SNSで肥大化した「偶像」を自ら壊せるか──投資家・田中渓が語る葛藤と、高木新平が示した"ソフトランディング"の道筋
深夜1時の経営者ラジオ「インサイドビジョン」に、投資家でラジオパーソナリティの田中渓元ゴールドマン・サックス日本投資部門共同統括。2024年退社後、数千億円規模を運用する投資会社で不動産投資責任者を務める。interfm・J-WAVEでラジオナビゲーターも。著書『億までの人 億からの人』がビジネス書グランプリ2026総合グランプリ受賞。さんが登場。MCの高木新平NEWPEACE代表/ブランドディレクター。経営者個人のWHYを起点にビジョンやブランドを構築する「ビジョニング」を実践。富山県のクリエイティブディレクターも務める。さんと完全に初対面のまま収録に臨み、SNS上で膨れ上がった自己像への恐怖、「ビジネスアイドル」という新ジャンルの正体、そしてその偶像からどう降りるかという前例のない挑戦について、本音をぶつけ合いました。その内容をまとめます。
偶像が勝手に育つ恐怖
「今一番怖いのは、SNS上の僕と本物の僕が幽体離脱していること」──収録冒頭、田中渓さんは率直にそう切り出しました。朝3時45分起床のストイックな生活習慣、ゴールドマン・サックス米国に本拠を置く世界最大級の投資銀行。金融業界で「最難関」とされる就職先の一つで、報酬水準の高さでも知られる。17年の経歴、資産運用の知識──こうした「お役立ち情報」で知名度が急上昇した一方、それが自分の全てだと受け止められてしまっている現状に強い違和感を覚えているといいます。
思ってることは言ってるけど、多分一割ぐらいしか喋れてない。残りの九割を応援してくれる人ほど美化して補完するから、ずれが生じ始めるとオセロがひっくり返るようにアンチになる
田中さんが特に気にかけているのは、アンチが生まれることではありません。「この人を見ていると辛い」「頑張らなきゃいけない気持ちにさせられて疲れる」という声が届き始めたことでした。ストイックな情報発信が、見る人の自信を奪ってしまう可能性がある。その事実に気づいたとき、「まずいな」と感じたそうです。
「ビジネスアイドル」という新ジャンル
高木さんは田中さんの人気の理由を三つに整理しました。第一に、NISA少額投資非課税制度。2024年に新制度がスタートし、日本で投資を始める個人が急増した。をはじめとする投資・資産運用ブームの追い風。ゴールドマン・サックスという「投資界のエルメス」の内部にいた人が教えてくれるありがたさ。第二に、情報そのものよりも「マインドセット」「習慣化」という誰でも行動に移しやすいフレームに変換されたこと。そして第三に、給与労働者として豊かになっていくロールモデルがほぼ不在だったことです。
しかし高木さんの分析はここで止まりませんでした。「田中渓さんはビジネス芸人じゃない。ビジネスアイドルなんですよ」──この一言に田中さん自身も「幽体離脱して見えてる僕はまさにそれ」と深く頷きました。
箕輪さんや明石ガクトさんたちはビジネス芸人。獣感があって、バグってる。だけど田中渓さんには「品がいい」「声がいい」「落ち着く」ってコメントがつく。それってもうアイドルなんですよ
田中さん自身の分析によると、最も熱量の高いファン層は40〜50代のシングルマザーで、男の子の母親が多いとのこと。自分の人生に希望を見出しにくくなった女性たちが、息子の未来を田中さんのストーリーに投影している──「中学受験に失敗しても、努力と根性で道を切り開いた少年ジャンプ的な物語」に、再現性の希望を感じているのではないかと語りました。
ただし田中さん自身は、カメラの前では出せていない「ビジネス芸人」的な一面があると言います。西野亮廣お笑いコンビ・キングコングのメンバー。絵本作家、実業家としても活動。賛否が分かれるキャラクターで知られる。さんの応援をXで表明するとフォロワーが一気に減る。それでも「実態に合ったフォロワーに変わっていかないと」と、意図的に賛否の分かれる発言を続けているそうです。
獣感・バグり・男子校ノリ
好き嫌いが分かれる
自分なりの道を切り開く
品・清潔感・落ち着き
嫌われ要素が少ない
努力の物語で応援される
人に興味がない?──期待値ゼロの処世術
高木さんが切り込んだのは、田中さんの「人への興味のなさ」でした。「どんな質問にも完璧に返すけど、そんなに興味なさそうに見えちゃう」と率直に伝えると、田中さんは「バレてるな」と苦笑い。本当に心を寄せている人は「片手で数えるぐらい」だと認めました。
