好きなことを人生の主軸にする決断
資産管理会社を営んでいた時代、浜田さんは好奇心の赴くままに食べ歩けるようになり、海外にも足を運ぶフーディーとしての頭角を現していきました。
その資産管理会社を3年続けたあと、浜田さんは食や旅という自分の好きなことを人生の主軸にしようと考え、独立を決めます。
自分が深い思い入れがあるものに、できるだけ多くの時間を使いたいというところは多分多かった気がしますよね。
番組の聞き手である川邊さんは、金融という飯の種で給与を稼いでいた浜田さんが、趣味だった旅と食を軸に生きる決断をした心境を掘り下げます。
自信があってそうなったのか、目処がなかった(のか)。
全くないです。ゼロです。ここに関しては一切何も1ミリもなかったです。
浜田さんは、比較的物事を考えてから行動する性格だと自認しています。そのため周りからは「何らかの目処があるのだろう」と見られましたが、この独立に関しては違ったと振り返ります。
収入ほぼゼロ、貯金が減る恐怖
独立後の最初の1年半、浜田さんの収入はほぼゼロでした。そのペースでいけば、そこから先の2年で貯金がなくなる計算だったといいます。
どんどんいいものを食べ歩くほど貯金は減っていきます。割り切っていたとはいえ、精神的にはつらかったと浜田さんは語ります。
人間、お金がどんどん減っていく、それになす術がない状態って、精神衛生上良くないですよ。極めて良くないです。
ある分が減っていく、かつそれが自分がお金を使うという能動的な行為によって減るのって、すっごいつらいんですよ。
浜田さんは、その状態を強い言葉で表現します。外的要因で減るのではなく、自分の選択で貯金を切り崩していく苦しさを、次のように語りました。
身を切られるようなものですよね。
自分で切ってるんですよ。誰かに切られるならまだマシなんですよ。言い訳ができる。自分で切ってるから言い訳なんか1ミリもできないです。
楽しくはない、突き動かすのは知的好奇心
手に職がなければつらくなる一方ですが、浜田さんには金融に戻る道もありました。それでも戻らなかった理由を川邊さんが尋ねます。
楽しいか楽しくないかっていうと、楽しくはないですね。そういう精神状態なんで。もう使命感というか、ミッションみたいな感じで。
川邊さんは、この生き方が「本を出す」といった明確なゴールを持ったものなのか、それとも一生続ける道として選んだものなのかを確認します。
(ここまで食べたら本にしよう、というのは)1ミリも一切なかったです。突き詰めたら何か景色が見えるかもしれないっていう、何の根拠もない(もの)。
浜田さんは、これがスタートアップ経営者として投資家にピッチしたら絶対に蹴られる類のものだったと笑います。周りからは「どうせ貯金がいっぱいあるんでしょう」と言われ続け、それも実際にはないだけにダメージを受けたそうです。
浜田さんは、自分を突き動かしているものは食欲ではないと明言します。世界中のレストランを回り続ける原動力は、知りたいという欲求だといいます。
知的好奇心は満たされるんだけど、楽しくやったら楽しくないんですよ。だってお金どんどん減ってってるわけだから。
回ったレストランについては、自分なりに全部メモを取っていたと浜田さんは話します。
収入ゼロを止めた転機
デスゲームのような日々に転機は訪れたのか、と川邊さんが問いかけます。転機は徐々に訪れたと浜田さんは答えます。
食べたものをFacebookにアップしていたところ、その食の知見をもとにアドバイザーとして関わらないかという声がかかり、月額の顧問料をもらう仕事が生まれました。最初のオファーはあるホテルグループからでした。
食とは直接関係のない出会いも大きかったといいます。音楽業界の重鎮を通じて、当時エイベックス ── 音楽・エンタテインメント事業を手がける日本の企業グループ。「エイベックス」と表記される。の社長を務めていた松浦さんと知り合いました。
