アンディの記事は数字が取れずお金にならないと認めず、2人の対立から物語が始まります。
アナ・ウィンターとサム・バンクマン=フリードの影
アンディと恋人のいさかいの直後、映画の舞台はニューヨークからミラノに移ります。かつてファーストクラスで移動していたVIPのミランダも、今は会社のコストカットの対象で、写真家を連れた海外ロケも思うようにできません。
さらに、ミランダを支えてきたオーナーが代替わりします。新しい若いオーナーはファッションどころかカルチャー全般に興味がなく、もう1人、ITで成功した投資家も登場し、どちらもわかりやすい悪役として描かれています。
速水さんは、この投資家像の背景に、ヴォーグ誌編集長アナ・ウィンター ── アメリカ版ヴォーグの編集長として長く君臨してきた人物。1作目のミランダのモデルとも言われ、メットガラの主催者としても知られますの実話があると見ています。メットガラでアナ・ウィンターが誰をレッドカーペットのパートナーに選ぶかは毎年話題になり、基本的にはスポンサーとなった重要人物が選ばれるそうです。
数年前にアナ・ウィンターが目をつけたのが、暗号資産取引所FTX ── サム・バンクマン=フリードが創業した暗号資産取引所。2022年に経営破綻し、顧客資産の流用が大きな問題になりましたを率い、その後投資詐欺で捕まったサム・バンクマン=フリードでした。
速水さんによると、マイケル・ルイスがバンクマン=フリードを描いた本の序盤で重要なのが、アナ・ウィンターとのZoom会議の場面です。バンクマン=フリードはアナ・ウィンターが誰かも知らず、半ズボンによれよれのソックスとスニーカーという格好で、会議中ずっとゲームをしていたといいます。
結局バンクマン=フリードは、アナ・ウィンターと一緒にメットガラに出る誘いを断ります。アナ・ウィンターは彼のために金色の半ズボンまで用意しようとしたのに、振られてしまったという話です。
これはさ、おそらく(『プラダを着た悪魔2』の)ベースになっている、めちゃめちゃ金持ちのファッションに興味がない金持ちとどう対峙するかっていうさ
ローマ帝国が滅び、建物だけが残った
ランウェイ誌の親会社を買収しようとする投資家は、ミラノでミランダに最後通牒を突きつけます。あなたの時代は終わった、人も文化もコストのかけ方も変わる、次の編集長に譲れ、という脅しです。
その場所が古い教会であることにも意味がある、と速水さんは言います。投資家は、栄華を誇ったローマ帝国ですら全盛期を過ぎると建物だけが残った、という話を持ち出します。
つまり新しい時代が来たら中身は入れ替わっていく。でお前(ミランダ)の時代はもう終わったんだってことを突きつけられるんだよね
会社を乗っ取られそうになったミランダは、一度は自分の時代が終わることを覚悟します。速水さんは、そこで開かれる食事の場面が「最後の晩餐」で、ミランダをキリストになぞらえ、この中にユダがいるという意味も込められていると読み解きます。
速水さんは、ここからの展開に触れるため、未見の人はポッドキャストを止めてもいいと断ってから、映画一番の名ゼリフを紹介します。そのセリフはミランダ本人ではなく、ミランダの家族が進退に悩む彼女にかけた言葉です。
今答えを出すな。明日の朝エスプレッソを飲んでよく考えろっていうアドバイスね。この映画の一番の名言だと思いました。
ミランダはこのアドバイスに従い、大逆転の案を思いついて、アンディと2人で画策を始めます。速水さんは映画を観終えてすぐ、スターバックスにエスプレッソを飲みに行ったそうです。
1作目でも、第二アシスタントになったアンディの最初の仕事は、冷めていないスターバックスを編集長に届けることでした。速水さんは、2006年の時点でスターバックスはすでに大衆的なブランドだったのではと言いつつ、続編のどこでスターバックスが出てくるかも「なかなかやる」と評しています。
「最後の晩餐」は1作目のセルリアンブルーに匹敵する
速水さんは、2作目の危機は1作目よりも本質的だと言います。ファッションは常に新しい流行と世代に向かうもので、ミランダは「あんたの時代は終わった」と業界から追われかけます。
速水さんの解釈では、投資家の主張は、ローマ帝国が滅びて建築だけが残ったように、流行なのだから中身も人もどんどん入れ替わるべきだ、というものです。映画のハイライトは、それにミランダがどう抗うかにあります。
投資家は「建物だけが残った」と言いますが、教会の中には絵も残っています。厳密には後からその教会に来た絵だったりするものの、ミランダはその意味をわかっていて、アンディに「この絵についての知識がある?」と尋ねます。
速水さんは、この場面を1作目の有名な場面に匹敵する「ルール説明」だと位置づけます。1作目でミランダは、アンディが着ていた青いセーターの色について、流行は偶然ではなく自分たちが作っていると教えました。
アンディのセーターの色を例に、流行は偶然ではなく企業の論理、資本主義のルールで作られていると教える
教会に残る絵を例に、建物だけでなく中身も残ることを示し、ミランダの説得力と逆転のアイデアに結びつく
速水さんは、絵の作者を一度ミケランジェロと言いかけてダ・ヴィンチと言い直し、自分の知識の浅さがたまに出ると苦笑しています。
