📝 エピソード概要
フリーアナウンサー徳永有美さんが、いかにして「スポーツの徳永」としての個性を確立していったのかを掘り下げます。新人時代、深夜のスポーツ番組の舞台裏で繰り広げられた栗山英樹氏らとの熱い野球談義が、彼女のキャリア形成の大きな礎となりました。また、自己表現を追求する姿勢や、報道ステーションで古舘伊知郎氏から受けた影響、さらにアナウンサーの枠を超えた体当たり企画への挑戦など、徳永アナの仕事への真摯な取り組みが語られます。
🎯 主要なトピック
- 個性の確立と仕事への姿勢: 女性アナウンサーは早い段階で注目されるため、戦略的ではない徳永アナは、与えられた仕事に対して120%で取り組み、周囲(三雲孝江氏ら)に面白さを見出してもらうことで個性を開花させました。
- 深夜のスポーツ談義が「徳永アナ」を育てる: 初のスポーツ番組「スポーツキューブ」で、栗山英樹氏やスタッフが番組終了後も深夜3〜4時まで続ける野球談義を聞き続け、スポーツの見方や醍醐味を貪欲に吸収しました。
- 川邊氏の起業と時代の変化: 川邊氏の起業のきっかけは、高校時代から続けた新聞の切り抜きにより、「マルチメディア」から「インターネット」へと世の中のキーワードが劇的に変化するマクロな潮流を捉えられたことでした。
- 自己表現と失敗の経験: 「人がやらないことをやる」「本当に思っていることを大事にする」という意識で本番中も発言を試みるも、富山の砂糖菓子に関する率直なコメントで注意を受け、表現の難しさを学んだ経験が語られました。
- 報道ステーションと古舘伊知郎氏との共演: 古舘伊知郎氏がキャスターに就任した「報道ステーション」でスポーツ担当を務め、古舘氏のきめ細やかな気遣いや、アドリブに対応するやりとりから多くを学びました。
- 前例のない体当たり企画への挑戦: 2001年の世界水泳に向けた企画で、前例のないシンクロナイズドスイミングに挑戦。練習は過酷でしたが、結果的に放送時間変更で反響が薄かったとしても、自身は挑戦に価値を見出していました。
💡 キーポイント
- アナウンサーとしての個性は、戦略ではなく、目の前の仕事への真摯な取り組みと、周囲からの発見によって開花した。
- 徳永アナは、新人時代から、常に「自分が本当に感じること」を大切にし、それを表現する努力を続けていた。
- 川邊氏の若き日の起業は、新聞の切り抜きという地道な情報収集を通じて時代の大きな転換点(マルチメディアからインターネットへ)を客観的に認識したことに基づいている。
- 憧れの存在であった古舘伊知郎氏からは、技術的な指導だけでなく、後輩の心理を読み取る熱いアドバイスを受けていた。
- 幼少期から持つ「飛び抜きたい」という根源的な欲求が、アナウンサーとしての既成概念を破る挑戦へと彼女を駆り立てていた。