その根っこには、高校時代に芽生えた「期待値ゼロ」の処世術がありました。周囲にキラキラした人たちが現れ始め、「何にもなれない」という諦観が植え付けられた時期。先生同士の諍いや大人の汚い部分が透けて見え、「人に深入りするとろくなことない」と学んだそうです。
僕の処世術は全部「期待値を人に対して上げないこと」。勝手に期待されて、ちょっと下回ったら幻滅される。だからサプライズとかも漏れないように徹底するし、誰かの人生に責任を負いたくないっていう無責任感情がめちゃくちゃある
一方で田中さんは自分を「人間マインスイーパー」と表現しました。何を喋ればどんなリアクションが起こるか、ツイートのボタンを押した瞬間にインプレッション数も「通り魔コメント」も想像がつく。その予測の外に出たことは一度もないと言い切りました。恋愛においてすら、ある時から「この映画、見たことあるな」という感覚に支配されるようになったとのこと。
高木さんはこの能力を「東京リップサービス」──都市で育った人特有の対人スキルだと分析しつつ、Xでの丁寧なお裾分け投稿も含めて「異常にうまい処世術」だと指摘しました。
2ちゃんねるが鍛えたメタ視点とSNSの歩き方
その処世術の源泉は意外なところにありました。高校時代のインターネット黎明期、田中さんは2ちゃんねる1999年に開設された日本最大級の匿名掲示板。匿名性を活かした辛辣な書き込みや「祭り」と呼ばれる集団的な炎上が日常的に起こり、初期のネットカルチャーを形成した。にどっぷり浸かっていたのです。
全パターンの成功してる人たちが血祭りに上げられてるのを見すぎてた。だからSNSの歩き方はしっかり身につけてから、Xを二十年越しで始めたんです
高木さんはこれを「Z世代が先にYouTubeで幻滅する」現象の先取りだと捉えました。上場しても幸せになれない、EXITしても満たされない──そうした「不都合な真実」を、田中さんは2ちゃんねる時代に全パターン目撃していた。だからこそ同年代がXで喧嘩している姿を見ても「それは知ってるぞ」と冷静でいられるし、炎上に乗らず批判もしないスタンスを貫けているわけです。
つまり田中さんのSNS戦略は、20年分のネットリテラシーの蓄積と、豊富な人生コンテンツを携えた「よーいドン」だったということになります。それが「なぜ後発なのにこんなに強いのか」への一つの回答だと、高木さんは納得した様子でした。
おすすめする喜びの原体験はラジオだった
田中さんのXアカウントを見ると、本の紹介、レストランの推薦、愛用品のシェアなど、とにかく「おすすめ」が多いことに気づきます。高木さんが「それはなぜ好きなんですか?」と深掘りすると、田中さんは少し考えてからこう答えました。
自分がいいと思うより、その人がいいと思ってくれた方が嬉しいんですよ。全ジャンルの一番を知ってるから、誰の好みにも合わせられる。その「人間レコメンデーションシステム」に全能感があった
しかし高木さんはさらに一歩踏み込みます。「その原体験はラジオなのでは?」──好きなラジオパーソナリティがおすすめしてくれた音楽や小説を、お金がなくても必ず買っていた中学・高校時代。ラジオという「一対一のメディア」で、誰かが自分のためにセレクションしてくれる喜びを受け取った経験こそが、田中さんの「おすすめしたい欲」の根源ではないかと指摘しました。
「そうだ、ラジオで教えてもらったんだ」──田中さんは驚いたように認めました。
出力モンスターと入力の枯渇
しかし高木さんは、ここで「きれいにまとめて終わり」にはしませんでした。田中さんの語り口が常に「自分の機能・価値提供」から始まることに引っかかったのです。
「本当は受け取ったものが最初にあるはずなのに、先に価値提供の話が出てくる。感情に蓋をしているように見える」──高木さんはそう指摘しました。メディアに出続けた結果、「今までの40年分を猛スピードで消費してしまった」と田中さんも認めます。カメラが回っている場所でしか人に会えなくなり、インプットの時間が取れない。おすすめしたいものはあるのに、その土台となる「受け取った感動」が枯渇し始めている──それが今の苦しさの本質でした。
感動を受け取る(入力)
面白い人との出会い、新しい視点、心が動く体験
おすすめする(出力)
受け取った感動を自分なりにセレクションして伝える
メディア消費の加速
出力が増えすぎて入力の時間が消え、「おすすめのためのおすすめ」になる
膨れ上がった自己像をどう降りるか
