AI研究室から時価総額1000億超へ──PKSHA上野山勝也が語る「好奇心と責任」のはざま
深夜1時の経営者ラジオ「インサイドビジョン」に、PKSHA TechnologyAI技術の研究開発・社会実装を行う東証上場企業。累計4400社以上にAI・AIエージェントを導入。2012年創業。代表の上野山勝也さんが登場。AIが誰もが知るメインストリームになった今、創業者として感じる好奇心と社会的責任の葛藤、そして「人と人の間に介在するAI」という東洋的な可能性について、MC高木新平さんと深く語り合いました。その内容をまとめます。
梅田望夫のブログがつないだ原点──シリコンバレーでの邂逅
上野山さんがAIの道に入ったきっかけは、大学時代にさかのぼります。当時はまだ「AI」という言葉すら使われておらず、「機械学習」や「自然言語処理」と呼ばれていた領域。東京大学の松尾研究室東京大学の松尾豊教授が率いる研究室。深層学習(ディープラーニング)の日本における研究拠点として知られる。で博士号を取得し、コンピューターに人間の言語を理解させる研究に取り組んでいました。
転機となったのは、梅田望夫経営コンサルタント・著述家。シリコンバレー在住で、著書『ウェブ進化論』(2006年)はWeb2.0時代の到来を日本に広く知らしめた。さんのブログでした。「シリコンバレーに来い」という呼びかけに応じ、日本中からバラバラにいた学生20人がスタンフォード近くのApple StoreApple直営の小売店。シリコンバレーの象徴的な空間の一つ。当時はまだiPhone発売前で、iPodやMacが主力製品だった。の1階に集合。3泊4日、現地で活躍する日本人の大人たちと将来について語り合ったといいます。
20人全員初めて出会うのに、なんかちょっと懐かしい感じがする。すげえ不思議な感覚だった
後から振り返ると、同じブログを読んでいたという「フィルタリング」を経た人たちが密室に集合するという特殊体験だったと上野山さんは分析します。インターネットが異なる場所にいる人をつなぎ、新たな関係性を生み出せるという実感。これが起業の原点になりました。
2012年、誰もAIに期待も意識もしていない時代にPKSHA Technologyを創業。「人工知能なんて言葉を使う人は世の中にいなかった」という状況から、気づけば新聞にAIの文字が載らない日はないほどの変化が起きました。
情報革命は道半ば──AIが世界を変える3つのフェーズ
AIの現在地を上野山さんは「思春期」と表現します。能力は急速に上がっているのに、社会との関係性──何のために使うか──がまだ定義されていない。まさに思春期の若者が社会との折り合いに悩むような状態だといいます。
2026年のAIって、思春期みたいなフェーズに入ってると思ってて。非行に走っちゃうかもしれないし、使い方によっちゃ相当まずいことにもなる
そもそもAIはインターネットの延長線上にあると上野山さんは捉えています。産業革命の後に始まった情報革命はまだ道半ばで、パーソナルコンピューター → インターネット → スマートフォン → AIという進化の途上にすぎないという見方です。
特にフェーズ2のエージェントは、建設・輸送・医療など実世界の巨大産業に影響を与えうるためインパクトが大きい一方、戦争用ドローンの制御のように使われるリスクもあり、ルールが追いついていない状況だと上野山さんは指摘します。フェーズ3に至っては、ノーベル賞級の発見がAI主導で起き始めている現実もあり、ここ3〜5年が「超重要なタイミング」だと語りました。
AIは人間から何を奪っているのか
ここで高木さんが切り込みます。「AIが問題だと思うのは、アウトプットの機会を奪っているからだ」と。
とある教育会社の社長から聞いた話として、学習はインプット1:アウトプット9の比率が理想だという考えを紹介します。喋る、書く、人に教える──そうした小さなアウトプットの積み重ねが学びを深める。ところが今は、議事録の見出しを考えるようなちょっとしたクリエイティビティまでAIが代行してしまう。
リサーチをする、質問文を考える、議事録の見出しをどうするか考える。こうした「小さなアウトプット」の積み重ねが、より大きな仕事を扱える力を育てていた。しかし今、そのはしごが外されつつあるのではないか。技術はそもそも手段のはずなのに、目的化してしまっている感覚がある──高木さんはそう問題提起しました。
世の中の問題の根源は「コミュニケーションの不具合」
