吉野家のサラダ味噌汁セットはなぜいらないのか
速水健朗さんは、マクドナルド、フレッシュネスバーガー、モスバーガーによく行き、最近は吉野家の牛丼を食べる回数も増えているといいます。ハンバーガーが週に2、3回、立ち食いそばも同じくらいで、健康を気にして週3回タコスを食べているそうです。
ただ速水さん自身は、タコスが本当にヘルシーなのかはあまり考えたことがなかったと笑っています。
本題は吉野家の味噌汁です。吉野家は松屋と違い、牛丼を頼んでも味噌汁が標準では付きません。オプションで頼むと、味噌汁は刻みキャベツのサラダとのセットになっています。
乾いたキャベツと牛丼のマッチングって、これちょっと考えた上でかなり最悪だし。
お味噌汁が欲しいんだよこっちはっていう、なんか抱き合わせでさ、サラダを売ってくるっていう。
速水さんは、このセットは味の相性ではなく、客の罪悪感に働きかけるマーケティングではないかと推測します。体に悪いものを食べる人に、キャベツで埋め合わせをさせる仕組みだという見立てです。
速水さんはこの感覚を、昔のウルトラマンにたとえます。怪獣との戦いで街を壊したあと、周りを見て頷き、自分だけ納得して宇宙へ帰っていく姿が、吉野家のキャベツに重なるといいます。
ただ、なんか自分に納得して帰るんだっていう、その納得して帰る感じがさ、なんか吉野家のキャベツっていう感じがする。
牛丼福祉論とは何か。安いチェーン店は福祉になるのか
速水さんが「考えてきたトーク」として持ち出したのが、牛丼福祉問題です。言い出した人はわからないものの、ネットで何度も語られてきた議論だと紹介します。
牛丼福祉論の中身は、吉野家のような牛丼チェーンが優れたサプライチェーン ── 原材料の調達から製造、物流、販売までの一連の流れ。効率化することでコストを下げ、価格を抑えられますによって、500円ほどで温かく美味しい食事を提供している点に注目するものです。速水さんは、世界の都市では考えられない安さだといいます。
速水さんによれば、貧困対策には炊き出しや、アメリカのようなクーポンの配布といった方法があります。日本はそうした福祉政策が弱いといわれる一方、食事代が安く、チェーン店が全国どこにでもあります。
そのため、民間のチェーン店が事実上、高齢者や貧困層への福祉として機能している、というのが牛丼福祉論の骨子です。速水さんは、年金や生活補助で暮らすには実は適した国だという見方や、デフレ時代に安さが福祉の役割を担うという議論として整理しています。
民間チェーンが安く食事を提供することで、事実上の福祉として機能している
それは福祉ではなく詭弁。税金を使って本来の福祉を設備として充実させるべき
速水さん自身は牛丼福祉論に「賛成」と思えるとしつつ、批判側の主張も正論であると認めています。
林真理子とアグネス・チャンの論争に見る、議論が社会を動かす力
速水さんは牛丼福祉論と並べて、1980年代のアグネス論争 ── 1980年代後半、歌手のアグネス・チャンが仕事場に赤ちゃんを連れてきたことをめぐり、林真理子らが批判して起きた論争。働く女性と子育ての問題として広く議論されましたを挙げます。仕事の現場に赤ちゃんを連れてくることは是か非か、という論争です。
速水さんの説明では、林真理子さんは、赤ちゃんは託児所に預け、男性と同じ条件で働かないと五分ではないと主張しました。当時は、職場に子どもを連れていける環境を整えるべきだというアグネス側の意見のほうが強かったと速水さんは振り返ります。
それでも、誰が子どもを預かるのかという問いが残り、生まれた直後から子どもを預けて働けるような仕組みができていきました。速水さんは、議論があったからこそ働き方が考えられ、行政が実現していった面があるとみています。
牛丼福祉論争もさ、ひょっとしたらね、30年、40年後には「ああ、牛丼福祉論争ね」って。
速水さんは、将来「チー牛問題」がまったく違う社会問題として誤解されて伝わっているような未来も面白いかもしれない、と冗談めかして語っています。
丸の内と永田町の朝マックは何を見せていたのか