その当時のエイベックスの構造改革ですね。そういうののお手伝いをしたりとか、プライベートエクイティにやってきたことが生きるようなお仕事をいただいたりとか。
こうして、フーディーとしての知見を生かす仕事と、金融時代の経験が生きる仕事の両方が複数入るようになり、浜田さんはなんとか収支がとんとんになる状態まで持ってこられました。
貯金が尽きるとされた2年のうち、収入がゼロで止まったのは尽きる1年手前でした。浜田さんはこれを奇跡だと振り返り、支えてくれた人々に感謝を述べます。
だからなんか、プロスポーツ選手みたいな感じになってますよね。プロフーディーになるかってことですよね。
世界を回るスタイルと5社の顧問
今はサステナブルに世界中のレストランを回れるようになったと浜田さんは話します。川邊さんは、レストランから金はもらわないといったポリシーがあるのかを尋ねます。
浜田さんは、試食会のように支払わない状況もあるものの、自分で払う食事もたくさんしていると説明します。そのうえで、支払いの有無に関係なくフラットに評価しているといいます。
自分が払って(食べようが)貰って(食べようが)関係なく、フラットに自分の中では評価してるって感じですね。
顧問として契約している会社は、現在5社だと浜田さんは明かします。さらにこの1年は、地方自治体との仕事も増えているそうです。
自治体との仕事には2つの方向性があると浜田さんは整理します。
インバウンドを呼び込むために、自分たちの食や地域の魅力を食でどうアピールするか
地域の生産物などを、どうやって外に出していくか
浜田さんは、ユーザー目線でのアドバイスに加え、海外の料理人を巻き込むために招聘を手伝うこともあると話します。ローカルにとっては得がたい存在です。
静岡が熱い理由と「デスティネーションレストラン」
浜田さんは5年前、ジャパンタイムズ ── 日本で発行されている英字新聞。ここでは、その社主が浜田さんに食のアワード創設を相談したことが語られている。の社主からの相談をきっかけに、日本の地方に照準を当てた「デスティネーションレストラン」というアワードを立ち上げました。本田直之さんらと相談する中で方向性が固まったといいます。
この発想の背景には、浜田さんがヨーロッパを旅した経験があります。イタリアやスペインでは、いい店は都会よりむしろ田舎に多く、車で1〜2時間かけて食べに行くのが当たり前の文化だったと語ります。
デスティネーションレストランは、地方の面白い店を年間10店舗ずつ発掘して発表する仕組みです。5年間で計50店舗を発表してきました。
地方がすごく今、食でいうと面白くなってるんですよね。地方の食を盛り上げるっていうのは、僕の一つの今ライフワークに(なっている)。
いま熱い地域として、浜田さんは静岡を挙げます。その理由は「佐瀬前田魚店」という魚屋の存在だといいます。
佐瀬前田魚店という魚屋さんが、漁師さんと川下にある料理人を結びつけてるんですね。(場所は)焼津なんですけどね。
この卸の魚を使う店は人気で予約が取りにくい店も多いと浜田さんは話します。川邊さんは、天ぷらの成瀬さんもその一つだと応じ、自身も誘われて訪れた経験を語ります。
鮮度を極める「F1のピット」のような現場
佐瀬前田魚店の魚が違うのは、漁師の扱い方そのものが違うからだと浜田さんは説明します。あまり価値がつかない魚でも、生きて泳いでいる状態で持ってきてもらうといいます。
浜田さんは、その日の流れを具体的に描写します。市場で競り落とした魚を朝10時ごろに前田さんが処理し、店に運び込みます。11時前には魚屋の裏の処理場に料理人が集まり、下ごしらえをして持ち帰り、12時の営業に間に合わせるという流れです。
F1のピットみたいにしちゃってるわけですね。