逆転の鍵は、ミランダが自分の残るべき理由を示すことでした。ミランダは自分が未来を見通せるビジョナリーだと訴え、ファッションは古いものと新しいものが結びつく分野だという考えを、自分がまだ必要だという主張につなげます。
ミランダはそのスピーチを、長年一緒に仕事をしてきたスタイリストのナイジェルに託します。スピーチの中身は、ミラノという都市とランウェイ誌の関わりの歴史で、ファッションとは歴史であるという話です。
歴史と現在、まあ資本主義と文化財みたいなもの。ファッションっていうのはどっちもわかんなきゃいけないんだよっていうことの説得力をもってして
速水さんは、このスピーチが1作目の名ゼリフ「But not today」に匹敵する部分だと語ります。ミランダが巻き返し、自分の時代はまだ終わっていないと示す場面が、映画の一番の醍醐味だというわけです。
速水さんは、1作目をリアルタイムで観た世代が20年分年を重ね、ベテランの域に入っていることにも触れます。メリル・ストリープは当時、今の速水さんとあまり変わらない年齢だったと計算し、誰もが自分のポジションの変化に向き合い、そこにいる理由を見出し続けなければならないことを、メリル・ストリープに教わったと話します。
俺は人生で初めてだよ。メリル・ストリープの側から映画を見るっていう体験。そっちなんだ。
建築家の恋人と仲直りできる理由
速水さんは、ここで再びアンディと建築家のボーイフレンドの関係に戻ります。この映画は、アンディがファッション業界とどう折り合いをつけるかという話でもあるからです。
ボーイフレンドとの言い争いは、彼が人が良すぎて喧嘩にもならないほどの些細なものでした。それでもアンディにとって、文化財であるニューヨークの建築物をお金のためにリニューアルする仕事は、最初は許せないものだったといいます。
守るべきニューヨークの建築物を、お金のためにリニューアルする仕事で、社会正義はないのではと考えている
伝統と新しさを結びつけるミランダの立ち位置を知り、恋人の仕事も資本主義と伝統の間にある重要なものだと気づく
速水さんは、この気づきによって2人は仲直りでき、物語も解決すると読み解きます。ミランダとアンディも、認め合わないところから共闘する仲間に変わっていきます。
つまり『プラダを着た悪魔2』は、アンディが資本主義やファッションと折り合いをつけていく話だと速水さんは見ています。物語上の都合ではあっても、細部と全体のつじつまが合っていないと観客は納得しないとして、うまい落としどころを見つけた映画だと評価しています。
ミランダの視点で観たと言いつつ、速水さんは、都市論の著作がある物書きのアンディは「ほぼ俺」だとも語ります。
壇蜜さんとの街歩きと、古市憲寿さんとの3年ぶりのイベント
最後に速水さんは告知をします。1つ目は、壇蜜さんと街を歩く雑誌ペンの「B面街歩き」という企画で、5月にスタートしました。
企画の初回は、細木数子が育った渋谷の百軒店から銀座へと上り詰めていく話にも重なる場所が舞台です。ゴールデンウィーク前に公開されて10日で2万再生と順調で、速水さんは5万、10万と数字を伸ばして次の街へ繰り出したいと話しています。
2つ目は、社会学者の古市憲寿さんとのイベントで、5月18日にゲンロンカフェで3年ぶりに開催されます。古市さんが大学生のころからの付き合いで、速水さんは17〜18年になると見積もっています。
速水さんは、タレントとしても活躍する古市さんをミランダに、地道に書き続ける自分をアンディになぞらえます。未来を見通すビジョナリーなところがあり、万博や戦争ミュージアムなど、古市さんが追いかけてきたテーマが今まさに聞くべきタイミングになっている、と冗談まじりに語ります。
その3年前のイベントで俺、次の本どうするかっていう相談を古市君にしてるわけ。それは機械音痴とテクノロジー史を結びつけるんだって話
その企画が新刊『機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史』につながりましたが、当時の古市さんからは「数字的にはダメなんじゃないの?」と言われた記憶があるそうです。速水さんは、ゆっくり寝て、朝にエスプレッソを飲みながら次の本の企画を練りたいと締めくくりました。
まとめ
速水健朗さんは『プラダを着た悪魔2』を、時代遅れとされた者たちが、資本主義のなかで自分のいる理由を示し直す物語として読み解きました。投資家の「建物だけが残る」に対し、歴史と現在を結ぶミランダの姿が、アンディと建築家の恋人の和解にもつながっています。
- 『トイ・ストーリー5』の予告編と同じく、続編は古いものがお払い箱になる危機から始まる
- ファッションに興味のない金持ちとの対峙には、アナ・ウィンターとサム・バンクマン=フリードの逸話が重なると速水さんは見る
- 「今答えを出すな。明日の朝エスプレッソを飲んでよく考えろ」が、速水さんの選ぶ映画一の名言
- 最後の晩餐の場面は、1作目のセルリアンブルーに匹敵する世界のルール説明として機能している
- 建築家の恋人は、資本主義と伝統の間に立つ存在として、アンディがファッションと折り合う物語の鍵になっている