速水さんは普段12時まで寝ていて、頑張っても起きるのは10時ごろだといいます。締め切りの日にはモチベーションを上げて8時に起き、外で仕事をするそうです。そのとき楽しみにしていたのが朝マックでした。
速水さんが通っていたのは丸の内のマクドナルドです。オフィス街に近いその店には、出勤前に一人で朝マックをする女性も多く、男性ビジネスマンも含めて活気にあふれていたといいます。
働くことの喜びみたいなものってさ、俺どこで感じるかっていうと、丸の内の朝マックで感じてたのよ。
ところが丸の内の店は閉店してしまいます。速水さんは代わりに永田町のマクドナルドに通うようになりました。渋谷や新宿、池袋のような繁華街のマックとは違うのだと話します。
マクドナルドにはいいマクドナルドとそうでもないマクドナルドの2つがあって。
永田町の店は名店だったらしく、閉店を惜しむ人やスタッフの話が赤坂経済新聞の記事になっていたそうです。ただ、その日付は2013年でした。速水さんは、自分が語っていた朝マックの良い時代は15年前の話だったと気づきます。
いまの朝マックに高齢者が集まるのはなぜか
速水さんによると、いまの朝マックは、少なくとも速水さんが行く店ではそれほど混んでおらず、必ずいるのが高齢者だといいます。
かつて高齢者の朝の行き先は、モーニングを出す喫茶店でした。コーヒーとトーストとゆで卵のセットが4、500円で食べられ、新聞や週刊誌を読んで社会に関心を持ち続ける老人の姿は、速水さんにとって憧れの老後像でもありました。
これはこれでいい光景なんだけど、今それがさ、マックなんだよね。マック新聞置いてないし。
モーニングを出す喫茶店でコーヒーとトーストを食べ、新聞や週刊誌を読む
喫茶店が減り、値段の抑えられた朝マックで朝ご飯を食べる
速水さんは、自分の思い描く朝マック像と現代の光景とのギャップで、少し気分が上がらなくなっているといいます。それでも朝マックの変化は、牛丼福祉問題と同じ構図で見ることができると考えます。
年金生活であまりお金を使えない人が、近所で朝ご飯を食べられること。一人暮らしなら、誰かと話すまではいかなくても、人に触れながら食事をすることが大事だと速水さんは話します。その場所が喫茶店の減少によってマックになっているというのが、速水さんの見立てです。
高齢者に必要な「承認」とは何か
速水さんは、老後には貯金や雑談できる友達などいろいろなものが必要だとされるなかで、お金と設備だけでなく「承認」が必要だという議論には、あまりピンと来ていなかったといいます。
速水さんの説明では、承認とは社会学者がよく使う言葉で、誰かに自分のことを知ってもらう、プライドを保つといったことなしに人間は生きていけない、という考え方です。友達も親族とのつながりもなく一人暮らしという状況に、速水さんの世代もあと10年、20年でなっていくといいます。
自分の将来をほとんど考えないタイプだという速水さんは、改めて想像してみて、居酒屋番組『酒場放浪記』の吉田類さんを思い浮かべます。しかし、吉田類さんのようにはなれないと気づきます。
だって一番できないことだもん。居酒屋で隣の席の人と仲良くなって、気づくと雑談をしているみたいなこと。
速水さんはバーに一人で行くことが多いものの、自分からは絶対に隣の客に話しかけないというルールを守っています。一人で飲んでいる人の大半は、一人でいたいから来ているのだと考えているからです。
朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』が突きつけた雑談しないおじさん問題
ここで速水さんは、本屋大賞を受賞した朝井リョウさんの小説『イン・ザ・メガチャーチ』に触れます。推し経済を47歳の新聞読者に向けて説明するような小説だとしつつ、一番話題になったのは、おじさんに友達や雑談相手がいないという問題を突きつけた部分だといいます。
50代男性の速水さんは、この半年ほどで何度もそのことでマウンティングを受けたそうです。「50代男性は雑談が苦手と言われていますが、改善できそうですか」とまで、ワンセットで言われるといいます。
勝ち誇ったようにみんな言ってくるのは何ですか?