一方で上野山さんは、AIのプラス面にも目を向けます。深刻に悩んでいるのに人に話せない人がAIに相談し、「涙が出るほど嬉しかった」という事例を実際に目にしているといいます。今まで人だけではすくい取れなかった感情をAIがすくい取っている現象です。
上野山さんは学生時代から「世の中のほとんどの問題の根源はコミュニケーションの不具合である」と考えてきたそうです。政治家と会えばみんな志が高く頑張っているのに、Xを開けば罵詈雑言の嵐。同じ部屋に入れて喋ればいい人なのに、マクロにスケールした瞬間にいがみ合ってしまう。
高木さんも、山極壽一霊長類学者・元京都大学総長。ゴリラ研究の第一人者で、人間社会の集団サイズや認知限界について多くの知見を発信している。先生の話を引き合いに出します。数人は家族のように、30〜40人は同じ集団として扱えるが、それを超えると認知が追いつかない。この限界をAIで拡張できれば、大企業内のいざこざも、50人での合意形成も、あるいは政治における「サイレントマジョリティー」の声の吸い上げも変わりうるのではないか──そんな可能性が語られました。
フィッシング詐欺検知
瞬間的なトランザクションを人間の目で見つけるのは不可能。AIなら人間の認知の外側にある異常パターンを即座に発見できる
マッチングアプリ
距離感がまだ合っていないのに「飲みに行こう」と送ると、AIが「まだダメですよ」と戻す。コミュニケーションの不具合を未然に防ぐ
コンタクトセンター
クレームの怒鳴り声を可愛い声に変換するなど、不要な感情ダメージをアルゴリズムで軽減
Xの自動翻訳
言語の壁を超えて海外の投稿が日本語で読める。人類史上初めて、プラットフォーム上で言語を問わないコミュニケーションが実現しつつある
Jack DorseyTwitter(現X)の共同創業者。決済サービスSquare(現Block)のCEOも務めた。近年は組織の階層をフラット化し、AIで中間管理を代替する構想を語っている。がSquareで階層構造をフラットにしてAIで代替する構想を語っていることにも言及がありました。ツリー構造ではない新しい組織のかたちが、AIによって可能になるかもしれない。上野山さんの「コミュニケーションの不具合を直す」という視座は、個人の悩み相談から国際紛争まで、射程の広い発想でした。
摩擦のない世界に、表現は生まれるのか
AIがコミュニケーションの摩擦を減らしていく──その話を聞いた高木さんの表情が曇ります。上野山さんも「すごい不満そう」「腑に落ちなそうな顔してる」と指摘するほどでした。
分かり合えないからぶつかり合ってるし、摩擦が減っていくと表現生まれなくなっちゃう
失恋の痛み、分かり合えない辛さ──それが歌になり、演劇になり、短歌になってきた。「あなたもそういう傷を抱えてるんですね」と共感できることこそが、最も強い人間のつながりではないかと高木さんは問います。いいものへの共感よりも、傷への共感のほうが深い。
不要なクレーム被害の軽減
言語を超えた対話の実現
孤独の解消・感情の受け皿
表現やクリエイティビティの源泉を失う
「分かり合えた」喜びの機会が減る
起業家の怒り・コンプレックスが希薄に
上野山さんはこの指摘を「面白い」と受け止めつつも、伝わるべき人に表現を届けることすらできていない現状もあると応じます。橋渡しの役割を果たすAIなら、傷そのものを否定せずに喜びを増やせる可能性がある。不要なフリクションと、生きるエネルギーの源になっている「分かり合えなさ」は区別して扱う必要があるという認識で、二人は一致しました。
好奇心と責任のはざまで──メインストリーム化する葛藤
話題は上野山さん自身の内面に移ります。高木さんが「ビジョンで掲げたことが本当に実現していく──気持ちよさそうだな」と投げかけると、上野山さんは意外にも率直にこう語りました。
やりたいことが実現していくってことって、傷が癒えていくってこと。傷が癒えていくとドライブって……
減りますよね
事業が成長し、ビジョンが実現していく過程は、同時にかつての原動力だった「傷」が癒えていくプロセスでもある。メインストリームになったAI領域で、かつてのように「隠れた真実を見つけて興奮する」行為そのものがメインストリームになってしまっている──そんな矛盾を上野山さんは抱えていました。