会話はいよいよ核心に迫ります。高木さんは「膨れ上がった風船を自分で縮める方法はない」と断言しました。箕輪厚介さんはスキャンダルで破裂するしかなかった。家入一真連続起業家。ペパボ、CAMPFIRE、BASEなどの創業に関わる。「現代の駆け込み寺」と呼ばれ、居場所づくりの活動でも知られる。さんですら「そろそろ何かした方がいいんじゃない?」と忠告していたのに止められなかった。SNSの増幅機能が強すぎて、ほとんどの人は炎上やスキャンダルという「他者による破壊」でしか偶像を降りられないのが現実です。
膨れ上がった自己像に対して、自らの意思を持ったソフトランディング。田中渓さんだったらできそうだなっていう。誰もチャレンジしたことないですよ、それ
高木さんが提案した具体策は三つありました。
特に三番目の「事業承継」という発想に、田中さんは「コペルニクス的転回すぎて全然思いつかなかった」と目を見開きました。自分と同じくゴールドマン・サックスや外資系金融を経験した人材は他にもいるはず。その中から次世代のロールモデルを引っ張ってきて「俺の時代は終わったから」とバトンを渡す──島田紳助元お笑い芸人・司会者。ダウンタウンをはじめ多くの後輩芸人を引き上げた(フックアップした)ことでも知られる。2011年に芸能界を引退。がダウンタウンを上げたように、EXILEがJ Soul Brothersにステージを渡したように。
自分じゃないやつを連れてくるのは考えたことなかった。そうすると空席もできないし、責任を全うした感も出るし、自分は本当に行きたいところに行ける
高木さんはこの「前例のない挑戦」ができるのは田中さんだからこそだと強調しました。ほとんどの若いインフルエンサーにとって膨れ上がった自己像はアイデンティティそのもの。それを手放すことは自己崩壊に等しい。しかし田中さんにはゴールドマン・サックスでの実績、投資業という本業、そしてラジオへの愛情という複数の拠り所がある。だから切り離せるはずだと。
収録後──本当にやりたいことは「カルチャーのキュレーション」
収録後のアフタートークで、高木さんは田中さんの本質を「カルチャーのキュレーター」だと位置づけました。ゼロイチで何かを生み出すクリエイターではなく、BEAMS1976年創業の日本を代表するセレクトショップ。国内外のブランドをキュレーションし、ファッションの民主化に貢献した。のようなセレクトショップ、NewsPicksユーザベース社が運営する経済ニュースプラットフォーム。専門家のコメントによるキュレーション機能が特徴。のようなキュレーションメディアのように、良いものを選び、組み合わせ、届ける──その「いい感じを作る」能力こそが田中さんの真価ではないかと。
クリエイターは「やばい」は作れるけど「いい感じ」は作れない。好き嫌いが分かれるのがクリエイション。だけど編集者的な、カルチャーとビジネスの間にいるタイプは「いい感じを作る」のが仕事なんだと思う
業界を盛り上げるという「ドメイン発想」ではなく、文化のおすそ分けの面積を広げていくという「水平展開」──それが田中さんの本当にやりたいことなのではないか。田中さんも「完全にそっちだ」と深く頷いていました。
まとめ
完全に初対面のまま90分。SNSで作り上げられた「ビジネスアイドル」としての偶像に、田中渓さん自身が最も苦しめられていたことが浮き彫りになりました。期待値ゼロで生きてきた人に対して、期待の総量が猛烈な勢いで積み上がっていく皮肉。出力モンスターとして消費され続ける中で、入力──つまり感動を受け取る時間──が枯渇していく危機感。
高木さんが提示した「ソフトランディング」は、見た目・コンテンツ・役割の三つを同時に切り替えるという、ビジネスインフルエンサー界では前例のない挑戦です。炎上やスキャンダルに頼らず、自分の意思で膨れ上がった風船を降ろせるのか──その実験が、ここから始まるのかもしれません。
- 田中渓さんは「SNS上の偶像と本物の自分が幽体離脱している」ことに強い危機感を持っている。見る人の自信を奪ってしまう副作用にも気づき始めた
- 高木新平さんは田中さんを「ビジネスアイドル」と定義。ビジネス芸人とは異なり、品の良さと努力の物語で幅広い層の支持を得る新ジャンルだと分析した
- 「おすすめする喜び」の原体験はラジオにあった。しかしメディア露出の増加で出力に偏り、感動を受け取る入力が枯渇し始めている
- 膨れ上がった自己像を「自分の意思でソフトランディングさせる」という前例のない挑戦を提案。見た目の変化、感情を載せたコンテンツへの切り替え、後継者へのバトン渡しの三つが具体策
- 田中さんの本質は「カルチャーのキュレーター」。業界を盛り上げるドメイン発想よりも、良いものを選び届ける水平展開こそが本当にやりたいことだと収録後に確認された