速水さんは、この問いかけが『イン・ザ・メガチャーチ』由来だと後から気づき、「雑談できないおじさん」は流行語大賞的なものになる可能性もあると話します。そのうえで、問題であるかのように言われることには反発しています。
高齢者のサードプレイスは雑談なしでも成り立つのか
速水さんは、高齢者の承認問題について、施設やお金を用意しても、誰かに知られることや生きている実感は得られないため、それを社会がどう提供するかが問われていると整理します。かつては孫が遊びに来ることが最大の解決策でしたが、子どもがいない孤立した老人にはそれがありません。
速水さんが見る高齢者の居場所は、朝のマック、昼の図書館です。かつて公園のベンチにいたような老人が、いまは図書館にいるといいます。速水さんは、人と触れたいという欲求はその程度の接触で満たされるのではないかと考えています。
一方で速水さんは、独居している自分の母親が、自分よりよほど友達が多く雑談していることに触れ、承認の問題は男性の側の問題だと話します。朝マックにいる一人客の高齢者も男性が多く、自分もそちら側の一人だと認めています。
それでも速水さんは、一人でいることを寂しいとは思っていないため、外から勝手に社会問題化するものではないと考えます。朝のマックやフードコートのように、コーヒー1杯で過ごせて、半分公共で半分は自分の自由が守れる空間がいまはたくさんあるといいます。
速水さんはそうした空間をサードプレイス ── 家庭(第1の場所)でも職場(第2の場所)でもない、くつろげる第3の居場所。社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した概念ですと呼び、老人向けサードプレイス問題と捉えるのが一番正しいのではないかと話します。ただ人は、そこにコミュニティやコミュニケーションまで含めたがるとも指摘します。
別に話さなくたっていいんだよ、俺は雑談なんていらないんじゃねえかっていうね。
速水さんは最後に、牛丼福祉問題や、本来の意味とは違う形で持ち出した「チー牛 ── 「チーズ牛丼を注文してそう」の略。おとなしく冴えない男性を揶揄するネットスラングとして広まりました問題」をつなげます。自分もチー牛の一人だとしつつ、チーズバーガーは許せてもチーズ牛丼は許せない派だと笑わせます。
福祉とファストフードの掛け合わせから、公共性やサードプレイスとは何かを考えることは、これからの社会問題の大きなトピックになっていく気がする、と速水さんは語っています。
BRUTUSとPenで書いた大森元貴とドリカムの原稿
近況として速水さんは、雑誌BRUTUSの大森元貴さん特集で原稿を書いたことを紹介します。テーマは、大森さんがいかに働き者であるかだけだといいます。
レコード大賞
紅白の前日に出演
紅白歌合戦
本番中も出ずっぱりなほど出番が多い
カウントダウンTV
移動のバスの中でもカメラが回っていた
YouTube配信
その後、自分たちの配信まで行った
速水さんは、大森さんのブランディングが面白いといいます。ミュージシャンは普通、ミステリアスさを保つためにテレビに出ずっぱりにはならず、米津玄師さんのように出る場を選ぶものです。それでも大森さんは、必要ないのにテレビに出ます。
速水さんは原稿の中で、大森さんの振る舞いを、テレビ黄金時代の芸能人や歌手のある種のパロディではないか、と書いているそうです。
もう一本は、雑誌Penのドリカム特集です。速水さんは、DREAMS COME TRUEがバブル期からバブル崩壊へと社会が変わる時期にブレイクし、同じタイミングで週休二日制が普及したことを書いています。
週末の過ごし方が変わった時代と、ドリカムといえば「決戦は金曜日」という結びつきを、6ページほど大真面目に論じた原稿だそうです。速水さんは、大森元貴論もドリカム論も、図らずも労働問題に関わる話になったといいます。
新刊『機械ぎらい』のタコスおごりキャンペーンの結果は?
もうひとつの近況は、3月17日に発売された新刊『機械ぎらい。機械音痴のテクノロジー史』です。発売からちょうど1か月が経ちました。
速水さんは、Amazonにレビューを書いてくれた人にタコスやビールをおごると呼びかけていました。ただ本は960円ほどで、タコスとビールをおごると1500円になるため、やればやるほど赤字になるジョークのつもりだったといいます。
ちょっとしたパーティーでもやろうかなって思ってたんだけど、びっくりだよ、2人だよ。
レビュー自体は2件以上ついているものの、ポッドキャストを聴いて書いたと判別できる人は今のところ2人。いかにもChatGPTで書いたようなレビューも1件あり、速水さんはジョークとして面白く受け止めておくといいます。
1か月を超えると増刷の可能性は下がっていくものの、速水さんは今回の本について、もう少し長いスパンで話題になってくれるといいと考えています。番組は「一緒にタコス行きましょう」という呼びかけで締めくくられました。
まとめ
この回の速水さんは、吉野家の牛丼と朝マックという身近な光景から、安いチェーン店が事実上の福祉を担う日本社会と、高齢者の居場所の問題を考えました。そのうえで、雑談や承認を当然の必要とみなす風潮に、一人を好む立場から異を唱えています。
- 吉野家の味噌汁がサラダと抱き合わせなのは、客の罪悪感に働きかけるマーケティングではないかと速水さんは見ている
- 牛丼福祉論は「安いチェーン店が事実上の福祉になっている」という議論で、速水さんは批判を認めつつ賛成の立場
- 朝マックは働く人の場から、喫茶店の減少を受けた高齢者の朝の居場所へと変わってきた
- 『イン・ザ・メガチャーチ』発の「雑談しないおじさん」問題に対し、速水さんは雑談はいらないと返答している
- 話さなくても人と触れられる半公共の空間、老人向けサードプレイスがこれからの大きなテーマになると速水さんは考えている