この鮮度で食べるアジは全く違うと浜田さんは言います。青魚特有の香りがまったくせず、目をつむって食べたらアジだとわかる人はいないだろうと表現します。
海と山の漁師でもある川邊さんは、自ら魚を処理して食べる経験から、処理の重要性が実感としてわかると応じます。だからこそ、それを高いレベルで魚屋が中心になってつないでいる点を面白がります。
前田さんも、そこの協力体制を作るのに10年以上かかってるんですよ。魚屋さんですら10年かかるから。
浜田さんによれば、漁師は自分の決まったやり方でやりたい人が多く、シェフが言っても変わりにくいといいます。前田さんは妨害を受けながらもやり続け、理解を得て、今では漁師も協力的になったそうです。
食だと実は奥深いんですよね。全人類が関わってることだから、いろんなことがボボボボ起きてるんですね。
熱い地域の情報をどう拾うのか、という川邊さんの問いに、浜田さんは地方の料理人からの紹介や、頑張っている卸からの「新しくこの店もうちの魚を使い始めた」といった声など、つながりで得ることが多いと答えます。
著書『美食の教養』とガストロノミーという楽しみ方
川邊さんは、浜田さんが最近出した分厚い本について尋ねます。400ページ近くある著書のタイトルは『美食の教養』です。
食の本の多くはレストラン紹介やビジネス系ですが、『美食の教養』はタイトル通り教養の本だと浜田さんは説明します。テーマは「ガストロノミー」をどう味わい、楽しみ、鑑賞するかです。
単純においしい、おいしくないっていうのは、あまりガストロノミー的な議論ではなくて。
浜田さんが一番伝えたいのは、料理人が考えていることや、背後にいる生産者、その文化的なところも一緒に楽しもうよ、というメッセージです。たまには一度立ち止まって料理と向き合おう、という提案でもあります。
浜田さんは、お寿司を例に、ガストロノミーとしての食べ方を具体的に語ります。
魚の産地と処理
その魚がどこから来て、漁師によってどんな処理をされたか
職人の判断
寝かせるか、圧力を使うか、切りつけをどうするかといった職人の考え
酢飯との調和
酢の配合、塩の効かせ方、温度感をどう合わせるか
全体の流れ
マグロから出すか白身から出すか、起伏をどう作るか
浜田さんは、この楽しみ方を音楽になぞらえます。分析的に音楽を楽しむ番組を引き合いに、なぜその曲がエモいと感じるのかをリズムやコード進行から読み解くように、食にも同じ視点を持ち込みたいと考えたといいます。
それを僕は食の世界でやりたくて、この美食の教養を書いたんです。
浜田さんは、音楽やお笑いには解説動画や分析の議論がある一方で、食に関しては見える形で存在しないと指摘します。だからこそ、まとまった形で提示したのがこの本だと語ります。
著書の構成は、前半で浜田さんの食の考え方や楽しみ方を、後半で地域別の料理界の流れとそれを体験できる具体的な店まで書いているといいます。番組はここで一区切りとなり、次回も浜田さんへの会食が続きます。
まとめ
金融の世界から、目処ゼロで食と旅を軸にした人生へ踏み出した浜田岳文さん。貯金が尽きる恐怖と向き合いながら知的好奇心に突き動かされ、今はプロのフーディーとして活動し、「ガストロノミー」という食の楽しみ方を提示しています。
- 浜田さんは生計の目処が一切ないまま独立し、最初の1年半は収入ほぼゼロで貯金を切り崩す日々を過ごした
- 自分を突き動かすのは食欲ではなく「知りたい」という知的好奇心だと明言している
- Facebookでの発信をきっかけに顧問やアドバイザーの仕事が生まれ、貯金が尽きる1年手前で収支がとんとんになった
- 現在は5社の顧問や地方自治体との仕事を通じ、地方の食を盛り上げることをライフワークにしている
- 著書『美食の教養』は、料理人の意図や生産者、文化的背景まで味わう「ガストロノミー」という楽しみ方を提示する一冊