特にきっかけになったのは戦争だと上野山さんは明かします。国防にAIが絡み始め、グローバルの友人の中に戦時下に置かれている人もいるというリアリティ。好きな分野をやっていたいという好奇心と、AIをリードする立場としての社会的責任。今年に入ってからの脳の半分はこの問いに占められていると語りました。
高木さんは、盛田昭夫ソニー共同創業者(1921-1999)。「世界のソニー」を築いた経営者。ウォークマンの開発を主導したことでも知られる。がウォークマンを発明したのは社長ではなく会長になってからだったというエピソードを引き合いに出します。執行責任から一歩引いたことで、原点に立ち返る自由が生まれた。スティーブ・ジョブズApple共同創業者(1955-2011)。一度Appleを追放された後に復帰し、iMac・iPod・iPhoneなど革新的製品を世に送り出した。も一度辞めたからこそフラットになれた──上野山さん自身もメインストリームから少し「ずらす」ことで、原点の好奇心を取り戻せるのではないかと提案しました。
西洋の「個」と東洋の「間」──日本発AIの可能性
終盤、議論は日本ならではのAIのあり方へと展開します。上野山さんによると、PKSHAが日本で展開してきた中で、人をリプレースするAIよりも、「人と人の間に介在するAI」のほうが受け入れられてきた実感があるそうです。
英語だとHuman Beingって言うじゃないですか。日本だけ「人間」って言って、「間」ってすでに初めから言う
西洋では「自律的エージェント」──独立して動く個としてのAI。一方、日本で広がったのは、クレームを吸収する、会議のファシリテーションをする、人と人の関係を整える「間のAI」だったと上野山さんは振り返ります。
自律的エージェント(個の代理人)
個人をいかにエンパワーするか
Human Being=存在としての人
コネクティブAI(間をつなぐ存在)
共同体をいかに持続させるか
人間=「間」を含む存在
高木さんは、日本は「個人」という概念が根本的に浸透していない国だと指摘します。世間や空気の国であり、家・会社・地域という共同体を基盤にしてきた社会。だからこそ、一対一でAIと向き合うよりも、AIを介して共同体を構築・維持していく方向性のほうが日本の文化に合っているのではないかと。
上野山さんの原点──インターネットで知らない人同士がつながり、分かり合えた体験──を、AIでもう一度再現できないか。一対一のチャットボットではなく、知らない人同士が分かり合うための「関係性デザインのためのAI」。高木さんがそう提案すると、上野山さんは「最近ちょっとAIにワクワクしなくなっていたけど、すごいワクワクした」と顔を輝かせました。
「このURL送ってメンバーに。こうなったんで」──上野山さんが冗談交じりに言ったこの一言が、対話の中でリアルタイムにビジョンが更新されていく瞬間を象徴していました。
まとめ
AIがメインストリームになった今、技術の先頭に立つ経営者が抱える葛藤は、実は多くのビジネスパーソンにも通じるものかもしれません。便利になっていく世界の中で、何が失われ、何を守るべきなのか。効率を上げることと、人間の成長機会を確保することは両立できるのか。
上野山さんと高木さんの対話が辿り着いた「関係性デザインのためのAI」というビジョンは、西洋型の「個を強くするAI」とは異なる道筋を示しています。人と人の「間」を整え、知らない人同士でも分かり合える共同体を生み出す──日本的な人間観から生まれたこの着想が、次のPKSHAの進化を方向づけるのかもしれません。
- 2026年のAIは「思春期」──能力は急上昇しているが、社会との関係性(何に使うか)が未定義の危うい段階
- AIの進化は3フェーズで捉えられる:①知識のLLM → ②行動するエージェント → ③発明を加速するLarge Science Model
- AIはアウトプットの機会を奪い、人間の学び・成長機会を減らしている可能性がある
- 世の中の問題の多くは「コミュニケーションの不具合」。認知限界の拡張にAIが貢献しうる
- 摩擦を減らすことは平和をもたらすが、同時に表現やクリエイティビティの源泉を失うリスクもある
- 日本では人をリプレースするAIより「人と人の間に介在するAI」が受け入れられてきた──東洋的な「間」の思想との親和性
- 事業の成功は「傷の癒し」でもある。満たされた後のドライブをどう見つけるかが、創業者の次のテーマ
- 原点に立ち返り「関係性デザインのためのAI」──知らない人同士が分かり合うための共同体型AIという新たなビジョンが浮上
